スペシャル大河 坂の上の雲・(03)国家鳴動
まことに小さな国が 開化期を迎えようとしている。
四国は伊予松山に、三人の男がいた。
この古い城下町に生まれた秋山真之は、
日露戦争が起こるにあたって、勝利は不可能に近いといわれた
バルチック艦隊を滅ぼすに至る作戦を立て、それを実施した。
その兄の秋山好古は、日本の騎兵を育成し
史上最強の騎兵といわれる
コサック師団を破るという奇跡を遂げた。
もう一人は、俳句、短歌といった
日本の古い短詩型に新風を入れて
その中興の祖となった俳人・正岡子規である。
彼らは、明治という時代人の体質で 前をのみ見つめながら歩く。
上っていく坂の上の青い天に
もし一朶の白い雲が輝いているとすれば、
それのみを見つめて、坂を上っていくであろう。
坂の上の雲 第三回「国家鳴動」
明治二十二年二月十一日。
日本はついに憲法発布の時を迎えた。
国会はまだ開かれていない。
しかし 翌年を期して開設する という詔勅はすでに出ており、
天下の青年の志は政治に向かっていた。
その気分は無論 正岡子規にもあった。
なにしろ「朝にあっては太政大臣、野にあっては国会議長」
と思って東京に出て来た青年なのである。
夜の町を、民衆たちが手を上げて万歳三唱しています。
ひときわ大声で万歳する正岡子規。
大声の出し過ぎか、いきなりむせて咳き込んでしまいます。
いや、大声の出し過ぎなんかではありません。
咳き込んだ際に口に当てた右手の手のひらを見てみると
血が2〜3滴。
先ほどまでの元気はどこへやら、
子規は自分が出した血を見て絶句してしまいます。
このころ 肺結核といえば不治の病とされており、
まして喀血の段階となれば、よほど重病とみねばならない。
子規はさすがに衝撃を受けた。
しかし その自分の衝撃と悲痛さを
他人のそれであるかのように客観視して眺める勁さを
この男は持っていた。
子規は、この喀血のあと句を作り
それも、午前一時までに四十〜五十句も作った。
すべて、時鳥に関するものであった。
「子規」と書いて「ほととぎす」と読む。
和名では「あやなしどり」などと言い、
血に啼くような声に特徴があり、
子規は血を喀いてしまった自分に この鳥をかけたのである。
真夜中、ときおり咳き込みながらも
子規は不乱に筆を走らせます。
その懸命なさまは、どこか痛々しくも感じられます。
ただ、子規自身は「時間がない!」と悟っていたのかもしれません。
結局療養のため、松山に帰郷することになった。
伊予松山──。
子規が人力車に乗って生家・正岡家に戻ってきます。
人力車を降りる時も咳き込む子規ですが、
思いっきりの笑顔を出して門をくぐります。
ちなみに母や妹は、子規が喀血して
その療養のために帰郷するということは知っています。
母・八重は、そんな息子の帰郷に「ノボ!」と喜び、
長旅で疲れたであろう息子を
すぐに床で休ませてあげようと準備万端です。
ただ、子規自身は心配をかけたくないからか
「そげに病人扱いせんでもええ」と
あくまでも元気なそぶりを見せます。
妹・律も、子規が帰郷したという知らせを受けて
走って戻ってきます。
息せき切らして「兄さんの看病はウチがするけん!」と
兄を守ってきた幼い頃の面影を
ちらと思い起こさせることをいいます。
子規は、嫁いだ妹に世話してもらうのは申し訳ないと思っています。
そうそう、律はこの年の1月に再婚しているのです。
今度のお相手は、背の低い地理の先生だそうです。
律は手にすっぽんを持っています。
滋養があって身体にいいんだとか。
しかも、すっぽん屋で料理方法をすでに勉強済みです。
律がその料理にとりかかったころ、
秋山真之から遣いが来たと八重に聞きます。
明後日、松山に帰るのでお見舞いに行きます、との言づてです。
正岡家に来るのは半年ぶりでしょうか。
子規の前から突然姿を消して3年。
真之との久々の再会に子規も大喜びです。
子規は、真之にもちゃんと 律の再婚を知らせています。
