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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2007年9月30日 (日)

(39)川中島! 龍虎激突

武田との戦いで敗走した村上義清の肩を持つべく
信濃へ攻め入り、武田を攻め滅ぼそうと考えている長尾景虎。
毘沙門天に一心に祈っております。

仏堂から出てきた景虎は、家臣たちに高らかと言い放ちます。

運は天にあり、
 鎧は胸にあり、
  手柄は足にあり。
何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし。
疵つくことなし。
死なんと戦えば生き、
 生きんと戦えば必ず死するものなり。
家を出ずるより、帰らじと思えばまた帰る。
 帰ると思えば、ぜひ帰らぬものなり。
不定とのみ思うに違わずといえば、
 武士たる道は不定と思うべからず。
  必ず一定と思うべし……。

(ドラマでは一部割愛されていましたが、
こちらでは全文掲載してみました)

それにしても、長尾家の出陣式は特殊であります。


天文22(1553)年8月30日、
景虎率いる長尾軍が、信濃国川中島に出陣します。

こうして、川中島血戦が勃発したわけですが、

川中島とは、
長野県長野市の犀川(さいがわ)
千曲川(ちくまがわ)に囲まれた、
三角地帯の地名のことであります。

この場所で戦いは計5回行われておりますが、
今回はその第1回目でして、通称は布施の戦いとも言います。


武田軍は、軍勢10,000を率い、
村上が立てこもっていた塩田城を本拠とします。
そこへもたらされる“越後動く”の報。
長尾の軍勢は、およそ8,000だそうです。

桶狭間の戦いでの、今川軍25,000 vs 織田軍4,000を考えると
“ちょっとは少なめなのかな?”とも思いますし、
関ヶ原の戦いでの、東軍104,000 vs 西軍84,000を考えると、
両軍ともそれぞれ1/10なので、
“そこそこ多かったのかな?”とも思いますし、

Kassy、この10,000 vs 8,000という数字が
多いのか少ないのかは正直分かりません(^ ^;;)


犀川沿いにある牧城では、城を守る高坂筑前守とともに
侍大将となった(春日源五郎改め)春日弾正忠虎綱がいます。

もともと春日は豪農のせがれでありまして、
遺産相続で敗訴し、身寄りをなくしていたところを
晴信に救われて奥近習に召し抱えられたので、
晴信に対しての忠義はすさまじいわけです。

ちなみに春日は後に高坂家の養子となり、高坂弾正忠昌信となります。


甲斐──。

主・勘助をはじめ、河原村伝兵衛、
葛笠太吉・茂吉親子らは戦に出ていていないので、
山本屋敷では、太吉の妻・おくまが大イビキであります。

そこにやってきた、原美濃守の末娘・リツがおくまを起こしますが、
リツに何を言われても「夜も眠れねぇだ」などと
ちゃっかり返すわけです。


一方、諏訪では──。

久々に登場の由布姫のそばを、とんぼが一匹飛び回ります。
その様子を見ているときに、侍女・志摩が
景虎の信濃進攻の報を持って飛び込んできます。

由布姫はとんぼを“勝ち虫……”と言いますが、
“虫の知らせ”などと言う“虫”のことでしょうか。


そしてこちらは長尾軍。
景虎は「晴信が本陣を動くまで、突き進む」と皆に下知します。
その景虎の勢いは凄まじく、
武田に属する城を次々と落としていったわけです。

対する武田軍。
そんな景虎の凄まじさに反撃しようと晴信に進言しますが
景虎の狙いは晴信の首にあると悟った勘助は反撃策を退けます。
本陣を動かさず、景虎をなるべく南側(武田本陣寄り)に引きずり込み、
武田領で孤立した長尾軍を討つという策を立てるわけです。

しかし、長尾軍の力は衰えるどころか、
次々に武田の城を落とし、破竹の勢いで迫ってきます。

勘助は、景虎が村上の仇を取るために出陣しているため
かつての村上の本拠地である坂木城に向かって進軍すると予想、
それに合わせた反撃方法を熟慮中であります。


景虎の軍師・宇佐美定満は、
坂木城の方面に進むのではと考えている勘助の狙いを見破り、
武田軍の信濃の拠点である深志城の方面へ進路を転じます。
深志城を狙えば、拠点を失いたくない晴信の本軍が動き、
おびき出せると思ったわけです。

