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お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2013年10月の31件の記事

2013年10月31日 (木)

わすれもの

終業30分前に予定外のおしごとが舞い込んで来て
20分ほどオーバーしてようやく終了しました。

ラスト30分で片づけようと思っていたおしごとは
後のシフトの先輩が引き継いでやってくださるというので、
「いいよいいよォ! もう帰りなよ!」というお言葉に甘えて
退社することにしたのですが、

Kassyが所属する部署用の引き出しを開けたとき、
顔が引きつってしまいました。
ヤバい、やり残した仕事がある……。

先ほどの先輩は、後を引き継いでくれたとはいえ
実は別部署の方なので、お任せすることは出来ません。
先輩は「いいんじゃない? 明日に回せば」と言ってくださいましたが、
引き出しの前でさんざん迷った挙げ句、仕上げて帰ることにしました。

Kassyは明日おやすみですし、できるうちに煩雑の業務をやっておいて
明日はなるだけ業務量を減らしておいた方がよかろうという判断です。

それにしても、もう帰れる! と
電源OFFモードに入ってしまった状態からの
再勤務というのは、なかなか厳しいものがありますね(笑)。
諦めて、しっかり仕上げて帰らせていただきました。
サービス、1時間半(^ ^;;)

2013年10月30日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(51)

終点停留所の旅“たそがれ”第21弾です。
今回はF岡県大M田市にある
「N添」バス停をご紹介します。


前回ご紹介した「A明高専前」バス停から
大M田駅方面へ停留所をいくつか戻ると
「S原」というバス停があります。

今回ご紹介の「N添」は
その「S原」バス停近くから伸びる支線でありまして、
『幕コレ』(方向幕コレクション)でもご紹介しております幕でも
[15]系統で運行されていたことが分かります。

Mb2210

この道を進んでいきますと……、

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2013年10月29日 (火)

プレイバック獅子の時代・(35)西南戦争前夜

大久保利通の厳命を受けて、苅谷嘉顕が鹿児島に到着したのは
明治9(1876)年11月2日。

しかし、太陽暦が採用されてまもなく4年になるというのに、
鹿児島では未だ太陰暦を用いていて、9月でした。
また、廃刀令も発布されているはずですが、
ちょんまげに刀を差して街を闊歩するという出で立ちは
時代の逆行を思わせます。

明治政府の改革は、鹿児島へは
少しも及んでいないかに見えました。

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2013年10月28日 (月)

首位打者賞

『それゆけ!! Kassy号〜♪』投稿記事数が
今日で2,500本になりました!
ありがとうございます!

というわけで、恒例の「首位打者賞」を発表します。
2,500回記念! 恒例の『勝手にランキング』!!

『Kassy号・首位打者賞』です!

これは、1日を1打席と仮定したときの打率をランキングしたもので、
Kassy号が独自に規定する数以上
コメントをいただいた方の中から選出します。

今回の対象者は……8名中1名でした!(笑)

今日10月28日の午後8時時点での集計結果となっています。
当然、1日に複数のコメントをくだされば、
10割超えという不可思議な数字になっちゃいます。

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2013年10月27日 (日)

(43)鹿鳴館の華

伊藤博文と対立し、政府を追われた大隈重信は
「人民に、日本の政治ば動かす道が開かるっとぞ」と
早稲田大学の全身となる東京専門学校を開校します。

そして新島 襄もまた
大学設立に向けて準備を始めていました。

明治15(1882)年12月──。

日本人女性で初めて大学を卒業した捨松 山川 咲と津田梅子は
東京の文部省に赴いて
日本でも大学設立が重要だと役人に説きますが、

そもそも10年前に行った米国留学も
北海道開拓使が勝手にやったことであり、
その人選も、逆賊会津や幕臣の子弟にお鉢が回っただけで
話すら聞いてもらえません。

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2013年10月26日 (土)

長丁場

珍しく風邪が長引いております(T^T)

