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お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2007年7月16日 (月)

いざない 〜エンディング編〜

“大河ドラマへのいざない”の第8回目です。

このコーナーも、そろそろゴールが見えてきた頃です。
Kassyの当初の予定では、この“いざない”、
第10回をメドに終えようと思っていたので、
今回を含め、残すところあと3回です。

……とはいえ、あくまで予定なので、
もしかしたら予定よりもオーバーするかもしれません。
あしからず!

(短くなることはあり得んのかーっ!?)


さて、前回は“変身編”と銘打って、
主演役者の子役→大人へのバトンタッチ方法についてお話ししました。

主演役者は、子役からバトンを受け取って、最終回に向かって走り抜けます。
今回は、その最終回でどういう描かれ方をしてきたか? について
お話ししたいと思います。

「どういう描かれ方」とはいえ、結末はストーリーによって異なるのですが、
ここで扱うのは、主人公が亡くなった後の話です。

主人公が亡くなったら、通常はドラマも終了なのですが、
脚本家によって、あるいは演出家によって、
青写真と言いますか、一風変わったエンディングの
迎え方というのがあるようです。


一般のドラマでもよく使われる手法としては、
テーマ音楽を流しながら、ドラマの名場面だけを広い集めて流す
「アルバム」のような方式です。

例えば『花神』。

作品はちょっと古い(昭和52年放送)のですが、
典型的な例なのでここでご紹介します。


主人公の大村益次郎(中村梅之助さん)が襲撃された後、
その受けた傷が原因で1ヶ月後に亡くなる、つまり「遭難死」した後、
『花神』の、優しく心地いいテーマ音楽に合わせ、
幕末〜明治維新を駆け抜けた、主要メンバーたちの登場シーンが流れました。

吉田松陰(篠田三郎さん)&金子重之助(岡本信人さん)の渡航シーンに始まり、
松陰の切腹シーン、
高杉晋作(中村雅俊さん)の青春時代シーン、
久坂玄瑞(志垣太郎さん)の切腹シーン、
山県有朋(西田敏行さん)の戦闘シーン、
伊藤博文(尾藤イサオさん)&井上 馨(東野英心さん)の
海外秘密留学したときのシーン……と続き、

主人公の大村益次郎の、大坂蘭塾での勉強シーンや旅行シーン、
指揮官として長州藩に出兵したときのシーン、
シーボルトの娘・イネ(浅丘ルリ子さん)との
師弟のシーンが続いていきます。

これは、吉田松陰や高杉晋作を始めとする藩士たちが築いた道を、
最終的に仕上げたのが大村益次郎だった、
という司馬遼太郎氏の考えがもとで作られたドラマなので、
このエンディングも、そのような順番になっているものと思われます。


1年間にわたって放送されてきたエンディングですから、
いろいろなシーン(特に笑顔を見せる部分など、思い出に残る部分)を
集めて流すことによって、視聴者側もドラマを振り返ることが容易となり、
場合によっては涙して終わりを迎える、ということもできます。

ここでのポイントは、
感動できるシーンだけを集めているわけではない、
ということでしょうか。

もちろん、核になる部分は感動シーンなんでしょうけど、
『花神』の例で言えば、
益次郎が旅の途中で、水を上手そうに飲み干すシーンを挿入することで、
感動を逆手に取って、クスッと笑える演出を狙っているのかもしれません。


無料サイト・YouTubeに
『花神』のラストシーンが掲載されていたので、
参考程度に紹介しておきますね。

この映像では、益次郎の入院シーン〜吉田松陰のシーン間、
益次郎の臨終シーンや遺体引き取りのシーン、
タイトル『花神』の名前の由来を紹介するナレーションの部分が
合計で約4〜5分程度カットされていますので、
そのあたりをご考慮の上ご覧くださいね!

また、携帯電話では見られませんのであしからず〜。


次に、主人公が亡くなった後もしばらく物語を進める場合。
これは、どちらかといえば、
主人公が“志半ば”にして倒れた場合によく使われ、
「主人公は亡くなったが、その後結局はどうなったか?」という
疑問に対して答える手法のようです。

例えば、昭和63年放送の『武田信玄』。


宿敵・武田信玄(中井貴一さん)を失った後、
越後の上杉謙信(柴田恭兵さん)はさらに信心を深め、
尾張の織田信長に攻撃を受けるも、神の力を持ってこれを撃退します。

最後には、大井夫人(信玄の母/若尾文子さん)による、
「信玄・謙信のような“山の神”は、これから後の時代には現れなかった」
というナレーションで、物語が締めくくられています。

ちなみに、この『武田信玄』でも、
物語が締めくくられた後、テーマ音楽に合わせて、
武田信玄が今まで出会った登場人物たちを、
武田家を中心に紹介してエンディングを迎えました。


ナレーションなどで主人公が亡くなったことを伝え、
臨終シーンは特にない場合。

例えば、平成元年放送の『春日局』。


これは、脚本家の橋田壽賀子さんの旦那さま(元TBSプロデューサー)が
がんを患い、余命宣告を受けてしまうといった事態がありまして、

当然ながら最終話の原稿は旦那さまが亡くなる前に書き上げたのですが、
こういった“死”に対して、橋田氏が直面しているせいか、
全話を通して、登場人物の臨終シーンを極力排除した、
という傾向にあったようです。