勘助の策は宇佐見に見事に見破られ、武田は防戦一方となります。

晴信は諸角豊後守に、
拠点・深志城よりも長尾軍寄りにある仮屋原城を任せます。

──生きながらえることを良しとしては、
  討死された板垣様や甘利様が不憫ではありませぬか?──

派遣された諸角の頭から、
馬場信春から前回言われた言葉が離れません。
「景虎め〜、さぁ〜来いっ!!」
一人燃える諸角をよそに、部下たちはシラけムードであります。


塩田城では、戦にかり出されている伝兵衛は、
軍勢が一向に動かないことにイライラしています。
まさか勘助が軍勢を止めているとは露知らずなわけでしょうけど。
一方、葛笠太吉・茂吉は「別に(動かなくても)いいだに……」と
親子して実にのーんびり構えているわけです。

奥方も奥方なら、旦那も旦那ですねー(^ ^)

ヒマつぶしのためか、茂吉は伝兵衛に
「長尾景虎の顔を見たことあるだか?」と尋ねます。
伝兵衛は、勘助と一緒に鉄砲商人として越後へ赴いているので、
一度ならず二度までも景虎の顔を拝しているわけです。
伝兵衛は目を細め、渋い顔をしたまま答えます。

わしにそっくりじゃ──。

……それで景虎には女子が寄り付かねぇだか?
そういいたいのは、恐らく太吉だけではないでしょうね。

伝兵衛はいつから、こういうキャラになったのでしょうね。
あんまりキャラを立てすぎると、古い方々に嫌われますぞ。


晴信は諸角が守る仮屋原城を見捨て、諸角には撤退を命じます。
しかし諸角には、馬場に言われた手痛い一言が頭に残っており、
策略に頼ってまともに戦おうとしない戦ぶりに不満を抱いていました。
そして、諸角自らが戦って死ぬことで戦いの模範を示そうと、
晴信の命令に反して籠城します。

一方、深志城を守る馬場は
「まさか……あの言葉を真に受けるとは!!」と焦りますが、
籠城に至ったもともとの事の発端は、
キミ自身の、あのお言葉であります。

諸角籠城の報を受け、諸角を救うために晴信は弟・信繁を援軍として派遣し、
勘助は長尾軍に夜襲を仕掛ける策を立てます。


「挟み撃ちされる前に、お引き上げを」
宇佐見の静かなる注進に、景虎は頷くしかありませんでした。


諸角の、いわば君命に背いた影響は大きかったようで、
塩田城から夜通しで仮屋原城に駆けつけた信繁は、
涙ながらに諸角をぶん殴ります。

諸角は信繁の傅役でして、いわば親代わりのようなものであります。
この傅役の、自殺行為とも言うべき命を捨てた行動を
黙って見過ごすわけにはいきません。

本陣・塩田城に戻された信繁と諸角の両名。

晴信の怒りに対して、信繁は諸角の命乞いをしていますが、
当の本人である諸角は「生き恥をさらしたくない」と
ガンコぶりを見事に発揮しております。

齢も70歳を越え、
武勇をとることもできず、命を亡くすこともできず。
やはり、馬場に言われた一言が相当ショックだったようで、
いわば、引くも地獄・進むも地獄、というわけであります。

しかし、諸角の身勝手な行動によって、
普段から冷静沈着な信繁が、かなり狼狽するほどでありまして、
馬場は、いつ攻め込まれてもいいように馬上にて夜を明かし、
勘助は新たに策を練り直したわけです。

結局長尾軍は、昨夜のうちに撤退したのですが、
今は長尾軍云々よりも、諸角のことであります。

諸角は、高齢の自分はもはや無用の人物と考えているようですが、
晴信に言わせれば
「そちが使えるか使えないかは、わしが決めること」であり、
「それが生き恥と言うのなら、これからも生き恥をさらせばよい!」
だそうです。