今日はおしごとお休みでありましたが、
せっかくのお休みだったので、
朝からあっこに行こう! とか何食べよう? とか
いろいろ計画して昨晩は休んだはずなのですが、

思いのほか咳がひどく、あんまり眠れませんで
朝になっても起き上がれませんでした。
(4時半ごろには目は覚ましていたんですけどね)

で、結局夕方すぎまで病床にあって
現在に至る……というものです。

薬はしっかりと服用しているのですが、
こうも長引くと、
もっともっと長く苦しみそうな気がしてきました。

2013年10月25日 (金)

プレイバック獅子の時代・(34)千代の恋

明治8(1875)年・初夏。
苅谷嘉顕は、結婚したばかりの森 有礼・阿常夫妻と
かき氷を食べています。

「そろそろ、おはんもどげんか?」
と、森はそれとなく未婚の嘉顕をつっついてみますと、
いつもなら、微笑みで軽く流してしまうのですが
1年ほど前から嫁にしたい人がいる、と正直に告白します。

ここは、嘉顕の友人として一肌脱がずに入られません。

森はさっそく瑞穂屋を訪ね、千代を料亭に呼び出します。
そしてその料亭には嘉顕も来ていました。
苅谷邸の下女・きわが亡くなって以来なので
1年弱ぶりの再会といったところでしょうか。

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2013年10月24日 (木)

vol.126・復活祭

vol.126・復活祭
(パーソナリティ:姫・Kassy)

第126回放送です。

姫が久々に復活してくれましたが、
Kassyは前回に引き続き声ガラガラです。
お聞き苦しい点はどうかご容赦を。

今回のListening Pointは……
放送禁止用語

番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

2013年10月23日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(50)

終点停留所の旅“たそがれ”第20弾です。
今回はF岡県大M田市にある
「A明高専前」バス停をご紹介します。

Mb2205

学校へ通じる通学路。
狭いですが、この道をバスがポンポンポンと上っていきます。

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2013年10月22日 (火)

プレイバック獅子の時代・(33)人力車渡世

瑞穂屋卯三郎から金をだまし取った
薩摩藩の尾関平吉に刀傷を負わせ、
不公平にも投獄されて半年。

平沼銑次は、明治6(1873)年11月に
ようやく獄から出てきました。

ずっと真っ暗闇の獄中で暮らしてきたせいか
いやに眩しく感じます。

弥太郎とともに暮らしていた小屋では、
弟の鉱造が待っていましたが、
待ちくたびれたのか眠ってしまっています。

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2013年10月21日 (月)

耳鼻咽喉科

先週からののどの痛みで、昔からの行きつけ……
もとい“かかりつけ”の耳鼻咽喉科に行って来ました。

かかりつけと言っても、前回行ったのは
27歳の冬(2003年1月?)だったと記憶しているので、
実質的には10年9ヶ月の開きがあります(笑)。

この当時は、魚の小骨(全長7mmほど)がのどに刺さって
これまた探しにくい・取れにくい場所なものだから
前の院長先生?にご登場いただいて取ってもらった記憶が。。

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2013年10月20日 (日)

(42)襄と行く会津

明治15(1882)年4月6日・岐阜 中教院──。
『自由大懇親会』の会場です。

前年に発布された国会開設の詔勅を受け
板垣退助が自由党を立ち上げます。
もちろん、その主旨は
世論によって政治を立て直すためです。

聴衆からの拍手が鳴り止まず、再登壇を求められますが
いや、今日はこれで。と
板垣は疲れ切った表情で会場を後にします。

「国賊め!」
会場内で待ち伏せしていた男が板垣の前に躍り出ます。
板垣を狙っていた刺客によってひと突きされた板垣は
よろめきながら、大声で刺客を威圧します。

「わしが死んだち……自由は……死なんぜよ!」

板垣襲撃事件は
“自由ハ死セズ”の言葉とともに全国に広まり、
政党政治確立への気運が一気に高まることになります。

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2013年10月19日 (土)

