2026年8月 7日 (金)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(09)冊封使(さっぽうし)の季節

那覇港に冊封使を乗せた2艘の船が入港し、岸壁には琉球民が大勢でその様子を見守っています。迎えるにあたって尚寧王や弟尚宏、浦添親方や名護親方、謝名親方ら三司官、啓泰や啓山たちも正装で集まっています。琉球民たちは「大明国」の旗を掲げ、手を振って歓迎の意思を表明します。小舟に乗り換えた正使と副使が、陸地に近づいてきます。

──冊封の正使・夏 子陽さまと、副使の王 士禎さまでございます。『冊封』と申しますのは、明国の皇帝の名において、琉球の国王たる地位を安堵することでございます。

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2026年8月 3日 (月)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(08)受難

慶長11(1606)年1月。6月に来る明国の冊封使の陣容が明らかになります。総勢500名、滞在日数150日、正使夏子陽、副使王士禎。夏子陽は謝名親方が南京国子監(こくしかん)で学んだ際の恩師であり、王士禎はその時一緒に学んだ学友の子息です。ともに人柄も良く明国有数の逸材です。尚寧王は、冊封使迎え入れの行事は琉球の政最大の重要事と位置づけ、心して準備に取り掛かるよう命じます。

琉球民護送の件(4年前の陸奥国・3年前の平戸)について、徳川家康に対して謝恩使を出せと薩摩からの矢の催促です。冊封使迎え入れの準備で忙殺されていると弁明したはずですが、家康は納得していないのです。名護親方と城間親方はすぐに謝恩使をと進言し、浦添親方と謝名は反対の立場をとります。家康の目論見は琉球を幕府に従属させ、明貿易の仲介役を務めさせるためなのです。

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2026年7月29日 (水)

プレイバック独眼竜政宗・(38)仙台築城

【アヴァン・タイトル】

人口71万の仙台市。ここで開催されている『未来の東北博覧会』。数々のパビリオンとイベントに人気が集まり、入場者数は200万人を記録。73日間の会期もあとわずかになった。こちらはおなじみの七夕。杜の都・仙台は、通商交通の要としてますます発展を続けている。

その出発点はやはり伊達政宗にある。政宗はここに巨大な城と城下町を造った。関ケ原の合戦に大勝し、天下を掌握した徳川家康はただちに論功行賞を開始した。家康に従った東軍の諸将がそれぞれ大幅に加増されている中で、政宗はなんと2万石しか加増されていない。これは政宗が南部領の和賀一揆を支援したことへの罰であった。この時の60万石が、400年後、71万人の大都市となったのである──。

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2026年7月26日 (日)

大河ドラマ豊臣兄弟!・(29)天下への道

【アヴァン・タイトル】

天正10年6月、本能寺の変が勃発。その時、織田家の有力家臣たちは各方面で敵と向かい合っていた。秀吉はすぐさま畿内に向けて進軍する。与一郎も初陣を果たす時がやってきた。決戦が、始まろうとしていた──。


織田信長・信忠父子を討ち果たした明智光秀は、有力諸将らを味方につけることができないまま、迫りくる織田軍を迎え撃つべく山崎に陣を構えます。中川清秀や高山右近も織田方につき、斎藤利三は長宗我部元親に織田の背後を突かせようとしますが、光秀は「もうよい」と断ります。光秀は、どんなに敵が躍起になっても信長がいないことには変わりなく、それが我らの勝ち筋と遠くを見据えます。

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2026年7月24日 (金)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(07)大漂流

──啓泰と奇羅波丸は、琉球国への支援を求めるために、明国の都・北京にやってきたのでした。

都の大通りを歩く啓泰と奇羅波丸に、ぐったりとした子を背負って母親らしき女が「お恵みを!」と駆け寄ってきますが、啓泰はムッとしながら避けます。明国は琉球より貧しいのかと奇羅波丸は戸惑いますが、明国の政が貧しいのだと説明する啓泰ですが、前回来た時よりもひどくなっているようです。そんな2人をそっとつけている男がいました。

2人は明の官僚・謝 汝烈と対面します。亡くなった汝烈の父は22年前、副使として琉球に行ったことがあり、謝名親方とも面識があります。そんな汝烈に啓泰は琉球が危ういと打ち明け、支援を求めますが、汝烈は難しそうな表情を浮かべます。家の表には2人をつけていた男(東厰(とうしょう))が、家の内部をうかがっています。汝烈は琉球が大和に支配されると今より暮らしが苦しくなるのか? と疑問をぶつけます。

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2026年7月20日 (月)

プレイバック独眼竜政宗・(37)幻の百万石

【アヴァン・タイトル】

慶長5(1600)年9月15日、天下分け目の関ケ原の合戦が起こった。太閤秀吉死後、天下の趨勢(すうせい)は徳川家康に傾いていた。そのため豊臣家の将来を憂慮した石田三成が、家康と関ケ原で激突したのである。家康の率いる東軍104,000、三成を中心とする西軍85,000は、関ケ原に布陣した。家康の本陣は桃配山にあり、三成側の主力は笹尾山にあって、満を持した。

午前8時、決戦の火ぶたは切って落とされた。正午までは一進一退の乱戦であったが、かねてから東軍に内応していた小早川秀秋が西軍の側面を攻撃し、形勢はにわかに東軍有利となった。そして午後3時ごろまでに西軍は総崩れとなり、勝負がついた。かくして関ケ原の合戦は東軍の大勝利となり、徳川家康は名実ともにポスト秀吉の座を勝ち得たのである──。

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2026年7月19日 (日)

大河ドラマ豊臣兄弟!・(28)急げ! 秀吉

織田家重臣・明智光秀の突然の謀反により本能寺が襲撃され、主君・織田信長を自刃に追い込みました。羽柴長秀が目にしたものは、天を焦がすほどの炎で燃え続ける本能寺の姿でした。翌朝、鎮火した本能寺から信長の遺骸を懸命に探す明智軍ですが、見つかりません。御首級(みしるし)がなければと光秀は斎藤利三に探索を命じます。さらに光秀は、京にいるはずの長秀を捕らえるよう追加の命令を出します。

京の町は“これからは明智の天下か” “ホンマに信長は死んだんか”と声が飛び交う中、浅野長吉は遊女屋に足を踏み入れます。女将の吉祥が「昼間っから好きやねぇ」と言えば、長吉が「サルにはかなわぬ」と返す。つまりこれを合言葉に、長吉は2階に案内されます。そこには長秀をはじめ、藤堂高虎と前野長康もいました。明智軍が町中を走り回り、信長嫡男の織田信忠も亡骸が見つかっていません。

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