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2010年11月14日 (日)

(46)土佐の大勝負

地上・BSデジタル放送完全移行 2011年7月24日まで あと252日
地上およびBSのアナログテレビ放送は終了し、デジタル放送へ移行します。


慶応3(1867)年9月23日、龍馬はついに土佐入りします。
目指すは血を流さずに徳川を政権の座から引きずり降ろすこと、
そのためには山内容堂を説得しなければなりません。

土佐高知城に届けられたミニエー銃1,000丁を見て
容堂は「その武器はどっちを向いて使う気や!」と
後藤象二郎を問いつめます。

象二郎は、徳川将軍家の威光はすでに消え失せ
人心は幕府から離れる一方であり
民衆は新しい日本を望んでいるということを説き、
武器を持ち込んだ坂本龍馬との対面を仲介しますが、
それを聞くなり、容堂は黙って出て行ってしまいます。

龍馬が容堂と対面できるのは、
どうやら今の状況ではなかなか無理のようです。


龍馬が実家の坂本家に戻ってきました。

坂本乙女をはじめ、兄の権平らは大喜びで出迎えます。
姪の春猪は今や、鶴井と兎美という二児の母であり、
そんな坂本家の変わりように龍馬は目を丸くしています。

父・八平の後添えであった坂本伊與は
龍馬の身を案じつつ、2年前に亡くなっていました。
でも、後妻でありながら幸せな一生だったそうです。
龍馬は仏壇に向かって頭を下げ、長らくの不在を謝ります。

龍馬が土佐へ戻ってきたのは、
容堂にお願い事があるためと権平に打ち明けますが、
それを仲介してくれるのが土佐藩参政の象二郎と聞いて、
話は「龍馬、大出世か!?」という全然違う方向へ流れていきます。

龍馬が戻ってきたというウワサは岩崎家にも届いて、
岩崎弥太郎の妻・喜勢をはじめ、父・弥次郎、母・美和、
弟・弥之助らが坂本家を訪れ、大宴会の始まりです。

母の美和は「図に乗っちゃあせんろうか?」などと
息子を心配していますが、龍馬は
「しっかりやっちょります」と言葉をかけます。

長崎・土佐商会の主任を降ろされたはずの弥太郎は
そのころ、商会の屋敷内でいろいろと帳簿をつけていますが、
そこへ上士二人(森田・高橋)が突然乗り込んできます。

慌てて立ち去ろうとする弥太郎の手許から
帳簿を取り上げ、黙って中身をチェックします。
「これは……土佐商会の仕事ではないのう」と指摘され
“自分の商売をしゆうがです”と開き直りの弥太郎ですが、
その上士らはポツリと告白します。

「おんしが土佐商会の主任を降ろされたこと、残念に思うちゅう」

世の中が大きく変わろうとしている実感は二人とも得ているようで、
武士の象徴の刀よりも算盤が役立つ時代を見越して
岩崎が手がける仕事を手伝いたい! と頭を下げます。
突然の申し出、しかも上士が地下浪人の自分に頭を下げてきたことに
味方を得たとは言え、明らかに困惑気味の弥太郎です(^ ^)


土佐では、藩の行く末について大激論が交わされていました。
象二郎は改めて、容堂に龍馬と会うように説得しますが、
それでも容堂は会おうとはしません。

犬猿の仲だった薩摩長州を結びつけ、
土佐は薩摩と盟約を結ぶという
今の世の流れを作り上げたのが坂本龍馬であることを
象二郎は容堂に初めて打ち明けます。

象二郎曰く、下士の分際で吉田東洋に認められ、
脱藩者でありながら次々と偉業を成し遂げていく龍馬が
とても妬ましく思えて、今まで黙っていたそうです。

そんな象二郎の気持ちを理解してか、
容堂はついに龍馬と面会することにしました。
勝 麟太郎の書生時代に容堂と対面した時以来5年ぶりです。

龍馬は率直に、将軍・徳川慶喜に
大政奉還の建白書を書いてほしいと願い出ます。

容堂は、土佐勤王党を立ち上げた武市半平太を始め
平井収二郎や岡田以蔵らを斬罪に処したその人であり、
龍馬は「憎いがです」と正直に言います。

それは、容堂に対して、というよりは
土佐特有の上士と下士の身分制度に憎しみを感じているものです。
しかし、母・幸がかつて教えてくれました。
「憎しみからは、何ちゃあ生まれん」