のどが痛いので

珍しく、カップスープの類いを飲んでいます。
のどが腫れているので、ゴックンと飲み込むのが辛いんですね。

だから、自ずと“食べる量”はいつもより少なくなってしまうのですが、
それでは肉体労働なウチの職場では身が持たないということで、
じっくりコトコトのカップスープに小さく刻んだパンが入っているものを
ゆっくりホクホクと食べるのが、今の幸せです(笑)。

まちがっても、カップラーメンや麻婆など辛いものは食べません。
苦しみたくないですw

2013年10月18日 (金)

プレイバック獅子の時代・(32)明治六年の政変

明治6(1873)年9月、
アメリカ・ヨーロッパの視察旅行に行っていた岩倉具視使節団が
1年10ヶ月ぶりに日本の横浜に帰国しました。

そんな彼らを待っていたのは、
留守の間に力をつけた肥前藩出身の江藤新平
土佐藩出身の板垣退助らを中心とする
「朝鮮国討つべし」という、征韓論への高まりであります。

岩倉使節団よりも一足早く帰国していた木戸孝允・大久保利通は
その動きの外にいて、引退したかのごとく口を閉ざしています。

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2013年10月17日 (木)

vol.125・失念

vol.125・失念
(パーソナリティ:Kassy)

第125回放送です。

いま編集していて気づきました。
更新予定日……先週だったんですね(^ ^;;)
さらに風邪引いて声ガラガラです。

今回のListening Pointは……
やめましょ

番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

2013年10月16日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(49)

終点停留所の旅“たそがれ”第19弾です。
今回はF岡県Y川市にある
「中60丁」バス停をご紹介します。

Mi2710

ここまでバスが来てました。
……っと書いても、
これだけではお分かりいただけないと思うのですが、
もう少し南側に行けば、A明海です。

ここに取材に行ったとき、
パシャパシャと写真を撮ってさっさと引き揚げてしまったので、
今考えれば、ぎりぎり沿岸まで行ってみれば良かったなぁ(^ ^;;)

もともとここには集落ならではの商店が建っておりまして、
その商店関係の方と同じ方が住んでいらっしゃるのか
別の方なのかは分かりませんが、今は家が建て替えられています。

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2013年10月15日 (火)

プレイバック獅子の時代・(31)大久保と西郷

明治4(1871)年から6(1873)年にかけて
政府の首脳たちがメンバーとなる岩倉使節団は
2年近くの見聞旅行をしてきました。

大きな目で見れば、彼らが見てきたことは
今後の日本に大きな影響を与えるものが多かったのですが、
当時は、徳川時代に結んだ
不平等条約の改正だけがクローズアップされ、

それが不首尾となると、
民衆たちの不満は大きくなるばかりです。
「条約は 結び損ない 金は捨て」と
狂歌が出回るほどです。

5月末、ベルリン旅行中の使節団から
単身帰国した大久保利通は、
何をしてきたのかという民衆たちの痛い目にさらされ
太政官庁にも大蔵省にも出ず、家に籠っていました。

西郷隆盛を後ろ盾にした
江藤新平ら留守政府の改革の安定さと目覚ましさに、
大久保自身、自分の出る幕はないと動かなかったわけです。

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2013年10月14日 (月)

ある飲食チェーン店で

おしごと帰り、夕ご飯を食べようと
某飲食チェーン店に立ち寄りました。

Kassyよりも一歩早く入店した男性2人組が
ああだこうだといいながらメニューを考えている間に、
Kassyは“なるだけ安く”という視点から
パッパッと決めて食券を購入。

その2人組よりも早く着席しました。

それから1〜2分ぐらい? もしなかったかもしれませんが、
男性2人組も入店し、扉に近い所に着席したのですが、
店員さんが彼らの購入した食券を取りに来たのに
Kassyに気づかないのか、食券を取りに来てくれません。

おやおや?

