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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2013年10月 6日 (日)

(40)妻のはったり

「これはどういうことです伊藤さんッ!」
槙村正直は、東京の内務省で
内務卿伊藤博文に新聞を叩き付けます。

板垣退助らが掲げる自由民権運動の広がりを恐れた政府は
明治11年7月、現在の地方議会に当たる府県会の設立を決定。
不満の解消を図ったのです。

国政は自分たちに任せ、京都をよろしくと槙村に頭を下げ
立ち去ろうとする伊藤に、槙村は食い下がります。

京都では、アメリカの息がかかった者たち(新島 襄・八重ら)が
私立学校を根城に手先を育てているというのですが、
アメリカのように選挙で大統領を選ぶなど、
それをさせないのが槙村の役目だろうがと突き放します。


同志社英学校の校長である襄宛に、外務省から封書が届きます。
英学校を廃校にせよというのです。

驚いた襄は東京の外務省に急ぎ出向き、
外務卿・寺島宗則と対面します。

寺島が言うには、
日本人以外の学校経営は禁止されているところでありまして、
キリスト教団体から資金を得ている
同志社英学校は廃校、というわけです。

襄が、いくら日本人のための教育を……と説いたところで
寺島は一切耳を貸そうとしません。

しかしこれは、キリスト教団体からの資金援助を
襄自身が受け取る形に変えたことで廃校は何とか免れますが、
外国人教師たちは納得しません。


山本覚馬は京都府顧問を辞職し、穏やかな日日を送っていましたが
明治12(1879)年3月、第一回京都府議会議員選挙で当選しました。
といっても、覚馬が自ら立候補したというわけではありません。
「……私が?」と覚馬は驚きます。

目も見えない、足も不自由な覚馬に
京都の人たちは“もっと働け!”とエールを送っているように感じて
覚馬はその声に励まされ、府議会議員になることにします。

初めての府議会議員選挙は、
20歳以上の高額納税者男子のみが有権者とされていました。
制限選挙とはいえ、日本初の民選議員選挙であります。

それから数日後の3月30日、第一回京都府議会が開かれます。
議員たちは、覚馬と同じく本人の意思に関わらず
投票されて当選した人たちばかりです。

槙村もいる議場で、まずは議長を入れ札で決めることにします。
議員名簿のようなものから、それぞれがひとり選んで
カマボコ板(笑)のような板に筆書きし、箱に投じていきます。
板を投じる時の、コロン、カラン、という音だけが響き渡ります。

「得票45、山本覚馬君が京都府議会初代議長に決定しました」
不本意な槙村を前に、議員たちは拍手をして
新議長を議長席に迎え入れます。

議会とは何か、議員とは何を心がけたらいいのか。
基本の部分を理解していない議員たちにとって、
覚馬はいわば「議員学校の教師」とでも言える頼もしい存在です。


開校4年目の同志社英学校は、一部の上級生に指導役を任せて
学力別による学級編成が整えられていました。

しかし、卒業予定の生徒から
牧師希望者が6人しか出なかったことを、
襄は外国人教師たちにさんざん責められます。

「襄は、校長には向いてません」
スタークウェザー先生は、アメリカがなぜ
同志社に資金援助を続けているのかが分かっていないと
襄に乱暴な言葉をぶつけます。

襄は、教師たちに責められたことはそれまでとして
八重を連れて急いで帰宅します。
襄の両親(新島民治・登美)が同居生活を始めるために
上州安中から京都へ出てきていたのです。

両親を離れに案内し、風呂を入れて来るという襄に
「ジョー!」と呼び止めた八重を、登美は目を丸くして驚きます。
民治は、まるで夫婦が逆だと呆れていますが、
八重のことは、まぁ好意的に受け取られているようです(^ ^;;)


6月12日、同志社英学校の第一回卒業式です。
「行け、行け、心安らかに、強くあれ」
襄は卒業生たちに言葉を贈ります。

第一期卒業生となったのは、最も教師たちの手を焼かせた
熊本バンドの生徒たち15名でした。


そうして1年が過ぎた明治13(1880)年4月。
襄の邸宅では、英学校と女学校の生徒たちが集まって
百人一首のカルタ取りが行われています。

徳富猪一郎はどうやら得意らしく、
人に先んじてポンポンと取っていきます。

第一期卒業生から同志社の教師になった市原盛宏は
新入生の数が少ないと牧師になる人数も減ってしまうと
外国人教師たちが不平を唱えていることを襄に訴えますが、
襄はニッコリ笑うばかりです。

市原が校長に対して大きな口を叩くようになったのも
外国人教師たちが幅を利かせるようになったのも、
全ては気の弱い襄のせい。
生徒たちは影でそう考えるようになっていました。

「それは違う!」
八重は、襄の額の傷後が出来たいきさつを話します。
函館からアメリカ船に密航するとき、
役人と戦って出来た傷である、と。

しかしあの傷は、民治が教えてくれたところでは
幼い頃に木から落ちて、医者さえもうろたえるほどの傷で、
途中まで縫合されたのを民治が続けて縫合した結果
あんな風に傷が残ってしまったはず……。

