プレイバック獅子の時代・(23)愛ありて
「これが新政府か! これが新しい日本か!」(雲井龍雄)
「敵は虫けらと思わねば、日本を変えることなどできんど!」(岩下左次右衛門)
「戦うとるんじゃ。抗う者を許す言うとるヒマはなかとじゃ」(大久保利通)
失意のまま雲井を処刑されてしまったことで、
理想を置い続ける自分の無力さを痛感した苅谷嘉顕は
肩を落として帰りながら、いくつもの言葉が脳裏をよぎります。
嘉顕がおもんの見舞いに畳屋平蔵の家を訪ねてみました。
平蔵は仕事に出ているらしく、妻のさくが対応しますが
さくは何だかとても嬉しそうです。
労咳であるおもんの体調は少しずつよくなってきているようで、
昼間限定で床上げしておこうという初日なのだそうです。
さくは二人に気を利かせて、お酒買ってくる! と外出します。
おもんの嬉しそうな笑顔を見て、嘉顕もつられて笑いますが
頭の中にこだまするのは、久松府兵総長から言われた
「おはんの振舞い、このごろ少々目に余る」という言葉です。
それをかきけすかのように、さくが買ってきて
おもんが注いでくれた酒をカッとあおる嘉顕。
その様子を見て、長年芸者をやってきたおもんには
嘉顕に何かあったなと感づくところがあります。
「毒です」とやんわり忠告しますが、
今日の嘉顕は、表情では笑っていながらも
人が変わったように強引です。
夜。
すっかり出来上がってしまい、足元おぼつかない嘉顕を
さくが苅谷屋敷まで送り届けてくれます。
「おもんさんと昼間っからずっとなんだもん」
「何かね……何かあったらしいのよ」
さくの言葉が、出迎えた菊子の頭をぐるぐると回ります。
嘉顕が留守の間、大槻信春が苅谷屋敷を訪れ
雲井に関する経緯をざっと菊子に伝えていたので、
さくが言う“何か”というのは、おおよそ見当がつきます。
そのころ銑次は、雲井の首塚までやってきます。
罪状とともに雲井の首がさらされており、
銑次は苦々しい顔です。
「ひでぇことしやがる……」
この前の、古武術試合の紹介をしたのも雲井であり
銑次は、手元に残った雲井の木刀を手に彼の人柄を偲びます。
ひょっとこのお面をかぶって料亭に出向いた銑次は、
久松総長やその手下たちがどんちゃん騒ぎをしている
座敷に忍び込み、木刀でめった打ち。
まとめて大木に吊るし上げるという暴挙にでました。
まぁ……そんなことしても
雲井が帰ってくるわけではないのですが、
銑次流、せめてもの見せしめです。
菊子は、気落ちした嘉顕を励まそうと、
昨晩は酒を準備して待っていたわけですが
まさか神田のおもんのところで飲んでいたとは知らず。
嘉顕は嘉顕で、気落ちしている自分を見せたくはないと
外で酒を浴びるように飲んだそうで、
どちらも相手を慮ってのことではありますが……、
「水臭うごわんが! ないごてここで酔われもはんとな!?」
気落ちしている自分をみせたくはないという理性もそうですが、
酒に呑まれてベロンベロンな状態で帰ってきたことから
もし菊子と飲んでいたら、兄嫁という名の自分の想い人に対して
義理の姉弟の一線を越えてしまい、何をしたか分かりません。
そういうのもあったのでしょう。
留学前、菊子のことを思っていながら
それをついぞ告白することなくイギリスに発ち、
フランスにいたころに、兄・巳代治と結婚したことを知った嘉顕は
断ることも出来たはず、とひどく菊子を憎んだそうです。
「お慕い申しておりました」
実は菊子も嘉顕のことを思っていたわけです。
ただ、いつ帰国するか分からない状況で
いろいろな縁談を断り続ける菊子に父は怒り
苅谷家から縁談が舞い込み、
ついに嘉顕と……と歓喜したのもつかの間、
その相手が巳代治だったことで、
抵抗する気力さえ失せてしまったとのこと。
巳代治と結婚すれば、少しは
嘉顕に近づけるという打算も菊子の中に働いたようで、
それで結婚となってしまったわけです。
「姉上……んにゃ、菊子!」
兄嫁と弟のけじめをつけるようにと
きつく釘を刺していた母の和哥も含めて
嘉顕は説得と許可をもらうと言い出します。
菊子の気持ちを薄々感じていながら
兄嫁という箱に封じ込めていたのはむしろ嘉顕のほうで
今日、あらためて自分が
菊子に愛されていたのだと気づいたわけです。
この男女のやり取りを、
奥できわが黙って聞いていました。
嘉顕が外出した後、菊子はある決意を秘めて
思い切って平蔵・さくの家を訪ねます。
それは無論、おもんに会うためです。
「義弟を……お願いしとうございもす」
義弟を追いつめることをしてしまい、
これ以上一緒に暮らすことは出来なくなった。
いくら自分に気持ちがあるとはいえ、
自分が兄嫁であるということを忘れることはできない。
だからこそ、義弟を頼みたい。
しかし、あまりに突然のことで
おもんは何を言うことも出来ません。
ハッと我に返ったおもんには、気持ちの変化がありました。
ともかくそのまま東京府庁舎へ。
このままでは菊子がどこかへ行ってしまうと
おもんから知らせを受けた嘉顕は屋敷に急ぎますが、
その時にはすでに、菊子の姿はありませんでした。
嘉顕を自邸に帰したおもんは、
彼にとっていいことをしたのだとフッと微笑みますが、
それは同時に、自分が一身に受けていた愛情を
否定することでもあります。
微笑んだり、険しい顔をしたり。
よろめきながら、おもんが向かった先は
銑次の元でした。
「置いていただけますか」
事のあらましを聞いた銑次ですが、おもんは
これ以上嘉顕のやっかいになるわけにはいかないと
すでに心を決めているようです。
銑次もそれ以上のことは何も言いません。
ともかく今は、病気を治すことが先決です。
「病人のふとんの中さ、もぐりこんでいくわけにいかねべが」
菊子は、北──北海道に向かう船に乗っていました。
故郷鹿児島からも、嘉顕からも遠ざかるこの旅ですが、
今まで菊子を縛り付けてきたしがらみから
一つ一つ解き放たれていくようで、不思議なことに
悲しみだけの船出ではありませんでした。
作:山田 太一
音楽:宇崎 竜童
語り:和田 篤 アナウンサー
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[出演]
菅原 文太 (平沼銑次)
大原 麗子 (もん)
大竹 しのぶ (平沼千代)
藤 真利子 (苅谷菊子)
永島 敏行 (平沼鉱造)
金田 賢一 (弥太郎)
鶴田 浩二 (大久保利通)
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加藤 嘉 (平沼助右衛門)
神山 繁 (岩下左次右衛門)
加藤 剛 (苅谷嘉顕)
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制作:近藤 晋
演出:重光 亨彦
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