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2013年12月13日 (金)

プレイバック獅子の時代・(48)生まれ来るもの

もんが、亡くなりました。

世が世であれば、藩重役の娘として名のある家に嫁ぎ
苦労せずに暮らせたのでしょうが、
父の錠一が濡れ衣を着せられてお家を守るために切腹したときから
もんの人生が転落し始めたわけです。

小此木家の墓に線香を上げる平沼銑次ですが
もんの遺骨は会津に持って行こうと考えています。
そりゃあいい、と高松凌雲も賛同してくれました。

凌雲は、銑次が会津に帰って
福島県令(県知事)と自由党の争いに巻き込まれることを心配し
無茶するなよ、命は捨てるなよ、と忠告しておきます。


街中を、自宅へと急ぐ苅谷嘉顕。
千代が産気づいたというのです。

やっとで自宅に到着すると、
畳屋平蔵の妻・さくが世話焼きに来てくれていました。
嘉顕にとっては義兄に当たる平沼鉱造も駆けつけます。

陣痛が始まったというので
とりあえずは産婆さんも呼んで万事に備えてはおりますが
こちらが用意周到に構えるとひっこんでしまうらしく(笑)。
慌てるこつはなか! と嘉顕は千代を見て笑顔を見せます。

しかし、今度は本当に生まれそうな陣痛が来ました。
はいはい、と産婆さんは手慣れた様子でその準備に入りますが
嘉顕は千代が心配で、名前を読んでばかりです。
「もう! 出てってください旦那さまァ!」(by さく)

座敷で本を読んでいても、
遠くから千代の苦しそうなうめき声が聞こえてきます。
そのたびに心配になって顔を上げる嘉顕ですが
今の嘉顕には、何もできません。

しばらく経って「産まれたか!」と声をかけてみますが
大量の熱湯を準備したりと大忙しのさくは、
その嘉顕の相手をしているヒマはありません。
「そんなにポコポコ産まれますか!(-"-)」(by さく)

暗い夜道を、銑次がゆっくり歩いてきます。
斗南で命を落とした父の位牌を会津に返してやろうと思い
それを嘉顕と千代に伝えに苅谷屋敷に向かっていたわけですが、
来てみれば出産というタイミングで
兄としてはとても驚き、でも嬉しい至福のときです。

銑次が表玄関の扉に手をかけようとしたところ、
中から赤ん坊の元気な泣き声が聞こえてきました。
ハッ!! として家に走り込む銑次。
「産まれたか!」と喜ぶ嘉顕。

男の子でした。

産婆さんとさくは帰り、
鉱造も宿舎に戻らなければならない時刻となりました。
銑次もそろそろおいとまするとして、
千代と赤ん坊だけ見て帰ることにします。

「負けた。ひどく反対したが、いい縁だった」
幸せそうな嘉顕と千代を見て、
銑次はもう何も言うことはありません。


銑次は会津へ向かいます。

しかし、銑次の家族がともに戦った鶴ヶ城は
陸運省の命令によりすでに取り壊され、
今は石畳と堀が残るだけであります。

明治15(1882)年11月、
福島県令・三島通庸の通達による強制労働に対し
農民たちの不満が急速に高まっておりました。

道路工事など過酷な労働ばかりで
断固として労働を拒否する農民に対し
三島は弾圧を加えます。
これでますます不満が高まる結果に。

それを反対運動にまで組織したのは、
会津自由党の人々であります。
農民たちは自分たちの中からリーダーを選び
自由党と結びついて抵抗を続けます。

銑次より一足先に会津入りした伊河泉太郎も
この集団を支えるひとりというわけです。

そんな中、11月24日に開かれた
会津自由党の重鎮・宇田成一と東京からの応援党員との会合で
20数人の警官がそれを襲い、宇田を逮捕。
指導者クラスに対する検挙が4日間続けられたことで
農民たちの怒りに火をつけます。

11月28日、1,000数百人もの農民が喜多方の南部に集結。
宇田らの釈放を要求し、
5km離れた喜多方警察署に向かって歩き始めます。

武力を用いず、法の許す範囲で抗議するのが
それまでの自由党の手法でした。

しかし、警察署の窓ガラスに向かって投石した者がいて
──農民の誰かが投石したのではなく、
警察の回し者がそうしたという説もありますが──
警官たちはそれを合図に農民たちの捕縛を始めます。

