2026年10月12日 (月)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(22)兄と弟

いつもの朝です。家から啓泰が出府する際、襁褓(むつき)が用意されているのに気づきます。もしやと思って、水くみから戻ってきた阿紀に確認すると、「生まれてくる赤ちゃんの産着よ」と照れ臭そうに笑っています。産まれる予定は夏が終わるころ、啓泰は阿紀を抱きかかえて大喜びし、父の楊 邦義と継母の富にも知らせます。

──今から4年前、薩摩は3,000の軍勢を率いて琉球に攻め入りましたが、その時この寺に避難した多くの琉球人たちが薩摩軍の犠牲となったのでございます。

その日の夜も潮明寺では舞台が設えられ、啓山による羽儀踊りが披露されていました。啓山が穏やかに舞い、浦添百千代が三線を弾き、見る琉球人たちは息をのみます。翌日、中原松之助はこれを指摘し、啓山と百千代の逮捕を命じたはずだと激怒します。従わなければ薩摩への反逆と見なし、両名の逮捕がなるまで啓泰と名護良寧は出仕に及ばずと、松之助は首里城からの退去を命じます。

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2026年10月 7日 (水)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(21)妻たちの王国

最愛の羽儀を虫けらのように殺され、中原松之助と啓泰に銃口を向けた啓山。中原美矢が飛び出して啓山を止めますが、啓山は美矢を突き飛ばします。啓泰は、松之助ひとり殺しても何も変わらない、羽儀も生き返らないと諭しますが、啓山の怒りは膨れ上がるばかりです。そっと近づいた啓泰は、鉄砲から火縄を取って撃たせないようにしますが、啓山は「兄貴も薩摩も……俺は許さない」と睨みつけ、飛び出していきます。

羽儀を殺されて、奇羅波丸も黙ってはいません。松之助と美矢を殺すと鉄砲を手にします。阿紀が近づき銃を取り上げようともみ合ううち、弾が発射されて地面を跳ね返ります。奇羅波丸にとって羽儀はおなり神(兄弟や一族を霊力で守護する信仰)であり、ひとりになってしまったと座り込みます。阿紀は、あなたを独りぼっちにはしないと、羽儀の代わりに私が妹になると言って奇羅波丸を励まします。

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2026年10月 4日 (日)

大河ドラマ豊臣兄弟!・(38)和を以(もっ)て、大和をなす

帳簿を見て、うんうん頷いていた羽柴秀長は、金が足りず半年ほどで立ち行かなくなると羽田正親に説明されます。せっかく丸く収めた興福寺への寄進も、辞めてしまっては元も子もないと辞めるつもりはなく、もっと根本から見直す策を講じなければなりません。秀長は大和で商いをすることを思いつきます。そうすれば銭は自ずと集まってくると考えたのです。

しかし、秀長の想定よりも町は活気づかず、物を買うにも奈良に人をやらねばならず、米はまずいままで、娘の末は大坂に行かせてくれと慶(ちか)に訴えます。秀長は、施策は始めたばかりでこれから人も集まってくると秀長はなだめます。末はよい筆が入ったからと、気晴らしに文を書くと立ち上がります。「誰に書くんじゃ? 大坂に告げ口したら承知せんぞ!」

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2026年10月 2日 (金)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(20)羽儀の死

琉球・中原松之助の家──。啓泰を呼んだ松之助は、なぜ薩摩の邪魔ばかりするのだと激怒しています。尚寧王のご落胤の一件です。島津家久は尚寧の次の王として尚豊を決めており、そこに武樽を差し挟んだ啓泰の行為は薩摩への反逆だというのです。琉球の王位の継承については、薩摩に口出しされる謂(いわ)れはないと啓泰は反発します。

武樽を尚寧の嫡子としないというのは薩摩の命令だと松之助は態度を崩しません。啓泰が尚寧に言えないなら、自分が直々に言い渡すと啓泰を見据えます。さらに薩摩に反抗する奇羅波丸に軍資金を提供していたのが妹の羽儀であることが判明し、もう容赦はしないと松之助は羽儀も捕らえるつもりです。啓泰の顔がみるみる青ざめていきます。

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2026年9月28日 (月)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(19)生みの親育ての親

エスパニアやポルトガルが台湾に侵攻し、与那国島を防波堤として大和を守るというのが徳川家康と薩摩の考えですが、その根底には琉球を自分のものにしようとする考えがあると啓泰は警鐘を鳴らします。しかし尚寧王は完全に無気力状態で、血は見たくないと政務を名護親方に任せて出て行ってしまいます。名護は啓泰に、これ以上尚寧を責めてはならないと警告します。

琉球の中原松之助の家では、啓泰は薩摩に与那国から手を引くように求めます。啓泰は、今はそれよりも琉球本島の立て直しが急務だと説明しますが、琉球人は怠け者が多すぎて遅々として進まないようです。松之助は、琉球人が薩摩に従わなければ“掟十五箇条”の徹底はもとより、踊りや音曲などすべて取り上げると明言します。さらに王の座も、尚寧から尚豊に代わってもらう予定です。

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2026年9月27日 (日)

大河ドラマ豊臣兄弟!・(37)秀長の国

天正13(1585)年閏8月。羽柴秀吉は大坂城からの眺めを堪能します。殿、と羽柴秀長が呼びかけても反応せず、関白殿下! と呼ばれて初めて「おおー!」と満面の笑みで振り向きます。四国・北国の平定を終えたのに伴い、畿内近国の領地分配を行うために呼びに来たのでした。一見すると織田家以来の諸将への領地加増でしたが、畿内から彼らをことごとく遠ざけ、羽柴家の一門衆と家臣によって足場を固めた分配でした。

高山右近には摂津高槻から播磨明石へ、筒井定次には大和から伊賀へ国替え。蜂須賀正勝には阿波を与えますが、隠居を理由にこれを断ります。正勝の申し出もあり、秀吉の許可を得て息子の蜂須賀家政に阿波を与えることになりました。さらに羽柴秀次には近江に43万石、そして秀長には紀伊和泉に加えて大和一国が与えられます。「頼んだぞ。大和はお前にしか任せられぬ」「はっ」と、羽柴兄弟はニッコリ微笑みます。

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2026年9月23日 (水)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(18)啓泰の結婚

薩摩からの命として、中原松之助は啓泰と名護良寧に“謝名家、浦添家の家族たちは所払いせよ”と伝えます。謝名親方も浦添親方も最後まで薩摩に抗った謀反人というのがその理由ですが、謝名の死からすでに2ヶ月が経つというのに、琉球人は謝名の死を悼んで仕事もせず、薩摩へ怨嗟(えんさ)の声を上げているのです。反発する啓泰ですが、琉球が薩摩の支配下にあることを指摘され、黙り込んでしまいます。

エスパニアやポルトガルが台湾に進出してきています。それらの国はそこを拠点に日本に攻め込んでくる恐れがあり、危惧した徳川家康は台湾のすぐ近くにある与那国島に城を築き、来たるべき時に備えて防御を固める必要があると考えます。家康は茶屋四郎次郎清次に書状を託し、城普請の名人3人を連れて薩摩の島津家久に会うよう命じます。

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