大河ドラマ八重の桜・(46)駆け落ち
明治20(1887)年1月。
伊勢時雄の元に嫁いだみねですが、
時雄は同志社教師となったため夫婦で京都に戻り
無事に男子を出産します。
名は“伊勢平馬”です。
山本佐久にとっては曾孫、山本覚馬にとっては孫、
そして新島八重にとっては大甥にあたります。
時雄は、山本家の跡取りであったみねを嫁にもらったことで
覚馬に改めて礼を述べます。
覚馬は、久栄にしっかりとした婿を取って
久栄を山本家の跡取りにするつもりのようです。
それを聞いた久栄は、居心地が悪くなり
そっとその場を離れます。
庭には徳富健次郎がいます。
同志社の学生であった徳富猪一郎の弟で
従兄弟である伊勢時雄の元で暮らしながら
同志社に通っています。
兄の猪一郎が政治評論の論文を書いているのに対し
弟の健次郎は、小説が好きなようです。
まさに近代文学の夜明けとも言うべき時期でしょうか。
しかし、人気の牛鍋屋でも東京帝大の学生たちが
小説の展開で盛り上がっているところ、
運悪く、横で聞いていたのは教授・山川健次郎。
「こんな低俗な娯楽にうつつを抜かしている場合か!」
小説に対する低俗というイメージがあるのも事実です。
猪一郎はこのころ、日本初の総合雑誌『国民之友』を創刊。
『国民之友』は、明治のジャーナリズムを牽引する存在へと
成長することになります。
ちなみに猪一郎の『日本之将来』という本は
あまりに売れ行きがよく、次に発行するのが第3版だそうで。
平民主義を唱える猪一郎は今や、花形の言論人であります。
「今、息を引き取られました──」
健次郎と『レ・ミゼラブル』という
小説の話で盛り上がっていた久栄を、
産後間もないみねが亡くなったという知らせが襲います。
あまりにいたたまれず、
佐久は座敷から廊下に出て泣きわめきます。
みねも、平馬も、そして久栄も、どうして
母親と酷い別れ方をしなければならないのでしょう。
「神様がいんなら……私の命を持ってってくなんしょ!」
佐久は、廊下の床をドンドンと叩いて狂乱します。
みねの葬儀は、同志社で執り行われました。
八重は久栄に、母のうらにもらった髪櫛を
みねの形見として手渡します。
八重は、最大限援助していこうと思いますが
それを久栄が拒絶します。
「母を追い出した人に頼るわけにはいかへん」
傷つき落ち込む久栄に、健次郎は
そっと寄り添って励まします。
──徳冨蘆花。
“蘆の花は見どころとてもなく”
兄の猪一郎に比べたら、取るに足らない蘆の花。
それが自分。
健次郎のペンネームです。
みねの葬儀で雨に濡れてしまったため、
その翌日から民治は風邪をこじらせて寝込んでいました。
八重は、久栄の親代わりとして頑張っていますが
なかなか……とポロリと不安が出ます。
「子は思うようにならぬということを心得ておくといい」
民治は八重に微笑みかけます。
襄は思わず“す……すいません”と謝っているのですが、
民治は襄の成長に目を細めます。
この数日後、民治もまた急な死を遂げます。
6月。
「親族が校則違反やなんて」「あの母親の娘やもの」など
ヒソヒソ話は絶えることなく、同志社校内では
久栄と健次郎が交際しているという噂が広まります。
八重は二人を呼び出して事情を聞き出します。
噂は事実とは違うものの、交際は本当。
同志社を辞めて小説家になるために
東京へ行く健次郎に自分(久栄)もついていく。
二人はこれから結婚するつもり──。
やっかい払いで来てよかったやないの。
そう自虐的に笑う久栄に
八重は無論反対の立場ですが、
久栄の態度が急変します。
「叔母さまに口出しされる言われはないわ!」
ただ、小説家になりたいと宣言した健次郎は
いざ結婚となるとおじけづいて「まだ難しか」と
部屋を出て行ってしまいます。
結局のところ、久栄の勇み足だったようです。
覚馬は、しばらく時間が経てば落ち着くだろうと
久栄を放っておくことにします。
7月、北海道・函館港。
襄と八重は静養のため北海道へ渡り、函館港に到着します。
函館港は襄にとっては、
アメリカの船の忍び込んで渡米した思い出の場所です。
函館に住む元斗南藩士から、
八重の幼なじみの日向ユキが札幌にいるという話を聞き、
函館港から札幌に向かいます。
「ユキは母ですが……今呼んで参ります」
ユキにこんなに大きな息子さんがいるとは(^ ^;;)
八重は目を大きくしてビックリしています。
会津戦争時、お城の早鐘が鳴って
鶴ヶ城に駆け込みますがお城に入りそびれ、
