プレイバック獅子の時代・(37)死闘田原坂
明治10(1877)年2月15日、
西郷隆盛率いる薩摩士族1万数千は
鹿児島を発ち、熊本へ向かいました。
九州より電信──と
西郷発つの知らせが京都御所の大久保利通の元に届いたのは
それから間もなくのこと。
西郷隆盛 vs 大久保利通、という図式です。
同じ薩摩に育ち、幕末維新の激動を相携えて
切り抜け切り開いてきた二人の男が
天下を分けての戦をするわけです。
西郷軍の最初の標的は、熊本城に籠る政府軍です。
熊本城はたちまち落ちるに見えましたが、
10日攻めてもびくともしませんでした。
3月に入ると、北九州や本州からの政府軍が次々に熊本に迫り
西郷軍はそれを阻止すべく田原坂で陣を構えます。
そして、西南戦争最大の激戦となっていくわけです──。
3月4日、政府軍は田原坂での攻撃を開始。
それに対して西郷軍は高見から雨霰の弾丸で迎え撃ち
1週間が経過しても激戦は止みません。
そんな中、警視隊の制服に身を包んだ弥太郎が
大砲を避けながら握り飯をやっとの思いで陣地に届けます。
無論、弥太郎は新人の下っ端なので
鉄砲隊に「どんどん持ってこい!」と適当にあしらわれますが(^ ^;;)
握り飯の入った箱がたくさん置いてあるところに戻ると
たくさんいる男たちの中で、ふたりだけ
その握り飯をほおばっている者がいました。
「えらくえばってるじゃねえか」
そう、その二人は平沼銑次と松本英吉でした。
銑次と英吉は政府軍の雑役として熊本に派遣され
酷使されていました。
負傷兵や死体の運搬、食料や弾薬の輸送を
ポリスの監視下で続けていたわけです。
弥太郎は、そのままでいれば戦の前線に出ずに済むものを
出世したいがためにわざわざ志願して
危険なこともこなしているわけです。
銑次が「弾に当たったらなじょする」と説きますが
弾には当たらねえ、と笑う弥太郎です。
ばかたれ! と怒鳴る銑次に、弥太郎はすっくと立ち上がります。
「おらのことはおらで決めるだ。手柄立てて出世するだ」
その弥太郎が所属する警視隊に
内務省の意向を反映させる人物として
苅谷嘉顕がいました。
薩摩武士の斬り込み隊にほとほと手を焼いた警視隊警部は、
警視隊の中にも斬り込み隊を作ろうと提案しています。
嘉顕は、新政府のために命を投げ打つ覚悟の警視隊が
どれぐらいいるのか半信半疑ですが、
警部たちの強い説得を受け、
提案は提案として上に進言することにします。
そんな間にも、政府軍が立てこもる熊本城は
見事に持ちこたえていました。
攻める西郷軍に攻撃を仕掛けるべく、
平沼鉱造たち鉄砲隊が搦手から城に向かって進みますが、
その動きも西郷軍は察知しています。
田原坂付近で、弾薬を輸送中の銑次たちですが
突然の砲撃に驚き、全力で逃げます。
もうこりごり、と英吉はここからの逃亡を銑次に提案しますが
銑次は「しばらくここにおっぺ」と首を縦に振りません。
せっかくの銑次・英吉コンビですが、ここでお別れのようです。
しかし、お別れしたのもつかの間、
直後に警視隊に捕まる二人。
“逃亡は銃殺”と決まっているらしく、
銑次らを捕まえた警視隊は発砲して威嚇しますが
そんなピンチを救ったのは、
牢獄で一緒になった浦川譲助という男でした。
浦川も、どことなく弥太郎に似て
落命しないことに対してかなりの自信を持っているようですし
斬って斬って斬りまくると意気込んでいまして、
銑次は少しため息まじりです。
弥太郎といい、浦川といい、
どことなく死に急いでいる感じが否めません。
ともかく、銑次は弥太郎が心配で
ふたたび雑役に戻ります。
警視隊の宿舎では
政府から預かってきている金を厳重管理しているわけですが、
それを密かに狙っているのは英吉です。
焦げ臭い臭いに気がついた警視隊のひとりが様子を見に行くと、
米俵から多数火が上がっていました。
たちまち大混乱。
それに乗じて、金がたくさん入ったカバンを手に
その場を立ち去る英吉です。
3月13日、山県有朋が
警視隊の斬り込み部隊を認めます。
嘉顕も斬り込み部隊に加わって
さんざん戦うつもりです。
それは弥太郎も同じてありまして
弥太郎は、その斬り込み部隊に志願するのですが、
途中で銑次が立ちはだかり
何としても志願を辞めさせようとします。
弥太郎は銑次を殴り倒し、
そのまま長のところに出向きますが、
その“長”が嘉顕と知って驚きます。
ともかく、知り合いであれば頼みやすいです。
銑次は銑次で、刀すら持ったことがない弥太郎には
斬り込みはできないと嘉顕に訴えます。
しかし、その是非を問う前に嘉顕自身に問題が……。
父・宗行が、その斬り込み部隊が向かうところに
いるらしいというのです。
それでも嘉顕は構わず、軍を進めることにします。
銑次は、斬り込み部隊の後をつけ
野営中の部隊の、ひとりでたき火の前に座る嘉顕の前に現れます。
「オレは、妹の亭主に親を殺させたくねえ」
そう銑次は嘉顕を説得しますが、
政府が負けるわけにはいかないと、
不吉にも親と出会ったら斬るつもりです。
日本の将来のためを思えばこそ、
相手が故郷鹿児島であれ、斬り込むことができるわけです。
何事も日本のためなのであります。
人を斬ってこそ生まれる新日本であるならば、
人を斬らねば滅びてしまう日本であるならば、
滅びてしまえばいい。
そもそも人を斬って新しい日本を作り上げても
人に優しい政治ができるのか?
