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2012年4月20日 (金)

プレイバック義経・(14)さらば奥州

源 義経とともに、草笛を吹いてみる藤原秀衡は
義経に嫁取りの話を持ってきます。

嫁を持って子を成し、
その子が嫁いで あるいは嫁をとって孫を成す。
こうして三代続けば、その場所に根付いたも同じこと。
秀衡は、奥州藤原家もそうして根付いてきたと諭します。

ただ、義経の心の中は京の動静にあって
嫁取りの話もあまり本腰入れてというわけではなさそうです。


緊迫状態にある京では、
源 三位頼政が平氏に対して謀反を起こしたことに
平 清盛自身、かなりの衝撃であります。

平 宗盛の軽口が、
清盛の火にさらに油を注いでしまいますけど(^ ^;;)
ともかく、宗盛に代わって頼政討伐に向かったのは
平 知盛・平 重衡兄弟であります。

園城寺にいったん身を隠していた頼政親子は
奈良の興福寺に向かう途上、宇治平等院に陣を敷きます。

知盛軍が押し迫る中、攻撃をしばらく食い止めていれば、
興福寺らの兵たちも味方して駆けつけてくるでしょう。
以仁王には、その混乱に乗じて南都方面へ落ち延びてもらいます。

しかし、持ちこたえる間もなく頼政軍は敗北。
知盛の温情空しく、最期の攻撃にかかった頼政に
知盛は頼政を矢で射抜きます。

頼政、そして嫡男仲綱は無念のうちに自害して果て
奈良に逃亡中の以仁王は流れ矢に当たって亡くなり
平家討滅への夢は潰えたのであります。


治承4(1180)年5月30日。
清盛は摂津国福原へ都を移すことを命じます。

しかし時子は、福原遷都に大反対。
32代にわたって天皇家が住まいした都をそう簡単に捨てることが、
平氏一族を守ることになるのかと疑問を呈します。

6月2日、貴族も含む都の住人たちは
福原へ慌ただしく発っていきますが、
その表情は、期待を胸にというよりも
どことなく不安がつきまとうものでした。

福原の館で休んでいた清盛は、小さな物音に目覚めますが
小さな穴から鼠が数十、数百と入ってきます。
頼政ら亡くなった者たちの亡霊も見えます。

清盛の耳の役割としてお側近くに仕えている五足は
ふと恐ろしいことを口走ります。
「誰かが入道さまを呪詛しているのと違いますやろか」

強引な福原遷都により、人気が少なくなった京では
大飢饉に喘いでいて、その怒りは平氏に向いていたわけです。


伊豆では、以仁王が亡くなった知らせが届いていますが
他方、生きているというウワサもあるそうで、
頼朝は、以仁王の令旨も“生きている”と解釈し
今動かせる兵の数を計算してみます。

流人である頼朝には兵がなく、
北条家の兵を多く見積もっても40〜50がせいいっぱい。
しかし三浦一党の与力およそ3,000が加わってくれれば
平氏方の大庭氏らと互角となります。

頼朝は、決起の決意を固めます。

ただ、味方と目論んでいた三浦軍は
大雨に阻まれて到着が遅れたため、
石橋山の戦いでは、数の上で劣る頼朝軍が
あえなく敗北を喫します。

大庭による落ち武者狩りを逃れて
岩陰の奥深くで物音を立てずに隠れる頼朝らは
大庭方の武将に見つかり、もはやこれまでと観念します。

その武将──梶原景時は、頼朝らを捕らえるどころか
もはや雌雄は決したのだからと
夕闇に紛れて山を下り、逃げなさいと勧める始末です。

景時としても、平家という満月にかげりが見え始めたことで
ふと不安になることもあるようです。
ともかく、梶原景時という名は
頼朝の胸にしっかりと刻み込まれたのは言うまでもありません。


頼朝の負け戦を知った義経は、
兄の元に駆けつけられなかった悔しさを
弁慶らに当たり散らします。

もちろん、義経軍が加わったとて
勝てる戦かどうかと言われれば疑問符がつくところですし、
命を惜しんでいては戦いなどできません。

藤原泰衡は、義経を見てしみじみと言います。
「兄弟とは、そのようなものかもしれませぬな」

義経は秀衡に手をつき、鎌倉行きを志願しますが
秀衡は奥州を出ることを許しません。
義経のような名将を側に置いておきたいわけです。

しかし義経の意志は固く、止められぬと知った秀衡は
餞別として戦支度や兵糧などすべて揃えてやることにします。

ついに出兵した義経は、
途中で追いついた佐藤継信・忠信兄弟を加えて
頼朝の元へ急ぎます。


その頼朝は、いったん船で安房へ逃げ
勢力を盛り返して相模鎌倉へ戻ってきました。
そして頼朝の一件を知った信濃の木曾義仲も
時を同じくして挙兵に及びます。

頼朝、義仲の挙兵を知った清盛に
頼朝追討を命じられた孫の平 維盛は東走し、
西走する頼朝とは駿河国富士川で相対することになりますが、

義経は頼朝軍に黄瀬川付近で追いつこうとしています。

──────────

治承4(1180)年8月23日、
以仁王の令旨を奉じて挙兵した源 頼朝が石橋山の戦いで大敗を喫す。

元暦2(1185)年5月24日、
源 義経が兄・源 頼朝に弁明の腰越状を送るまで

あと4年9ヶ月──。


原作:宮尾 登美子
   「宮尾本平家物語」「義経」より
脚本:金子 成人
音楽:岩代 太郎
脚本協力:川上 英幸
    :眞鍋 由起子
題字:陳 燮君
タイトル画:宮田 雅之
語り:白石 加代子
──────────
[出演]
滝沢 秀明 (源 義経)
松平 健 (武蔵坊弁慶)
南原 清隆 (伊勢三郎)
うじき つよし (駿河次郎)
伊藤 淳史 (喜三太)
海東 健 (佐藤忠信)
かとう かずこ (領子)
大橋 吾郎 (平 時忠)
賀集 利樹 (平 維盛)
平野 忠彦 (平 盛国)
※ 伊藤〜平野:ピンクレジットなし
──────────
渡辺 いっけい (藤原泰衡)
長嶋 一茂 (藤原国衡)
小澤 征悦 (木曾義仲)
小池 栄子 (巴)
宮内 敦士 (佐藤継信)
北村 有起哉 (五足)
※ 宮内・北村:ピンクレジットなし
──────────
阿部 寛 (平 知盛)
夏川 結衣 (明子)
鶴見 辰吾 (平 宗盛)
森口 瑶子 (経子)
細川 茂樹 (平 重衡)
戸田 菜穂 (輔子)
後藤 真希 (能子)
神木 隆之介 (牛若(回想)) ※ ピンクレジットなし
──────────
高橋 英樹 (藤原秀衡)

平 幹二朗 (後白河法皇)
財前 直見 (北条政子)
夏木 マリ (丹後局)
中尾 彬 (梶原景時)
小林 稔侍 (北条時政)
松坂 慶子 (時子)

丹波 哲郎 (源 頼政)

中井 貴一 (源 頼朝)

渡 哲也 (平 清盛)
──────────
制作統括:諏訪部 章夫
演出:黛 りんたろう

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