プレイバック獅子の時代・(41)そして雪降る
苅谷嘉顕は、植村信吾とともに
室蘭〜函館への初めての旅に出発します。
民間が行う事業がどのようなものか、
払い下げの官有物がどのようなものかを
その目で確かめて歩いて回るわけです。
その旅の終わりは小樽でした。
函館から到着した時にはすでに日も落ち
彼らはそのまま宿に入り、夕餉を済ませます。
そこへ、黒川屋番頭の甚助が挨拶に赴きます。
嘉顕が開拓使庁書記官であることは
甚助はすでに知っているようです。
怪訝な顔で、甚助が言うままに
黒川屋主人に会うことになりましたが、
階下で待っていたのは──。
「お久しゅうございます」
顔を上げると、なんと菊子です。
菊子は、“開拓使庁書記官”とのみ聞いて陳情に赴き
嘉顕は、“黒川屋主人”とのみ聞いて対面しました。
意外な再会に、嘉顕も菊子も、そして信吾も驚きます。
しかし、もっと驚いているのは
もしかしたら甚助なのかもしれません(^ ^;;)
夫亡き後、菊子が切り回す黒川屋は
東京・大阪・新潟などから米や油、味噌、しょう油、
そして農機具に至るまで手広く受け入れて
コチラからは海産物を海外にまで送り出す問屋でした。
よって、小樽の政府経営の収税倉庫を払い下げるなら
黒川屋に任せてもらいたい、というのが菊子の願いでした。
嘉顕は、実際に決定権を持つ庁官次官に説明できるだけの
黒川屋の経営状況を示す資料の提示を求め
すでに用意してございます、と菊子は頭を下げます。
しかし、その夜も更けた頃
宿の床で休むふたりの元に、甚助が新聞を手に駆けつけます。
『天皇勅許閣議モ認可 ──官有物貿易商會ヘ一括掃下ゲ』
という文字が踊っています。
開拓使庁官・黒田清隆の決定は、
薩摩の商人・五代友厚と天下りの役人たちで作った関西貿易商会に
官有物だけではなく物産の輸出取扱権まで与えようというものです。
しかも、総額1,400万円もの財産を
無利子30年払いで38万円で払い下げというわけです。
ちと政府のご勝手が過ぎるのではありませぬか、と
甚助は遠慮がちに申し出ますが、
嘉顕と信吾にとっては、寝耳に水の話です。
これは特段北海道に限った話ではありませんで、
黒田の横暴さにさすがに全国から批判が集中し
政府内での大勢力となっている薩摩派を切り崩すチャンスと
佐賀の大隈重信、土佐で三菱の岩崎弥太郎なども激しく攻撃。
ともかく、嘉顕は
朝一番の汽車に乗って札幌に戻ることにします。
朝方、飲み屋へ急ぐ内山看守長と岡浦看守の姿がありました。
なんでも、この付近では類いまれなほど
美しい女性を見に来たようです。
ま、その女性というのはもんなのですが(^ ^;;)
こんな朝早く来られても、ゆうべ遅かったから……と
主人はもんを起こすことを躊躇しますが、
岡浦看守と主人のやりとりで起きてしまったようで
もんは呼ばれる前に店に現れました。
内山看守長は、もんが
関東から樺戸集治監に来た男恋しさに
流れてきたと疑っています。
脱走の手引きをしようというのかは分かりませんが、
ナゾに包まれたもんという女自体は気に入ったようです。
男恋しさに女が付近まできている、というウワサは
囚人たちの間にも広まっておりまして、
「オレの女が」「ウチの女房が」と考えると
作業どころではありません。
恋しさあまりに、はなから無理な脱走を果たして
たちまち斬り殺される囚人まで出る始末です。
全く関係のない囚人は、さらに看守たちからの圧力が強まって
はた迷惑な話だ、と顔を歪めます。
うめっちゅう女かもしれねぇ、と
五郎も過去に失敗した脱走を再び考え出しますが
平沼銑次は「無理だ」と首を縦に振りません。
「三十五番出てこい!」
31番の住田と話し通していた銑次を見とがめ
岡浦看守は別の房に移そうとします。
しかし、それをひとりでやろうとしたため
他の看守が慌てて駆けつけるわけです。
これにはウラがあり、実は岡浦看守は甚助に頼まれて
ヤスリを手渡してもらうよう買収していたのです。
しかし結果的には果たせませんでした。
「規則がえらく厳しいだ。こっちも囚人みてえなもンだ」
脱走は無理だで、という岡浦看守ですが、
甚助はどうも諦め切れません。
世論の反発が次第に強まり、
政府は、払い下げを撤回せざるを得ませんでした。
政府が決定し、天皇が認めた払い下げを
民衆の力で撤回できたことは画期的な出来事です。
しかし、薩摩出身でありながら世論に同調した嘉顕は
開拓使庁の中でも浮いた存在になっていきました。
しかも、世論の反発から政府は黒田の処分を決定しますが
同時に民衆を煽ったとして、黒田を攻撃非難した大隈重信を
参議から引きずり降ろすわけです。
嘉顕は、大隈を参議から引きずり降ろした政府への恨みも
薩摩出身というだけで買ってしまい、
青年たちからの襲撃の的にもなります。
受難した嘉顕は頭と腕に大ケガを負います。
ちなみに大隈は、
不正を暴いた者を追い出すとは何事かと憤慨し下野して
翌年、東京専門学校を創設します。
のちの早稲田大学であります。
連行されていた住田が房に戻されました。
極寒の冬に備えて、せめてもう1枚のふとんともう1枚の衣服を
内山看守長に求めたというのです。
今こそ、全員が一致団結し
働くことを拒んで要求しようと住田は演説しますが、
何を言っても待遇は変わらないという五郎や
住田に同調する者、同じ牢獄内でも紛糾します。
そんな時、銑次が看守長に呼ばれます。
看守長室の中には、もんが出頭して来ていました。
つまり、思い人と水入らずで15分過ごさせる代わりに
看守長の言いなりになれ、と言うわけです。
そんなんじゃないんです、ともんは否定しますが
銑次の姿を見たもんは言葉を失います。
何もかも政府はお見通しだろうと
看守長はしてやったりの表情ですが
「何のことだ? こんな女子は見たことねえ」
銑次はつぶやきます。
それに合わせて、もんも小芝居を打ちます。
「だから言っているじゃありませんか。
樺戸へはただ流れて来ただけのこと」
しかし、無関係ぶりを装ったふたりの芝居も
バタン! と看守長が扉を閉めた時に
もんの表情が一瞬ゆがみます。
集治監を後にした瞬間、大粒の涙がこぼれ落ちるもんです。
10月27日、その年初めての雪が──。
作:山田 太一
音楽:宇崎 竜童
語り:和田 篤 アナウンサー
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[出演]
菅原 文太 (平沼銑次)
大原 麗子 (もん)
大竹 しのぶ (苅谷千代)
藤 真利子 (菊子)
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日下 武史 (住田)
高岡 健二 (五郎)
東野 英心 (岡浦看守)
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大滝 秀治 (甚助)
小松 方正 (内山看守長)
加藤 剛 (苅谷嘉顕)
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制作:近藤 晋
演出:重光 亨彦
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