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2007年12月31日 (月)

(51-2)総集編・第二部 〜林の巻〜

(12)勘助仕官
 甲斐では、守護・武田信虎(仲代達矢)に代わり晴信(市川亀治郎)が家督を継いだが、山本勘助(内野聖陽)は相変わらず駿府で浪人としてくすぶっていた。板垣信方(千葉真一)が駿府を訪れることを、同じ浪人の青木大膳(四方堂 亘)から聞き、勘助は板垣を襲うように青木にけしかける。襲われた板垣を助けて恩を売る勘助の策だった。そして策通り、板垣は突如として青木に襲われる。作戦通りに動いたかに思われたが、実は青木は勘助を斬るつもりでいた。圧倒的な剣の力に押される勘助だったが、持ち前の知略で何とか青木を斬り捨てる。
 勘助は板垣に武田家への仕官を願い出るが、板垣は勘助の策略の全貌を見抜いていた。しかしかつて晴信が勘助を敢えて生かしたことを考え、勘助の命を晴信に託すことにする。その一部始終を板垣から聞いた晴信は、意外にも勘助の仕官を認め甲府に連れてくるよう命じる。勘助の大叔父・庵原忠胤(石橋蓮司)は、惜しみつつも勘助を甲斐へと送り出す。
 初めて正式に対面した勘助を、晴信はいきなり200貫の高禄で召し抱えるという。周囲はあまりの厚遇に難色を示し、勘助を胡散臭く思う甘利虎泰(竜 雷太)は、腕自慢の剣豪との試合を仕組んで勘助を打ちのめそうとする。

(13)招かざる男
 勘助は、武田家一の猛将・原 虎胤(宍戸 開)から真剣の勝負を挑まれるが、勘助は池のど真ん中に舟を浮かべ、船上で勝負しようと申し入れる。舟の上でなら足さばきに難がある自分でも原と勝負になるという勘助。腕に自信のある原はどこでも構わぬと舟に向かう。しかし、勘助の策はそれだけでなく、戦わずして勝つ秘策がその舟には隠されていた。結果、原は戦わずして敗れ、興味津々で見守っていた晴信や、勘助を胡散臭く思っていた重臣たちもその知恵を認め、勘助は武田家に名実ともに受け入れられる。
 同じ頃、晴信と三条夫人(池脇千鶴)の次男・次郎が病にかかり視力を失ってしまう。三条夫人には、勘助の隻眼が次郎の失明と重なり合い、不吉な男の出現が武田家に災いをもたらすように思えてならなくなる。笑い飛ばす晴信であったが、やがて夫人の不安は意外な形で的中する。

(14)孫子の旗
 関東管領・上杉家の軍が信濃に侵入した。同盟していたはずの諏訪頼重(小日向文世)は武田方に断りなく和議を結び、信濃の武田領は諏訪と関東管領に奪われてしまう。今すぐ出陣し、失地を回復すべきだと訴える重臣たちだったが、勘助は今は出陣せずに時期を見て諏訪を滅ぼせという。しかし、諏訪には晴信の妹・禰々(桜井幸子)が嫁いでいた。いかに禰々を傷つけず諏訪を奪うか。勘助は教来石景政(高橋和也)とともに諏訪に向かい、そこで諏訪攻めの計略を練ることにする。
 冬を迎えた諏訪では諏訪湖の神事・御神渡りが行なわれていた。そこで勘助は由布姫(柴本 幸)の姿を初めて目にし、また5年ぶりに平蔵(佐藤隆太)と再会する。平蔵は諏訪の地侍・矢崎十吾郎(岡森 諦)とその娘・ヒサ(水川あさみ)に命を救われ、矢崎家に奉公していた。
 一方、晴信は家督を継承するや次々と新機軸を打ち出していたが、その象徴として新しい旗印が選ばれた。甲斐に帰った勘助を武田館に翻る旗が出迎える。それは孫子の言葉を記した『風林火山』の旗であり、晴信は新生武田家の誕生を高らかに宣言する。

