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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2010年12月19日 (日)

(08)日露開戦 〜ついに歴史的決断が下る! 兄から弟への覚悟の言葉〜

地上・BSデジタル放送完全移行 2011年7月24日まで あと217日
地上およびBSのアナログテレビ放送は終了し、デジタル放送へ移行します。


まことに小さな国が 開化期を迎えようとしている。

四国は伊予松山に、三人の男がいた。

この古い城下町に生まれた秋山真之は、
日露戦争が起こるにあたって、勝利は不可能に近いといわれた
バルチック艦隊を滅ぼすに至る作戦を立て、それを実施した。

その兄の秋山好古は、日本の騎兵を育成し
史上最強の騎兵といわれる
コサック師団を破るという奇跡を遂げた。

もう一人は、俳句、短歌といった
日本の古い短詩型に新風を入れて
その中興の祖となった俳人・正岡子規である。

彼らは、明治という時代人の体質で 前をのみ見つめながら歩く。

上っていく坂の上の青い天に
もし一朶の白い雲が輝いているとすれば、
それのみを見つめて、坂を上っていくであろう。


坂の上の雲 第八回「日露開戦」


森の中を馬で駆けていく数十騎の小集団の先頭に
好古の姿があります。
途中の道を二手に分かれて進みますが、
その先の広い野原では軍事訓練が行われております。

明治三十六年の初夏、秋山好古は清国からかえって
千葉県習志野にある騎兵第一旅団長に補されていた。
好古、四十五歳である。

好古が清国での任務から騎兵本来の現場にもどされたのは、
日本陸軍がとりつつある 臨戦態勢のあらわれのひとつであった。

いざ開戦となれば、
日本騎兵をひきいて世界一のロシア騎兵にあたりうる者は、
好古のほかないというのが、すでに定評であった。

好古は、日清戦争のころから
騎兵が機関銃を持つことを上申していたが、ようやく取り上げられ
日露戦争勃発直前に輸入された。

好古は訓練をくまなく見て回りますが、
そこへ中屋新吉大尉が通達をもたらします。

なんでも この9月に
ロシア陸軍がシベリアで大演習を行うとかで、
好古を参観武官として派遣するように、との
ロシア直々の招待です。

好古を招待して大演習を見せるとはどういう魂胆なのか
中屋は図りかねておりますが、
ロシアによるこけ威しであると 好古はとうに見抜いております。


庭では「ワン、ツー、ワン、ツー」という
先頭を走る外国人講師のかけ声に、
華族の才媛たちがついていっています。
今でいうバイク講習会のような様相です。

自転車を愛好する華族のレディたちが週一回集まって
自転車を楽しむ、「嗜輪会」というもの。
たまたま通りかかった(と偶然を装う)八代六郎は、
歩を止めてその様子を眺めています。

八代が場違いな場所ばかりを連れ回すので
「今度は何ですか?」と戸惑い、帰ろうとする真之は
自転車レースに参加している稲生季子を見つけます。

季子がいることに「ほう」と
さぞ興味もなさそうに反応する八代ですが、
しかしこれは、全てが
真之のために八代が仕組んだことであります。

自転車レースの途中で足をつってしまった季子は四着で
ひどくがっかりしています。
八代は、まさかそんなところまで仕組んでいませんが、
季子を励ましてほしいと真之に頼みます。

もう一度お会いしたかった、と打ち明ける季子に
真之は「アシは軍人ですけん」と、
一旦戦場に赴けばいつ帰ってこられるかも分からず
帰ってこれないかもしれない、と厳しい現実を語ります。

もし一人残されても
看護婦になって子らを立派に育てます、と
あたかも夫婦であるかのような季子の答えに
思わず黙り込んでしまう真之ですが──、

明治三十六年七月、秋山真之は稲生季子と結婚した。

この兄弟は いずれも独身主義者だったが、
それぞれ晩婚ながら妻をめとった。
好古は少佐のとき三十五歳、
真之はやはり 少佐のとき三十六歳である。

両人とも結婚観はひどく素朴で、
結婚して家庭をつくることは男児の志を弱らせるものだという
ふしぎな信念をもっており、
結婚後もそういう考え方はかわらなかった。


ロシアは、凄まじい勢いで極東の軍事力を増大させた。
その南下の欲望の強さは、
帝国主義の歴史始まって以来のものである。

すでに満州を奪っており、
武力を背景とした開発企業は、朝鮮北部を抑えている。

日本は、朝鮮を固執しなければならない。
もしこれをすてれば、朝鮮どころか 日本そのものも
ロシアに飲み込まれてしまうおそれがあると考えていた。

ニコリスク演習場へ、好古は汽車で乗り入れます。
演習場では、騎兵将校たちが敬礼して好古を迎え入れます。

九月、好古はロシア陸軍の演習に招待され、
ウラジオストクを経て、
沿海州のロシア陸軍の演習地・ニコリスクに渡った。
ここは今まさに、ロシアのシベリア、満州占拠で
世界中が沸騰している問題の地帯である。