しかし、その真之からの返事が来ないので、
「怒っとるかもしれんぞねぇ〜」と律をからかいます。
やはり幼い頃から一緒に暮らした妹のことです。
嫁いだとはいえ、心のどこかで真之のことが好きなのだと
兄には分かっていたのでしょう。
子規の妹・律は、この一月 縁があって再婚していた。
今度 子規の発病が伝えられると、
自分はもう他家の嫁のくせに 一日置きにやって来て、
子規の看病をした。
この日、松山の城下は「胡瓜封じ」の日で
年のうち 最も暑い日とされている。
道を行く男女が、みな胡瓜を持って歩いている。
胡瓜を持って市中の寺へ行き、それに呪文を書いてもらって
疫病払いをするのである。
松山城下を颯爽と歩く真之の姿。
手にはしっかりと胡瓜が握られています。
正岡家に入った真之は、
嫁いだ(と聞かされていた)律とバッタリ再会すると
思わず敬礼。
律も、真之を真似て慌てて敬礼しますが、
敬礼がちょっとだけオシいです(^ ^)
手のひらが見える形で、
どちらかというと汗を拭うような形でしょうか。
お互いに微笑み合う真之と律。
「何をグスグズしとる!」と子規は表へ飛び出しますが、
そこに立っているのが真之と分かると、
何度も頷きながら まぶしそうに見つめています。
東京で一度喀血をして松山に帰郷してから、
それからは喀血をしていないかを真之は尋ねますが、
帰郷後も何度か喀血はしているようです。
子規の話では、東京で喀いた血よりも鮮やかでなく
泡が混じって来たとか。
医者に聞くと、
なんでも咳き込みすぎで気管が破れたのだそうです。
そこで恒例、子規の俳句 ご披露。
「汽管破裂 蒸気あぶなし 血の海路」
俳号も「子規」にしたと言います。
ほととぎすのことで、肺結核の代名詞。
それを知って、真之は
「自虐的じゃのう」と力なく笑います。
ガキ大将の淳さんが帰っている といううわさは
少年の仲間にたちまち広がった。
「チ○ポがかゆうていかん!」と
急所をぽりぽりかきながら真之は言いますが、
放送禁止用語を堂々と流していいのか!? NHK!
ま、ともかく(^ ^;;)
ふんどし一丁の姿でお囲い池に飛び込む真之。
少年たちは英雄が好きで、
水練用のふんどしを締めて お囲い池に行った。
お囲い池というのは、旧松山藩のプールである。
まさに水を得た魚のような真之が再び台に上ると、
そのお囲い池に陸軍工兵がやってきて、服を脱ぎ出します。
そんな姿を見て、若者たちは「鎮台じゃ」と苦々しい顔です。
他の地方でもそうだが、
松山でも、陸軍の兵隊のことを鎮台さんと呼んでいる。
工兵たちはふんどしもパァ〜ッと豪快に脱ぎ捨て、
スッポンポンで池に飛び込みます。
水練の先生が「ここではふんどしをせぬと泳がれん!」と
厳しく注意をしますが、工兵たちはそんなことを全く気にしません。
自分たちの勝手気ままな振る舞いに、若者や先生は何もできません。
しかし、真之だけは違います。
「こら! 広島鎮台!!」と呼び捨てに。
周囲のものは冷や汗ものです。
台の上にいる真之をこらしめようと、
工兵たちは泳いで台に上っていきますが、
手にしていたムチのようなものでパチン! と叩きのめし、
再び池に突き落とします。
先生も若者も、その様子に爆笑です。
「あの淳五郎が、またしでかしおったぁ!」
田んぼの中の道を駆けながら、園田巡査が大騒ぎです。
このころ、真之の父・久敬は「八十九」と号していた。
先祖にそういう妙な名前をした人がいたそうで、
それにあやかろうとしたらしい。
久敬が向かったのは松山警察署。
陸軍を侮辱した真之の代わりに出頭しました。
署長も園田も、本人の出頭を望んでいますが
久敬は「本人はおらんのです」との一点張り。
しかも「50銭くらいでいかがでしょうか?」と
交渉をし始める始末。
署長はその意味を理解すると、この一件を落着させます。
科料五十銭、これですべて落着した。
秋になってから、八十九翁の元気が衰えた。
真之は翌年七月に兵学校を卒業し、