おふく(大原麗子さん)が病気を得、身体がみるみる衰えているにもかかわらず
薬断ちの願掛けをしていたことから、薬を全く飲もうとしません。
心配した徳川家光(江口洋介さん)の懇願で、やっと薬に手をつけるのですが、
家光を安心させるためにその薬も飲むフリをして、胸元に流し込み、
結局は薬を口にしなかった、というエピソードシーンから、
「この世を去った」というナレーションを重ねてドラマが終了します。

なので、この『春日局』のエンディングは、比較的単純なものでした。


主人公が亡くなる前に物語を終える場合。
これは主人公の晩年に、名前や実績を汚すようなことを行ったときに
使われる手法のようです。

例えば、平成8年放送『秀吉』。


いろいろな登場人物を呼び、盛大に醍醐寺のお花見を開きます。
その会場で眠ってしまった豊臣秀吉(竹中直人さん)の一人芝居が続き、
まっすぐに伸びてゆく一本道が秀吉の目の前に現れ、
その一本道を、まるで吸い込まれるかのように走って去っていく、
というエンディングでした。

秀吉が亡くなる5ヶ月前に醍醐寺のお花見を行ったのは史実ですが、
この『秀吉』エンディングで描かれた醍醐寺のお花見には
史実ではいないはずの関白・豊臣秀次が出席しているわけです。
なので、恐らくは亡くなる直前のお花見ではなく、
それより前の、別の機会のお花見であったと推測されます。

1本道を走り去っていく時に、かの有名な辞世の句
『つゆとおち つゆときえにし わがみかな……』を詠みますが、
ナレーションでも実写でも、臨終と分かるシーンはなく、
秀吉が亡くなる前に物語を終えてしまったようです。

実子・秀頼を生かすため、関白・秀次一族を皆殺しにしたという、
かの有名な残虐な仕打ちは、結局描かれずじまいでした。

──────────

これと似たようなものでは、昨年放送の『功名が辻』でして、

関ヶ原の戦いで東軍に味方し、
家康に高知城を与えられた山内一豊(上川隆也さん)が、
妻の千代(仲間由紀恵さん)に対して「これはお前がいただいた城だ」と伝え、
夫婦で20万石への大出世を喜ぶシーンで当初は終了する予定だったそうです。

しかし、高知入りするときの“種崎浜の悲劇”、
山内家が高知入りするため、もともといた土着の農民たちを殺害に及ぶという
残酷きわまりないストーリーを避けるわけにはいかないと、
脚本の大石 静さん自らが変更を申し出、
一豊が亡くなるまでをしっかりと描ききりました。

当初の予定では『秀吉』と同じようなストーリーの描かれ方でしたが、
これは途中で変更した、という一例です。

変更で思い出しました。

『秀吉』も、当初第25回で「本能寺の変」を描く予定だったのですが、
思いのほか高視聴率で、織田信長(渡 哲也さん)の登場を繰り下げたため、
結局は「本能寺の変」は第30回放送になったそうです。
5回分繰り下げたということは、それ以降の5回分を削る必要があるので、
もしかしたらその繰り下げによるしわ寄せで、
秀吉の最期が描けなかったのかもしれませんけどね。


最後に特殊な例。
例えば、平成7年放送の『八代将軍吉宗』。

主人公の徳川吉宗(西田敏行さん)の病死後、場面は天国へと変わります。
その天国には、吉宗の父である徳川光貞(大滝秀治さん)や
年間通して語り手を務めた近松門左衛門(江守 徹さん)がいて、
吉宗の、将軍としての功績を褒めたたえ、
この3人が現代の世相を天国から眺め、皮肉たっぷりに言いたい放題……、
といった感じで終了していました。

──────────

また、ドラマ同士のリレー方式もありました。
例えば、平成4年放送の『信長』→平成5年放送の『琉球の風』。

本能寺の変で織田信長(緒形直人さん)が倒れ、
織田家や京の民衆は驚き、悲しみます。
そういった、本能寺直後のごたごたシーンを流しながら、
テーマ音楽に合わせてスライド形式で名場面集の紹介を行った後、終了。
※ ちなみに『信長』では、明智光秀の三日天下については触れていません。

翌年の『琉球の風』のオープニングでは、信長が本能寺で倒れたことを
ドキュメンタリータッチで簡単に紹介しています。
この『信長』エンディングにも、『琉球の風』オープニングにも、
両作品に共通して出演した唯一のキャストが羽柴秀吉(仲村トオルさん)で、
前作の続きを描くことで、新作の『琉球の風』への移行を
スムーズに行った、という意図が垣間見えます。

ついでながら、

『琉球の風』の各回最後には「美ら海紀行」という、
舞台地を訪ねて、といった感じの紀行コーナーが流れるのですが、
最終回「美ら海紀行」は、沖縄名産の螺鈿細工(らでんざいく)についてでした。

“螺鈿細工の技術は、奥州・平泉にある中尊寺金色堂にも使われています”
といった感じのナレーションが、コーナーの最後に流れた直後、
奥州・平泉を舞台とする次作大河ドラマ『炎 立つ』の予告編が流れました。

『信長』から『琉球の風』へ、『琉球の風』から『炎 立つ』へ。
通常は、次の大河作品など全く無関係なのに対して、
『琉球の風』だけは前の作品からバトンを受け取り、
次の作品へバトンをしっかりリレーされていたのが、非常に新鮮でした。


今年の大河『風林火山』は、
(第4回)川中島の戦いで、山本勘助が討死して終わる予定です。

どんな形でエンディングを迎えるのか?

勘助の死後、ストーリーはしばらく続くのか?
最終回は半年後(12月9日の予定)なので、気が遠くなるお話ですが、
この辺りもチェックなさってみてくださいね!

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