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お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2009年7月 5日 (日)

(27)与六と与七

天正15(1587)年10月。
上杉景勝はようやく越後全土を平定することができ、
その中心・春日山城には平和な穏やかな日日がやってきました。

直江屋敷には、
直江兼続・小国実頼兄弟の父である樋口惣右衛門が、
生まれたばかりの赤子を連れてやって来ております。
兼続・実頼の実母であるお藤はすでに世を儚んでおりますので、
この子は実質、ふたりの“異母妹”ということになります。

そう、惣右衛門は兼続・実頼よりも年下の
およしと再婚したのでした。

惣右衛門に勧められるまま、妹を抱いてみる兼続ですが、
子のない兼続にとっては、赤子の抱き方まではさすがに慣れておらず、
妹をおよしにたちまち取り上げられます。


実頼は兼続の計らいにより、
源氏の流れを汲み、越後きっての名門である小国家へ
樋口家から婿養子に出ておりました。

養父母である小国重頼と律に
春日山城における自らの役割を説明しておりますが、
律に「何と見栄えのせぬこと!」と皮肉たっぷりに言われております。
そればかりか、妻のお栄にも「情けない」と言われたい放題。
つまり、手柄がないことを言っているわけです。

>何を言うか!
>こなたにおわすお方をどなたと心得る!
>彼のご実家は、自民党総裁にして内閣総理大臣をも務めし
>小泉純一郎氏のご子息なるぞ!

と言ったとか言わなかったとか(^ ^)

でも、俳優業をこなすにあたって孝太郎さんは、
小泉元総理の子であることを完全に消し去っていますよね。
まぁ、全く違うジャンルでの活動なので、
リンクさせるのがおかしいと言えばおかしいのですが、
この姿勢は素晴らしいかもしれません。

養父・養母・妻に囲まれて、槍より鋭い言葉で
ああもズケズケと言われては、
実頼も肩身が狭いに違いありません。


養父・重頼はしきりに景勝の元を訪れ、
実頼に重い役をさせろとウルサいようです。
そのことは、兼続の耳にも入ってきているわけですが、
兄として、弟の立場や面目を心配しています。

でも「子供扱いされてはかわいそう」と
お船はチクリと兼続を牽制。
兼続はムキにはなりますが、言い返すことができません。

重頼の願いを聞き入れた景勝は、実頼を呼び出し、
聚落第落成のお祝いの使者として
関白・豊臣秀吉の元へ遣わす大事な任務を与えます。
つまり、景勝の名代ということです。

早速、実頼は屋敷に立ち戻り、
殿の名代という大任をお栄に報告します。
お栄は実頼の兜をキレイに磨いていたようですが、
「もっと早うに任されていてもよかったのでは?」と
ちっとも喜んでくれません。

小国家では、
「出世」「源氏の流れを汲む小国家の婿」というのが
キーワード……いや、口癖のようになっておりまして、
その言葉を言われる度に、実頼はプレッシャーを感じています。

ついつい怒りがこみ上げ、
先ほどまでお栄が磨いていた兜を床に叩き付けようとしますが、
そこまではさすがにできません。


11月。
実頼は景勝の名代として京へ上り、聚楽第へ。
実頼は秀吉に歌を披露しますが、
今や側室となった茶々(のちの淀殿)が褒めてくれます。

茶々は信長の妹・お市の長女で、姪に当たります。
本能寺の変後に、柴田勝家に再嫁したお市について
越前国北ノ庄城に赴きますが、
恋敵・秀吉に攻め滅ぼされ、焼け出されてしまい、
その後の面倒を秀吉が見ているわけです。

今や高齢となった秀吉は、茶々の姿を見るなり
「茶々ぁ〜♪ ちゃちゃあ!」と途端に鼻の下を伸ばしています。

その茶々が、実頼には和歌の才能があることを見抜き、
姓の小国を「大国」に改めるように提案します。
秀吉もこれには賛同しますが、
マジメな実頼は、先祖代々受け継いで来た姓を
そう簡単に変えることはできません。

たちまち不機嫌な顔になる茶々(-"-)


