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2013年5月21日 (火)

プレイバック新選組!・(39)将軍、死す

慶応2(1866)年6月、
江戸幕府は二度目の長州征伐に乗り出します。

石見国の石州口から、安芸国の芸州口から、
瀬戸内海の大島口から、そして九州豊前の小倉口から
圧倒的な軍力で周防・長門を包囲する幕府軍でしたが、

薩長同盟によって薩摩から最新式武器を導入していた長州軍は
幕府軍を散々に打ち負かし、
幕府軍は敗走に次ぐ敗走で、弱体化していきます。


河合耆三郎への介錯でしくじってしまった谷 三十郎は
新選組屯所の中でも非常に肩身の狭い思いで日日過ごしていました。

もともと三十郎は谷三兄弟の長兄で、家柄もよく
近藤 勇の養子に入った近藤周平の実兄に当たります。
それだけに、人に蔑ろにされるのを嫌う部分がありましたが、
介錯での失敗は、三十郎の立場をなくさせるものでした。

しかし、今まで家柄を鼻にかけてきただけに
誰一人として同情するものはおりません。

その三十郎が、新選組を脱走することに決めたそうです。

ただ、それでも「失敗して居場所がないから」とは言えず
あくまでも勇や土方歳三と志をひとつにできないから、と
もっともらしいことを言います。

「兄上……私は残りたいのですが」
周平は、珍しく自分の意見を述べます。

しかし、監察方の山崎 烝がすでに脱走の情報はつかんでおり
早速、勇に報告を入れます。
勇の心配は周平ですが、彼はどうやら抜けなさそうです。

その夜、次弟の谷 万太郎と落ち合う約束をした三十郎を
追ってきた斎藤 一、島田 魁、浅野 薫は彼を挟み撃ち。
槍で応戦してきたところを斎藤が斬り捨てます。


慶応2(1866)年7月25日・薩摩──。

霧島温泉に、坂本龍馬とおりょうがいました。
前の寺田屋事件で手を負傷した龍馬は
療養のために湯治にやってきたわけです。

おりょうは龍馬を慕っておりまして、
龍馬はおりょうにプロポーズ。
「おまんはワシのそばにおったらええ」


京・見廻組屯所に、滝本捨助の姿がありました。
佐々木只三郎に仕事をくれと談判に来たわけです。

最初は断る佐々木ですが、よくよく考えれば捨助は
龍馬にも桂 小五郎(木戸貫治)にも
薩摩の西郷吉之助や大久保一蔵にも会ったことがあり、
岩倉友山とも顔見知りというのは
一種の武器かもしれぬと考え直します。

しばらくは、捨助を佐々木の奉公人とします。


原田左之助から報告がありました。
甘味屋のまさと夫婦になったというのです。

原田は今まで何度ともなくまさにアタックしてきたのですが、
そのたびに簡単にフラレていました。
それだけに一同みんな驚きの表情です。

しかも、まさの両親にも挨拶を済ませ
祝言も夕べ終わらせたというのです。
「やっちゃったのかー!?」と歳三は声を上げてます(^ ^;;)

新選組……いや、試衛館仲間として
何かお祝いをしてあげたいということで、
永倉新八主催で祝宴を開くことになりました。

その、新選組幹部がいなくなるこのチャンスに
浅野がこっそり脱走することにしたようです。

浅野は周平も脱退に誘うのですが、首を縦に振りません。
なので、せめて頼まれごとを引き受けてほしいと言われて
しぶしぶ承知します。
「バレないように身ひとつで屯所を出る。
後で荷物まとめて持ってきて欲しいんだ」


監察方・山崎の調査で
お幸の妹・お孝の居場所が分かりました。
東寺近くの伊勢屋という宿屋に奉公しているそうです。
年のころは21、5〜6年前にふらりと現れたそうです。

実際に妹かどうかをその目で確かめるために、
お幸は会いに行ってみることにします。
ただし、山崎にも用事があるので、それを片づけてから
七ツ半(夕方5時ごろ)に落ち合うことにします。

