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お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2007年5月 7日 (月)

ジュニア

Kassyが住んでいるところは、115戸からなる団地です。
昭和51年にできたので、比較的古いところですね。


Kassyが小学生のころ、
小学校に登校するときの「登校班」というものがあり、
ウチの団地では、115戸を大まかに4つに区分し、
男子4班、女子4班の計8班が結成(?)されました。

細かいデータが手元にないので、
正確さに欠ける部分ではありますが、
ウチの団地のベビーブームは、
昭和46年生まれ〜昭和51年生まれ、ぐらいなんでしょうか。

ちなみに、学年ごとに分けたときの最多人数の学年は
Kassyたち昭和50年度生まれの学年でありまして、
小学校卒業時、1学年だけで17人もおりました。


それが今では、登校班のみならず、
団地に住む小学生が激減し、目も当てられない状態らしいです。
ウチの団地も、高齢化社会なんだねぇ。

……と、数年前に聞きました (^ ^;;)

確かに数年前、夕方ごろに公園付近を通ると、
公園で遊んでいる子どもは一人もおらず、閑古鳥が鳴いていたり、

たまに人影を見たとしても、
おじいちゃん or おばあちゃん + お孫さん が一組、ポツネンといて、
寂しくボール遊びをしていたり。


Kassyが小学4年生ぐらいのころは、
放課後、だれかれと言わずに公園に集まり、
野球ゲームやかくれんぼ、陣取り合戦など、
ほぼ毎日やっていましたね。

性別も学年も全然関係なくて、
例えば野球ゲームをしたかったら仲間入りすればいいし、
したくないんだったら、こちらも無理強いはしない。
でも、本人の意思で急に仲間入りしたくなったら、
その時から温かく迎えてあげる。
今考えれば、
ホントに立派なリーダー格の“ガキ大将”のお兄ちゃんが、
お世話してくれていました。

住まいは別のところの、同じクラスの女の子が
弟くんをつれて公園へ遊びにきていて、
驚いたKassyが「どうしたとー?」と聞くと、
ウチの団地に引っ越してきた! なんて言うし。
その子とは、そこそこ仲が良かったので、
家にまで遊びに行くようになったり。

同じ団地にずっと住んでおきながら、
同じクラスになったことのない女の子がいて、
Kassyもその子と話をしたことがないから、
何となく怖いイメージを持って、避けていました。
ある日、その子がたまたま公園に遊びにきていて、
ブランコに乗った時に話す機会ができたので、
いろんな話をしていたら、けっこういいヤツって判明して、
それがきっかけでけっこう仲良くなったり。

公園は、学校だけでは分からない
いい意味での“出会い”の場だと思っていたのですが、

そんなころから比べると、活気さがなくなってしまっていましたね。


ところが、今日。

歯医者さんからの帰り道、公園付近を歩いていると、
複数の子どもの歓声が聞こえてくるではありませんか!

見ると、小学校2〜4年生ぐらいの子どもたちが、
公園でボール遊びをしています。
嬉しくなって、人数をパパパッと数えてみたら、
9人いましたよ〜♪

ほとんど顔を知らない子どもたちばかりでしたが、
ふと、Kassyが小学生のころを思い出しました。


もしかしたら、ウチの団地にとっての
第2次ベビーブームが到来したのかもしれませんね!
ジュニアの誕生?

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんばんわ~
そんなに団地に子供が!!!
びっくりだぁwww

私も昔団地に住んでいたんですよぉ。
私の場合は特定の仔と遊ぶことが多かったですねぇ。
もしくは、自分より小さい幼稚園児とか3歳児くらいの仔の面倒を見ていましたねぇ。
小さい子が好きなものでぇww

男女問わず遊べていましたが、年上の方までは・・・。
ないですねぇ。
姉たちの中には入ったかなぁ?藁

──────────

MIさーん。こんにちは♪
今日もコメントありがとうございまーす。


>自分より小さい幼稚園児とか3歳児くらいの仔の面倒を見ていましたねぇ。
面倒見がいいお姉ちゃんって感じ?
砂場遊びとかおにごっことかやったのかな?
いいねぇ。
ほのぼのした空気が、伝わってきますよ〜。

>姉たちの中には入ったかなぁ?藁
あ!
Kassyも、(半ば強引に)姉たちの集団には入れさせられました。
強烈に覚えているのはゴム跳びかなぁ。
姉がイジワルして、Kassyの番のときだけ
ゼッッッッタイに成功しないようにするの!

もー、ぜったいするかーっ!! って感じでしたね〜。

初めまして (^o^)丿
実は私は昭和41年生まれなんですが、幼稚園も小学校も
西鉄バスで通学でした。(かなりの田舎です)
しかし、それでも当時は西鉄バスが満員になる位に子供達がバス停にあふれ返っておりました。
運行中のバスの中で騒いで、怖そうな運転士さんによく怒られたりしてました...(-_-;)

しかし、久しぶりに実家に帰って通学時間中にバス停に行ってみましたが...(乗ってみました)
バスを待っている子供は "わずか二人だけ" でした。
なんか、とっても寂しい感じでした。

──────────

MMさーん。はじめまして!
Kassyです。よろしくお願いします!!


>西鉄バスが満員になる位に子供達がバス停にあふれ返っておりました。
セピア色の思い出といいますか、古き良き時代って感じでしょうか。

>怖そうな運転士さんによく怒られたりしてました
いましたいました。
いましたねー、そんな運転士さん!