世界第一の陸軍の威容をみせて日本人の戦意をくじく
という意図は、ロシア皇帝自身の指示によるものだった。

ロシア騎兵の強力さは想像以上のものがあった。
正直なところ、このような敵と戦って勝つには
日本陸軍の三分の一は死なねばならないと思った。


サンクトペテルブルク・大蔵大臣公邸──。

日本政府は ロシアに対して開戦の肚を秘めつつ
最後的交渉をはじめた。
提出した協商案は──ロシアは満州を自由にせよ、
そのかわり朝鮮に対してはいっさい手を出さない。
という、いわば満州・朝鮮交換案というべきものであった。

しかし……。

駐露公使・栗野真一郎はウィッテと会いますが
ウィッテはニコライ皇帝から大蔵大臣を罷免されており、
そのことは、日露戦争回避に動いていた日本側を
多いに落胆させます。

今後の日本との外交窓口は、
旅順の極東総督・アレクセーエフ大将になるそうです。
彼は言うまでもなく、日露戦争開戦論者です。

アレクセーエフの背後には 宮廷顧問官・ベゾブラゾフがいて、
もはや戦争は避けられそうもありません。


シベリア・ニコリスク──。

ロシア側による好古の歓迎宴会が催されます。
好古は騎兵将校たちと腕相撲に興じており、
気持ちいいほどに次々と負かしていきます。

「ロシアに騎士道があるように 日本にも武士道がある」、
好古は、ロシア将校たちに戦場で相見えた時は
お互い勇敢に戦おうとエールを送ります。

どの男も気持ちのいい男たちばかりで、
好古を騎兵という同族グループの仲間と見ていた。

戦士たちが、中世以来つくりあげてきた
このような心情の これは
最後の時代であったかもしれない。


東京・芝──。

真之と季子が結婚して、三ヶ月が過ぎた。

律は子規の形見分けを思い立ち、真之邸を訪れます。
真之には、子規が描いた草花帖や下駄が渡されます。

子規は、自分の病気が治ったら
下駄を履いて 根津坂をカラコロ鳴らして歩きたいと
いつも言っていて、買っておいたんだそうです。


舞鶴鎮守府・長官公邸──。

すでに海軍では、対露外交がゆきづまりつつある情勢から
極秘裏に開戦を決意し、戦いのための人事を決定しつつあった。

山本権兵衛は、海軍建設者としては世界の海軍史上
最大の男の一人であることはまぎれもない。
かれは、ほとんど無に近いところから新海軍を設計し、建設した。

日露戦争直前には巨大海軍ともいうべきものをつくりあげ、
世界の五大海軍国の末端につらなるようになった。

海軍大臣・山本権兵衛は人力車で長官を公邸に訪れますが、
残念ながら長官はたった今 所用で外出した模様。
ちょうど入れ違いになってしまったようです。

権兵衛は、琵琶の音を楽しみながら
舞鶴湾のある場所に向かって小さな蒸気船を走らせます。
軍艦が多数並ぶ中を進み、誇らしげな顔の権兵衛ですが、
目的地はその軍艦ではなく、小さないかだです。

舞鶴には、東郷平八郎がいた。
東郷は当時、艦上勤務を離れ 舞鶴鎮守府司令長官を務めていた。

皆から「昼あんどん」とウワサされている東郷は
この日もいかだでのんびりと釣りを楽しんでいます。
これが「所用」なんですって(笑)。

蒸気船から手を振る権兵衛に気付き、笑って応えます。
東郷と権兵衛はおなじ鹿児島城下の
しかも同町内の出身であり、いわば同郷の好です。

いかだに乗り移った権兵衛は、東郷の身体をいたわり
釣りにかけて それとなく艦上勤務を匂わせますが
東郷はハッキリとは答えず、のらりくらりと先延ばしします。

権兵衛は、人事においても妙手であった。

権兵衛の見るところ、大軍の将帥は
片々たる才気だけでは務まるものではなく、
全人格がそれに適いているかどうかできまると思っている。

権兵衛は、東郷の周到性と決断力と
そしてなにより その従順さを大きく評価していた。


十月三日、ロシアの最初の対案が
極東総督のアレクセーエフから東京のローゼン公使を経て
日本政府に手渡された。

ロシア側は日本の案を黙殺し、
「朝鮮の北緯三十九度以北を中立地帯としたい」と出た。
むろん中立地帯とは名ばかりで、要するに
平壌・元山から以北をロシアの勢力下におく というものであり、
露骨にいえば朝鮮の北半分はほしい というのである。