初の遠洋航海に出発、外洋にあった。
こんな大きな海の上にあっても、手紙は届けられるそうで
真之には兄・好古から届いています。
フランス語で何が書いてあるか分からん!と
最初はおちゃらけながら手紙を呼んでいた真之ですが、
その裏面に日本語でつづっている文を読んだ途端に
真之の顔色が変わります。
「父さんが……死んでしもた……」
好古曰く、
そのフランス語の紙とは フランス流の死亡通知状だそうで、
地中海から戻ったら、母上をよろしくとありました。
真之の脳裏に、在りし日の父の姿が浮かびます。
好古や真之がまだ幼いころの父の説法。
真之の代わりに警察に出頭した後、一緒に入った銭湯での姿。
「おまえが帰ってくると、賑やかでええのう!」
父・久敬は、明治二十三年十二月十九日 永眠した。
真之は直ちに、母ひとり残された松山に向かった。
生家へ向かってすたすたと歩いて行く真之。
田んぼで遊んでいた子ども2人が、
真之の軍服姿を見て道に駆け上がり、真之に向かって敬礼。
真之はその子どもたちの真横を無言で通り過ぎます。
真之のいつにない真剣な表情を見たからか、
子どもたちは敬礼した姿勢のまま
何も反応してくれない真之の後ろ姿を怪訝そうに眺めていますが、
真之は思い出したように振り返り、子どもたちにバシッと敬礼。
子どもたちは「お〜っ」と歓声を上げます。
生家に戻った真之。
「淳のお勤めが第一、知らせんでええ!」と
父が生前言っていたと 母は真之に打ち明けます。
そんな父の位牌に、
兄から送られたフランス語の死亡通知状を見せます。
母は次の間で号泣。
「これからどうする?」との真之の問いに、
母は どーもせん! と強きの構えです。
この老いた母を真之が引き取って、
東京に住まわせることを提案しますが、
母としては、その誘いを断ります。
それじゃあ好古と同居すれば? と真之は持ちかけます。
好古はこの年の暮れに、フランスから帰国する予定なのです。
この物語は、
日露戦争というものをある時期から描こうとしている。
日露戦争当時のロシア皇帝は、ニコライ二世である。
彼は、日本に来たことがある。
まだ皇太子のころである。
明治二十四年五月十一日、皇太子ニコライは琵琶湖を見物。
その帰路、大津を通過した時のことである。
滋賀県大津──。
日本とロシアのそれぞれの国旗が
街中の至るところに掲げられている中、
人力車に乗ったニコライが、民が平伏する中を進んでいきます。
一人の巡査がゆっくりと敬礼を解き、
抜刀してニコライに斬りかかります。
ニコライがかぶっていた帽子が転がって、
平伏していた民衆の前で止まりますが、
一部を切られたその帽子を取り上げた男が、
ふと手を見てみると、べっとりと血がついています。
静粛がいっぺんに悲鳴に変わる街中。
沿道を警備中の巡査・津田三蔵が
突如 皇太子の人力車に駆けより、
抜刀して二度にわたって斬りつけた。
深手を負いながらも、津田から必死に逃れようとするニコライ。
津田は、日本がロシアから侵略を受けようとしているという
そういう危機意識で心を焦がしていた。
傷の深さは骨膜に達するほどであったが、
頭蓋骨にまでは達していない。
いずれにせよ、皇太子にとって生涯の傷あとになった。
この間、隣国・清帝国もようやく近代化に目覚めている。
ニコライが去って二ヶ月。
清国の北洋艦隊が 親善のためという名目で、日本の港を巡回した。
当然ながら、外交上の威圧を目的としていた。
──安芸・宮島。
艦隊から放たれる礼砲。
その威力の凄まじさに悲鳴を上げる民衆。
提督の丁汝昌は、日本の各界要人に招待状を出し、
旗艦 定遠において懇親会を催した。
少尉候補生だった真之も、
この艦隊を間近で見ることができた。
いつものように炒り豆をポリポリとかじっている真之。
その足元には豆のかけらが散乱しています。
ちょうど真之の真後ろにいた花田は、
豆をこぼしていると真之に教えてあげますが、
あの艦船とけんかして勝つためにはどうすればいいか?