(15)諏訪攻め
 天文11(1542)年4月、頼重と禰々の間に嫡男・寅王丸が誕生した。そのころ勘助は諏訪を攻めるよう晴信に進言する。諏訪氏の同族・高遠頼継(上杉祥三)と密かに通じ、諏訪を挟み撃ちにするというのが勘助の策である。高遠の願いを受けて武田が出陣したように見せかけ、頼重の怨みを高遠に向ける、そうすれば頼重は武田に素直に降伏し、結果として晴信の妹・禰々と寅王丸を救うことができると考えたのだ。
 頼重は予想だにしなかった義兄・晴信の攻撃に居館を逃れ、わずかな兵で籠城する。由布姫は、頼重の行動に動揺を隠せない禰々を、武田は裏切り者だと厳しく責め立てる。さらに潜入していた教来石の裏工作も成功し、頼重に従うものは20人ばかりとなってしまう。討ち死にを覚悟した頼重だったが、そこに晴信の使者として板垣と勘助が和睦を促しに訪れた。
 勘助が狙った通り、同族・高遠の裏切りに激怒していた頼重は、武田は諏訪を滅ぼすつもりはないという勘助の言葉を信じ、和睦に応じようとする。しかし、由布姫だけは勘助の言葉を信じなかった。

(16)運命の出会い
 降伏した頼重と妻の禰々は、勘助によって甲府に護送された。晴信は、頼重の嫡男・寅王丸こそが諏訪の当主であると頼重に言い放つ。それは頼重に自害せよと命令したも同じであった。頼重は甲府にていさぎよく切腹し、禰々は晴信の裏切りに衝撃を受ける。
 一方、諏訪に残された由布姫も武田への憎悪をあらわにする。板垣と勘助は諏訪の残党を降伏させるために諏訪に出陣する。城中では、辱めを受ける前に自害をせよという周囲の説得を、由布姫はかたくなに拒否していた。寅王丸以外の諏訪の一族を根絶やしにし、後の災いの種をつまなければならないと考えていた勘助であったが、その気高い美しさに一瞬にして心を奪われる。その姿は勘助のかつての恋人・ミツ(貫地谷しほり)に重なり、勘助は由布姫を生かすことを決意する。

(17)姫の涙
 勘助は、由布姫を逃がす条件として「姫が一人の女性として生きること」を提示したが、由布姫は武田への怨みを忘れてはいなかった。同じ頃、勘助が由布姫を助けたということに興味を持った晴信は、由布姫を生かすために側室に迎え入れることを決意する。噂を聞きつけた三条夫人の胸中は複雑であった。頼重を切腹に追い込んだ晴信に対する禰々の怨みを目の当たりにしていたからだった。
 由布姫は、逃げる道中に浪人者に襲われるが、そこに勘助が現れて命を救われる。晴信の決意を知った勘助が由布姫を連れ戻しに来たのだった。勘助は浪人者を雇ったのは自分だと嘘をつき、姫の憎しみを敢えて自分に向けさせる。そうやって晴信の慈悲深さを由布姫に植えつけようとしたのだ。
 一方諏訪では、高遠が諏訪全体を手に入れんと兵を起こしていた。晴信は生後まもない寅王丸を母・禰々から無理に引き離し、その幼児を旗印に諏訪に出兵する。寅王丸とそれを守る武田勢こそ、諏訪の正当な後継者と示す作戦だった。

(18)生か死か
 由布姫は諏訪から甲府に護送された。諏訪郡全土を手に入れた晴信は、由布姫を側室に迎えることを宣言。重臣たちは、滅ぼした諏訪家の姫を側室にすれば諏訪の人々の怨みを買うと言って反対するが、勘助だけが賛成する。勘助は由布姫を説得するが、武田の側室となるくらいなら自害すると断られてしまう。
 天文12(1543)年正月。禰々が晴信を恨んだまま、この世を去ってしまう。その上、三条夫人が生んだ晴信の三男が出生早々に命を落とし、度重なる不幸に武田家は暗く沈む。そんな中、由布姫が武田への怨みを捨てていないと見て、甘利は自害を迫るが、駆けつけた勘助が由布姫の窮地を救う。さらに三条夫人が由布姫のもとを訪れ、厳しい言葉をぶつける。しかし勘助の度重なる説得に次第に由布姫の心は揺らぎ始める。