「襄は、信念のためなら断固として闘う強い人です!」
八重は、言葉に詰まりながらウソをついてしまいました。

まぁ、八重のウソで生徒たちには
襄が意外にすごい人であると植えつけられましたが、
市原と外国人教師たちはそう簡単にはいきません。

2年生の2クラスを1つにまとめて空き教室を作り、
そこを伝道師育成のクラスにする。
聖書を扱うことすら公に出来ない現状で、
宣教師を育成するクラスなんてできるはずもありません。

しかし、それを認めさせるのが校長の仕事だと言われて
襄もしぶしぶ承諾します。

数日後。
授業すべく教室に入った襄の目の前に広がるのは
無人の教室です。
学校側の一方的なクラス合併の決定に生徒たちは反発。
“教師の横暴を難ず”と猪一郎らはストライキを始めたわけです。

立てこもっている部屋から出された同志社新聞にあった
“校長は米国人教師に屈せしか 額の傷に恥じるべし”
という『額の傷』という言葉に反応します。

襄は生徒たちを集め、回答を伝えます。
学校存続のため、2クラスの合併はせざるを得ません。
しかし、皆さんへの説明が不十分なまま
合併を決定したことは誤りでした──。

「申し訳ありません」
襄は、生徒たちに頭を下げます。

一方で、と襄は言葉を続けます。

学生が授業を放棄するのも重大な過ちです。
教育を受けることは、あなたたちの大切な権利です。
過ちを犯した罰は受けねばなりません──。

全ての過ちの責任は、校長の私にある。
そう言って、襄は太い杖を取り出し
左手を殴打し始めます。

その、力加減ない襄自身の折檻は
生徒たちばかりではなく、
校長である襄に対して態度を大きく取ってきた
教師たちも圧倒されます。

前列に座っていた猪一郎が、たまらず止めに入りますが
それすらも拒み、猪一郎を払いのけても殴打し続けます。

何度も何度も殴打して、
杖がまっ二つに折れても更に続けようとする襄に、
市原や生徒たちは涙ながらに駆け寄ります。


襄は、額の傷を刀傷だと生徒たちが広めてしまったものだから
信念のために断固として闘える強い人になりたいと思い
それを示したのだそうです。

しかし、八重が額の傷のことでウソをついたことを白状し
襄は「えっ?」と素っ頓狂な声を出してしまいます(笑)。
左手は、見るに耐えないほど赤く腫れ上がっていますが、
こんな時でもいつもと変わらない笑顔を出せる襄は、ステキです。


5月、第2回府議会が招集されます。

しかし槙村は、事実上 府議会を無視し
京都府予算案を提出しませんでした。
「知事の横暴をおのおの選挙区に戻って訴えましょう」

そして同志社英学校では、
今回のストライキの首謀者である猪一郎が退学届を提出します。
けじめをつけたい、というのもあり、
めまぐるしく変わってゆく日本に1日でも早く飛び込んで
新聞記者になりたいという夢がある、というのもあります。

猪一郎が今まで綴ってきた同志社新聞に、
請われて襄が言葉を綴ります。

大人(たいじん)とならんと欲せば
自ら大人と思うなかれ

「鵺と呼ばれたのが、ついこの前のようだし……」
八重と襄は、笑って猪一郎を送り出します。

──────────

明治12(1879)年3月25日、
京都府議会を開設し、その5日後に第1回京都府議会を開会。
初代議長に山本覚馬が選出される。

明治39(1906)年4月1日、
篤志看護婦としての功績により
皇室以外の女性として初めて『勲六等宝冠章』を受章するまで


あと27年──。


作:山本 むつみ
脚本:吉沢 智子
テーマ音楽:坂本 龍一
音楽:中島 ノブユキ
題字:赤松 陽構造
語り:草笛 光子
──────────
[出演]
綾瀬 はるか (新島八重)
西島 秀俊 (山本覚馬)
オダギリ ジョー (新島 襄)
谷村 美月 (山本時栄)
中村 蒼 (徳富猪一郎)
──────────
高嶋 政宏 (槙村正直)
清水 綋治 (新島民治)
風吹 ジュン (山本佐久)
──────────
制作統括:内藤 愼介
プロデューサー:樋口 俊一
演出:末永 創


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『八重の桜』
第41回「覚馬の娘」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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コメント

わたしとしては、山本覚馬がこんなに人望があったなんてと槙村が驚き歯噛みしたシーンが今回の最大の見せ場でした。

──────────

atushikun2さーん。こんにちは!
今日もコメントありがとうございまーす。


>山本覚馬がこんなに人望があったなんて
そうですね。

前回の予告編で、府議会議長に選ばれたのを見たとき
やはり京都府顧問を辞めて何か気持ちが悶々としていて
府知事に対抗してやろうと考えたのかと思いましたが、

府議会議員に選ばれたのも本人の意思に関係ないところ、
議長に選出されたのも同様ということで、
覚馬さんの人望がよく分かる部分でしたね。

改めて考えると、顧問として活躍してきたんだなぁ、
すごいなぁと考えるばかりです。

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