真剣に考えている真之に、花田は興味を持ったようです。
主砲操作の実演も終わり、
招かれた客が帰路に着こうとしていたときのことである。
ふと足を止めた真之は、ある男の姿を見かけます。
男は「こちらへ」と促されるがまま艦船の中に入っていきますが、
真之は男を追いかけていきます。
男は、呉鎮守府参謀長・東郷平八郎 その人でした。
艦船の中に足を踏み入れた東郷は
異様な雰囲気の中を進んでいき、丁とバッタリ。
どうやら、東郷が丁に会いたいと頼み込んだようです。
東郷は丁に「万国公法」なる書物を手渡します。
そんな中、東郷の後方で騒々しい声が聞こえてきます。
東郷の姿を追いかけて来た真之と花田の2人です。
無断侵入者として丁の前に連れてこられたのですが、
東郷のとっさの機転で、2人は助け出されます。
艦船を後にした東郷と真之、そして花田の3人。
のちに、連合艦隊司令長官として
ロシアのバルチック艦隊を迎え撃つ東郷平八郎である。
東京に戻った子規は、
新聞「日本」に俳句についての文章を連載し始めていた。
この当時、明治の新聞界で特異な地歩を占めた
「日本」の社長を務めたのは、陸 羯南(くが・かつなん)である。
羯南は、子規の叔父で親友の加藤恒忠から子規をあずかり、
責任を持たされている。
今の子規にとっての全速力(とはいえ、病み上がりであるので少し駆け足程度)で
新聞「日本」の発行社に駆け込む子規。
俳句についての記事を羯南に目を通してもらいます。
子規の文章は、羯南には大ウケです。
特に朱を入れられることなく、編集へ。
子規は突然 帝国大学を退学させてほしいと言い出します。
大絶賛の羯南ではありますが、
帝国大学退学には首を縦に振ろうとしません。
親友から甥を預かっている責任が羯南にはあるのです。
「俳句に自分の一生を賭けるつもりですけん!」とまで言われれば、
羯南は困惑しつつ、子規を社員として雇うことにします。
そればかりか、今の下宿を引き払い、
ウチに引っ越すように言ってくれました。
さらに、国元に残して来た八重も、律も、
み〜んな呼んだらいい! と大盤振る舞いです。
子規の俳句や俳論が大きく成長したのは、
新聞「日本」に入った時期からであろう。
早速、子規は下宿先から羯南の自宅へ引っ越しです。
夏目金之助がその引っ越しを手伝ってくれました。
八重と律はすでに東京へ来ておりまして、
屋敷(と言えるほどの大きな家)の掃除をしています。
「芭蕉破れて 書読む君の 声近し」
子規は月15円で雇われたので、しばらくはその給料で
3人で暮らさなければなりません。
夏目は「金に困ったら、僕のネタをくれてやる!」と言って
金になる小説を勧めます。
夏目はネコのモノマネをし、
飼い主たちの人間社会をネコの目線から観察して
面白おかしく揶揄するという斬新なアイデアを披露。
でも、律に「どうやってしゃべるんぞな? ネコが」と
けっこう鋭い疑問をぶつけられ、急にトーンダウン。
もういいです……忘れて……(T^T)
しかしこれが「吾輩は猫である」につながるということですな。
秋山好古は、この前年の明治二十四年暮れに
フランスから帰朝していた。
好古は騎馬隊乗馬の指導を行っています。
以前真之に対して行ったがごとく、けっこうスパルタです。
ここでも好古の「単純明快」が活きています。
好古が育てつつある騎馬隊を、児玉源太郎も評価します。
源太郎は、騎馬隊育成に命を懸けている好古に
「所帯は持たぬのか?」とハッパをかけますが、
母が気に入る相手がなかなかおらんもんで、と逃げます。
この年 好古は、松山に残っていた母・お貞に
家を引き払わせ 東京へ呼んだ。
母の話だと、児玉は好古の家へのこのこと出かけ
縁談の世話をします と言い置いていったそうな。
息子の嫁取りというだけで、母はにこやかです。
好古が児玉に言った「母が気に入る相手が──」という言葉を
本人である母は逆手に取って
「気に入ったお相手がおります、今度会うてもらいます」と
波に乗って話を進めていきます。
母と二人して人力車に乗って向かった先は、
なんと東京に出てきたばかりの頃に下宿していた佐久間家。
いつもは威風堂々としている好古も、
今日ばかりはかなりソワソワ。
佐久間多美と久々の再会です。
好古としては、母と多美との接点が上手く見いだせないのですが、
前年の夏に多美が松山へ赴いて、貞と会ったそうです。
それでも結婚になかなか前向きになれない好古に、
「軍人にとって結婚は邪魔やけん、35までは結婚はせん!」という
今年35になる好古自身の言葉を持ち出します。
好古が学生だった頃は、茶碗1つで過ごしていましたが、
今は母と同居しているので2つほど。
それを好古は「もう1つあってもいいかもしれません」と
ついに多美を受け入れる気になったようです。
こうしてついに、好古と多美は結婚。
独身最後の砦も、ついに落ちたか!