聚楽第の中を秀吉直々案内してくれますが、
その途中で、秀吉との対面待ちだった徳川家康に遭遇します。
秀吉の計らいで、実頼を家康に紹介しておきましょうか。
家康も、実頼が兼続の弟だと知れば、急に親近感が湧きます。

呼び出しておいたはずの家康を置いておいて、
秀吉は実頼を次の間に案内します。

家康は「自ら呼び出しておいて……」と不満タラタラですが、
それを何となく察知した実頼は、秀吉に
「私のことなど後回しに、徳川様をお待たせしてはなりませぬ」と
遠慮がちにいいますが、
どうやらこれは、秀吉なりの戦法です。

秀吉は、兼続の影として働く実頼を好きになったようです。
織田家家臣団の一番手として柴田勝家や明智光秀がいる中で
秀吉は常に二番手にあり、実頼の苦しみが理解できるようです。

秀吉は実頼に“従五位下”の官位をポンッと与えます。
そして茶々の提案通り“大国但馬守実頼”と名乗ることになりました。


実頼は上杉家名代の任を果たし、春日山へ帰着します。
兼続が上洛する直前から帰着するまで4話分を消費したのに、
実頼は1話分にも満たない短さです(^ ^;;)

家臣一同で出迎え、京の思い出話を聞きますが、
実頼が一瞬見せた困惑の顔に、兼続は気づきます。

実頼が景勝に内緒で、官位を頂戴したことを聞いた兼続は
「何故断らなかった?」と言い出します。
「これはしたり!」というセリフが久々に出てきますが、
この兼続の口癖を言ってのけたのは、実頼です。

泉沢久秀は実頼をフォローしますが、兼続には効きません。
「大役を任せるにはまだまだだった」と、
今回の大仕事の推薦人に言われては、
実頼の立場もあったものではありません。

「妬んでおいでか?」のセリフをきっかけに、
殴り合いの兄弟喧嘩が始まってしまいます。


兼続の言う“官位を戴かない=上杉のやり方”という説明では
少々分かりづらいのですが、次のシーンで景勝が
「殿下も難儀なことをしてくれたものよ」とぼやくセリフを見ると、
どうやら、ここは官位を戴かないのがセオリーのようです。

そうか。
宮崎県知事の代理として総理大臣と面会した一課長が
総理大臣に気に入られて“○○大臣にしてあげよう”と
言われたようなものか……な?

ここも景勝は、
官位はそのまま頂戴し、改姓は自分の命で、
ということにして丸く収めようとします。

小国屋敷では、上杉家中で唯一
官位を戴いた身である誉れを大喜びしています。
実頼が最後まで固辞し続けた「小国」から「大国」への改姓は
さほど言われることなく、小国家にすんなり受け入れられます。


兼続は酒を呑みながら、
幼少の頃からの与七を思い出しています。

いつ、どんなときも自分の側を離れなかった与七。
母の最期に会えなかった兼続を涙ながらに責める与七。
自分に憧れ、自ら上杉家の家臣に加わりたいと言い出した与七。

その与七が、兄弟喧嘩の際に実頼が口にした
「わしはもう与七ではござらぬ!」という言葉が、
兼続の胸をブスリと貫きます。
「うまく……いかぬもンじゃのう」とつぶやく兼続を、
お船は黙って見守ることしかできません。


天正16(1588)年4月。
秀吉から上杉へ、再び上洛を促す書状が来ます。
景勝と兼続にも官位を与えたいそうです。

「欲しいのか?」との景勝の冗談に
顔を真っ赤にして反論する兼続ですが、
官位を与えればしっぽを振ってくるという関白秀吉の考えには
景勝も兼続も賛同しかねるところでありまして、
見くびられていると逆上するほどです。


