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2013年10月27日 (日)

(43)鹿鳴館の華

伊藤博文と対立し、政府を追われた大隈重信は
「人民に、日本の政治ば動かす道が開かるっとぞ」と
早稲田大学の全身となる東京専門学校を開校します。

そして新島 襄もまた
大学設立に向けて準備を始めていました。

明治15(1882)年12月──。

日本人女性で初めて大学を卒業した捨松 山川 咲と津田梅子は
東京の文部省に赴いて
日本でも大学設立が重要だと役人に説きますが、

そもそも10年前に行った米国留学も
北海道開拓使が勝手にやったことであり、
その人選も、逆賊会津や幕臣の子弟にお鉢が回っただけで
話すら聞いてもらえません。

山川健次郎が書生たちがツケている酒代を立替払いしたり
梶原平馬と離縁して山川家に戻った二葉は
金がなくて苦しんでいる会津の者たちに金を送ったりと
出来得る限りの援助をしてあげていますが、

山川家に帰って来た捨松は、
火の車ながらもそうして援助している兄姉たちの姿を見て
一日も早く働きます! と頭を下げます。

そして、陸軍大阪鎮台に勤務している山川 浩は
山本家を訪ねていました。
挨拶もそこそこに、浩は
捨松を同志社女学校で雇ってくれないかと切り出します。

襄は二つ返事で引き受けます。
岩倉使節団に同行してアメリカに渡っていた襄は
留学したばかりの捨松と会ったことがあり、
実に聡明なお嬢様だ、と感じ取ったのだそうです。


それからほどなくして、
浩は陸軍省人事局長への栄転が決まり
大阪から東京へ呼び戻されました。
会津出身者は日陰者と思っていたのに、えらい出世です。

これはどういうことだろう? と考えていた矢先、
そんな山川家にひとりの訪問者が。
陸軍中将・大山 巌であります。
なんと捨松を妻にいただきたいというのです。

「こたびの栄転は、妹を釣るための餌か」
それは違う、という大山を前に、
妹を人質に出世するぐらいなら陸軍など辞職する、と
浩は大山の願い出を突っぱねます。

話の中心であるはずの捨松が知らないのはフェアじゃない、と
健次郎は捨松に事のあらましを全て話します。
捨松は“喜んでアクセサリーになります”とヤケになりますが、
健次郎はあくまでも冷静沈着に、まずは大山 巌という人物が
どういう男かを見極めてはどうか、と提案します。


浩は、捨松の就職をすぐにも進めてほしい、と手紙に書き、
健次郎は、捨松の就職は保留にしてほしい、と手紙に書いて
いずれも襄によこしてきました。

おそらくは、山川家は家老の家柄なので、
大山とは釣り合いが取れないと縁談話を断るために
就職を大急ぎで進めているんだろうというのは察しがつきます。

新島八重は、襄の大学設立の陳情にかこつけて
同行して東京に行ってみることにします。

パーティで大山と一緒になり、いろいろと話をするうち
この男性は実直に自分を見てくれているんだと感じた捨松は
大山の後妻に入ってもいいという気分になりつつありますが、

母の艶は、真っ向から反対を唱えます。
「薩摩へ嫁げるわけねえべした!」


東京の勝 海舟邸を訪問した襄は
同志社の大学設立に協力しようという言葉をもらい
ホッと胸を撫で下ろしていました。

そこへ、突然捨松がやってきて
今すぐ京都に連れ帰って、働かせてほしいと言い出すのです。

会津と薩摩の縁談は迷惑だ、という捨松のつぶやきに
襄は大山への好意はないのかと問いますが、
捨松は、いや八重も声を大にして叫びます。
「好意なんてとんでもねえ!」

そのまま山川家に向かう3人ですが、
そこには浩と健次郎、そして大山もおりました。

ここに集まっているのは捨松の縁談のためであるはずなのに、
大山も浩も薩摩だ会津だと理屈ばかりで、
肝心の捨松の気持ちは全く考えられていません。
八重は、腕相撲で勝負を決めることにします。

しかも、大山に対するのはなぜか八重です(^ ^;;)

押せ! 押せ!
いけ! いけいけ!
押し返せ八重さん!
討て! 薩長を倒せ!(←ちなみに浩のかけ声)

……何だか応援が違う気もしますが(笑)。

「大山さま!」
捨松の、叫びともとれる声に一瞬たじろぐ大山と八重ですが、
再度の取り直しで大山が勝ちました。

命がけで銃を撃ち合ったその手で腕相撲が出来た。
15年、誰でも等しく時は流れたんです──。
審判役の襄が上手に締めまして(^ ^)
腕相撲で組んでいた手を、形を変えて握手にします。

戦は終わったど、とつぶやいた大山に
浩はあくまで強気です。
「この屋根の下では、兄上と呼んでもらおうか」

その言葉は、遠回しに結婚を認めたもので
もしかしたら浩ならではの照れ隠しであったかもしれません。
嬉しさがこみ上げて、涙が溢れる捨松です。


明治16(1883)年8月・東京大学。

このころ、国会開設に向けて
各国の憲法を調査していた伊藤博文が帰国しますが、

国家を強くするために官僚が必要であると唱えた伊藤は
大学でも、その官僚を育ててほしいと言い出し
教授たちの反発を食らいます。

健次郎も例に漏れず、大学は
政治とは切り離した存在であるべしと異議を唱えますが、
会津者か、と伊藤に笑われます。


12月、日本の文明化を示すために
開設されたばかりの洋式社交場・鹿鳴館で、
大山と捨松の結婚披露宴が執り行われます。

「山川家の出世頭は、捨松かもしれませんね」
披露宴に出席していた健次郎は、浩につぶやきます。

その壮大な披露宴の様子は
たちまち新聞で取り上げられるところとなり、
八重は、あの時腕相撲で負けてよかったと心から思っていました。

しかし襄は、その記事には目もくれず
別のところを穴が空くほど見つめていました。

「徴兵令……改正!?」
改正した内容だと、私立学校の生徒たちが
徴兵猶予を受けられなくなってしまうわけです。

官立学校に優秀な人材を集めるつもりだ。
襄は、政府の思惑を理解します。

──────────

明治16(1883)年11月8日、
参議陸軍卿の大山 巌と山川捨松との婚儀が行われ、
その1ヵ月後、完成したばかりの鹿鳴館で結婚披露宴を催す。

明治39(1906)年4月1日、
篤志看護婦としての功績により
皇室以外の女性として初めて『勲六等宝冠章』を受章するまで


あと22年5ヶ月──。


作:山本 むつみ
脚本:吉沢 智子
テーマ音楽:坂本 龍一
音楽:中島 ノブユキ
題字:赤松 陽構造
語り:草笛 光子
──────────
[出演]
綾瀬 はるか (新島八重)
西島 秀俊 (山本覚馬)
オダギリ ジョー (新島 襄)
玉山 鉄二 (山川 浩)
谷村 美月 (山本時栄)
市川 実日子 (山川二葉)
──────────
勝地 涼 (山川健次郎)
水原 希子 (山川捨松)
生瀬 勝久 (勝 海舟)
──────────
秋吉 久美子 (山川 艶)
風吹 ジュン (山本佐久)
反町 隆史 (大山 巌)
──────────
制作統括:内藤 愼介
プロデューサー:樋口 俊一
演出:一木 正恵


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『八重の桜』
第44回「襄の遺言」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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