結局、晴信は諸角をお咎めなしとします。


しかし──。
景虎は突如として馬首を反転させ、再び信濃へ進軍するわけです。


「味方は鶴翼の陣、敵は魚鱗の陣。
先に仕掛けた方が負けであり、
我らが動かなければ、相手に勝機はございませぬ」

これは勘助の読みであります。

ちなみに武田の“鶴翼の陣”とは、
両翼を張り出してV字形を取る陣形のことであります。

V字の中心に大将(武田晴信)を配置するのですが、
その大将周辺には守備隊が少なくなってしまうため、
大将は狙われやすいという欠点がありますが、
その反面、両翼の間に敵が攻め入ると同時に
両翼を輪の形に閉じることにより、敵を包囲しやすい長所もあります。

そして長尾の“魚鱗の陣”とは、
中心が前方に張り出して両翼が後退した、
△の字形をとる陣形のことであります。

底辺の中心に大将(長尾景虎)を配置するのですが、
多くの兵が方々に散らずに局部の戦闘に参加でき、
たとえ一陣が崩れたとしても、次陣がすぐに繰り出せるために
消耗戦に強いと言われています。
その反面、側面から攻撃を受けると弱く、
包囲されやすいという欠点もあります。


景虎は千曲川の川沿いまで単騎馬を走らせ、
武田軍を見渡します。

武田vs長尾。

初の龍虎対決は、決着を見ぬまま
およそ20日の戦いで終結を迎えました。

山本勘助と宇佐美定満の
二人の軍師の知恵比べも、一旦はおしまい、といったところでしょうか。


大河ドラマの放送時間は、正確には44分30秒なのですが、
残り30秒の枠で、NHKの番組情報(予告)が行われます。
今回のこの予告枠では、明日10月1日から始まる
連続テレビ小説『ちりとてちん』の予告VTRが流れていました。

『ちりとてちん』の主役は、『風林火山』の冒頭(第1〜4回)で、
ミツ役を好演した貫地谷しほりさんであります。

『ちりとてちん』の制作局はNHK大阪局なので、
貫地谷さんも普段は大阪で一人暮らしをされているそうですが、
先日、『ちりとてちん』第1週の試写会がNHK東京局であったそうで、
そのついでに、『風林火山』収録スタジオを覗いていったとのこと。

なつかしそうにしておられたそうですよ(^ ^)

連続テレビ小説『ちりとてちん』の詳細はコチラ
(『ちりとてちん』番組ホームページに飛びます)


ついでに。
来年の大河ドラマ『篤姫』の主要キャストが
8月6日に発表されていました。

Atsuhime_big_2女の道は、前へ進むしかない。

引き返すのは恥でございます──。

時は幕末。
江戸城大奥から時代の激変を見据えていたひとりの女性。
江戸第13代将軍 徳川家定の御台所・篤姫。

時代に翻弄されながらも、自らの運命を前向きにとらえ力強く生き抜いた ”薩摩おごじょ” の一生を、宮尾歴史絵巻の金字塔「天璋院篤姫」を原作に、熱く鮮烈に描きます。


主要キャストと登場人物関連図はコチラ
(NHK鹿児島放送局のホームページに飛びます)

そういえば、2007年3月31日に投稿した記事
「いざない 〜ディレクター編〜」にて、
大河ドラマ『篤姫』の出演者予想をしていたのですが、
みなさま、覚えておいででしょうか?

そのときは、こう(↓)いう風に書きました。

〜・〜・〜・〜・〜・
少しでも出演する可能性がある俳優さんは、

3中村橋之助さん
菅原文太さん
松平 健さん
片岡鶴太郎さん
高嶋政宏さん
辰巳琢郎さん
涼風真世さん
磯部 勉さん

あたりですかねぇ♪
〜・〜・〜・〜・〜・

これら8人のうち、今のところ出演が決まっているのは
涼風真世さんのみですね(^ ^;;)

ま、3月末現在の情報
(主演(宮崎あおいさん)とチーフプロデューサーしか判明していなかった)
を元に予想したので、

たったそれだけの情報量で予想した割には
よくできた方ではないかな? と思いますが……。
第2次出演者発表で、
その他の方の名が出てくるといいなぁ♪ なんて
考えているKassyです!