Kassyは小学生の頃、
故障中の両替機にお金を投入してしまい、
片道運賃を差し引いた分で返却してもらったのですが、
そのお金の計算がなかなか理解できずに、
そのバスの発車時間を大幅に遅らせてしまった……という
失敗談があります。

あの時の運転士さんは、よくもまぁ怒りもせず、
親切丁寧に説明してくださったもんだ……。

僕の回りは56年位の団地かな?
でも、マンションとアパートもチラホラできましたね。
子供は総体的に見て増えましたね、
何せF岡市のベットタウンですからね、
山と田圃と畑と池が、なくなりました。

そう言えば、小さいころ、産○で通学してましたね、
1日3往復のバスでした、乗り遅れたら、友達の家に泊まったり、迎えに来てもらって増したね。

──────────

うっちゃんさーん。
またまたコメントありがとうございます。


あー。
あの周辺は、まさにタケノコのように
マンションが立ちまくっていますね。
さすがベットタウンだけあります。

>1日3往復のバスでした、
1日3往復じゃあ大変でしょう?
なかなか時間通りに帰れない時だってあるでしょうし。

そうそう、思い出しました。
私が幼稚園に西鉄バスで通園していた頃は....
まだ、車掌さんが乗ってましたヨ~。
その何年か後、運転士さんだけになってバスの
フロントウインドーに緑色の【ワンマン】の行灯が
設置されるようになりました。
子供の頃はまだ、「ワンマンバス」の意味が
解って無かったけど、「ワンマンが来た~」とか
言って騒いでました。(笑)
その頃は、自動両替機は無かったので...
運転士さんに100円渡すと、運転士さんがバックの
中から、オブラートみたいな紙に包まれた小銭を
手渡ししてくれてましたネ♪
懐かしいナ~。

──────────

MMさーん。こんにちは♪
今日もコメントありがとうございまーす。


>まだ、車掌さんが乗ってましたヨ~。
Kassyは、ツーマン時代のバスを知らないんですよねー。
Kassyが勤めていたバスセンターの元所長は
ツーマンの車掌さんだった、という話は
聞いたことがあります。

>フロントウインドーに緑色の【ワンマン】の行灯
あっ!!
Kassyも、その
ワンマンバスの意味は全く分かりませんでした。
でも、来るバス来るバスすべてにその行灯があるから、
「意味あるのかなぁ?」なんて思ったり。
ま、ツーマンを知らなかったので、
当然と言えば当然なんですけど (^ ^;;)

その行灯の裏側(車内側)には、
「ステップより前に立たないでください」ってシールが貼ってあって、
床を見てみると、板張りの床に、
鉄製の長方形の板が打ち付けてあり、
「あぁ、これのことかー」なんて思ったり。

懐かしいですねー。

車掌さんいましたね、
大好きな綺麗な方いましたよ、
怖い男の人もいましたね。
田舎ではバスが新聞を配達してましたよ、
配達でなく、終点のバス停の家にまとめて
置いていかれましたよ。

──────────

うっちゃんさーん。こんにちは♪
連続コメントありがとうございまーす。


今で言うバス便のようなものですか〜?

そういえば、Kassyがバスセンターにいたころ、
○早の(200)系統ドームゆきが運んでくる
西N本新聞のバス便を
T神1Aのりばまでよく受け取りに行ってましたねぇ〜。

バスセンター内までバスが上がってくるわけではないので、
該当のバスが到着する5分ほど前から待っているのですが、
当時は今のようなバスロケシステムは整備されておらず、
夕方5時半ごろ到着予定だったので、いつ来るかも分からない。
Kassyも当然制服を着ておりますので、
のりばでバスを待つ一般のお客さんにいろいろ尋ねられたり、
クレームを言われたりで、少々辛いときがありましたです。

そのお遣いに行くときは、助役に車号しか聞いていませんから、
お客さんの対応をしている間に到着していた!! なんてこともあるし、
けっこう神経使いましたね〜。

懐かしい話に花が咲きますネ~(^o^)丿
私が幼稚園に西鉄バスで通っていた頃はまだ、西鉄バスは
旧カラー色でした。(確か緑と黄色のツートン...)
降車ボタンも当時は何度でも押せたので、ヤンチャだった
私は、何度もピンポンピンポン鳴らしてしまい、怖そうな
運転士のオジサンから
「そんなに降りたいのならココで降りんしゃいっ!」って
怒られて、途中下車させられた思い出もあります(>_<)

現在の赤白ツートンのカラーリングに変更された時には
バスも当然新車のピッカピカだっだので、初めて見た時は
「うわぁ~ 凄いバイ!ピカピカやき~!カッコ良イ!」なんて言いながら、友達と大騒ぎして乗り込んだのを
覚えております....(^o^)丿
運転士のオジサンもなんかチョット得意げにしてる感じ
でしたよん♪

──────────

MMさーん。こんにちは!
今日もコメントありがとうございまーす。


>西鉄バスは旧カラー色でした。
Kassyは、旧カラーは白黒写真でしか見たことないのですよ〜。
だから、緑と黄色のツートンだったんだって、初めて知りました!
ありがとうございます。

それにしても、降車ボタンの話は笑えました!
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン……って(^ ^)

>運転士のオジサンもなんかチョット得意げにしてる感じ
カラーリングや車体のモデルが大幅に変更になったとき、
みなさんからけっこう注目を浴びるでしょうからね〜。
運転士さんのみならず、乗っているお客さんも
ちょっぴりワクワクでしたでしょうね!

MMさんの幼い頃のバスネタ、また聞かせてくださいね!

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