その用事というのは、まぁ密偵であるのですが
伊東甲子太郎の行動を調査しているわけです。

攘夷派の岩倉友山の元を訪れている彼は、
今でこそ新選組に身を置いているものの
尊皇の想いは非常に強く、
いずれは帝のために身命を賭して働くつもりのようです。


お幸が山崎を待っていますと、男の声が聞こえてきました。
周平と浅野です。

浅野の荷物をまとめ、周平がもってきたようです。
しかし浅野は、周平の私物をまとめてもってきていました。
一緒に脱走しよう、ということでしょう。
「どうして私を道連れにするんです!」

お幸は、新選組屯所に駆け込みます。

周平が浅野にそそのかされたらしい──。
屯所でお幸から事のあらましを聞いた斎藤は
祝宴が開かれている永倉の家に向かいます。

斎藤からの知らせを聞いた井上源三郎と藤堂平助は
祝宴を中座して急いで周平の元に駆けつけます。

しかし、周平と浅野にとって運の悪いことに
見回り中の沖田総司らに見つかってしまいます。
無断脱走ですので、当然追いかけられます。

転倒した周平を見捨てて、浅野は単独逃亡。
総司が追いかけていきます。
ただ、途中で見失ってしまいました。


一方、周平は捕まって斬られそうになりますが、
間一髪のところで井上と藤堂が追いつきます。

スキがあるから付け入られるンだ!
なぜもっとがんばろうとしない!?
なぜもっとぶつかっていかない?
なぜ精一杯生きようとしない!?

総司は周平に詰め寄り何度も何度も殴りつけますが、
藤堂は涙ながらに総司を止めます。
「皆が皆あなたみたいな人じゃないです!
頑張っても上達しない人だっているんだーッ!!」

源三郎は、まだ始まったばかりじゃないか、と
周平を愛情で包んであげます。

一切の例外は認めないという勇の目の前で
源三郎は周平を峰打ちします。

近藤周平は死んだ、ということにして
養子縁組を解消し名を谷 昌武に戻す。
その上で源三郎が一から鍛え直し、
然るべき時に再度養子縁組をしてほしい。

源三郎の主張です。

周平の人一倍の頑張りが空回りなのは、
もしかしたら近藤家の跡取りというのが
手かせ足かせになっているのかもしれません。

一旦はそれを外してもらい、
人間的にも大きくなってから勇の養子に入る。
それまでは源三郎の責任で育て上げるというわけです。

勇は頷くしかありません。

ただ勇は、これだけは周平に言っておきます。
「『周平』の名は我が近藤家にとって由緒ある名。
そう容易く着けたり外したりできるものではない」

周平の名を残し、“谷 周平”とすることにしました。


急きょ、勇へ松平容保からのお召しがかかりました。
将軍薨去──。

将軍家茂には子がなく、次の将軍の有力候補は一橋慶喜です。
しかし、少し理に走りすぎるところがあります。
名誉ある将軍職も、少し焦らしてやろうと考えています。

何度も何度も懇願され、こぞって頭を下げた時こそ
ようやく重い腰を上げる時だという慶喜。
恩を売って将軍になれば、思い通りの政ができるわけで
薩摩や長州の想い通りにはさせないと鼻息荒いです。

容保は、一抹の不安を抱えます。

──────────

慶応2(1866)年7月20日、
江戸幕府第14代将軍・徳川家茂が
大坂城で脚気衝心のため薨去。享年21。

慶応3(1867)年11月18日、
新選組から分裂した御陵衛士を粛清する『油小路事件』まで

あと1年3ヶ月──。


作:三谷 幸喜
音楽:服部 隆之
題字:荻野 丹雪
版画:木田 安彦
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[出演]

香取 慎吾 (近藤 勇)

藤原 竜也 (沖田総司)
山本 耕史 (土方歳三)

優香 (お幸)

オダギリ ジョー (斎藤 一)
中村 勘太郎 (藤堂平助)
山本 太郎 (原田左之助)
山口 智充 (永倉新八)
小林 隆 (井上源三郎)
照英 (島田 魁)

中村 獅童 (滝本捨助)

小西 美帆 (おその)
はしの えみ (まさ)
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筒井 道隆 (松平容保)
谷原 章介 (伊東甲子太郎)
麻生 久美子 (おりょう)
今井 朋彦 (一橋慶喜)
中村 有志 (岩倉友山)
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伊原 剛志 (佐々木只三郎)
江口 洋介 (坂本龍馬)
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制作統括:吉川 幸司
演出:伊勢田 雅也

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