(19)呪いの笛
 説得を受け入れ、晴信の側室となることを承諾した由布姫に、三条夫人は京から持参した笛を与える。三条なりの由布姫への共感の証だった。由布姫を側室に迎えることが、諏訪と武田の結び付きの深さを象徴することを印象づけさせるために、晴信はあえて正式な祝言の形を取る。晴信と勘助の狙い通り、諏訪の旧臣は武田に忠誠を誓う。
 由布姫自身はいまだ武田への恨みを胸の奥に隠していた。初めて晴信と床を並べたその夜、由布姫は笛を一晩中吹きあかし、晴信を近づけようとしない。一方、由布姫の心を動かすことに成功したと信じた勘助は、早くも次の戦の策を練るため、由布姫の笛の音を耳にしながら信濃に向けて旅立つ。しかし、晴信と由布姫の寝所で起こっていたのは、笛の音で晴信を油断させた由布姫が、いきなり懐剣で斬りかかるという事件だった。

(20)軍師誕生
 9月。武田勢は信州長窪城を包囲した。勘助は力攻めを戒め、策を用いて城を落とそうと謀っていた。諸角虎定(加藤 武)は勘助を正式に軍師として用いるよう晴信に進言。晴信は城攻めが成功すれば勘助を軍師にすると決める。城に籠もっていたのは相木市兵衛(近藤芳正)を始めとする各地で武田に敗れた信州の豪族たちであり、その中には平蔵とヒサの姿もあった。しかし、その相木こそ勘助が城に送り込んだ裏切り者だった。武田勢は相木と呼応して瞬く間に城を落とす。策が当たった勘助はついに武田家軍師として認められた。
 しかし、武田家には気がかりなことが残っていた。それは由布姫が晴信に従わないことであった。晴信に愛情を感じる一方で武田への恨みを捨てきれず、由布姫は苦しんでいた。勘助は晴信の命で由布姫の思いを確かめようとするが複雑な女性心理には手に余った。
 一方、長窪城を脱出した平蔵とヒサは、武田を倒せる実力者を求めて信州をさまよい、村上義清(永島敏行)に出会う。それは、信州における最大の難敵が武田の前に姿を現したことを意味していた。

(21)消えた姫
 由布姫は亡父・頼重の供養と称して三条夫人を寺参りに誘う。由布姫の奇矯な言動に、武田家中に波紋が広がる。あくまで由布姫をかばう勘助は、重臣たちから激しく非難される。大井夫人(風吹ジュン)が諭すものの、由布姫は泣き崩れるばかり。ついに晴信は由布姫を諏訪に戻すことを決断する。それは、家中の動揺を鎮めるとともに、由布姫の心を落ち着かせるためでもあった。
 ところが、諏訪への道中、由布姫はすきを見て逃げ出してしまう。雪の中、勘助は独り由布姫の姿を求めて諏訪をさまよう。一晩さまよった末に勘助はようやく由布姫をお堂の中で見つける。一緒に逃げるように勧める勘助だったが、由布姫の心は、晴信への思いと武田への恨みに引き裂かれていた。恨みを忘れ晴信の寵愛を存分に受けてほしい、という勘助の言葉に、由布姫の心はようやく解きほぐれていく。

(22)三国激突
 諏訪で暮らす由布姫が懐妊したとわかり、勘助は自分のことのように喜ぶ。
 同じ頃、甲斐では晴信のもとを太原崇孚雪斎(伊武雅刀)が訪れ、武田・今川の同盟に基づき、今川領だった駿河の東を占領する北条氏康(松井 誠)を今川と共に討って欲しいとの要請であった。武田家中では出陣に異論が相次いだ。駿河に出陣すれば信濃が手薄になり、武田にとっては得のない戦だった。勘助は自らが使者として駿河に行くと志願する。仇敵である今川と北条を和解させるというのだ。重臣たちは一笑に付すが、雪斎の態度に裏があると感じた晴信は勘助の策を受け入れる。
 勘助は今川義元(谷原章介)と4年ぶりに再会する。相変わらず勘助を嫌う義元だったが、結局は勘助の説得を受け入れる。一方、氏康は9年ぶりに会う勘助を快く迎え、和睦を承諾した。本拠地・関東で上杉家に圧迫されている氏康は、駿河の領地を捨てても今川と和睦を結びたかったのだった。和睦が成り、晴信と義元は駿河で対面した。そこで晴信は、初めて眼にした海を新たな野望を抱きつつ見つめる。一方、勘助は北条を助けるべく援軍を率い関東へと向かった。

