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2008年11月16日 (日)

(46)慶喜救出

年は明けて慶応四(1868)年。
大奥に於いて、天樟院と静寛院は
寂しい年明けを迎えております。

天樟院は「ワタクシも、好きにはなれませぬ」と
徳川慶喜の陰口を叩いております。
それは静寛院にとってはちょっと驚きだったようですが、
徳川軍と薩摩・長州軍が戦にならないように
祈ることしかできません。


ちょうどその時、慶喜は大坂城にあって、
薩長軍に対して出陣しようとしています。
ただ、粛々と行動することによって、
薩長の者たちをすくみ上がらせ、戦は避けたい意向です。

ちなみに、征夷大将軍として
薩長討伐を朝廷に願い出る用意周到さはあります。
慶喜としては、朝廷を当てにしているようです。

1月2日、京の薩摩藩邸には、
西郷吉之助、大久保一蔵をはじめ、伊地知正治、
有村俊斎改め 海江田信義、西郷信吾ら薩摩藩士が集まり、
徳川軍を迎え討つ計画を立てています。

「大義を掲げたもンが勝つッ!」と
大久保は声を張り上げてみたものの、
小松帯刀の“戦だけは避けねばなりませぬ”という声が
頭の中をグルグルと回っています。

それは西郷も同じでありまして、小松の声に対して
「おいは戦をやりもす……」と、
薩摩の方角に向かって頭を下げます。

これにより、幕府軍と薩長軍の戦いが始まります。
世に言う『鳥羽・伏見の戦い』です。


薩摩軍からは“錦の御旗”が掲げられます。
これは岩倉具視が準備させたものであります。
錦の御旗とは朝廷の勅令を受けた軍のみが掲げられるという
それはそれは恐ろしい物体なのであります。

薩長を討伐する勅令を受けようとしていた慶喜ですが、
「大政奉還」の時とは逆に、今回は慶喜がしっぺ返しを食らいます。

朝敵となった慶喜は狼狽、幕府軍は総崩れ。

それもそのはず。
慶喜の実家・水戸徳川家は、
対幕府よりも対朝廷の立場であり、
尊王思想を持った家柄であります。

その家に育った慶喜が今や朝敵とは、
残念無念としか言い様がありません。
動揺した慶喜は、わずかながらの側近を従えて
大坂を抜け出し、船で江戸へ逃げてきます。


江戸へ到着した慶喜の元に、真っ先に駆けつけた勝 麟太郎。
勝としては、一万数千の兵を大坂に残したまま
江戸に逃げ帰ってきた慶喜の思惑を、
追及したいところであります。

勝を頼っていた慶喜ですが、
本来頼るべき相手は天樟院だと諭され、
慶喜は天樟院にしぶしぶ面会を求めます。


慶喜帰還の報を受けた大奥では、
慶喜が逃げ帰ってきたことに落胆であります。
事情を知らない本寿院と歌橋のみが呑気に笑っています。

しかし、帰還の真相を知ると、
本寿院は烈火の如く怒り出し、
「慶喜の首を差し出せぇぇぇ〜!!」と
目を血走らせています。

面会を求められた天樟院は、慶喜の本意が測れないまま
とりあえず慶喜と対面することにします。


慶喜は簡単に、今回のあらましを天樟院に告げ、
「薩摩の策略にまんまと乗せられ──」と
言い訳がましい言葉が次々と、慶喜の口から吐き出されます。

しかし、天樟院は、
慶喜が徳川御三家の出身で、天樟院が外様大名の分家の娘で
格式が違うゆえに、見下されていると感じ取っています。
……いや、侮られています。

「この首のひとつやふたつ、差し出す覚悟!」という慶喜に
天樟院は酷い言葉をあえて投げかけます。

「あなたには、生きてもらいます」

慶喜の首を差し出したにせよ、
自らの死を美化することはできても、
残された徳川の者たちには、惨めな生活が待っています。

生き恥をさらしてでも恭順謹慎を貫き、天下の許しを請う。
徳川宗家を救う道は、それしかありません。

その上で、薩摩出身の天樟院は
慶喜助命を願い出る嘆願書を書き、
朝廷に対しても同じ内容の嘆願書を
天皇家出身の静寛院に書くよう依頼します。

天樟院が好きではない慶喜のために、
なぜここまでやるのか?

それは、慶喜も“家族”の一員だから だそうです。


天樟院は勝を召し出し、
徳川宗家の一切を一任することにします。

勝としては、徳川を守るために
戦わずして勝つ方法を考えていますが、
天樟院には「無策こそ最上の策」とだけ伝えています。


1月中旬、薩摩の帯刀は
病を押して上京することにします。

今は亡き坂本龍馬と何度も話し合った新しい国造りを
帯刀としては実現させなければなりません。


帯刀が向かった先の京都では、
江戸城総攻撃の参謀役(指揮官)になりたいと
西郷が岩倉に願い出ています。

徳川討伐は勅命のため、大総督には
有栖川宮熾仁親王が就任することになっています。

有栖川宮熾仁親王とは、
和宮(静寛院)の許嫁(いいなずけ)だった人で、
参謀役に志願した西郷は、天樟院の大奥入りに奔走した人物です。

歴史というのは、時として
こういった酷い運命を与えることがあるんですね。


原作:宮尾 登美子 (『天璋院篤姫』講談社 刊)
脚本:田渕 久美子
脚本協力:田渕 高志
音楽:吉俣 良
題字:菊池 錦子

語り:奈良岡 朋子
──────────
[出演]
宮崎 あおい (天樟院)
瑛 太 (小松帯刀)
小沢 征悦 (西郷吉之助)
原田 泰造 (大久保一蔵)
堀北 真希 (静寛院)

樋口 可南子 (お幸(回想))
岡田 義徳 (島津忠敬)
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ともさか りえ (お近)
中嶋 朋子 (重野)
高橋 由美子 (唐橋)
平 岳大 (一橋慶喜)
岩井 友見 (歌橋)

玉木 宏 (坂本龍馬(回想))
市川 実日子 (お龍)
──────────
稲森 いずみ (滝山)
高畑 淳子 (本寿院)
片岡 鶴太郎 (岩倉具視)
北大路 欣也 (勝 麟太郎)
──────────
制作統括:佐野 元彦
制作:屋敷 陽太郎
演出:岡田 健


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『篤姫』
第47回「大奥の使者」

アナログ総合・デジタル総合:午後8時〜
デジタルハイビジョン:午後6時〜
衛星第二テレビ:午後10時05分〜

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