翌5月、景勝・兼続が再上洛。
ただし今回は実頼も同行させます。
兼続は石田三成を使って、
秀吉とじっくりと話し合える時間を設けさせます。

秀吉と久々に対面した兼続は、
景勝と兼続・実頼兄弟への厚い処遇にお礼を申し述べた上で
信頼を得るための官位は無用と突っぱねます。

秀吉は「まこと自分が恥ずかしい……」と頭を垂れますが、
たっての願いにより、景勝は従四位下参議に、
兼続は従五位下山城守に任ぜられます。

上杉としても、官位≠忠義だと分かってもらえれば
これ以上の断りは逆に不忠に当たりますのでね。


ある日、景勝・兼続主従の任官の儀に参列した家康は
千 利休の茶室に誘い、茶をご馳走します。

家康は、兼続の「愛」の兜についてその真意を尋ねますが、
親兄弟さえも殺し合う乱世において、
「愛」の一字で世の中が治まるのか? と問いかけます。


兄の姿を後ろから見ながら、
実頼は兄のことを思い出しています。

上洛に際して、再び秘書役となったお涼は、
実頼が兼続の弟と知って、たいそう驚いています。
兼続の弟ゆえ、鼻が高いでしょう? と問われ、
実頼は「その時期はとうに過ぎました」と寂しそうに答えます。

実頼はお涼に、茶の手ほどきを願い出ます。
お涼は千 利休の娘なので、
茶道を究めるには絶好のチャンスです。

お涼の手ほどきを受け、兼続に茶道を披露する時が来ました。
手ほどきを受け始めてから1ヶ月後のこと。
兼続は「うまい」と率直に褒めます。
どうやらお涼の手ほどきを受けているのは
兼続は知らなかったようです。

実頼は、自分を京に残してほしいと兼続に言い出します。

秀吉から領地と屋敷を賜り、
誰かが京に残らなければならないはずだと言うのですが、
その本音は、兄の毅然とした態度に畏敬の念を抱いており、
自分を磨くために京に残してほしいようです。
兄の元では成長できない気がしたのでしょう。

兼続が弟のためを思い、いろいろなところに目配りをし、
手ほどきをしてきたのは、実頼自身も十分理解しています。
しかしそれが、逆に心苦しくもあり。

実頼精一杯の反抗でもありました。

景勝・兼続が越後に戻っても京に残った実頼は、
それ以降、上杉と豊臣の橋渡し役を果たすことになります。


春日山に戻った兼続は、直江屋敷から満月を眺めています。
よかれと思い続けてきた実頼への愛情は正しかったのか?
それをしきりに自問自答していますが、

「確かな愛を育めぬ親のもとに産まれる子がかわいそう」と
お船は言いますが、
それはつまり、兼続・お船夫妻に
子を授かったと宣言したようなものであります。

ドラマ界のベタなセリフ:
兼続「……今、何と?」

(^ ^;;)


天正14(1586)年8月7日、
上杉景勝は従四位下・左近衛権少将に、
直江兼続は従五位下に叙せられる。

慶長5(1601)年8月17日、
上杉家の米沢30万石に減封処分まで

あと15年0ヶ月──。


原作:火坂 雅志 (『天地人』NHK出版 刊)
脚本:小松 江里子
音楽:大島 ミチル
題字:武田 双雲

語り:宮本 信子
──────────
[出演]
妻夫木 聡 (直江兼続)

北村 一輝 (上杉景勝)

常磐 貴子 (お船)

小栗 旬 (石田三成)
高嶋 政伸 (樋口惣右衛門)
葛山 信吾 (安部政吉) ※ クレジットなし
──────────
深田 恭子 (茶々)
小泉 孝太郎 (小国実頼)
東 幹久 (泉沢久秀)
松山 政路 (本多正信)
木村 佳乃 (お涼)
──────────
吉川 晃司 (織田信長) ※ クレジットなし

笹野 高史 (豊臣秀吉)

神山 繁 (千 利休)

宇津井 健 (前田利家)

富司 純子 (北政所)

松方 弘樹 (徳川家康)
──────────
制作統括:内藤 愼介
プロデューサー:吉永 証
演出:野田 雄介


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『天地人』
第28回「北の独眼竜」

アナログ総合・デジタル総合:午後8時〜
デジタルハイビジョン:午後6時〜
衛星第二テレビ:午後10時〜

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コメント

カミチィさんと話してましたが
どのくらいの時間がかかるのだろうか?
カミチィさんは、短い文章で復帰を誓ってましたよ。

──────────

うっちゃんさーん。


>どのくらいの時間がかかるのだろうか?
???
いきなり……何のお話でしょう???


>カミチィさんは、短い文章で復帰を誓ってましたよ。
そろそろ、カミチィさんにも
復活していただきましょう(^ ^)

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