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2009年12月22日 (火)

(48-1)総集編第一部・天の章

(01)五歳の家臣
天正14年(1586年)、大坂城。上杉家家臣の直江兼続(妻夫木 聡)は、主君の上杉景勝(北村一輝)とともに豊臣秀吉(笹野高史)に謁見していた。兼続の有能さは諸国の武将たち知れ渡っており、秀吉は兼続を自らの家臣にしようと呼び寄せたのだ。
兼続が優れた人物に育ったのは永禄7年(1564年)、越後・上田庄で起きた事件がきっかけだった。同年7月、坂戸城主・長尾政景が上杉輝虎(後の謙信・阿部 寛)の参謀・宇佐美定満と野尻湖で溺死する。長尾家の家臣たちは「輝虎が仕組んだ暗殺」と、すぐさま城に集まり戦の準備。混乱する場内に与六(後の兼続・加藤清史郎)の父・樋口惣右衛門(高嶋政伸)もいた。そこに突如輝虎が現れ、残された政景の妻・桃(高島礼子)と10歳の息子・喜平次(後の景勝・溝口琢矢)と対面する。桃は輝虎の姉である。その年の秋、輝虎は喜平次を狩に連れだし自らの養子にすると伝える。そして喜平次は坂戸にある寺・雲洞庵で、侍としての修業を始める。一方 5歳の与六は、将来喜平次の家臣になるために親元から離れ、同じ雲洞庵での生活を始めるのであった。

(02)泣き虫、与六
永禄7年(1564年)・冬、5歳の与六は喜平次とともに、越後上田庄の寺・雲洞庵で修業生活をしていた。坂戸城では、輝虎が姉・仙桃院に喜平次は大将の器だと言い、さらに、与六は北天の王を守る北斗の七星だと、語り合うのだった。
そんな二人の思いを知らず、与六は生意気ゆえに 住職である北高全祝(加藤 武)に叱られてばかりで友もいない。一方、喜平次は無口さゆえに、周囲の子どもたちと馴染めずにいた。ある夜、与六はさみしさから実家を目指し雪の中、雲洞庵から抜け出す。気づいた喜平次は後を追う。何とか実家にたどり着いた与六だったが、母・お藤(田中美佐子)に追い返される。喜平次はそんな与六に「母上はお主を捨てたのでない。この喜平次にくだされたのだ。わしの側にいてくれ」と語りかける。この温かい言葉にむせび泣く与六。与六と喜平次の心が通った瞬間だった。
時は流れ、天正元年(1573年)、越後と信濃の国境近くの川中島の妻女山。14歳になった兼続と、同じく景勝の家臣・泉沢久秀(東 幹久)が武田の様子を探っていた。すると二人の前に武田軍の重臣・高坂弾正(大出 俊)が姿を現す。上洛中であるはずの武田軍に不穏な動きがあると感じる兼続。一方、天下統一を目指す織田信長(吉川晃司)は武田信玄を迎え撃つため、兵を進めていた。 天下の情勢は大きく変わろうとしていた。

(03)殿の初恋
天正元年(1573年)4月、上杉軍の軍議で熱い議論がかわされていた。兼続は 景勝の考えとして、武田軍の様子がおかしいので、京に兵を進めるべきと進言するが、謙信のもう一人の養子・上杉景虎(玉山鉄二)は混乱する越後国内を鎮めるべきと主張、謙信は景虎の意見を支持する。景勝と景虎は何かにつけて比べられるライバルであった。
軍議の帰り道、兼続は ある騒動に巻き込まれる。そこで上杉家の家老・直江景綱(宍戸 錠)の娘・お船(常盤貴子)に出会い、きまずい思いをする。そして翌日、兼続は出陣を祝う宴の席で再びお船と会う。宴の余興で優美な景虎の能の舞が披露され、景勝の順番となるが、無骨な景勝は踊ろうとしない。場がしらけそうになる。その時、兼続が景勝に代わって、上田に伝わる陽気な踊りを披露、場は和やかさを取り戻す。数日後、兼続は、景勝の妹の華姫(相武紗季)から、景勝がお船に好意を持っていると知らされる。兼続は、名誉挽回と景勝のため偽の手紙をお船に送る。気まずさを引きずったまま景勝は出陣の日を迎える。

