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2013年11月12日 (火)

プレイバック獅子の時代・(39)再会・北海道

大久保利通の暗殺は、明治11(1878)年5月のこと。
遡ること8ヶ月、西郷隆盛は
西南戦争で自刃して果てていました。

明治の日本は、両雄の死を以てようやく内乱の歳月を脱し
産業を興し、国を豊かにしていく
新しい季節に移ろうとしていました。

──北海道。
古くは「蝦夷」と呼ばれたこの北の島は
明治以前、歴史の表舞台にはほとんど登場しません。

現在(※ 昭和55年の放送当時)、人口550万。
しかし明治初年にはわずか6万の人々が
道南を中心に暮らすのみの土地でした。

物語は、ここで3年の月日を飛びます。
明治14(1881)年の北海道、
舞台は、北の新天地へ──。


明治14(1881)年4月・小樽港。
陸地で警官が見守る中、2雙の小舟が港に入ります。

小舟にも警官が何人も乗っており、
それ以外の人には、
顔が分からないように網笠を被せられています。

小樽と言えば、苅谷嘉顕の元兄嫁・菊子が
切り盛りする海産物問屋・黒川屋が小樽にありましたが、
ともかく、懲役人が上陸したという話は
奉公人の喜助によって、菊子や番頭・甚助の耳にも入ります。

北海道の石狩シベツ太に、政府は大規模な監獄を作っていました。
その完成した一部に、
東京小菅の集治監から40人が送り込まれたわけです。

彼らはいわば実験動物でした。
厳しい気候風土に、
囚人たちが耐えられるか試そうというのです。

「囚人たちは見せ物じゃねえ!」と怒鳴りつけた甚助も
菊子とともにこっそり港に見に行ってみます。

極悪人というウワサが先にたち、
宿屋はどこも彼らを泊まらせないとかで
それを知った菊子の斡旋によって、
小樽の遊郭の大部屋に彼らを泊まらせることにします。

囚人たちの顔をなめるように見回していた甚助ですが、
その中に平沼銑次の姿を見つけ、
思わず“あっ!!”と叫びたくなる衝動に駆られます。
甚助が銑次と出会ったのは明治2年のこと、
ドラマでは第17回「北海道脱出」をご参照ください(笑)。

甚助は岡浦看守にお金を掴ませて
銑次との対面を認めます。

何をやった? との問いに、銑次は
濡れ衣を着せられてここにいることを告白します。
発端となった、西南戦争での軍資金略奪も
大久保利通暗殺に手を貸したことも、まったくありません。

しかし、ぬれぎぬを晴らすこともできないのです。


翌朝、囚人たちは米を運ぶ不定期船で石狩へ。
シベツ太は、石狩川を2昼夜遡らなければならない原野です。

当時の北海道は急速に発展していました。

明治初年には原野であった札幌は、
開拓使の本拠地として日日その姿を改め
本州でもあまり見られない建築が
すでにいくつか建てられていました。

アメリカから帰ってきた植村信吾を
3ヶ月前に赴任したばかりの
民事局を統率する書記官・嘉顕が出迎えます。
そして信吾は、開拓使農業指導官として派遣されたのです。


シベツ太に建設中の監獄は
「樺戸集治監」と呼ぶ予定だそうですが、
1万人という規模で囚人が入ることになるのだそうです。

甚助は、看守たちとつながりを持つために
食料や衣類などを納めるように菊子に提案してみます。
今は利益はまったく無くても、
ゆくゆくは返ってくるものが多くありそうです。

最初こそ「ほう、それで?」なんて
気のなさそうな返事をしていた菊子でしたが、
にんまり笑っています。
「私も同じことを考えていました」


囚人たちは石狩川を3日間かけて遡り
3日目の午後には舟を降り、暗い原生林を歩きます。
そして明るい光が指し込んできたと思ったら
そこが集治監であります。

「お前たちから、新しい北海道が始まると言うてもよい」
集治監の最高責任者(典獄)になる予定の月形 潔から
熱く語られるわけですが、

それは要は
脱走を企ててもこんな原生林ではそれは叶わないし
お前たちの力で何とか開墾していってくれというもので、
囚人たちは力なく話を聞いています(聞き流す?)。

4月とはいえ、関東の春に比べれば
ここ北海道はとても寒くて寝ていられないほどです。

「諸君……」
政治犯の住田は、自分の思いを皆に聞かせて主張します。

自分たちは国家から邪魔者扱いを受けた。
罪人を労働に使うなら、
それに見合うだけの待遇を要求するべきだ。
罪人だから使い捨ては勝手というのは許さない。

住田の話をもっと聞きたいという若者もいるし
うるさいから眠れないという者もいる中で、
銑次や五郎は、住田を煙たがって反応しません。


病院に看護の手伝いで来ている千代の元に
会津藩時代にお世話になった金子清八が訪ねてきました。
金子は会津鶴ヶ城で破れた後、
斗南には向かわず余市で過ごしたそうです。

そしてもう一人、少女がポツンと立っています。
千代にとっては、長兄・亨と玲の子である保子です。

嘉顕と千代は、ごちそうで金子と保子をもてなします。
最初こそ、見たことない料理に目を丸くして驚き
遠慮していた保子も、金子に促されて
口にいっぱいほおばってムシャムシャと食べまくります。

1年前に大叔父を亡くし、食べるに困り始めた玲は
千代には迷惑をかけまいと、
知らせずに北海道に渡っていたそうです。

汽車と舟で余市へ向かい、
会津武士たちがやっとの思いで実らせた
りんご園で玲とも再会。

離ればなれになっていた線が、
少しずつつながり始めています。

玲の家で、思い出話に花を咲かせる二人ですが
そこに近所の奥樣方が数名乗り込んできます。
会津の女ながら、薩摩の男に嫁いだということで
この土地には踏み入れてほしくないというわけです。

千代は青ざめますが、玲が千代を庇います。
しかし保子から思いもかけぬ一言が──。
「帰ってくなんしょ」

帰ります、と千代は黙って家を後にします。


甚助は、黒川屋が集治監に食料衣類を納めることになり
その挨拶に出向きます。
道中、看守たちに止められて事情を話すと
身ぐるみ剥がされないように、と忠告を受けます。

聞けば、脱走者がひとりいるそうで
1昼夜みつからないのだとか。
「銑さん……もうやったか」
いや、銑次はやっていませんて(^ ^;;)

逃亡していた五郎は、4日目に見つかりました。
逃げている間、走りに走ってわずか5町のところで
疲れ果てているのが見つかったのだそうです。

この土地では、脱走を考えることこそが
もしかしたら無駄なことなのかもしれません。


横浜から長期船が到着しました。
それにもんが乗っていました。
銑次を追って来たわけです。


作:山田 太一
音楽:宇崎 竜童
語り:和田 篤 アナウンサー
──────────
[出演]
菅原 文太 (平沼銑次)
大原 麗子 (もん)
大竹 しのぶ (苅谷千代)
藤 真利子 (菊子)
熊谷 美由紀 (平沼保子)
──────────
日下 武史 (住田)
高岡 健二 (五郎)
──────────
大滝 秀治 (甚助)
小松 方正 (内山看守長)

加藤 剛 (苅谷嘉顕)
──────────
制作:近藤 晋
演出:中村 克史

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