2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

バックナンバー

お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

無料ブログはココログ

« バス停について本気出して考えてみた(26) | トップページ | ひとり○○ »

2011年12月27日 (火)

プレイバック功名が辻・(49)永遠の夫婦 [終]

およそ10ヶ月、6日に1回お届けして参りました
プレイバック『功名が辻』も、今回が最終回と相成りました。
長々しい拙文をお読みいただき、感謝感謝です。

来年も引き続き、大河ドラマ『平 清盛』放映に合わせて
平 清盛関連の過去の大河ドラマから
プレイバックシリーズを構成いたします。
・昭和41年放送『源 義経』総集編より全2回
・昭和47年放送『新・平家物語』総集編より全2回
・昭和54年放送『草 燃える』総集編より全5回
・平成17年放送『義経』完全版より全49回

5〜6日に1回のペースでお届けいたしますので、
(読む方は少ないかもですが)どうぞご期待くださいね( ^ ^)/


慶長8(1603)年7月。
千姫と豊臣秀頼の婚儀が大坂城で盛大に執り行われます。

千姫は、徳川家康の三男・徳川秀忠と淀の妹・江の娘で
当時はまだ7歳。
11歳の秀頼とは、いわば従兄妹同士であります。


8月・河中山城。

左手が動かぬ、と倒れた山内一豊は
千代の献身的な介護を受けています。

槍働きをすることもないでしょう、と
千代は一豊を励ましますが、

槍働きにおいては天下一品の賞賛を受けてきた一豊も
左手が動かぬとあっては「もはや要なし」と気落ちし、
食も次第に細くなっていきます。

動かなくなった左手の代わりになる、と言い出した千代は
「だんな様の左手より、よく動くやもしれませぬぞぉ」と
千代はいつも以上の明るさで一豊を笑わせています。

そんな折、医学の道を極めるために家を出ていた
祖父江徳心斎が一豊の元へ戻ってきました。

母を失ったことで「俺に父はおらぬ!」と暴言を吐き、
小娘に乱暴をもしていた徳次郎の、
立派に成長した姿に一豊も千代も目を細めます。

その徳心斎の診立ては……血の滞り。
つまり、とっても軽い脳梗塞?

お庭先などを努めてお歩きになるのがよろしゅうございましょう!
と元気よくふるまう徳心斎ですが、
血の滞りが再び頭の中に溜まった場合は
命に関わることになると、山内康豊に打ち明けます。


慶長10(1605)年4月、家康は
征夷大将軍の座を嫡子・秀忠に譲ってしまいます。

将軍の座をあっけなく子に譲ったことで、
世間的には徳川の時代であることを見せつけたわけです。

この時、秀忠役を演じた中村梅雀さんは
大河ドラマにおいて家康役の西田敏行さんと
平成7年『八代将軍吉宗』以来二度目の親子役であります。
(西田さん:徳川吉宗役/梅雀さん:徳川家重役)

ついでながら、梅雀さんが秀忠役を演じるのは
昭和60年『真田太平記』以来二度目であります。

「みなみな、よろしゅう……」と
おどおど挨拶する秀忠に家康は舌打ちですが、
秀忠の征夷大将軍就任という祝賀の場には、
さすがに豊臣秀頼の姿はありませんでした。


その参賀から土佐に戻った一豊は、
山内康豊の子で一豊の養子・山内忠義に
徳川家康の養女との婚儀がまとまったのを機に、
家臣たちを前に 豊臣との縁を切ることを宣言します。