(23)川越夜戦
 氏康は武蔵国で苦境に陥っていた。要衝・河越城を関東管領・上杉憲政(市川左團次)の大軍に包囲され敗色濃厚、このままでは三代に亘って築いた関東での覇権を失いかねなかった。勘助は僅かな兵を率いて北条の援軍として河越に向かった。勘助の真の狙いは、上杉家に仕える真田幸隆(佐々木蔵之介)に武田へ仕えるよう説得することであった。信濃攻略には幸隆の力が不可欠と見ていたのだ。
 勘助が浪人に変装し上杉の本陣に潜入してみると、上杉軍は勝利を確信し油断しきっていた。新興の北条に次々領地を奪われた憲政であったが、今度こそ勝てるとみてのんびり包囲を続けていた。氏康から託された伝言を籠城する北条勢に伝えた勘助は、ついに真田との再会を果たす。しかし真田にとっては武田は仇であり、勘助の説得はうまくいかない。
 一方、氏康は突然夜襲をかけ、一気に上杉軍を討とうとする。油断していた上杉軍は思わぬ夜襲に大混乱、名のある武将を次々と討たれ、憲政は命からがら脱出する。改めて北条の強さを再確認する勘助だったが、そんな乱戦の中、新兵器・鉄砲が突如、勘助に向かって火を噴いた。

(24)越後の龍
 河越の夜戦で鉄砲で撃たれた勘助は幸隆に命を救われ、真田が仮住まいする上野国の寺で傷を癒していた。真田は勘助の勧めに従い武田への仕官を決意していた。しかし武田は真田家を信濃から追い落とした仇敵であり、真田の妻・忍芽(清水美砂)や家臣団は猛反対する。
 一方、諏訪では勘助が撃たれたとは知らない由布姫に待望の男児・四郎(後の武田勝頼)が誕生していた。晴信は、勘助が或いは討ち死にしたのではないかと思っていたが、由布姫の前では気遣って勘助のことを口にしない。由布姫から勘助がいなかったら晴信はすぐに負けていただろうと言われた晴信は密かに反発し、勘助なしで戦いを進めることを決意する。
 同じ頃、越後では守護代・長尾家が下剋上によって実権を握り、当主・長尾晴景(戸田昌宏)の弟・景虎(後の上杉謙信/ガクト(Gackt))が頭角を現しつつあった。勘助はいずれ、景虎が武田の前に立ちはだかるのではないかと思いをはせる。
 真田の帰参を手土産に甲斐に戻った勘助は、晴信の自信に溢れた態度に成長を感じ取るが、板垣は逆に慢心ではないかと不安を感じる。そして、勘助は由布姫の産んだ四郎と対面し、その幼子を助け、育てることに新たな生きがいを見い出す。

(25)非情の掟
 由布姫と晴信の間に産まれた四郎を、勘助は諏訪家の跡継ぎにするため画策を始める。諏訪家の嫡男は晴信の甥・寅王丸(澁谷武尊)であるが、勘助は寅王丸を出家させ、雪斎に預けるとの案を出し、自ら駿河に向かう。義元は、信虎に続いて寅王丸まで武田は厄介者を押し付けるのかと不満気だが、寿桂尼(藤村志保)は寅王丸の政治的な利用価値があると受け入れる。
 この一件は武田家に大きな波紋を起こす。大井夫人は争いを避けるためには仕方がないと承諾するが、やがて武田家の跡継ぎをめぐって嫡男の太郎(加藤清史郎)と四男の四郎が争わないか心配する。三条夫人は太郎の家督が安泰であることを晴信に詰め寄るが、誰に家督を譲るかは己が決めることだと晴信は激情する。それは晴信がかつて父に言われた言葉そのものだった。
 一方、晴信は新しい国造りの一環として法律の制定を始めた。後に甲州法度として知られるもので、法に反すれば晴信自身も罰するという斬新なものであった。勘助は密かに四郎がやがて武田家を継ぐ日を夢見ていた。