龍馬にとって憎むべきは、260年以上続いてきた古い仕組みであり、
将軍も大名も、武士という身分も消してしまうことであります。
「ご決断を!」と刀を差し出して迫る龍馬と象二郎に
刀を仕舞うように言い、黙って対面所を出て行く容堂です。

龍馬は、一筋の涙を流します。


次のシーンで、坂本家の団らん風景が流れますが
「父上が亡くなられた歳まで、あと5年ぜよ」という
権平が放ったセリフがあり、ちょっと気になったので
おせっかいながら坂本家の年齢(+演者の年齢)を調べてみました。
(登場人物の年齢は1867年時点の数え年、
演者の年齢は2010年11月14日現在)

★父 ・坂本八平(60没) ←児玉 清さん(76)
 母 ・坂本 幸(51没) ←草刈 民代さん(45)
 義母・坂本伊與(62没) ←松原 智恵子さん(65)
★兄 ・坂本権平(54) ←杉本 哲太さん(45)
 義姉・坂本千野(47) ←島崎 和歌子さん(37)
 姪 ・坂本春猪(24) ←前田 敦子さん(19)
 姉 ・坂本乙女(36) ←寺島 しのぶさん(37)

そして……坂本龍馬(32) ←福山 雅治さん(41)

父・八平の没年齢と兄・権平の現年齢は
見た目6歳離れていますが、
1867年ももう2ヶ月ほどで終わってしまうことを考えれば
「あと5年」ということが言えるのかもしれません。

結局権平は、4年後の1871年に58歳で亡くなります。

ついでに申せば、
権平と龍馬が22歳離れているのにも驚きです。
演じる杉本さんと福山さんの感じで、今の今まで
5歳ぐらいしか離れていないのかと思っておりました(^ ^;;)

さらに、春猪がよく口走るセリフで
「龍馬おじちゃん!」というのがありますが、
実は8歳しか変わらないのですね(笑)。
感覚としては、兄と妹というものかもしれません。

脱線、失礼m(_ _)m


容堂は象二郎に、建白書を書くことは将軍家に対する裏切り行為であり、
山内家がお取り潰しになってしまうかもしれないことを案じますが、
大政奉還の建白書を書く決意を固めます。

武士、殊に容堂は大殿(引退した藩主)であり
そんな容堂が幕府・大名不要論を主張するというのは
よっぽどな覚悟だったと推察できますね。
今の政治家にはできない覚悟かもしれません。

書き上げられた建白書を前にした龍馬は、容堂が去った後、
象二郎にシェイクハンド(握手)を求められます。

さらに時代が急展開する始まりでした。


次週、大政奉還ついに成る!
海舟 勝 麟太郎、久々の登場です(笑)。

──────────

(『篤姫』では「(44)龍馬死すとも」付近)


作:福田 靖
音楽:佐藤 直紀
題字:紫  舟
──────────
福山 雅治 (坂本龍馬)

香川 照之 (岩崎弥太郎・語り)

寺島 しのぶ (坂本乙女)

青木 崇高 (後藤象二郎)
──────────
杉本 哲太 (坂本権平)
大森 南朋 (武市半平太(回想))
──────────
松原智恵子 (坂本伊與)

蟹江 敬三 (岩崎弥次郎)

倍賞 美津子 (岩崎美和)

近藤 正臣 (山内容堂)
──────────
制作統括:鈴木 圭・岩谷 可奈子
プロデューサー:土屋 勝裕
演出:梶原 登城


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『龍馬伝』
第47回「大政奉還」

アナログ総合・デジタル総合:午後8時〜
デジタルハイビジョン:午後6時〜
衛星第二テレビ:午後10時〜

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