この欲求は日本を震え上がらせた。

世は開戦論で沸き返るようなさわぎで、
ほとんどの新聞が紙面をあげて開戦熱を煽りたてた。

さらに、日本陸軍にとって重大な事態がおこった。
参謀本部次長・田村怡与造が急死し、
児玉源太郎がその後を引き継いだのである。


赤坂・乃木邸──。

児玉は乃木に、
田村亡き後の参謀次長を引き受けたことを報告します。
しかし、乃木邸では緊張の糸がほぐれるのか
またしても、すぐに居眠りを始めます。

児玉の 作戦家としての名は、すでに各国武官の間に聞こえていた。

この人事が公表されたとき、
「日本は対露戦を決意した」という情報が
それぞれの本国へ打電された。


権兵衛は東郷を海軍省に呼び出して艦隊司令官に任命。

万事、中央の司令通りに動いてもらわなければ
権兵衛としては困るわけですが、
現場での駆け引きは全て 東郷に一任となりました。

日清開戦直後に発生した
清国陸兵を満載した英国汽船「高陞号」の撃沈事件は、
東郷によるその勧告・交渉の過程においては
国際法を厳格に遵守したものであり、

権兵衛としては、
この東郷の素質を買っていたのかもしれません。


それまでの常備艦隊司令長官は、日高壮之丞だった。
権兵衛とは仲がよく、戊辰の戦争がしずまってから東京に出てきて、
一緒に相撲取りになろうとしたほどの仲である。

本来であれば、艦隊司令官は
常備艦隊司令長官が任命されるのが通例なんだそうですが、
今回はその通例から外れた人事に
日高は佐世保から急ぎ駆けつけ、権兵衛に怒鳴り込みます。

しかし、仮に日露国交が断絶した場合
艦隊司令官は大本営の手足のように動いてもらう必要があり、
連合艦隊司令長官は自負心が強く命令に背く可能性のある日高よりも
司令に忠実な東郷を選んだと権兵衛は諭します。


十月下旬、真之は海軍省に赴いた。

真之を海軍省で待っていた東郷は、久々の再会を喜びます。

かつて真之が、日清大戦時に大事な部下を失ったことで
よい指揮官とは何か、という問いに苦しんでいたとき、
特にアドバイスするでもなく、ただ黙って話を聞き
真之を力づけたことがあり、それ以来です。

東郷は、対露作戦の立案者として秋山真之をえらび、
日本海軍の命運の一端を真之が背負うことになった。

連合艦隊参謀長は島村速雄大佐ですが、
真之には作戦参謀として
その島村の補佐をしてほしいというわけです。

真之は、直ちに常備艦隊の集結する佐世保へと向かう。


千葉・習志野──。

出兵が近いことを肌で感じた真之は
季子とともに好古家へ挨拶へ出向きます。
真之が不在の間、一人ぼっちになる季子を
好古家で預かってくれるよう頼みに行ったわけです。

好古は名刺の裏にさらさらと何かを書き、真之に渡します。

「這囘の役(即ち 今回の戦)、一家全滅すとも怨みなし」
と書いてある。

アシはこの覚悟でやる と語る好古を、
皆が複雑な面持ちで見つめます。
多美や貞は、好古が何と書いたか真之に聞きますが、
この重い言葉をそのまま伝えることはできません。

「単純明快にあれ、いうことです」と言うのがやっと。

でも、聞かずとも貞は分かっているのでしょう。
今度の戦はとても大きなものになり、失うものも恐らくは多い。
真之とは、今生の別となるかもしれない──。
貞は、隠れて涙します。


遅れに遅れていたロシア側の回答が、
十二月十一日になって やっと日本の外務省に渡された。
ロシア側は妥協するどころではなく、
最初の解答よりもさらに強硬なものであった。

