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2012年7月22日 (日)

(29)滋子の婚礼 〜後白河院の恋〜

永暦元(1160)年6月。
平 清盛は正三位に出世し、公卿の座についにのぼります。

少し離れた所に置いた壷の中に矢を投げ入れて、
ヒマつぶしをして遊んでいる後白河上皇に、清盛は
正三位に上げてくれた御礼を述べに現れます。

今まで、武士の最高位はどう頑張っても正四位止まりであり
公卿という位が近くて遠い存在でありましたが、
その高くそびえ立つ壁を打ち破って公卿になれたことは
父・忠盛でさえ叶わなかったことであり、
武士としても初の快挙と言わざるを得ません。

しかしこれは、後白河上皇との
長い長い双六遊びの序章に過ぎませんでした。


六波羅にある清盛館では、優雅な雅楽が奏でられております。

清盛の昇進によって、平氏一門は公卿の家柄ということになって
平氏ではなく「平家」と呼ばれるようになりました。
よって、今後は「平家」で(^ ^;;)

清盛の兄弟や子どもたちも、それぞれ出世。
着るものも一様に様変わりしています。

清盛長男・重盛は伊予守左馬頭に、次男・基盛は遠江守、
三男・宗盛は淡路守、四男・知盛は弱冠9歳にして武蔵守。
清盛の弟で忠盛三男・経盛は伊賀守、四男・教盛は常陸守、
五男・頼盛は尾張守──。

前の平治の乱において源 義朝を見限り、
その後 平家に従うようになっていた源 頼政は
彼らにお祝いの言葉をかけています。

そのお役目に胸を張る者、表情を変えない者、
一門であってもさまざまです。


筆頭家老・平 家貞は、体調を崩して病床にありました。

博多に出向いていた兎丸は、
家貞のために唐果物をお土産に持ち帰ってきておりまして、
病床にありながらも、家貞は子どものように大喜びです。

食べたい、手に入れたい……。
こういった欲こそが男子の力の源であり、
その欲のために命を失った者たちの上に立って
清盛は生きていかなければなりません。

正盛、忠盛、そして清盛の三代に仕え、
その半生を平家に注いできた家貞は
その言葉を清盛に言い残し、やがて亡くなりました。


清盛はほどなくして、
朝廷での公卿議定に出られる身分である「参議」になります。

関白・藤原基実、内大臣・藤原基房、
摂関家の長・藤原忠通らは平伏する清盛を一瞥しますが、
清盛は全く動じません。

それだけ清盛が力をもち始めたということです。

ついでながら、朝廷内をひっかき回した美福門院得子は
最期まで清盛に凛とした姿を見せ
11月23日、静かに息を引き取りました。

得子の子・二条天皇の周囲から
女性がまたいなくなってしまったわけで、
清盛は、妻・時子を乳母として送り込みます。


そのころ平 滋子は、後白河上皇の姉・
上西門院統子の女房として宮中に勤めていました。

平安貴族の中にあって、滋子の天然パーマはすさまじく
「ヘビじゃ! と思うたら、そなたの髪か。おっほっほ」
と馬鹿にされる始末。

しかし、滋子も黙って引き下がるわけではありません。
先輩女房の顔を見て、真面目に言います。
「おや、そこにカエルが。と思うたら、あなた様の顔でした」

けっこうひどいです(^ ^;;)

そんな滋子に、兄の時忠が縁談話を持ってきました。
天皇に近づくため、滋子を入内させようという画策です。
帝が18、滋子が19。
釣り合いも年頃もちょうどよさそうです。

悪い話ではない、という兄に、妹はすかさず
「兄上の話が良い話だったためしがありますか」
けっこう見透かされています。

しかし、好いた男と一緒になると決めている滋子は
いつものようにアッカンベーをして去っていきます。


天皇に気を配って自分を蔑ろにしている。
そう感じた上皇はみんなを緊急に集めますが、
いざ集まってみれば、いつものように今様を歌い出します。

藤原忠通などは、やはり
治天の君ではなかったとあきれ果てています。

夜、その歌を聴いた滋子は、明るく朗らかに歌いますが
上皇に「朗らかに歌うでない!」と怒鳴られます。
朗らかな歌なのだから朗らかに歌えばいいと反論すると、
朗らかな歌だと? と上皇はたまらず笑い出します。