陸大一期生、これにて……全滅ッ!
どぉーん!
戦争が、始まろうとしている。
いわゆる 日清戦争である。
日本の近代化が初めて経験した この対外戦争を
三人の伊予人もそれぞれの場所で経験していく。
時に日本は、十九世紀にある。
列強は互いに国家的利己心のみで動き、
世界史はいわゆる帝国主義のエネルギーで動いている。
日清戦争とは何か?
原因は、朝鮮半島という地理的存在にある。
ゆらい 半島国家というものは、維持が難しい。
朝鮮半島の場合、清国が宗主権を主張している。
これに対し、新たに保護権を主張しているのは、
ロシアと日本であった。
日本は、朝鮮半島が
他の大国の属領になってしまうことを恐れた。
そうなれば、玄界灘を隔てるだけで
日本は他の帝国主義勢力と隣接せざるを得なくなる。
明治二十七年、春。
朝鮮半島で、大規模な農民の反乱が起きた。
東学党の乱である。
新聞「日本」に勤める子規も、
その新聞記事を目を見開いて読んでいます。
朝鮮政府は、大いに驚いた。
政府が直面したおそるべき不幸は、自らの手で
国内の治安を維持できなくなったところにあるであろう。
「清国に要請して、大軍を急派してもらおう」
という議が、持ち上がった。
日本に要請して とは、ほとんどの者が思わなかった。
時の 日本の首相は、伊藤博文であった。
首相官邸──。
清国が朝鮮に出兵すると外務大臣・睦奥宗光に聞かされて
時の内閣総理大臣・伊藤博文は、驚きを隠せません。
伊藤は日ごろから、朝鮮は
我が国の手で開花させねば と言っているようですが、
下手に清国を刺激してはならない、という伊藤に対して、
陸奥や川上操六は「我が国も朝鮮に出兵すべき」という考えです。
短期決戦に持ち込めば 勝算あり、と予測しています。
しかし、平和主義者の伊藤は首を縦に振りません。
首相の伊藤博文は、
若い頃 西洋四ヶ国艦隊の長州攻撃を知っただけに
先進文明の持つ 恐るべき破壊力を体で知っており、
彼の政治家としての計算力は、
常にそういう物理的感覚の場所を外さなかった。
伊藤はとうとう、朝鮮への派兵を決意します。
ただし 朝鮮制圧の意味ではなく、居留民保護が目的です。
ゆえに、戦闘行為を招いてはならない という但し書き付きです。
朝鮮半島 仁川──。
雨の中を、幾多の朝鮮人が荷車を押して避難していきます。
子どもが何かを拾い上げますが、遠くから聞こえる進軍の音を聞いて
一目散に去っていきます。
閣議決定後 わずか一週間後の六月九日、
日本軍は朝鮮半島西岸の仁川に上陸した。
しかし日本軍が宮殿のある漢城に到着すると、
朝鮮王は東学党の要求を呑み、乱は治まった。
2,000の派兵の約束が、実際には4,000兵が上陸すると知って
「わしをたばかったの!」と伊藤は大激怒です。
ともかく撤兵の準備をするように陸奥に指示しますが、
何が起きるか分からない状況での撤兵は難しく、
安全策を取るならば 更なる派兵しかない! と陸奥は断言。
当時、陸軍の至宝といわれた 陸軍参謀次長・川上操六。
一方、カミソリと言われた外務大臣・睦奥宗光。
この戦争は、この二人がやったといっていいであろう。
陸軍大将で 時の枢密院議長・山県有朋が、伊藤の私邸を訪ねた。
山県と伊藤は 長州の下級武士出身で、
奇兵隊では ともに戦ったこともある。
今や二人とも維新創業の元勲として君臨している。
山県のお供として、陸奥と川上が同席しています。
新聞は 清国への敵愾心を無用にあおりたてる論調を繰り返すし、
あろうことか、それに同調する政党まで出てくる始末で、
伊藤としては、そんな論評を山県に一喝してもらいたいと漏らします。
しかし山県は、実は清国との戦争賛成派なのです。
いざとなれば自ら軍隊を率い、
清国へ上陸してもいいとさえ思っています。
去っていく山県の背中を見つめるだけの伊藤でした。
夜、伊藤は陸奥を呼び出します。
陸奥は咳き込んでいて、体調はあまり芳しくありませんが、
本人としては 病の相手をするヒマがないというところです。
伊藤は、今の胸中を陸奥に吐露します。
自分が臆病者だからこそ慎重に慎重を重ねて国造りをしてきた。
清国と戦をして、万一我が国が負けたらどうなるのだろう?