外務大臣・小村寿太郎は、ロシアの改定案は
逆に韓国の独立・領土保全を危うくするものだと
ロシア回答の一部分を万年筆で消し込んで、再度主張します。

ロシアはすさまじい勢いで極東の軍事力を増大させた。
極東における皇帝の代行者・アレクセーエフは
対日作戦計画を本国に提出し、
陸軍大臣・クロパトキンのもとでそれが成案になり、
それを皇帝は裁可した。


長崎・佐世保──。

十二月、連合艦隊は出撃体勢を整え
乗員とその家族の別れの会を催すこととなった。

真之も妻・季子を佐世保に呼び寄せた。

真之は季子と水入らずで、夜の佐世保を散策します。
形見分けでもらった子規の下駄をカラコロと鳴らし、
季子が縫った着物を着ています。

坂の上から、湾に浮かぶ旗艦・三笠が見えます。


サンクトペテルブルク・日本大使館──。

開戦の直前、東京の児玉源太郎は、
サンクトペテルブルクにいる明石元二郎に
電報による秘密命令を発した。
「ロシアにおいて革命指導せよ」という内容であったことは、
ほぼまちがいない。

ロシア側によって書かれたいかなる革命史にも、
明石元二郎の名はでていない。

が、ロシア革命は明石が出現する時期から
くっきりと時期を画して激化し、
各地に暴動と破壊事件が頻発したということは、
だれも曲げることはできないであろう。


明治37年(1904年)──。

一月十二日、元老・閣僚・陸海軍高官らが招集され、
御前会議が開かれた。

枢密院議長・伊藤博文は これまでのロシアとの協議の経緯を、
山県有朋はロシアとの国交断絶と聖裁を明治天皇に奏上。

日本政府は外交交渉による前途に絶望し、
何度か断交しようとしたが、そのつど明治帝は許さなかった。
明治帝に最も近しい元老・伊藤博文は、
終始日露開戦に消極的であった。

日本宮廷は公家的な伝統からして
きわめて被軍事的な性格と思想をもっており、
明治帝もその例外ではなかった。

ロシアへの修正案の内容について説明した小村が
この修正案でロシアと交渉を重ねても
彼らに応じさせるのは困難である とつけ加えると、
「難しいなら、なぜ この修正案をロシア側に
提出する必要があるのか」と明治帝は疑問を投げかけます。

談判中止を通告する時期は 軍事計画と緊密な関係があり、
それに照らし合わせて決定しなければなりません。

清国に兵隊を運ぶ輸送船が日本全国から佐世保に
集合し終えるのは8日後の1月20日の予定であり、
それまでは日露友好を訴え、
ロシア側の誠意ある回答を我慢強く待つ必要があるわけです。

奏上された内容を全て聞いた上での明治帝の聖断は
「もう一度、ロシアに返答を催促してみよ」でした。

権兵衛は落胆した。
山県有朋は、聖断の背後に伊藤の存在を感じた。


エガテリーナ宮殿──。

ロシア皇帝・ニコライ二世は迷っていた。
日本側からの修正案が最後通牒の響きを持っていたからである。

皇帝は、聖断を下した。

一月二十八日、
ニコライ二世は 極東総督・アレクセーエフに電訓
(※)をうった。
その内容は、日本に対する全面譲歩の回答であった。

(※ ドラマ台本を元にしたあらすじでは「訓電」)

アレクセーエフは、皇帝からの電報を机に叩きつけ
その絶望感から頭を抱えてしまいます。
東京のローゼン公使への転送も「必要ない!」とはね除け、
電報を厳重に保管するように指示します。