山中をあちこち逃げ惑い、
戦が終わった後も斗南では食べて行けず、
函館に渡って奉公したというユキ。
ユキは、薩摩の内藤兼備と結婚していました。
今ではおっかない母様となっているユキを見て
16歳の姪っ子(久栄)の前で
どうしたら母親らしくなれるのか、と考えるものの、
なかなかそれができない自分をポロリと吐露。
ユキは、斗南にいる時も結婚する時も
八重だったらどうするかを考えて決断していたそうです。
「迷った時は、母親らしくではなくて
八重ねえ様らしくやってみたらどうだべ?」
ポンと背中を押された気がしました。
夏休みを北海道で過ごした八重と襄は
秋からの新学期に向け、京都に戻ります。
襄は、健次郎が書き綴った本をまとめて安く買ったという
学生たちの会話を聞き、ふと足を止めます。
健次郎は、本や家財道具を売り払い、
東京へ行く資金を用立てていたわけです。
「どうか、ついてきてください」
久栄に届けられた健次郎からの手紙を胸に
久栄は目をつぶって思い悩みます。
心配していたことが、起こりました。
朝、健次郎が起きて来なかったことを不審に思った教師が
彼の部屋に入ってみると、すでにもぬけの殻だったのです。
そして、久栄も同じく──。
「あの二人、一緒に……!!」
久栄は、みねのお墓参りをしていました。
東京へ向かう前に、どうしても挨拶がしたかったようです。
しかしそこで、八重に見つかってしまいました。
人間の本当の姿を書きたい、と言っていた健次郎に
小説で食っていける自信があるのか問いただします。
初めこそ「ある」と強がっていた健次郎でしたが
本当は、怖くて怖くて仕方がなく
自信なんてこれっぽっちもないわけです。
しかし、それは人間だから、です。
人間だからこそ、真っ当な人間になろうと
必死にもがき苦しんでいる。
「人がやらねえことをすっ時は、そういうもんかもしンねえな」
久栄が決めた道なら応援する、と八重は言ってくれます。
ただし、里帰りできなくなる駆け落ちではダメです。
東京に行ったらきっと苦労する。
だけんじょ、苦労と不幸は違う──。
健次郎も久栄も、八重に大反対を食らうと思っていたのに
ある一定の理解を示してくれたことに驚き、そして感謝します。
八重に背中を押されて、二人は一旦 学校に戻ります。
数日後。
健次郎は一通の手紙を残し、
ひとりで東京へ旅立ってしまいました。
小説家になりたいという思いを
止めることが出来なかったようです。
「身勝手な人や……けど、誰よりも正直な人や」
手紙を読んだ久栄は涙を堪えています。
そんな久栄の姿を見て、
自分が傷つくよりもずっと辛いと感じた八重。
母親とは、そういうものなのかもしれません。
──────────
明治20(1887)年7月、
夫・襄とともに避暑のために北海道を訪れた新島八重が
内藤(日向)ユキと約20年ぶりに再会する。
明治39(1906)年4月1日、
篤志看護婦としての功績により
皇室以外の女性として初めて『勲六等宝冠章』を受章するまで
あと18年9ヶ月──。
作:山本 むつみ
脚本:吉澤 智子
テーマ音楽:坂本 龍一
音楽:中島 ノブユキ
題字:赤松 陽構造
語り:草笛 光子
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[出演]
綾瀬 はるか (新島八重)
西島 秀俊 (山本覚馬)
オダギリ ジョー (新島 襄)
剛力 彩芽 (内藤ユキ)
谷村 美月 (山本時栄(回想))
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勝地 涼 (山川健次郎)
中村 蒼 (徳富猪一郎)
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清水 綋治 (新島民治)
風吹 ジュン (山本佐久)
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制作統括:内藤 愼介
プロデューサー:樋口 俊一
演出:清水 拓哉
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『八重の桜』
第47回「残された時間」
デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜
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