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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2012年6月29日 (金)

プレイバック義経・(25)義仲最期

寿永3(1184)年正月・近江──。

源 頼朝が送り込んだ、源 範頼を大将にした軍勢が到着し
軍議が始められます。

京にいる木曾義仲軍を攻めるには、
瀬田経由で正面から攻撃する「大手」と
宇治経由で裏面から攻撃する「搦手(からめて)」とがあり、
大将の範頼や梶原景時は大手から、
そして源 義経は搦手から攻撃を仕掛けることになりました。

源氏再興の願いを込めて、鎌倉に馳せ参じ
ようやく頼朝のために働く機会が到来したわけです。
希望に満ちあふれた表情の義経は気合いを入れ直します。


一方、木曽軍にも
鎌倉軍の大手・搦手情報はすでに伝わっており
義仲は迎え撃つつもりですが、
鎌倉軍10万に対し、木曽軍はわずかに4,000。
太刀打ちできますかどうか。

義仲は戦法を変え、後白河法皇を人質に北国に下がり
新たに兵を募って再起を図る模様です。
法皇がいるとわかれば、鎌倉軍とて
容易に手出しができないでしょう。

そんな時、重臣・樋口兼光からの急報が。
叔父の源 行家が法皇と通じて義仲を裏切ったわけです。
法皇を人質に再起を図る計画は愚か
これでは迎え撃つことすらできません。

叔父と思えばこそ人質にも出さず、
庇い通して来たのにと義仲は地団駄を踏みますが、
時はすでに遅く。

義仲は、鎌倉軍とともに
行家軍も敵としなければならなくなりました。


1月20日、搦手として宇治川沿いに布陣した義経は
木曽軍に攻撃を開始。
合戦の火蓋が切って落とされます。

猛攻撃で義仲軍を切り崩し、宇治川を渡った義経は
渡った先に義仲本陣がなく
義仲は未だ京にいる可能性があると分かると、
そのまま京へ進みます。

宇治が鎌倉軍の手に落ち、瀬田も防ぎきれない状況で
義仲は瀬田方面に向かうことにします。
途中、都を一望できる山の中腹にさしかかったとき
振り返ってしばし街並みを眺めているのですが、
義仲が抱いて来た京への夢は、このとき潰えたのかもしれません。

義仲本陣に義経が到着しましたが、
義仲とは入れ違いになってしまいました。

義経は幽閉されている法皇を救出に向かいます。
最初は「木曽勢か」と恐れおののいていた法皇と丹後局ですが、
義経が鎌倉軍と分かると、とても安堵したようです。

法皇の信頼を得た義経は、御所を警護する役目を仰せつかります。


わずかな兵と都を落ちた義仲は、
ここまで同行して来た巴に落ち延びるように命じます。
まぁあらかたの予想通り巴からの猛反発を受けるのですが、
鎌倉に人質としている義高の面倒を見てほしいというわけです。
それを聞くと、男勝りの巴とて反抗する気力はありません。

このような道を、どこでどう辿ることになったのか──。

目指したのは源氏の棟梁としての天下で
その土台作りに北国も従え、平氏にも勝ちましたが、
どこかで進むべき道を間違えたのか……。

「いろいろと楽しかったな」
巴の元を去る義仲の後ろ姿が、いかにも寂しげです。

近江粟津にさしかかった義仲主従は
敵からの不意討ちを受けます。

最後に残されたありったけの力を振り絞って
敵陣に突っ込む義仲ですが、
敵の放った矢が眉間に刺さり、そのまま落馬。
壮絶な最期でした。


京・三条 吉次の家──。
義経は久々に吉次と再会します。

平氏の追っ手から逃れるため、京を去って13年ですが
13年前は、遮那王の家来は喜三太ひとりでして、
それが今では、武蔵坊弁慶や伊勢三郎らを含めて6人。
奇妙な取り合わせです(^ ^)

翌朝、義経の元を訪ねてくる男がありました。
行家です。

義仲と早くから決別した行家は
法皇から義仲討伐の役目を与えられており
鎌倉軍も義仲追討で上洛しているので、
「鎌倉軍に与力したも同じこと」と主張して
あわよくば仲間に入れてほしいと言いたげですが、

義仲の子・義高のお世話役であった義経は、
義仲が行家をさんざん庇って
実子を人質に出したこと知っているので、
そんな恩あるはずの義仲を悪く言う行家を
あまりよくは思っていません。

行家の言い訳にも耳を貸さず、義経は珍しく激怒して
対面所から出て行ってしまいます。


吉次の取り計らいで、義経は
常盤がいる一条長成屋敷を訪れます。

義経の到着を今か今かと待っている長成に
常盤は、まるでわが子を待つように、とクスクス笑いますが、
長成がちょっとだけ唇をとがらせて返します。
「そなたを妻とした時から九郎殿はわが子と思うておるぅ」

棒読みがいかにも可愛らしく、
それが蛭子サンのいい持ち味です(^ ^)

常盤の美貌は相変わらずですが、
常盤の元を常盤
常盤の髪には少しだけ白いものが混じっております。

いつまでも子どもと思っていた義経が、
今では人の上に立ち京に住まいしていることを聞いて、
常盤は感慨深げです。

ただ、今まではニコニコとしていた常盤の表情が
急に曇りがちになりました。
「こちらへは二度と訪ねて参ってはなりませぬ」

夫の長成は正四位下大蔵卿であり、
義経のような武門の者と懇ろに付き合うのは
あらぬ疑いをかけられるかもしれないし、
義経の妹・能子は平氏の元にあります。

家族とはいえ、なかなか複雑な関係ですもんね。
永の訣別に、常盤は義経に笛の音を聞かせます。

──────────

寿永3(1184)年1月20日、
木曾義仲が近江国粟津(滋賀県大津市)の粟津の戦いで討ち死に。
享年31歳。

元暦2(1185)年5月24日、
源 義経が兄・源 頼朝に弁明の腰越状を送るまで

あと1年4ヶ月──。


原作:宮尾 登美子
   「宮尾本平家物語」「義経」より
脚本:金子 成人
音楽:岩代 太郎
脚本協力:川上 英幸
    :眞鍋 由起子
題字:陳 燮君
タイトル画:宮田 雅之
──────────
[出演]
滝沢 秀明 (源 義経)
松平 健 (武蔵坊弁慶)
上戸 彩 (うつぼ)
南原 清隆 (伊勢三郎)
うじき つよし (駿河次郎)
伊藤 淳史 (喜三太)
海東 健 (佐藤忠信)
宮内 敦士 (佐藤継信)
小栗 旬 (梶原景季)
石原 良純 (源 範頼)
蛭子 能収 (一条長成) ※ ピンクレジットなし
──────────
鶴見 辰吾 (平 宗盛)
かとう かずこ (領子)
細川 茂樹 (平 重衡)
後藤 真希 (能子)

小澤 征悦 (木曽義仲)
小池 栄子 (巴)
大杉 漣 (源 行家)
白石 加代子 (お徳(語り))
──────────
稲森 いずみ (常盤)
阿部 寛 (平 知盛)
市川 左團次 (金売り吉次)
萬田 久子 (あかね)
夏木 マリ (丹後局)
中尾 彬 (梶原景時)

松坂 慶子 (時子)

平 幹二朗 (後白河法皇)
──────────
制作統括:諏訪部 章夫
演出:木村 隆文

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