2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

バックナンバー

お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

無料ブログはココログ

« (12)宿命の再会 〜ライバル帰京!〜 | トップページ | 連休とご褒美 »

2012年3月26日 (月)

プレイバック義経・(10)父の面影

奥州・平泉に入国した源 義経一行は
藤原秀衡邸である伽羅御所に案内されます。

歓待されるかと思いきや、ひとまずは
荒れ果てたボロ屋敷にてしばらく過ごすことになります。
秀衡曰く、義経を客人として迎え入れると
まだ決めたわけではない、のだそうです。

源氏の嫡流の遺児とはいえ、
大したことのない人物であれば……と、秀衡は
京からここまで同道した案内役の金売り吉次を
驚愕させます。

秀衡はささやかな祝宴を開いてくれますが、
初めて酒を呑み、心地よい音楽が奏でられていては
いくら京からの長旅の直後とは言え、
さすがの義経も居眠りしてしまいます。

それを発見した奥州藤原家の面々からは
無礼千万! と義経に対する批判が吹き出ます。
しかし秀衡は、敵か味方か分からぬ人たちの前で
気を許して居眠りするとは大胆だ、と評価が異なります。

ひとまず、表向きは秀衡と義経のつなぎ役として
内々の向きでは義経の見張り役として
佐藤継信が選出されます。


義経が元服したこと、そして奥州平泉に入ったことは
京の平 清盛にも、伊豆の源 頼朝にも伝わります。

頼朝の元へ行かなかったのはひとまず安堵ですが、
清盛にとっては、義経と同じく藤原秀衡も心配材料です。
全くの敵というわけではありませんが、完全な味方でもありません。
どっちつかずな秀衡が、清盛にとってはある意味脅威です。

そして頼朝は、幼名牛若と名乗っていた弟の存在は知っていますが
あまりいいイメージは持っていないようです。
自分の幼い時分から、母に“そなたが嫡流じゃ”と育てられたせいか、
義経を弟だという印象はあまり強くありません。

頼朝のことが大好きな北条政子は、
そんな頼朝が父・義朝の(ようなあちらこちらに女を作る)
血を受け継いでいるのかいないのかが
とても気になるところのようです。


承安2(1172)年2月。
清盛の娘・徳子は高倉天皇の中宮になりました。
平氏の力はますます絶大になっていきます。

ちょうどそのころ、義経は秀衡に白馬を贈られます。
「白童子」号と名をつけ、継信とともに馬を走らせる義経は
馬術の稽古はしたことがなかったはずですが、
どうやら京からの道中で自然に身についたようです。

この男は、何か得体の知れないものを持っている。
そう感じた秀衡は、義経に平泉領内を案内します。

中尊寺は初代・藤原清衡によって造営されて今日に至る
いわば奥州藤原家の拠りどころであり、
毛越寺(もうつうじ)は二代・藤原基衡によって手がけられました。
そんな祖父や父に倣って、秀衡も寺を造営するつもりです。

「平泉は、まるでこの世の浄土にございます」
義経のこの一言に、秀衡は大満足です。

秀衡と会話しながら、義経は秀衡を
自分の父のような存在と思うようになっています。
一方、秀衡も義経を藤原家の子として丁重に扱い、
平氏に義経を差し出すように言われても死守する覚悟です。

こうして義経は、秀衡の元で
武士(もののふ)としての道を学び、成長していきます。


3年後・安元元(1175)年。
義経が住まう屋敷に、意外な人物が訪問してきました。

「来てしまったよ」
うつぼの可愛らしい笑顔は、男たちのパワーです。
武蔵坊弁慶を除いては──。

一つ屋根の下で女がひとり住みつく、というのでは
奥州藤原家にも秀衡にも示しがつかぬ、というのです。
ここはさっさと京に戻ってほしいのが弁慶の本音ですが、

うつぼは吉次に言われてきただけで、
寝泊まりも吉次屋敷でするつもりなので、
特に問題になりそうなことはなさそうです。

喜三太に弁慶、三郎、うつぼ、次郎……。
義経の人柄か、次々に人が集まってきますね。

御曹司の家来が、山賊やら海賊ばかりとは! と
弁慶は嘆いていますが、
うつぼのうっちゃりな一言でグウの音も出ません。
「あンたも叡山を追い出された坊主じゃないか」

ともかく、義経の安らぎの場となりそうです。


鹿狩りに出かけた秀衡親子と義経でしたが、
泰衡の行方が分からなくなりました。
天候も土砂降りで、捜索しようにもそううまく進みません。

秀衡は、泰衡の運命がそこまでであったのだと納得させ
引き揚げることにしますが、
諦めきれない義経は、土地に明るくない危険をはらみつつ
泰衡の捜索に出発します。

──────────

承安元(1172)年2月10日、
平 徳子が立后して高倉天皇の中宮となる。

元暦2(1185)年5月24日、
源 義経が兄・源 頼朝に弁明の腰越状を送るまで

あと13年3ヶ月──。


原作:宮尾 登美子
   「宮尾本平家物語」「義経」より
脚本:金子 成人
音楽:岩代 太郎
脚本協力:川上 英幸
    :眞鍋 由起子
題字:陳 燮君
タイトル画:宮田 雅之
語り:白石 加代子
──────────
[出演]
滝沢 秀明 (源 義経)
松平 健 (武蔵坊弁慶)
上戸 彩 (うつぼ)
南原 清隆 (伊勢三郎)
うじき つよし (駿河次郎)
伊藤 淳史 (喜三太)
宮内 敦士 (佐藤継信)
田中 美奈子 (牧の方)
塩見 三省 (覚日律師)

渡辺 いっけい (藤原泰衡)
長嶋 一茂 (藤原国衡)

勝村 政信 (平 重盛)
鶴見 辰吾 (平 宗盛)
細川 茂樹 (平 重衡)
中越 典子 (徳子)
平野 忠彦 (平 盛国)
神木 隆之介 (牛若(回想)) ※ ピンクレジットなし
──────────
高橋 英樹 (藤原秀衡)

財前 直見 (北条政子)
阿部 寛 (平 知盛)
萬田 久子 (あかね)
市川 左團次 (金売り吉次)
小林 稔侍 (北条時政)

中井 貴一 (源 頼朝)

渡 哲也 (平 清盛)
──────────
制作統括:諏訪部 章夫
演出:柳川 強

« (12)宿命の再会 〜ライバル帰京!〜 | トップページ | 連休とご褒美 »

NHK大河2005・義経」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« (12)宿命の再会 〜ライバル帰京!〜 | トップページ | 連休とご褒美 »