ま、最近のKassyは心理的に少しだけ穏やかなので
恐いもの見たさに、しばらく待ってみましょうか。
案外30分ほど待っても気づかれないのかも(笑)。

5分後──。
店員さんが「すいません、お待たせしましたァ」と
食券を取りに来ました。

5分程度なら、特に言うほどの待ち時間ではないので
何食わぬ顔で「はーい」と返事だけしておいたのですが、
それからわずか1分後、選んだメニューが届きました。

おっ?

最初こそ“まさか作り置き?”と思ってしまいましたが、
お料理を見た感じ、いかにもできたてという感じでしたし
あれだけ豊富にあるメニューを作り置くことは
利益上、営業上のリスクが高いでしょう。

ということは、考えられることは……

Kassyが食券機でメニューを選んで購入したと同時に
厨房にその内容が何らかの形で伝わり、
後で、実際に引き取ってきた食券と照らし合わせて
そのお客さんの所へ完成したお料理を運ぶ。

こういうシステムなのでしょうか。

だから、Kassyの場合は
お料理ができたけれど、その食券を客から回収できていない!
ということで、

Kassyのところに来たスタッフさんは
「食券を回収に」来たというよりも
「そのメニューを頼んだのが誰かを探しに」来た、という方が
より正確な表現なのかもしれません。

そうなると、食券を渡してからお料理を作り始めるという
順序だと思い込んでいたKassyにとっては、
どーでもいい話ながら、目からウロコであります。

えー、そんなん当たり前っしょ? というのなら
Kassyは相当時代遅れかもしれませんわw

2013年10月13日 (日)

(41)覚馬の娘

明治13(1880)年 春──。

「まだ政治は一握りの薩長の者たちに独占されちゅう!」
自由民権を掲げ、国会の開設や民選議員創設に向けて
みなが一丸となって進むべき時だと弁士の板垣退助は力説。
演説会で民衆を前に声を張り上げています。

この板垣が火をつけた自由民権運動は
人民の声を政治に反映させようという
大きなうねりとなって日本中に広がっていきます。

会場の前後ろに待機していた巡査たちは
「中止中止!」と割り込んで、聴衆者たちともみ合いになります。

一方、要請を受けた側の岩倉具視は
国会開設の請願書の束を見てため息です。
民権派の者たちを早く抑え込まないと
とんでもないことになる……と考えているようです。

演説会は、集会条例で取り締まっておけばいいと考える伊藤博文は
それよりも西南戦争で出費がかさんだために
国家財政の立て直しが急務と考えています。

「国庫の出費を減らすために、地方の負担を増やすも致し方ないかと」
伊藤は岩倉に相談します。

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2013年10月12日 (土)

何者ッ!?

真夜中のことなので
アレがいつのことなのかはハッキリとは分かりませんが、
多分午前2〜3時ごろのことだと思います。

暑くてちと寝苦しかったKassyは、
部屋の窓を全開にして就寝しておりました。

ウチの近くでは、もう10月だというのに
いわゆる“珍走団”の方々が
けたたましい音を立てながら走り回っておりまして、
それを追いかけるツートンカラーのお車の方々と
競走(?)しておられました。

まぁ、それは今に始まったことではないので
うるさいなぁ、と感じることはあっても
それが原因で起きてしまう、ということはあまりありません。

そのブーンブンブンブーンブンブン……というエンジン音とか
ウ〜ウ〜というサイレン音では起きることはあまりないKassyですが、
家の脇から聞こえる不気味な小さな音に起こされました。

どう聞いても人間の足音ではありません。

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2013年10月11日 (金)

プレイバック獅子の時代・(30)徴兵令発布

岩倉具視を団長に、
大久保利通、木戸孝允、伊藤博文といった
政府の実力者が欧米へ出かけたのが明治4(1871)年11月。

当初、翌5(1872)年の秋には帰国の予定でしたが、
さまざまな事情が重なってしまい
6(1873)年3月になっても、未だにベルリンにいる状況。

いくら実力者とはいえ、17ヶ月も日本を留守にしていれば
彼らを抜きにして、留守政府が
日本を動かせるだけの体制を作らなければなりません。

3月末、大久保がベルリンを発って日本に向かいます。
帰国まで、2ヶ月の旅です。

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2013年10月10日 (木)