(26)苦い勝利
 信濃国佐久郡の志賀城主・笠原清繁(ダンカン)が武田に抗い兵を挙げた。佐久がいつまでも治まらないことに晴信は苛立つ。 笠原から援軍を要請されていた村上義清(永島敏行)を、相木が密かに訪れた。相木は、武田につく信濃衆を切り崩しているところなので、謀略がなった後に武田と戦って欲しいと請い、村上は笠原への援軍は見合わせる。勘助は相木に疑念を抱くが、それは村上の出陣を防ぐための晴信の謀略であった。武田軍が志賀城を討つために出陣すると、笠原を支援する関東管領の軍が信濃に侵入、しかし板垣が迎え撃ち、援軍を大いに破った。
 今や志賀城降伏を促すべきと勘助は進言。しかし、晴信は、降伏させるにしても脅しが必要だと、討ち取った将兵の首を志賀城の周りに並べるよう命令を下す。無惨な光景を目の当たりにした志賀城の兵は徹底して抗戦、城主以下多くが討死した。さらに生き残った者は甲府で売り払われた。
 晴信のやり方に驕りを感じた板垣は甘利とともに近い将来の強敵・村上との戦に懸念を抱く。勘助は晴信を止められない己に無力さを感じる。

(27)最強の敵
 志賀城を強引に攻め落とした晴信は重臣を集め、いよいよ義清と戦うことを宣言する。勘助は暗に諌めるが晴信にその言葉はもはや届かない。敢えて負けを味わわせることで晴信の眼を覚まさせようとするかの勘助の態度に甘利は怒りを露わにし、どのような手を使っても勝つと言い放つ。合戦が続くことに領内からも不満が高まり、このまま信濃最強の義清と戦うことに板垣は不安を覚える。
 一方、村上方の間者となって甲斐に潜入していた平蔵は、武田出陣の情報を持って信濃に向かう途上で何者かに捕らえられる。平蔵を泳がせて監視していた真田や相木は、捕らえた者が甘利の家臣と知り、疑念を募らせる。その甘利が突如信濃に姿を現し、村上に面会を求めた。それは、来たる合戦で何としても勝利を得たい甘利の捨て身の秘策だった。
 年が明けて天文17(1548)年、晴信はついに出陣の下知を下す。晴信が負けを恐れるが故に戦にのめりこむと見抜いた板垣は、自信を持てと涙ながらに訴えかける。それは勘助には死を決意した板垣の遺言に思えてならなかった。

(28)両雄死す
 天文17(1548)年2月、晴信は信濃に出陣。対する義清も兵を挙げ、両軍は上田原で激突した。武田の先陣は板垣・甘利の両名。既に死を覚悟していた板垣は勘助に「まことの軍師となれ」と遺言し、合戦では本陣にあって晴信を守るよう命じた。そして自分の兵のみで義清を討つべく突撃する。
 夜。甘利は予ねての約束通り武田を裏切り、単身、義清本陣に駆け込んだ。裏切りを知った晴信は激怒、しかし勘助はこれこそが甘利の策だと見抜いた。勘助の読み通り、甘利は隙を見て義清に斬りかかるが、平蔵のとっさの矢に阻まれ、捕えられる。
 一方、板垣は深追いを禁じた晴信の命を無視して突出し、敵に囲まれていた。板垣を救うため全兵力で攻めかかる武田軍。同時に義清も総攻撃を命じた。その隙を突いて逃げ出した甘利だが、無数の矢を受け板垣の面前で討死する。劣勢覆い難い武田軍だったが、突如、晴信の本陣を示す旗が板垣陣に翻った。それは窮地に備え板垣が用意していた影武者だった。
 板垣は村上勢を一手に引き付け奮戦するが、ついに力尽き息絶える。戦場に板垣の名を呼ぶ晴信の絶叫が響き渡った。