(04)年上の女
天正元年(1573年)7月、越中の混乱を治めた上杉軍は春日山に戻り祝い宴を開いていた。席上 だれもが、景勝と景虎 二人の活躍ぶりに酔いしれていた。北条氏からの養子である景虎の身の上を、ずっと不憫に思っていた謙信は、景虎を真に上杉家の人間として迎えるため、景勝の妹の華姫と婚儀を決意する。早速、兼続は祝いの品を買いに、お船と二人で、直江津の町に出かけた。帰り道、雨に降られた二人は、浜辺の漁師小屋で雨宿りをすることになり、気まずい雰囲気に陥る。一方、その頃、兼続の実家の樋口家では、母・お藤が病で床に伏すことが多くなっていた。
翌年、天下統一を狙う信長から、謙信にいきなり洛中洛外図が送られてくる。その絵には、御所に向かう謙信らしき武将の姿が描かれていた。兼続は、絵は信長の謙信に対する挑戦状と考え、真意を確かめるため、信長の使者として来た初音(長澤まさみ)とともに、信長のいる岐阜城へと旅立つのだった。

(05)信長は鬼か
天正2年(1574年)5月、兼続は上杉家の使者の一行に加わり、信長のいる岐阜城を訪れる。初音の手助けで信長に会う兼続。信長に義の精神をぶつけるが、信長は古くさい考えと一蹴、秀吉に密かに兼続を殺すよう命じる。その兼続の危機を救ったのは、のちの石田佐吉(後の三成・小栗 旬)だった。翌年、長篠の戦い。信長は鉄砲を導入した戦法で武田を破り、越後を脅かすように近づく。上杉家の家臣たちは謙信に出陣を促すが、戦で多くの人命を失うことを案じる謙信は動こうとしない。そんな折、お船が兼続に会いにきて、間もなく婿をとることになると告げる。ショックを受ける兼続。
一方、景勝は謙信に、今の世に義の精神を貫き、越後のような清く安穏の国を作ることが上杉家の使命と強く説き、ついに謙信は信長を討つ決意を固める。そして、兼続は初陣を迎えるのだった。

(06)いざ、初陣
信長を討つため、越中に侵攻した謙信率いる上杉軍は、圧倒的な強さで敵の山城を攻め落としていった。ようやく初陣がかなった兼続も張り切っていたが、命ごいをする若い兵士を切ることができず落ち込む。そんな兼続を「戦に涙は無用」と叱咤する景勝。兼続は戦の厳しさを学ぶ。上杉軍は越中を平定、さらに加賀から能登へ入り、難攻不落の七尾城を包囲した。そんな時、直江景綱が病に倒れ春日山へ戻る。そして、お船の婚儀が決まる。相手は上野長尾家の景孝(後の直江信綱・山下真司)。兼続への思いを秘めたお船を、仙桃院は「武家の女子はつらいもの」と言って慰める。
七尾城を攻めあぐねていた上杉の陣中では、景勝と景虎の家臣同士のいさかいが起こっていた。景虎の家臣たちが、犬に景勝の幼名「喜平次」と名づけてからかっているのを見て兼続が激怒、思わず相手に切りかかる。騒ぎを起こし、処分を待つ兼続。すると突然初音が現れ、信長が戦で勝利すると予言して立ち去る。謙信は兼続に「心が迷っている。故郷・上田庄で己を見つめなおせ」と言い渡し、兼続は失意のまま陣を去る。

(07)母の願い
謙信に蟄居を命じられた兼続は、故郷・上田庄の雲洞庵にこもり 自らを見つめていた。そこに弟の与七(小泉孝太郎)が訪ねて来て、母・お藤の容態がよくないことを伝える。家に帰るよう説得する与七に、兼続は勝手な真似はできないと拒む。その頃、北条氏政が関東の上杉方の諸城の攻略を再開。上杉軍は七尾城攻めを中止し、春日山へ取って返す。直江景綱は戦に参加できないことを謙信にわびるが、謙信は景綱こそ第一の家臣とねぎらう。三日後、景綱が亡くなる。北条を抑えた謙信は、再び七尾城を攻め、お船の夫で直江家の跡取りとなった信綱も参戦する。
一方、兼続のもとに、母の危篤の知らせが届く。意地を張り帰ろうとしない兼続に全祝は「己の真を見つめ、それに従え」と叱咤。急ぎ家へ戻る兼続。兼続の顔を見たお藤は静かに息を引き取る。自らの親不孝を責める兼続に、全祝は強くなれと諭す。そして、お藤の四十九日法要の日、参列したお船を送った兼続は、紅葉の木を見て「紅葉のように人のために尽くす家臣になりなさい」という母の言葉を思い出し、二度と涙は見せまいと心に誓うのだった。