今後、豊臣と徳川の間で戦が起ころうとも
迷うことなく徳川の味方をするように言った一豊は
その直後、またも昏倒します。

徳心斎の言ったとおりのことになりました。


一豊の脳裏を横切るのは
金ヶ崎、姉川、長篠、そして関ヶ原などといった
戦いの日日であったかもしれません。

戦いのたびに命を拾ってきたのは運ともいえますが、
それは千代と出逢って夫婦となったことが
開運のはじまりだったともいえそうです。

川から上がり、全身ずぶ濡れで
足を負傷し、脅えた眼差しでこちらを見る千代に
傷の手当をし、草蛙を履かせてやった一豊。

それが夫婦の最初の出会いでした。

「千代は、一豊様をお慕い申しております!」
「千代殿を、好いておりまする!」
「千代は生きて、一豊様の妻になりとうございます!」
「生涯、大事にいたしまする!」

世の中の動きを見極めねば一国一城の主にはなれませぬ、と
しゃもじ片手に力説したかと思えば、
夫の背中を冷水で流し(^ ^;;)

夫の大事にと千代が貯め込んだ黄金10両を
一豊が握りしめて
名馬を買いに行ったこともありました。

どれも、まるで昨日のことのようです。

喉が渇いた と言う一豊に、千代は口移しで水を飲ませます。
ゴクリと飲んだ一豊は、そのまま意識をなくします。

千代の横顔が、とても美しいです。


──翌朝。

一豊の隣で横になっていた千代は
一豊が冷たくなっているのに気づきます。

「だんなさまぁ!」
千代の叫び声が、空しく響き渡ります。

千代は落髪し、見性院となりました。


慶長11(1606)年の秋。
土佐を去った見性院は京の庵で暮らします。

見性院としては一線から退いたということで、
ある意味、世間とは隔たった暮らしをしているつもりですが、
否が応にも情報は耳に入ってくるものです。

家康は前々から秀頼に臣下の礼をとるように迫っていましたが、
淀がその都度 はねつけて拒否していました。
しかし家康は、今度ばかりはその拒否を認めようとしません。

認めなければ、戦です。

高台院からの文を持って、
見性院は大坂城の淀のところへ赴きます。

二条城へ赴けば、主君が家臣に従ったも同じことと
淀はとても立腹しますが、
高台院や見性院の意見を聞き入れて
秀頼を二条城へ送ることにします。

家康から見れば、
秀頼は想像以上に“立派に”成長しすぎました。
それが逆に、豊臣家への危機感を募らせたと言っても
過言ではありません。

それからの家康は、あの手この手で淀を責め立てます。

慶長19(1614)年11月、大坂冬の陣勃発。

大坂城には、真田幸村や長宗我部盛親ら
関ヶ原の戦いで辛酸をなめた武将や浪人たちが集まり、
冬の陣に続く大坂夏の陣の二度に渡って
徳川軍を相手に捨て身の戦いを繰り広げます。

しかし運命は豊臣の味方はせず。

慶長20(1615)年5月8日、
淀は最後の最後まで“生”に執着しますが、
秀頼と一緒に、爆破された大坂城と運命をともにします。

豊臣家を滅ぼした大御所徳川家康も
その約1年後、病気によりついに力尽きます。
元和2(1616)年4月17日のことでした。


──だんなさま。

もう戦は終わりました。

乱世の末を、千代はだんなさまに代わって見届けました。
もう、この世に未練はありませぬ。

これより、戦で命を落とした者の魂を慰める旅に出ます。

“もうよい”とお思いになったら、千代を迎えにきてくださいませ。
だんなさまのおそばに、参りとうございまする──


見性院と一豊が初めて出会った、あの河原にも
旅の途中で立ち寄ります。

見性院の脳裏を横切るのは、
やはり一豊との最初の出逢いのシーンです。

でも、千代の子役さん(永井 杏さん)の回想シーンではなく
なぜか仲間由紀恵さんバージョンで新たに取り直したシーンには
何度見てもKassyはどうも笑いしか出てきませぬ。。。