それでも楽観論を唱える陸奥に問います。
「負けたらどうなるか、お前 そう考えたことはあるか?」と。
もし負ければ 経済的にも破綻し、列強の格好の餌食になるは必定です。
清国への出兵は、
朝鮮を清国の属邦から解放して独立国にするためのものであり、
領土侵略の目的ではない と秘かにロシアに根回しを図らせます。
さらに伊藤は、清国と共同で朝鮮を立て直し、
独立させよう という提案書を清国に送ることにします。
恐らく清国はこの提案書を呑まないと思いますが、
それこそ伊藤の思うつぼでありまして、
仮に清国と戦になった場合でも、
日本の大義名分を明らかにしているわけで、
この清国との戦の不利益は、すべて清国側に存することになります。
伊藤としての、保険の意味合いかもしれません。
この閣議が、事実上の開戦決定の閣議となった。
騎兵第一大隊長になっていた好古は、
目黒の兵舎で 動員に備えることになった。
好古の着替えなどを準備している多美ですが、
多美のお腹には好古の子を宿しております。
出かける寸前、好古は 仏壇の下の文箱から2枚の紙を取り出します。
「信好」「與志」と書いてあります。
多美が身ごもっている子の名前です。
きっと、生きて帰って来てください!
約束ですよ!
多美は大きな目に涙を浮かべて、夫を見送ったのでした。
連合艦隊も、佐世保を出航した。
真之の乗る巡洋船「筑紫」は 先発隊として、
朝鮮半島西岸で偵察活動を行った。
宣戦布告は、まだ行われていない。
だが、海上では すでに最初の砲煙が上がった。
この日早朝、朝鮮西岸の豊島沖で
日本艦隊は清国艦隊と遭遇し、戦闘の火蓋が切られた。
更に午前十時、敵艦を追いかけていた巡洋船「浪速」は
別の目標を発見した。
大型汽船であった。
マストに英国旗を掲げているが、
清国陸軍の将兵を満載していることが分かった。
浪速の艦長は、
この英国商船が清国の陸兵を輸送していることを確認し、
その理由を以て撃沈の命令を下した。
この事件は、すぐに上海電報によって英国に打電され、
英国の朝野を激昂させた。
浪速の館長は、東郷平八郎であった。
「撃ち方、始め!」東郷の声がこだまします。
──────────
明治25(1892)年12月、
帝国大学を退学した正岡子規が日本新聞社に入社する。
明治38(1905)年5月27日、
日本とロシア帝国との間で戦われた日本海海戦まで
あと12年5ヶ月──。
原作:司馬 遼太郎 (『坂の上の雲』より)
脚本:野沢 尚
:柴田 岳志
:佐藤 幹夫
音楽:久石 譲
メインテーマ:「Stand Alone」
唄:サラ・ブライトマン
演奏:NHK交響楽団
:東京ニューシティ管弦楽団
テーマ音楽指揮:外山 雄三
脚本諮問委員:関川 夏央
:鳥海 靖
:松原 正毅
:松本 健一
:宮尾 登美子
:山折 哲雄
:遠藤 利男
脚本監修:池端 俊策
時代考証:鳥海 靖
風俗考証:天野 隆子
海軍軍事考証:平間 洋一
:菊田 愼典
陸軍軍事考証:寺田 近雄
:原 剛
艦船考証:泉 江三
軍服考証:柳生 悦子
騎兵考証:岡部 長忠
:末崎 真澄
:清水 唯弘
軍装考証:平山 晋
取材協力:司馬遼太郎記念館
資料提供:坂の上の雲ミュージアム
:子規記念博物館
:子規庵保存会
:馬の博物館
:Lumiere
:Collections Gaumont Pathé Archives
:BFI National Archive
:British Pathé
:Getty Images
:ミズノ プリンティング ミュージアム
撮影協力:松山市
:呉市
:呉市立下蒲刈小学校
:廿日市市宮島町観光協会
:厳島神社
:美星町観光協会
:京都府
:洛東遺芳館
:名古屋市市政資料館
:防衛省