(08)謙信の遺言
ようやく七尾城を攻め落とした謙信は、信長を討つためさらに兵を進め、加賀・手取川に陣を構えた柴田勝家(菅田 俊)率いる信長軍に夜襲をかける。雨で鉄砲の使えなくなった織田軍は苦戦、結果は上杉軍の大勝に終わる。しかし、謙信はそれ以上追撃せずに兵を引くのだった。一方、兼続の蟄居はまだ解かれずにいた。そこに初音が現れ、上杉軍が織田軍に大勝したことを知らせる。
年が明け、ようやく兼続の蟄居が解かれた。兼続は、景勝の家臣に加えてほしいとせがむ与七とともに春日山へ戻る。久しぶりに兼続に対面した景勝や上田衆たちは兼続を温かく迎える。
上杉軍は再び出陣の準備を進めていた。いよいよ天下取りとはやる景勝や景虎に、謙信は、戦いの目的は足利幕府の再興にあり、自分は天下を目指す気がないことを告げる。衝撃を受ける景勝・景虎に、謙信は、この世には天下を取るより大切なことがあると諭す。謙信は、兼続に、迷うことで己の義が見えてくると説き、兼続こそ自分の唯一の弟子であると告げる。感極まる兼続だったが、その後突然、謙信が病に倒れる──。

(09)謙信死す
天正6年(1578)3月、関東出陣を目前に控えた時、突然謙信が病に倒れる。動揺する家臣たちを景虎は「動じるな」と一喝して鎮める。景虎の器量を認める家臣たちの間で、景虎こそ跡継ぎにふさわしいとの声が高まるが、景虎は「今は御屋形様の回復を願うのみ」といさめる。兼続は謙信の看病を申し出る。しかし、必死の看病にも関わらず容態は回復せず、ついに謙信は、兼続に「そなたの義」とひと言だけ残して息を引き取る。謙信は遺言を残さなかったため、上杉家は家督を巡って景勝派と景虎派に分かれ大混乱に陥る。それを見かねた妙椿尼(萬田久子)は、謙信が「家督は景勝に」と遺言を残したと嘘をつく。真実を知る仙桃院は妙椿尼を責めるが、上杉の混乱を鎮めるため、この嘘を真実として生きていくことを決意。仙桃院は兼続にも遺言が嘘であることを知らせる。動揺する兼続だったが「すべての泥は私がかぶる」という仙桃院の決意の前に、これを受け入れる。そして、お船にその覚悟を毅然と言い放つ。
景勝は喪主を務めることになり、兼続や上田衆も葬儀の準備に追われる。そんなとき、遺言を不審に思った景虎派の柿崎晴家が景勝に夜討ちを仕掛けてくる。


原作:火坂 雅志 (『天地人』NHK出版 刊)
脚本:小松 江里子
音楽:大島 ミチル
テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
テーマ音楽指揮:小泉 和裕
題字:武田 双雲
語り:宮本 信子
──────────
[出演]
妻夫木 聡 (直江兼続)
北村 一輝 (上杉景勝)
常磐 貴子 (お船)
田中 美佐子 (お藤)
高嶋 政伸 (樋口惣右衛門)
小栗 旬 (石田三成)
東 幹久 (泉沢久秀)
玉山 鉄二 (上杉景虎)
相武 紗季 (華姫)

長澤 まさみ (初音)
小泉 孝太郎 (樋口与七)
宍戸 錠 (直江景綱)
あき 竹城 (かよ)
萬田 久子 (お万)
山下 真司 (直江信綱)
平泉 成 (栗林政頼)
大出 俊 (高坂弾正昌信)
山本 圭 (吉江宗信)

吉川 晃司 (織田信長)
笹野 高史 (羽柴秀吉)
加藤 武 (北高全祝)
高島 礼子 (桃(仙桃院))
富司 純子 (北政所)
阿部 寛 (上杉輝虎)
──────────
制作統括:内藤 愼介
制作:吉永 証
演出:片岡 敬司
  :高橋 陽一郎


本文のストーリーは、NHK公式ホームページ『天地人』の
あらすじ欄よりそのまま引用しました。
なお、出演者名(敬称略)は総集編の出演ではなく、
該当期間の本編に出演し、ピンクレジットで紹介された方を
順不同で並べ替えたものです。

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コメント

明けましておめでとうございます。
楽しいブログを読ませていただきありがとうございます。
これからも更新頑張ってください。

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ペンタブとの出会いさーん。はじめまして!
Kassyです。どうぞよろしくお願いいたします!


>明けましておめでとうございます。
こちらこそ、あけましておめでとうございます(^ ^)


>楽しいブログを読ませていただきありがとうございます
いやいや、こんなブログですいません(^ ^;;)┓

固定客の方々が多い中で、
それ以外の方でも読者さんがいるんだなぁと
改めて実感致しました。

今後も気負いせず、気張らずに
のびのびとつづっていければいいなぁと考えています。
これにこりずにコメントどしどしお送りくださいませ。

よろしくお願いいたします!

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