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2013年1月27日 (日)

(04)妖霊星(ようれいぼし)

会津藩重臣たちについつい余計なことを言ってしまったがために
山本覚馬に禁足の処分が下されてしまいました。
つまり、無期限の外出禁止令です。

安政5(1858)年2月。
江戸幕府は、将軍の後継者指名を巡って
一橋派と紀州派の2つに割れておりました。

紀州派の筆頭である井伊直弼は
アメリカと通商条約の締結に動こうとしておりますが、
これがもし不首尾に終わった場合は、
アメリカと一戦交えることも可能性としては無きにしもあらず。

そんな時だからこそ
兵制改革の案を出した覚馬の行為は正しいものであり、
西郷頼母は、そんな覚馬の禁足を早く解こうと
無礼を承知で藩主・松平容保に談判を続けます。

水戸と薩摩の者たちが都に入り、一橋慶喜を将軍後継に推すよう
公家たちを説得しているとの情報を得、

もし慶喜が世継ぎとなれば、自分が進めている
通商条約締結に横やりが入ると危惧する井伊は、
なんとしても紀州慶福を世継ぎとしてもらわなければなりません。


山本家を訪問した林 権助は、神妙に座する覚馬を前に
「これはまだ、内々の話だがの」と断りを入れた上で
この2〜3日のうちに禁足が解け、
お城に呼ばれる予定であることを報告します。

しかも、西洋砲術指南役、蘭学諸教授、
ともに禁足前の状態に復職します。
更に、軍事取調役と大砲頭取に大抜擢ということです。

西郷の説得を聞いた容保、直々の決定ということで
覚馬は感激しています。

ただ、今後は軽々しく喧嘩沙汰を起こさぬように
しっかりと釘を刺されます。
ということで、覚馬も身を固めるために
林が縁談話を持ってきました。

勘定方の樋口の娘だそうで、西向いてろ、と言われれば
一年中でも西を向いている女性だそうです。


城に上がった覚馬は、さっそく番頭の西郷の元を訪れ
口添えの礼を述べます。

口が過ぎると敵を作るぞ、と言い置いたはずなのですが、
覚馬の気の短さがそれを忘れさせたのでしょう。
西郷は、なお一層の忠勤を求めます。

そして、会津を飛び出して適塾で医学を学び
帰藩の許しを求めていたものの、
認められていなかった古川春英の
帰藩、蘭学所教授就任も許可が下り、
今までの会津とは見違えるようです。


それから間もなく、うらが覚馬に嫁いできました。
山本八重・三郎姉弟は、キレイなうらの姿を見て
目をらんらんと輝かせています。

その初夜ですが、覚馬が何やら書き物をしていると
部屋の端でずーっと座って覚馬を待っています。
「西向いてろと言われれば、一年中でも西を向いている女性」
と林が評した意味が、ようやく分かりました。

父・権八も母・佐久もいい人だから、のびのび暮らすように。
鉄砲や火薬は危ないから触らないように。
妹(八重)は危ないことをしでかすが、じきに慣れる──。
覚馬は手短に、そして要点だけをうらに伝えます。
「幾久しぐ、よろしぐ頼む」


薩摩藩主・島津斉彬 子飼いの家臣の西郷吉之助は
慶喜を将軍継嗣に擁立すべく、近衛忠煕邸を訪れて
推挙の内勅をいただけるよう説得に当たっています。

こうして、京の有力公家たちを味方(一橋派)に引き入れたと
斉彬は松平春嶽に知らせてきます。
斉彬や春嶽としては、慶喜が将軍後継者となることで
ここで紀州派の動きを封じ込め、
自分たちの手で幕政改革を進めたいところです。

しかし、それから間もない4月、井伊は大老に就任。
時代は春嶽の思惑とは真逆の方向に進み始めます。

6月19日、幕府は
日米修好通商条約の締結に踏み切ります。

それも勅許を得ないままの締結で、
慶喜は「不埒千万!」とカンカンに井伊を怒りますが、
何を言っても、井伊はさらりと受け流します。
「──恐れ入り奉ります」

更に、将軍後継者として徳川慶福を定めると発表されました。

一橋派として動いていた水戸藩主の徳川斉昭には謹慎、
春嶽には隠居謹慎、慶喜には登城停止の処分が下り、
一橋派は政治の表舞台から消えていなくなってしまいます。


容保に茶を振る舞った井伊ですが、
茶筅(茶を点てる時の、茶碗の中でかき回す道具)を
シュッと前に突き出した時の
“ピュッ”という効果音……あれいります?(笑)