滋子も大声で笑い出します。
↑ここが普通の人と違うところでしょうか。

「歌よりもっと大事なものを見つけなされませ」
その一言にスイッチが入ったか、上皇は滋子を抱き締めます。

しかし、滋子の正体が清盛の義妹であることを知った上皇は
政治の道具になってしまうことを心配しますが、
これだけ自分を見失わない、筋の入った女であれば
あるいはそんな心配も無用なのかもしれません。


数ヶ月後、滋子の妊娠が発覚しました。
相手も上皇であるとハッキリしています。

一門の者は、滋子が思う相手でもあるし
上皇の后なのだから悪い話ではないと考えていますが、
清盛は、相手が後白河上皇だからこそ滋子が心配なのであります。

天皇とは、これからも関係を磐石なものにしていき、
上皇とはつかず離れず、程よい距離感を保つ。
そうすることこそが平家にとって大事なことであったのに
上皇とのつながりが強くなってしまうとは……。

うーん、と清盛は頭を抱えてしまいます。

清盛が今回の婚礼について大反対でありますが、
もう一人、賛同しかねる人物がおりました。
上西門院であります。

ただそれは、政治とか出世とかいう類いの話ではなく
滋子のためを思ってのことであります。


滋子は、上皇と一緒になるべく
天然パーマを伸ばそうと努力します。
(上皇は天然パーマを気に入ってくれたのですがね)

しかし、性格以上に筋が入っているのが滋子の髪でして
何をしてもまっすぐにはなりません。
滋子は、髪が真っすぐにならないのなら
后になるのを諦めると言い出します。

生まれてくる子も、
恐らくは天然パーマではなかろうか、と。

うーん……何か論点が違う気もしますが(^ ^;;)


なかなか好転しない事態に、アイデアマン清盛は
滋子に宋国の衣裳に着替えさせ、上皇の前で披露させます。
その衣裳を着れば、滋子の巻き髪がこれまたベストマッチでして
見た者を一瞬にしてとりこにします。

派手好きな上皇は、いかにも満足げです。

ともかく、滋子の入内は無事に完了したわけですが、
後白河上皇の縁戚となったことが
平家一門の今後を変えていくことになります。

──────────

永暦元(1160)年11月23日、
美福門院得子が白河の金剛勝院御所にて薨去、享年44。

治承4(1180)年8月17日、
源 頼朝が挙兵して平氏に反旗を翻すまで


あと19年8ヶ月──。


作:藤本 有紀
音楽:吉松 隆
題字:金澤 翔子
──────────
松山 ケンイチ (平 清盛)
松田 翔太 (後白河上皇)
深田 恭子 (時子)
森田 剛 (平 時忠)
成海 璃子 (滋子)
藤本 隆宏 (伊藤忠清)
田口 浩正 (平 貞能)
窪田 正孝 (平 重盛) ※ ピンクレジットなし
──────────
堀部 圭亮 (藤原忠通)
吉沢 悠 (藤原成親)
加藤 浩次 (兎丸)
横山 めぐみ (御影)
細川 茂樹 (藤原基房)
温水 洋一 (佐伯景弘)
岡田 将生 (源 頼朝・語り)
──────────
和久井 映見 (池禅尼)
宇梶 剛士 (源 頼政)
上川 隆也 (平 盛国)
松雪 泰子 (美福門院 得子)
中村 梅雀 (平 家貞)
──────────
制作統括:磯 智明
    :落合 将
プロデューサー:櫻井 壮一
演出:中島 由貴


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『平 清盛』
第30回「平家納経」

デジタル総合:午後9時〜 ←放送時間が変更になります!
BSプレミアム:午後6時〜

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