世に言う福島事件であります。
会津自由党は急速に力を落とし始めることになります。

たまたま通りかかった銑次は、
多数の警察官相手に苦戦を強いられていた伊河を助け
失敗したことでひどく落胆している伊河を
銑次は秩父に誘います。


「さて、このあたりで一息つきましょう──」
十数人の男たちを前に講義していた村上泰治の前に
松本英吉が現れます。
秩父の自由党員にしてほしい、というわけです。

しかし自由党のことをほとんど何も知らず
過去にゆすりもやっていた英吉を
村上は党員としては認めないつもりです。

自由党員をかたって高利貸しをやり
脅迫まがいのことをする者もいて、
もしかしたら英吉がそういう男に見えたのかもしれません。

どうやって農民を助けるのか? という
英吉の疑問には一切答えず、
いきなり謡い出して英吉をはぐらかし、怒らせます。


秩父に戻った英吉は酒をあおりながらひどく落胆しています。
そこへ会津から、銑次と伊河がやってきます。

隣の広間では百姓のおばあちゃんたちが集まって
念仏を唱えておりますが、
「念仏を唱えたって政府には届きやしねえよ!」と
英吉も言うことが厳しいです。

政府による税の取り立てが厳しく、
娘を売ったり夜逃げしたり、ついには首をくくったりしても
税が払えなければ牢屋行き……。
高利貸しよりも始末が悪いです。

女たちが念仏に傾倒するのも、
もしかしたら奏するより他にないからかもしれません。

会津の農民2,000が立ち上がってやられた経験を持つ伊河は
会津だけではなく、日本全国の農民が一気に立ち上がれば
それは政府だけでは解決できないほどの農民運動に発展するので
そうしたいと語りますが、

英吉は、そんなヒマはないと返します。
税が払えなければ明日にでも
牢獄行きの農民たちがたくさんいるわけです。

そんな二人に、銑次は“維新のやり直し”を提案します。

どう考えても、江戸時代の時のほうが
農民の立場はまだ良かったように思います。
維新を迎えて、農民は現状維持どころか
さらに下に成り下がってしまいました。

英吉は金集めを担当し、
銑次と伊河は人と武器集めを担当します。
さらに伊河は剣術師範を生かして、
農民への武術の訓練を任せます。

「百姓町民の明治維新だよ」
銑次は笑っています。


開けて明治16(1883)年は
長く弾圧されて来たキリスト教の
信者が急増した年でもあります。
その彼らの大半が自由民権論者であります。

嘉顕は、彼らとたくさん議論を交わし
理想とする憲法を着々と形作っていました。

しかし、キリスト教への偏見と不当弾圧があるのも事実で
その場に居合わせた嘉顕は、襲撃して来た農民たちと相対し
囲まれてケガを負ってしまいます。

生まれたばかりの息子に“友輔(ともすけ)”と名付けた嘉顕は
その溺愛ぶりもハンパないです(笑)。
ケガしていても、大丈夫じゃ、とパッと起き上がるほどです。

ドイツで憲法のための学問を研究していた伊藤博文が
ようやく帰国しました。


そんな間にも、農民たちの借金額は
見る見るうちに膨れ上がっていて、
銑次たちは精力的に人集めに奔走しています。


作:山田 太一
音楽:宇崎 竜童
語り:和田 篤 アナウンサー
──────────
[出演]
菅原 文太 (平沼銑次)
大原 麗子 (もん)
大竹 しのぶ (苅谷千代)
永島 敏行 (平沼鉱造)
三田村 邦彦 (大槻信春)
──────────
丹波 哲郎 (松本英吉)

池波 志乃 (松本ムツ)
村井 国夫 (伊河泉太郎)
──────────
尾上 菊五郎 (高松凌雲)
根津 甚八 (伊藤博文)

加藤 剛 (苅谷嘉顕)
──────────
制作:近藤 晋
演出:金沢 宏次

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コメント

年貢半減を唱えつつ支持を訴えた新政府軍でしたが、まったくその約束は反故にされ、かえって負担は上がり、カムイ伝の舞台となった時代より更にひどいことになっている。やっぱり明治時代は農民にとって江戸時代よりも一層ハードで重苦しい時代でありました。

──────────

atushikun2さーん。こんにちは!
今日もコメントありがとうございまーす。


>明治時代は農民にとって江戸時代よりも一層ハード
新時代は、とかく人民の気持ちを躍らせ
希望を抱かせやすいものではありますが、

いざふたを開けてみると、
現状維持であったりあるいはそれ以下で
「昔の方が良かった」と言われることもありますよね。

その分、新時代への失望は
非常に大きなものになってしまいますね。

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