井伊っていつから必殺仕事人になったのかと思いましたわw

ここだけにとどまらず、慶喜が動くたびに
いちいち“キュッ”“シュッ”と効果音が入っていましたが、
確かに布が擦れる音が実際に発生するとしても
何だか余計なことのような気がして、
見ていて集中力がブッツリと途切れました(^ ^;;)

容保は、勅許を得ずして条約締結を押し進めては
異を唱えて反対するものが続出すると危惧しますが、

井伊が言いたいのは、
鎖国とはそもそも江戸幕府が定めた祖法であり
政治は幕府が執り行うものだと朝廷から一任されている以上、
臨機応変の判断を誤れば、それこそ国を滅ぼすことにつながり
かえって不忠者ということになります。

無断調印の責めは、井伊ひとりで背負うつもりのようです。
生前でありながら戒名を得るほどですので、
それだけの覚悟を持って国事にあたっているというわけです。

朝廷から水戸藩に、幕府を越えて勅書が下ったとの知らせが
井伊にもたらされます。

水戸藩に幕政の先頭に立つようにとのことですが、
聞き捨てならないのは、井伊謀殺の企みまであるとのこと。
「これは謀反じゃ!」

井伊の元を辞した容保が夜空を見上げると、妖霊星。
……不気味な音が容保を包みます。

そして、その妖霊星を八重たちも見上げていました。

八重は、何か悪いことの前触れかと不安がりますが、
「天体の働きのひとつにすぎません」
尚之助はあっさりと言ってのけます。


6月、長崎で流行り始めたコレラは
またたく間に広がって大勢の死者を出し、
斉彬の命をも奪ってしまいました。

9月、水戸藩への密勅に関わった者たちの
井伊による検挙がはじまります。
安政の大獄──。
その幕が切って落とされたわけです。


安政6(1859)年5月。

日米修好通商条約以来、藩校日新館でも
攘夷攘夷と騒ぎ立てる者が急増しているとか。

西洋の学問を学ばないのは本当の攘夷ではないと
覚馬は考えていますが、八重は心配です。
洋式調練や蘭学所を目の敵にする者もいて
危ないと思っているわけです。

「んなばかな!」
覚馬の元に、吉田寅次郎逮捕の知らせが入りました。
今までは長州萩の獄に繋がれておりましたが、
幕府評定所への出頭命令が出たのだとか。

安政の大獄つながりの嫌疑?
とはいえ、寅次郎は萩にいたままで
何か反政権の動きをしたわけでもなさそうです。

安政の大獄は大量の受刑者を生み出し
それはやがて、
大きな厄災となって会津にふりかかります。

──────────

安政5(1858)年6月19日、
日本とアメリカ合衆国の間で修好通商条約が結ばれた。

明治39(1906)年4月1日、
篤志看護婦としての功績により
皇室以外の女性として初めて『勲六等宝冠章』を受章するまで


あと47年10ヶ月──。


作:山本 むつみ
テーマ音楽:坂本 龍一
音楽:中島 ノブユキ
題字:赤松 陽構造
語り:草笛 光子
──────────
[出演]
綾瀬 はるか (山本八重)
西島 秀俊 (山本覚馬)
長谷川 博己 (川崎尚之助)
風吹 ジュン (山本佐久)
松重 豊 (山本権八)
長谷川 京子 (山本うら)
貫地谷 しほり (高木時尾)
綾野 剛 (松平容保)
──────────
小泉 孝太郎 (一橋慶喜)
榎木 孝明 (井伊直弼)
伊吹 吾郎 (徳川斉昭)
小栗 旬 (吉田寅次郎(回想))
柳沢 慎吾 (萱野権兵衛)
津嘉山 正種 (神保内蔵助)
佐藤 B作 (田中土佐)
風間 杜夫 (林 権助)
──────────
吉川 晃司 (西郷吉之助)
生瀬 勝久 (勝 麟太郎)
林 与一 (島津斉彬)
村上 弘明 (松平春嶽)
西田 敏行 (西郷頼母)
──────────
制作統括:内藤 愼介
プロデューサー:樋口 俊一
演出:加藤 拓


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『八重の桜』
第5回「松陰の遺言」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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