(29)逆襲! 武田軍
 上田原の合戦で武田は板垣・甘利の両雄を失った。初めての敗戦を認めたくない晴信は陣の構えを崩そうとしなかったが、大井夫人からの「潔く負けを認めよ」との手紙にようやく甲斐へ引き上げる。
 晴信は自問自答を繰り返し、敗北の原因が己の心そのものにあることにようやく気づいた。
 武田の敗戦により各地で反武田の動きが目立つようになり勘助はその対策に追われていた。信濃守護・小笠原長時(今井朋彦)は武田を怨む高遠に焚き付けられ、反武田勢力を結集して諏訪の塩尻峠にいよいよ出陣する。
 対する武田は出陣こそしたものの、その動きは緩慢で敗戦の影を引きずっているようだった。しかし、それこそが敵の油断を誘う勘助の策だった。勘助は夏の酷暑と油断でゆるみきっている敵陣に奇襲を仕掛けた。その先峰には諏訪神号旗が翻っていた。諏訪を守るために勘助が板垣の遺志をくんで密かに用意したものだった。
 武田は小笠原軍に勝ち、見事に上田原の敗戦から立ち直った。『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』。晴信は亡き板垣にそう呼びかけつつ号泣した。


原作:井上 靖 (『風林火山』新潮社 刊)
脚本:大森 寿美男
音楽:千住 明
テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
テーマ音楽指揮:高関 健
演奏:ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団
語り:加賀美 幸子アナウンサー


[出演]
内野 聖陽 (山本勘助)

市川 亀治郎 (武田晴信)

ガクト(Gackt) (長尾景虎)

池脇 千鶴 (三条夫人)

金田 明夫 (飯富虎昌)
田辺 誠一 (小山田信有)
高橋 和也 (馬場信春(教来石景政))
宍戸 開 (原 虎胤)
嘉島 典俊 (武田信繁)
有薗 芳記 (河原村伝兵衛)
有馬 自由 (葛笠太吉)

近藤 芳正 (相木市兵衛)
小林 勝也 (諏訪満隣)
河西 健司 (河原隆正)

──────────

佐々木 蔵之介 (真田幸隆)

佐藤 隆太 (平蔵)
水川 あさみ (ヒサ)
岡森 諦 (矢崎十吾郎)
大森 暁美 (志摩)
真木 よう子 (美瑠姫)
浅田 美代子 (萩乃)
清水 美砂 (忍芽)
桜井 幸子 (禰々)

大門 正明 (倉賀野直行)
上杉 祥三 (高遠頼継)
今井 朋彦 (小笠原長時)
ダンカン (笠原清繁)
高田 延彦 (小島五郎左衛門)
鹿内 孝 (須田新左衛門)
田中 実 (妻鹿田新介)

貫地谷 しほり (ミツ)

柴本 幸 (由布姫)

──────────

西岡 徳馬 (直江実綱)

小日向 文世 (諏訪頼重)

谷原 章介 (今川義元)
松井 誠 (北条氏康)
伊武 雅刀 (太原崇孚雪斎)
石橋 蓮司 (庵原忠胤)
横内 正 (清水吉政)
永島 敏行 (村上義清)
加藤 武 (諸角虎定)

竜 雷太 (甘利虎泰)

風吹 ジュン (大井夫人)

藤村 志保 (寿桂尼)

千葉 真一 (板垣信方)


制作:中村 高志
制作統括:若泉 久朗
演出:清水 一彦・磯 智明・田中 健二・
   東山 充裕・福井 充広・清水 拓哉


本文のストーリーは、NHK公式ホームページ『風林火山』の
あらすじ欄よりそのまま引用しました。
なお、出演者名(敬称略)は総集編の出演ではなく、
該当期間の本編に出演し、ピンクレジットで紹介された方を
順不同で並べ替えたものです。

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