リズム

今日は昼過ぎにおしごとが終わりました。
……ということは、朝も早よから働いていたのですけど(^ ^;;)

どちらかというと、昼〜夜におしごとをしているKassyにとって
早朝〜昼すぎの勤務というのは、なかなか慣れません。
慣れない、というより今回初めてでした。

「帰ったら何するのぉ???」と皆さんに笑われましたが、
何しましょうかね。何も考えておりませんw

あ、まずは銀行にでも行ってくるかなッ( ^ ^)/

2013年10月 9日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(48)

終点停留所の旅“たそがれ”第18弾です。
今回はF岡県Y川市にある
「7ツ家西」バス停をご紹介します。

Mi2701Mi2702

7ツ家地区の西エリアにある、
クリーク(水路)沿いの、不思議な道のふくらみ。
道路に設けられるバスカット以上にスペースがあります。

ココは市道から一本奥に入った場所ですが、
ココへ至る導入の道も、他の道に比べたら広めに作られていて
今では消えてしまって見えませんが、
かつては追い越し可の中央線が引かれていたのが見えます。


Mi2706

(真ん中のクリークから見て左側の道路のことです。
右側の道路が乗用車1台通れる幅であることを考えると
2車線分確保されているのが……分かります?(^ ^;;))

ま、“追い越し可”といっても、ココと市道との間の導入の道は
100メートルにも満たない長さですけど(^ ^;;)

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2013年10月 8日 (火)

プレイバック獅子の時代・(29)春浅くして

瑞穂屋卯三郎が推すイギリス製の紙幣印刷機械を輸入すべく
1,300円もの資金提供を受けていた役人の尾関平吉ですが、
はなからイギリス製機械を輸入するつもりはなく
金子のほとんどをかすめ取っていた事実が発覚。

しかし、その金子を運ぶ役割を担った平沼銑次は
司法省によるその追及のために激しい拷問を受けますが、
張本人である尾関はシラを切り通してピンチを抜けようとしたため
黙っていられなくなった銑次は尾関を斬って大ケガをさせます。

当然ながら銑次は捕らえられ、獄に放り込まれます。

元からいた囚人と殴り合いをし、
しかし多勢に無勢、銑次はボコボコにされますが、
ここで、ボスらしいひとりの男と出会います。
松本栄吉です。

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2013年10月 7日 (月)

ダメですねぇ

日常ではないことが起きたとき、あるいは起きようとするとき、
心理的に気持ちが高ぶってかどうかは分かりませんが
眠れなくなってしまいます。

ダメですねぇ……(^ ^;;)┓

23時すぎに帰宅した昨日も
1時ごろには床についていたような気がしますが、
4時半ごろまで目が冴えてしまって、
軽く眠ったと思うんですが、朝5時半には起きていました。

今夏、車中泊を経験したKassyですが、その時と状況は酷似。
あの時も4時ごろまで眠れず、結局5時には起きていましたものね。

遠足前日の子どもか!! と自分でツッコミを入れてみたり(笑)。
でも、子どもの時分は遠足前日でも
楽しみで眠れなかったことは記憶にありませんがねぇ。

2013年10月 6日 (日)

(40)妻のはったり

「これはどういうことです伊藤さんッ!」
槙村正直は、東京の内務省で
内務卿伊藤博文に新聞を叩き付けます。

板垣退助らが掲げる自由民権運動の広がりを恐れた政府は
明治11年7月、現在の地方議会に当たる府県会の設立を決定。
不満の解消を図ったのです。

国政は自分たちに任せ、京都をよろしくと槙村に頭を下げ
立ち去ろうとする伊藤に、槙村は食い下がります。

京都では、アメリカの息がかかった者たち(新島 襄・八重ら)が
私立学校を根城に手先を育てているというのですが、
アメリカのように選挙で大統領を選ぶなど、
それをさせないのが槙村の役目だろうがと突き放します。

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2013年10月 5日 (土)