原作:井上 靖 (『風林火山』新潮社 刊)
脚本:大森 寿美男
音楽:千住 明
題字:柿沼 康二
語り:加賀美 幸子
──────────
[出演]

内野 聖陽 (山本勘助)

市川 亀治郎 (武田晴信)

ガクト(Gackt) (長尾景虎)

金田 明夫 (飯富虎昌)
高橋 和也 (馬場信春)
有薗 芳記 (河原村伝兵衛)
──────────
前田 亜季 (リツ)
大森 暁美 (志摩)

柴本 幸 (由布姫)

中島 久之 (香坂筑前守)
──────────
西岡 徳馬 (直江実綱)

永島 敏行 (村上義清) ※ クレジットなし

加藤 武 (諸角虎定)
木村 元 (本庄実仍) ※ クレジットなし
大橋 吾郎 (大熊朝秀)
金田 賢一 (柿崎景家)

緒形 拳 (宇佐美定満)
──────────
制作統括:若泉 久朗
制作:中村 高志
演出:東山 充裕


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『風林火山』
第40回「三国同盟」

アナログ総合・デジタル総合:午後8時〜
デジタルハイビジョン:午後6時〜
衛星第二テレビ:午後10時〜

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NHK大河2007・風林火山」カテゴリの記事

コメント

諸角役の加藤武さん…ベテランですなぁ~

昔…仁義なき戦いでは打本のアニキ役がはまっちょりましたぁ~
今回の加藤武さんの台詞回しを聞いてると
打本のアニキを思い出してしまいましたぁ~(笑)

晴信の弟信繁役の役者さん←名前忘れたよん
むかし旅役者の名子役だったと聞いちょりまぁ~す

──────────

やまさーん。
連続コメントありがとうございまーす。


>諸角役の加藤武さん…ベテランですなぁ~
主演の内野聖陽さんの先輩(文学座 でしたっけ?)ですからねー。
今回のドラマも、勘助に対して見守る視線もあったのかもしれませんねー。


>晴信の弟信繁役の役者さん←名前忘れたよん
嘉島典俊さんですね?

前から、誰かに顔が似ているなぁって思っていたんですけど、
今ネットで見てみたら、
昔“片桐光洋”さんで活躍しておられた時期もあったとか。
片桐光洋さんと言われて、あ〜あ〜あ〜と納得しました。

15年ぐらい前に、片桐光洋さん出演(主演?)の映画を
何本かテレビで見た覚えがあります。

不定とのみ思うに違わずといえば、
 武士たる道は不定と思うべからず。
  必ず一定と思うべし……。

『不定』は、フテイと読むのでしょうか。
『一定』は、イッテイとよむのでしょうか。

教えてください。
よろしくお願いいたします。

──────────

海さーん。はじめまして!
よろしくお願いいたしまーす。


>『不定』は、フテイと読むのでしょうか。
結論から言いますと、
恐らくは「フジョウ」だと思います。

「定」の字には、
定価・決定 などの“テイ”という読みと、
必定・案の定 などの“ジョウ”という読みがあります。
意味は両方とも「さだめる」「きまった」というものですが、
どちらかというと、“ジョウ”の読みの方が
古典的表現で使われることが多いようです。
(そうではないものもあります。例えば 定規 など)

だから、もう一方の「一定」も
「イチジョウ」と読む……はずです(^ ^;;)

ただ、同じ二字熟語でも、
「一定」のように、現在使われている言葉の意味と
昔使われていた言葉の意味が異なる場合もあり、
なかなか難しいところではありますね。

例えば「定数」。
“テイスウ”と読めば、決まった数を意味する言葉ですが、
“ジョウスウ”と読めば、決まりきった運命という意味です。

だから、
>不定とのみ思うに違わずといえば、
>武士たる道は不定と思うべからず。
>必ず一定と思うべし……。
を直訳すると、

>>「(人の運命なんか)決まっていない」と
  思うに違いないという(人の)場合は
>>武士の道は「決まっていない」と思ってはならない。
>>必ず「決まっているんだ」と思いなさい。

とでもなりましょうか。
(直訳なので、若干意味合いが異なる部分もあるでしょうが)

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