その電報が東京のローゼンに届いたのは、十日後の二月七日であった。

皇帝の電報が旅順総督府に留め置かれている間に、
英国外務省により ロシア皇帝による対日作戦計画の裁可という
一ヶ月前の情報が日本に伝えられた。

陸軍は断交を決意し、大山巌はこの日 急ぎ参内して
開戦を決すべき事態であることを奏上した。


海軍省──。

さらに二月三日、海軍省に
ロシア旅順艦隊が大挙出航したという急報が入った。

権兵衛にとっては、これほどのチャンスはありません。
「既に戦機は迫りたり……いや、熟したり!」と
伊藤に迫ります。

明治帝が聖断を下したのは、
明治三十七年二月四日 最後の御前会議であった。

会議が終わると、枢密院議長・伊藤博文が金子堅太郎を呼び出した。
金子は、伊藤博文とともに憲法起草に参加し、
伊藤の懐刀と呼ばれていた。

開戦決定した今、伊藤は金子に白羽の矢を立て
アメリカへ派遣することにします。

特使としてアメリカへ赴き、その世論を有利に導く。
頃合いを見計らって セオドア・ルーズベルト大統領に
ロシアとの仲介を頼み講和へ持ち込む──。

大統領とハーバードで同窓生であった金子にしか
できない役目です。


佐世保港──。

ゆっくり進む船の上には、軍令部大佐参謀・山下源太郎が
連合艦隊へ開戦命令を伝えるべく乗船しております。

かれのカバンのなかには、
海軍の用語でいう「封密命令」が入っている。

連合艦隊司令長官・東郷平八郎に対する命令書であり、
ことばの本来の意味からいえば、
指定の時期に指定の場所で封を切るべきものであった。

2月5日午後5時をもって 緊要封書を開封されたし、との
権兵衛からの電報を確認し、東郷は丁寧に封書を開けます。

でてきたのは大海令第一号であった。

「連合艦隊司令長官並ビニ第三艦隊司令長官ハ、
東洋ニアル露国艦隊ノ全滅ヲ図ルベシ。
連合艦隊司令長官ハ速カニ発進シ
先ヅ黄海方面ニアル露国艦隊ヲ撃破スベシ」とあった。

日本は、存亡の崖っぷちにたっていた。

日本の命運を決する海上作戦が、
今まさにはじまろうとしていた。

──────────

明治37年(1904年)2月4日、
対露開戦を決意した明治帝が御前会議にて聖断を下す。

明治38(1905)年5月27日、
日本とロシア帝国との間で戦われた日本海海戦まで

あと1年3ヶ月──。



原作:司馬 遼太郎 (『坂の上の雲』より)


脚本:野沢 尚
  :佐藤 幹夫
  :柴田 岳志


音楽:久石 譲


メインテーマ:「Stand Alone」
    作詞:小山 薫堂
     唄:森 麻季

演奏:NHK交響楽団
  :東京ニューシティ管弦楽団

テーマ音楽指揮:外山 雄三

脚本諮問委員:関川 夏央
      :鳥海 靖
      :松原 正毅
      :松本 健一
      :宮尾 登美子
      :山折 哲雄
      :遠藤 利男

脚本監修:池端 俊策

時代考証:鳥海 靖
風俗考証:天野 隆子
海軍軍事考証:平間 洋一
      :菊田 慎典
陸軍軍事考証:寺田 近雄
      :原 剛
艦船考証:泉 江三
軍服考証:柳生 悦子
軍装考証:平山 晋
騎兵考証:岡部 長忠
    :末崎 真澄
    :清水 雅弘
外交交渉考証:東郷 和彦
宮中建築考証:浅羽 英男
宮中考証:米窪 明美

取材協力:司馬遼太郎記念館

資料提供:坂の上の雲ミュージアム
    :子規記念博物館
    :馬の博物館
    :GC / Getty Images
    :横浜開港資料館
    :川島織物文化館
    :木村家

撮影協力:千葉県立房総のむら
    :佐倉市
    :栄町FCサポーター
    :防衛省
    :日本元気劇場
    :山梨県馬術競技場
    :富士見町
    :諏訪圏フィルムコミッション
    :博物館明治村
    :日本ラインフィルムコミッション
    :京都国立博物館
    :京都府
    :龍谷大学
    :海上自衛隊舞鶴地方総監部
    :舞鶴フィルムコミッション
    :天草フィルムコミッション
    :宇城市

題字:司馬 遼太郎


語り:渡辺 謙

──────────

[出演]

本木 雅弘 (秋山真之)


阿部 寛 (秋山好古)


菅野 美穂 (正岡 律)


石原 さとみ (秋山季子)


片岡 鶴太郎 (八代六郎)


竹下 景子 (秋山 貞)


香川 照之 (正岡子規(回想))

伊東 四朗 (秋山久敬(写真))

加藤 雅也 (有馬良橘)

大和田 伸也 (井上 馨)

塚本 晋也 (明石元二郎)

利重 剛 (栗野慎一郎)

綾田 俊樹 (桂 太郎)

緒形 幹太 (金子堅太郎)

ティモフィー・ヒョードロフ (ニコライ2世)
ナターリア・ベンチーロワ (皇后アレクサンドラ)
バレーリー・バーリノフ (ウィッテ)
ゲンナジー・ベンゲロフ (アレクセーエフ)
ダンカン (伊地知彦次郎)
頼 三四郎 (永田泰次郎)
大林 丈史 (松方正義)
加納 竜 (稲生真覆)
エド 山口 (漁師)
鷲生 功 (山下源太郎)
市山 貴章 (書記官・秋月)
アントン・シェームゲン (参謀・ミルスキー)
アレクサンドル・イワノフ (労働者風のスパイ)
イワン・チムチェンコ (アレクセーエフの副官)