:記念艦三笠
:埼玉県
:川口市
:会津若松市
:郡山市
:安積歴史博物館
題字:司馬 遼太郎
語り:渡辺 謙
──────────
[出演]
本木 雅弘 (秋山真之)
阿部 寛 (秋山好古)
香川 照之 (正岡子規)
菅野 美穂 (正岡 律)
原田 美枝子 (正岡八重)
佐野 史郎 (陸 羯南)
小沢 征悦 (夏目金之助(漱石))
的場 浩司 (長岡外史)
堤 大二郎 (井口省吾)
宮内 敦士 (藤井茂太)
徳井 優 (園田巡査)
柳家 喬太郎 (署長)
ティモフィー・ヒョードロフ (ニコライ)
徐 文彬 (丁 汝昌)
坂本 長利 (水練の師範)
大木 聡 (人見大尉)
須田 邦裕 (花田)
松川 尚瑠輝 (河東秉五郎)
ささの 友間 (高浜 清)
──────────
松 たか子 (秋山多美)
佐々木 すみ江 (よし)
國村 隼 (川上操六)
大杉 蓮 (睦奥宗光)
岡 けんじ (津田三蔵)
賈 宏偉 (清国人将校)
近藤 強 (陸軍工兵)
日向 とめ吉 ( 〃 )
五宝 孝一 (広瀬砲術長)
高橋 光宏 (志津田航海士)
野呂 朋大 (菊池謙二郎)
ティム (ジョージ親王)
小林 廉 (真之(回想))
染谷 将太 (好古(回想))
菊池 真之
松村 良太
辰巳 智久
檜尾 健太
阿部 翔平
本上 和樹
上野 太
山本 修
枝光 利雄
エンゼルプロ
テアトルアカデミー
劇団ひまわり
劇団東俳
エレメンツ
NAC
キャメルアーツ
キャンパスシネマ
フェイムステージ
キャロット
長谷川事務所
NHK東京児童劇団
松山市のみなさん
福山市のみなさん
つくばみらい市のみなさん
帆船日本丸展帆ボランティアのみなさん
高橋 英樹 (児玉源太郎)
所作指導:橘 芳慧
馬術指導:田中 光法
海軍軍事指導:堤 明夫
陸軍軍事指導:大東 信祐
軍楽隊指導:谷村 政次郎
砲術指導:佐山 二郎
アクション指導:深作 覚
茶道指導:鈴木 宗卓
医事指導:中村 毅志夫
古式泳法指導:竹岡 寿理
戯唄指導:本條 秀太郎
松山ことば指導:野沢 光江
薩摩ことば指導:西田 聖志郎
長州ことば指導:一岡 裕人
広島ことば指導:沖田 弘二
茨城ことば指導:飛田 晃治
英語指導:ラザリス
タイトルバック:菱川 勢一
ドキュメンタリー部映像加工:ドローイング アンド マニュアル
VFXプロデューサー:結城 崇史
VFXスーパーバイザー:野口 光一
──────────
伊東 四朗 (秋山久敬)
竹下 景子 (秋山 貞)
江守 徹 (山県有朋)
加藤 剛 (伊藤博文)
渡 哲也 (東郷平八郎)
──────────
エグゼクティブ・プロデューサー:西村 与志木
制作統括:菅 康弘
:藤澤 浩一
プロデューサー:関口 聰
美術:山下 恒彦
:小林 史幸
技術:川邨 亮
音響効果:西ノ宮 金之助
撮影:清水 昇一郎
照明:佐野 清隆
音声:加村 武
映像技術:片田 直行
VFX:釣木沢 淳
CG:井藤 良幸
美術進行:田中 裕
記録:野田 茂子
編集:城島 純一
(フランスロケ)
制作協力:NEP Europe Ltd.
:BREAKOUT FILMS
コーディネーター:清水 玲奈
(中国ロケ)
撮影協力:国家広播電影電視総局
コーディネーター:李 泓冰
美術協力:銭 運選
演出協力:陸 濤
演出:柴田 岳志
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』
第4回「日清開戦」
アナログ総合・デジタル総合:午後8時〜
デジタルハイビジョン:午後5時30分〜
衛星第二テレビ:午後10時〜
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