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2011年5月10日 (火)

プレイバック功名が辻・(13)小谷落城

地上・BSデジタル放送完全移行 2011年7月24日まで あと75日
地上およびBSのアナログテレビ放送は終了し、デジタル放送へ移行します。


武田信玄の急死、足利義昭の追放で信長包囲網は崩れ去り
越前朝倉家も滅びると、小谷城の浅井長政は完全に孤立。
浅井家臣団も調略によって次々と織田方に寝返られていて
小谷城に残るはほんの少数であります。

小谷城を取り囲む織田軍。
その中に陣取る山内一豊の陣からは
降伏を勧める矢文が大量に射られ、
メガホンのようなものでも降伏を勧めます。

「こんなことをするより、一気に攻めた方が」と
祖父江新一郎は、その大きなメガホンを
よっこらしょと抱えながら言っていますが、
小谷城には織田信長の妹・お市の方がいるので
攻撃の判断を迷っているのかもしれません。


対する小谷城では、
届いた矢文で動揺を隠せなくなった兵士たち500ほどが
織田方へ駆け込んでいき、長政には諦めの表情が出ています。


天正元(1573)年8月、織田軍はついに小谷城を攻撃。
父・浅井久政のつながりを遮断し
長政はますます孤立してしまいます。

羽柴秀吉は、市を助けたい一心で
『もし長政が速やかに城を明け渡せば、今回のことは不問に付し
織田の家臣として望む地に所領を与える』
という条件を信長に呑ませ、小谷へ向かいます。

しかしこの条件を、長政が承諾しません。
市と娘たちは道連れにしたくはありませんが、
嫡男・万福丸とともに自らは自刃して果てるつもりです。

長政からの依頼を受けて、秀吉は市を説得にかかります。
市も小谷で果てるつもりですが、
万福丸の命を守れるなら秀吉とともに城を出てもいいと譲歩。

そして夜、月夜の明かりをたよりに
秀吉らが子どもたちをおぶって、市とともに小谷から出ます。

市たちが織田陣中に到着するや否や、
信長は本丸総攻撃を命じます。
そしてすぐに火の手が上がり、
長政は自刃して果てます。


「万福丸を……長政が元へ、届けよ」
信長の下知に、秀吉は言葉を失いますが、
どこか覚悟ができていた部分もあります。

確かにこの乱世において、敗軍の将の嫡男を生かすことは
セオリーとしてはあり得ません。
平 清盛が源 義朝の子・頼朝を命を助けたばっかりに
後に挙兵され、平家滅亡してしまった話は有名です。

ただ、一豊は納得できません。
一豊自身も岩倉織田家家臣の嫡男でありながら
信長に命を助けられ、今に至ります。

ま、これは敗軍の将の嫡男というのと
敗軍の将の家臣の嫡男というのとで
次元の違う話ではあるのですが(^ ^;;)

それはそれとしても、もし殺すというのなら
あのまま小谷城に残して長政と運命を共にした方が
もしかしたらよかったのかもしれません。

秀吉は、自分の命令が聞けぬ一豊を
「謀反じゃ! 裏切りじゃ! 逆賊じゃ!」とわめき、
こういう重い任務を一豊に任せてしまいます。

万福丸は、関ヶ原で磔にされ
一豊の号令で殺されてしまいます。


岐阜の千代の元に戻った一豊は、
ひとこと「疲れた……」とだけ言います。

市のために縫い上げたパッチワーク打ち掛けを
その直後に信長の命で市に届けた千代は、
そこで万福丸のことについて知るわけですが、

市の元を辞した千代が一豊に尋ねても
「仏門に入られた」と言ったっきり
顔は青ざめ、目も合わせようとしません。

しかし秘密を隠しきれない一豊は
千代にありのまま全てを話します。

いつも功名を挙げたいと
敵兵をさんざんに斬り倒してきた一豊が、
万福丸を殺せないというのはキレイごとだ。
相手が大人の武将なら殺せて、子どもなら不憫なのか。
秀吉に言われた手痛い一言です。

一豊は、これまでの自分の生き方
これからの自分の生き方を見失っています。

千代は、万福丸を磔にして殺害したことは何も言わず、
ただそのことを涙ながらに告白したことで
心の痛みを感じる殿様であってよかったと思っています。

今回の小谷攻めの功績で、
秀吉は小谷城と北近江三郡12万石を与えられます。
姓も、丹羽長秀の「羽」と柴田勝家の「柴」から羽柴とし、
羽柴筑前守秀吉と名乗ることになります。

そして一豊も近江唐国400石に所領を与えられます。

しかし、千代と一豊が隠し通すつもりだった
万福丸の死も、直に市に知れてしまいます。


天正2(1573)年正月。

信長は手をパンパンと叩き、杯を持って来させます。
杯にしてはちといびつな形をしていますが、実はそれは、
久政、長政、そして朝倉義景の髑髏(しゃれこうべ/どくろ)です。

驚きの家臣団に、ショックを隠しきれない市と濃姫。

家臣たちの前に置かれた頭蓋骨もチョイスされたようで、
柴田勝家・佐久間信盛の前には浅井長政、
林 通勝・丹羽長秀の前には浅井久政、
そして羽柴秀吉・明智光秀の前には朝倉義景。

狂気の信長を前に、秀吉は
かなり引きつった笑い声を出しつつ義景の杯を傾けます。
勝家らもそれを追って形ばかり笑ってはいますが、
光秀だけは苦々しい表情のまま。

光秀にとって義景は(元)主君でありますので
酒を注がれて、はい左様ですかと呑めるものではありません。

それを見咎めた信長の、光秀への折檻が始まりますが、
市がたまらず信長をたしなめ、
「汚らわしい!」と秀吉に捨て台詞を吐いて出て行きます。

──────────

天正元(1573)年9月1日
浅井長政が小谷城で自刃して果てる。

慶長5(1600)年11月、
山内一豊が土佐20万石を有する大名になるまで

あと27年2ヶ月──。


原作:司馬 遼太郎「功名が辻」
脚本:大石 静
音楽:小六 禮次郎
題字:だん きょうこ
語り:三宅 民夫 アナウンサー
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[出演]
仲間 由紀恵 (千代)
上川 隆也 (山内一豊)

武田 鉄矢 (五藤吉兵衛)
前田 吟 (祖父江新右衛門)
和久井 映見 (濃)
浜田 学 (祖父江新一郎)

大地 真央 (市)

榎木 孝明 (浅井長政)
山本 圭 (浅井久政)

勝野 洋 (柴田勝家)
名高 達男 (丹羽長秀)
苅谷 俊介 (林 通勝)
俵木 藤汰 (佐久間信盛)
──────────
坂東 三津五郎 (明智光秀)
──────────
浅野 ゆう子 (寧々)

柄本 明 (木下藤吉郎秀吉)

舘 ひろし (織田信長)
──────────
制作統括:大加 章雅
演出:尾崎 充信

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