だって27歳が4歳の役をやるわけですからね(^ ^;;)
ある意味、今年の『江』よりすごいことです(笑)。


──150年に及ぶ戦国の世は終わった。

その戦いの日日を、
手に手を取って生き抜いた
千代と一豊の生涯も終わった。

それから今日まで、幾度も時代の扉は開き
変革の嵐は吹き荒れた。

そしてそのたびに、人々は心から平和を願った。
しかし、人の世に戦の尽きることはない──。


あの世で、
若い一豊と若い千代が再び出逢いました。

一豊は千代をおぶって、海辺を歩き出します。

永遠の夫婦。
新たなる二人三脚のはじまりです。

── 完 ──


原作:司馬 遼太郎「功名が辻」

脚本:大石 静

音楽:小六 禮次郎

テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
テーマ音楽指揮:ウラディーミル・アシュケナージ
演奏:FAIR WIND music

題字:だん きょうこ
語り:三宅 民夫 アナウンサー

時代考証:小和田 哲男
風俗考証:二木 謙一
建築考証:平井 聖
衣裳考証:小泉 清子

所作指導:橘 芳慧
殺陣指導:林 邦史朗
馬術指導:田中 光法
仏事指導:金嶽 宗信

撮影協力:高知フィルムコミッション
    :滋賀ロケーションオフィス
    :いばらきフィルムコミッション
    :滋賀県高島市
    :山梨県北杜市

──────────

[出演]


仲間 由紀恵 (千代)

上川 隆也 (山内一豊)


前田 吟 (祖父江新右衛門)

永作 博美 (淀)


生瀬 勝久 (堀尾吉晴)

三原 じゅん子 (いと)

小倉 久寛 (五藤吉蔵)

乙  葉 (とし)

石黒 英雄 (豊臣秀頼)
三浦 春馬 (湘南)

──────────

玉木 宏 (山内康豊)


中村 梅雀 (徳川秀忠)


天宮 良 (本多正純)

山村 美智 (大蔵卿局)
古本 新乃輔 (祖父江徳心斎)


永井 杏 (千代(幼少 回想))

武田 鉄矢 (五藤吉兵衛(回想))

多岐川 裕美 (きぬ(回想))

北村 和夫 (老商人(回想))

津川 雅彦 (不破市之丞(回想))

浜田 学 (祖父江新一郎(回想))
金児 憲史 (加藤清正(回想))

柄本 明 (木下藤吉郎(回想))

舘 ひろし (織田信長(回想))


長澤 壮太郎 (又十郎)
田上 晃吉 (平蔵)
土平 ドンペイ (助平)
中村 浩二 (甚八)

春口 愛 (はる)
池野 浩子 (こう)
渡 洋史 (大野治長)
広田 亮平 (豊臣秀頼(幼少))

鶴 彩未 (千姫)
永友 イサム (徳川義直)
安達 悠起 (徳川頼宣)
小野 健人 (徳川頼房)

十川 史也 (山内忠義)
岡田 正典 (三段崎勘右衛門(回想))
窪田 弘和 (林阿弥(回想))
ささの 堅太 (徳次郎(回想))

ささの 貴斗 (小三郎(回想))
寺島 咲 (つる(回想))
斉藤 奈々 (うめ(回想))
今泉 野乃香 (玉(回想))

若駒
劇団ひまわり
エンゼルプロ
キャンパスシネマ
劇団東俳
放映プロジェクト

JAE
倉田アクションクラブ
NAC
テアトルアカデミー
─────
滋賀県のみなさん
茨城県つくばみらい市のみなさん

──────────

浅野 ゆう子 (高台院(寧々))


西田 敏行 (徳川家康)

──────────

制作統括:大加 章雅

美術:岸 聡光
技術:市川 隆男
音響効果:原 大輔
記録:野田 茂子
編集:水島 清子

撮影:横山 義行
照明:木村 中哉
音声:中本 一男
映像技術:竹内 利夫
美術進行:峰岸 伸行

演出:尾崎 充信

« バス停について本気出して考えてみた(26) | トップページ | ひとり○○ »

NHK大河2006・功名が辻」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« バス停について本気出して考えてみた(26) | トップページ | ひとり○○ »