──────────

松 たか子 (秋山多美)


尾上 菊之助 (明治天皇)


中尾 彬 (日高壮之丞)


真野響子 (乃木静子)


柄本 明 (乃木希典)


山野 史人 (伊東祐亨)
飯田 基祐 (財部 彪)
櫻庭 博道 (久保田大尉)
松田 珠希 (柴田 環)
荒井 紀人 (琵琶の士官)
河野 智宏 (舞鶴の士官)
海部 剛史 (大庭二郎)
嶋尾 康史 (中野新吉)
新井 優歌 (与志子)
松浦 愛弓 (健子)
小山 颯 (信好)
タリア・メチチュリナ (オリガ)
マリア・フェイギノワ (タチアナ)
マリデ・バリフマン (マリア)
クシェニア・ペトロワ (アナスタシア)

天原 まさみち
牛尾 穂積
アナトリ・クラスノフ
イゴール・トルーシン
アレクサンドル・ペシニューク
イーゴリー・チェルヌツキー
アレクサンドル・イサエフ
セルゲイ・クラスノフ
米沢 吏則
関野 昌敏
和元 敬名
中山 正幻
大嶋 捷稔
枝光 利雄
山本 修
上野 太

エンゼルプロ
キャンパスシネマ
キャラJOB
エレメンツ
劇団ひまわり
劇団東俳
グループエコー
NAC
NHK東京児童劇団
舞夢プロ
テアトルアカデミー
VIVIT
つくばみらい市のみなさん
小松市のみなさん
加賀市のみなさん
犬山市のみなさん
舞鶴市のみなさん
熊本市のみなさん
天草市のみなさん
宇城市のみなさん


高橋 英樹 (児玉源太郎)


加藤 剛 (伊藤博文)


所作指導:橘 芳慧
馬術指導:田中 光法
海軍軍事指導:堤 明夫
軍楽隊指導:谷村政次郎
砲術指導:佐山二郎
アクション指導:深作 覚
都々逸指導:藤本琇禎
琵琶指導:友吉 鶴心
調理指導:渡辺 隆史
硬筆指導:望月 暁云
宮中ことば監修:堀井 令以知
宮中ことば指導:井上 裕季子
松山ことば指導:野沢 光江
薩摩ことば指導:西田 聖志郎
長州ことば指導:一岡 裕人
博多ことば指導:明石 良
土佐ことば指導:岡林 桂子
フランス語指導:中村 亮二
ロシア語指導:中川 エレーナ
タイトルバック:菱川 勢一
ドキュメンタリー部分映像加工
       :ドローイング アンド マニュアル
VFXプロデューサー:結城 崇史
VFXスーパーバイザー:長尾 健治

──────────

西田敏行 (高橋是清)


舘ひろし (島村速雄)


米倉 斉加年 (大山 巌)


竹中 直人 (小村寿太郎)


江守 徹 (山縣有朋)


石坂 浩二 (山本権兵衛)


渡 哲也 (東郷平八郎)

──────────

エグゼクティブ・プロデューサー:菅 康弘
               :西村 与志木

制作統括:中村 高志
    :藤沢 浩一

プロデューサー:関口 聰
美術:山下 恒彦
  :西之原 豪
技術:飛地 茂
音響効果:西ノ宮 金之助
撮影:岡田 裕
照明:関 康明
音声:入川 健一
映像技術:堀之内 崇光
VFX:中沢 一郎
CG:石原 渉
美術進行:塩野 邦男
記録:野田 茂子
編集:石川 真紀子

(ラトビアロケ)
制作協力:FILM ANGELS STUDIO
プロデューサー:トマス・マカラス
ロシア陸軍考証:アレクサンドル・ディディキン

(ロシアロケ)
プロデューサー:アレクサンドル・ワシリコフ
コーディネーター:スペトラーナ・ミハイロワ
外交史考証:アレクサンドル・パノフ
衣裳デザイン:バベル・リバトフ
      :エレーナ・バリン
美術協力:アレクサンドル・ザゴースキン
演出協力:アレクサンドル・ミッタ


演出:佐藤 幹夫


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』
第9回「広瀬、死す」

2010(平成22)年12月26日

アナログ総合・デジタル総合:午後7時30分〜
デジタルハイビジョン:午後5時30分〜
衛星第二テレビ:午後10時〜

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