学食

たまには、わけの分からない文章をば。
お付き合いくだされたく。

Kassyにとっては、学食、学生食堂というのは
あまり馴染みがありませんで。

高校生の時は、親が毎日お弁当を作ってくれましたし
やむを得ずお弁当がない時は、売店に行ってパンを買っていました。
1年間の浪人生活……予備校生の時も、基本はお弁当。
ない時は、予備校近くのコンビニでお弁当を購入。

専門学校に入学するも、そこには学食がなく。
大学に編入学すると、もちろん学食はありましたが
コンビニで買うか、ファミレスに食べに行くか、でした。

ちなみに社会人になってからというもの、
社食(社員食堂)というものを持つような大企業には
残念ながら勤めたことがありませんので、
これまた縁がなかったわけです。

まぁ、そんな毎日を送っていたので
どこで食券を買って、食べ終わったら食器をどこに片づけるなど
食堂ならではのルールというものもあまり知らずに
ここまで育って来ているのですが(笑)、

……って、そんなことを言いたいわけではありません。

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2013年10月 4日 (金)

プレイバック獅子の時代・(28)太陽暦の新年

新橋と横浜を結ぶ日本最初の鉄道が開業したのは
明治5(1872)年10月14日。
平沼銑次がフランスで蒸気車を
いつの日か日本で走らせることが出来るだろうかと
思ったのが6年前のこと。

文明開化の驚くべき早さです。

その銑次は、尾関平吉の収賄の嫌疑にも一切口を割らず。
彼の境遇の予想もしない変わりようであります。


12月。
瑞穂屋卯三郎が苅谷嘉顕の邸宅を訪れます。

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2013年10月 3日 (木)

どういうことだ!

……という叫び声で目が覚めました(^ ^;;)

会社員としては、
ある意味離れられない試練とも言うべき“異動”。
勤務先が変わる“転勤”ではなく部署が変わるものです。

それを異動当日に聞いてしまい、
Kassyにはそれがプチショックでありまして。

周囲の人たちにとっては、
よくは分からないのですが何かがおかしいらしく
Kassyを見てはプッと噴いています。

いや、何となく見当はつきます。
新しく上司……というか責任者がやって来て
新たに新人メンバーも増えたところで上から減員させろと言って来た。
結果、追い出されたのがKassyだったというわけです。

でも、異動の話を聞いた時点ではそこまで頭が回転せず
半ばキレ気味に「どういうことだ!」と叫んだところ
目を覚ました、ということです。

悪夢を見ていたようですね(^ ^;;)

2013年10月 2日 (水)

方向幕考(121)

幕ファンのみなさま、
大変長らくお待たせいたしました。

“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”。
通称“幕コレ”の第67弾は、
N鉄バスグループのH田バスからYふいん号車両と
N鉄バスH多営業所からHかた号車両を
ご紹介します。

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2013年10月 1日 (火)

プレイバック獅子の時代・(27)汚職

瑞穂屋卯三郎は、紙幣の印刷機械の発注を
イギリスの会社にほぼ的を絞った明治4(1871)年12月、

政府は突然、ドイツの会社に印刷させた
紙幣5,000枚の発行を布告。
当分、国内で紙幣を印刷する気はないという意向を示します。

あやつ、何をたくらんでいるのか──!?

印刷機械の輸入を持ちかけた尾関平吉を問いつめようと
卯三郎と平沼銑次は彼の元に出向きます。

「来ると思うちょっとった」
尾関は机の中からおもむろに1枚の紙幣を取り出します。
それは、卯三郎が思い描いた精巧な紙幣とはほど遠い
偽札も容易に出回りそうな、ドイツの会社が印刷した紙幣です。

政府がこの紙幣でいい、と布告してしまった以上
この紙幣の流通は今となっては止められないわけですが、
刷らせたのは5,000枚に過ぎません。

のちのち、卯三郎が輸入しようとしていた印刷機械で
新たに紙幣を印刷すればいい、というのが尾関の主張です。

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