銑次の鋭い言葉に、嘉顕は睨み返すことしかできません。
翌3月14日早朝。
斬り込み部隊(抜刀隊)110名は幾手にも分かれて
(少人数で5〜6名、多くて20〜30名ほどの部隊に分かれて)
田原坂を目指します。
西郷軍は、抜刀隊の存在になぜか見張り兵すら気づかず。
政府軍の斬り込みを予想していなかったのかもしれません。
一気に斬り込みを開始します。
その戦場のはるか上の竹やぶから戦況を見守る銑次ですが、
そこに、弥太郎も刀を抜いて合流します。
「弥太郎!」
銑次は弥太郎を全力で追いかけます。
しかし──。
ピュン!
弥太郎の身体を無数の銃弾が貫き、
アッという間に倒れます。
銑次は弥太郎を前線から後方へ引きずり込みますが、
右胸の流血がひどく、意識はほとんどありません。
「警官ってのはいいもんだよォ兄貴ィ」
弥太郎のような斗南の百姓であっても
手柄さえ立てれば出世できます。
米もできない土地で百姓として虐げられてきた弥太郎には
どれほど画期的で魅力的なシステムだったかもしれません。
しかし、銑次が言うように死んでしまっては
手柄も何もないわけです。
「千代サンと……もう会えねェなァ」
カクッと力が落ち、力尽きます。
号泣する銑次です。
銑次は亡きがらを抱えて、荼毘に付します。
嘉顕も、運命のいたずらか
父・宗行と遭遇してしまいます。
父も息子との斬り合いを覚悟していたのか
腕を振り上げて「斬ってこい!」と威嚇しますが、
嘉顕は、いざとなったら踏み込めません。
そこに、別の抜刀隊が父を突き刺します。
おのれ!
逆上した嘉顕ですが、西郷軍と抜刀隊が入り乱れる戦場で
倒れている父の元に添ってやることができません。
戦が終わり、嘉顕は死体が無数に転がる中を
父の姿を探してさまよい歩きます。
ようやく見つけた宗行の無惨な姿……。
嘉顕は父を抱え、涙を流します。
それ以降、嘉顕は狂ったように西郷軍士族を斬りまくります。
この日を境に、西郷軍は次第に敗北への道を歩み始めます。
田原坂が落ちたのは、それから6日後のことです。
そして熊本城周辺も、ついに政府軍が制覇するに至り
4月14日、城の正面と背後から救援部隊が入城して
籠城を解放したわけです。
戦が始まって54日目のことでした。
田原坂北西の丘に弥太郎の遺骨を埋めた銑次は
そのまま戦場を離れて北に向かいます。
ひとまず南に下り、力を貯えて再起する──。
西郷軍は、雨の中を南下していきます。
そんな西郷軍を政府軍が放置するはずもなく
軍を編成してたちまち追いかけていくわけですが、
その先頭には、嘉顕の姿がありました。
向かうは、母のいる故郷・鹿児島。
鹿児島を討ち滅ぼさねばならない旅でした。
作:山田 太一
音楽:宇崎 竜童
語り:和田 篤 アナウンサー
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[出演]
菅原 文太 (平沼銑次)
永島 敏行 (平沼鉱造)
金田 賢一 (弥太郎)
待田 京介 (上田大警部)
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鶴田 浩二 (大久保利通)
中村 富十郎 (西郷隆盛)
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丹波 哲郎 (松本英吉)
千秋 実 (苅谷宗行)
加藤 剛 (苅谷嘉顕)
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制作:近藤 晋
演出:上田 信
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