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お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2013年12月の31件の記事

2013年12月31日 (火)

総括2013年

2013年の日本──。

大阪市立高等学校で発覚した体罰事件により、
全国でも次々に体罰事件が明らかに。
教育現場での指導手法の見直しにつながりました。

各地の交通系ICカード10種類の相互利用が開始され
便利な世の中になったかと思えば、
自動車損害賠償責任保険の保険料が15%近く値上げされ
家計にちょっぴり響く負担増となりました。

ま、何と言っても12月の衆議院議員選挙で
与党である民主党は獲得議席数が選挙前と比べて
3割弱に減るという壊滅的な敗北となり、
再び自民党へ政権交代となりましたが、

何と言っても、富士山が世界文化遺産に登録され
東北楽天イーグルスの田中将大投手による
連続勝利数24(前年からのカウントで28)は
日本にも大きな喜びと勇気をいただきました。

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2013年12月30日 (月)

社会人の負担

一般的に言う会社では
お正月を挟んで会社全体で業務をお休みする
正月休暇というものがあります。

いつからいつまで、というものは
会社それぞれで異なってくるわけですが、
おおよそ12月29日〜1月3日というところでしょうか。

これに土曜日曜の関わり具合で
休暇が伸びるということもありますね。

で、Kassyが在籍する会社では
1月1日のみが正月休暇となっているので、
要するに12月31日まで稼働するということになります。

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2013年12月29日 (日)

2年半前の自分の姿

を見ているようでした。

およそ4ヶ月前、ウチの会社に
Kassyよりもかなり年上の“新人サン”が入社されまして
まぁ、いろいろと教えながら今日までやってきました。

今日は……まぁ正確に言いますと
社会的にいろいろとやっかいなので(^ ^;;)
オブラートに包んで社内向けに言いますと、
“叩く”日だったんです。(←人を、じゃないですよ(焦))

決められた場所の端から端まで。
単位は別として、28あります。

そこを、Kassyは入社以来担当して来たわけですが、
新人サンが入ってきたことで、その場所を明け渡し
Kassyは全く新しい場所を担当することになりました。
ちなみに新しい場所は、単位は別として、42あります。

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2013年12月28日 (土)

リズム

決まった時間に起き、決まった時間で働き
決まった時間に帰宅して、決まった時間に寝る。
もしこういう生活であれば、自ずと体内でリズムが作れ
よほどのことがない限り、苦労はしないかもしれません。

ただ、Kassyはそれがあまり得意ではありませんで(^ ^;;)
特に勤務時間が前日よりも早まるだけでも睡眠障害に襲われます。

なので、今日は帰宅前にお酒をクイッとひっかけてきました(笑)。

日ごろはそんなことしないのですが、
少しでも早く眠れるようにという願いと
今日は特にイヤなことがあったわけではなく
お酒を呑んでもやけ酒にならなそうだったので(笑)。

焼酎を2杯、ロックでいただきまして
ご飯代わりにサラダを2皿。
これがまたおいしい(^ ^)

焼酎ロック3杯目も考えましたが、
今日はちょっとここいらでやめておきました。
フラフラになって翌日に残っても良くないですからね。


……追記。
ま、スッと眠れたのは眠れたのですが
途中で目覚めてしまったのはいつも通りで(^ ^;;)

お酒の効果はあまりなかった??

2013年12月27日 (金)

疲労困憊(こんぱい)

疲れがたまってきました。
夜は眠くて、昨日は1時ごろに布団に入ったのですが
今日、目覚めたのは11時。
寝すぎです(^ ^;;)

ま、昨日記事にしましたように最近は下痢続きで
夜中も1時間起きにトイレに駆け込んでおりますので
睡眠の深さで言えば、全くもって浅い日が続いています。
だから、かもしれません。

そうでなくとも、以前記事にしましたが
ムカつくぐらいの肩痛に、腕の付け根も痛みまして
1年半前の脱臼箇所も最近妙に痛み出しました。

もう満身創痍……(^ ^;;)

60分2,980円のほぐし屋さんが近所にできたんですけど、
あれって効くんですかね?

2013年12月26日 (木)

流行

腹痛が流行っておりますのでどうぞご注意を。

Kassyはここ5日間下痢に苦しんでおります。
薬を飲んでも良くなる兆しもありません。

特にKassyのおしごとは、
行きたい時にトイレに駆け込めるようなものではないので
毎日がなかなかスリリングです(^ ^;;)

そしてKassyの周辺でも、職場の後輩クンが腹痛を訴え、
後輩さんもお腹が緩くなっているそうです。

はて、下痢ってうつりましたっけ?

2013年12月25日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(57)

いよいよ今年最後となりました
終点停留所の旅“たそがれ”第27弾です。
今回はK本県A尾市にある
「K掛」バス停をご紹介します。

……とその前に、「K掛」の一歩手前の普通停留所である
「K田」バス停をさらっとご紹介しておきましょう。

Md1014Md1015

バス停横の道幅を見ていただければお分かりの通り
バスが通るには多少狭い道であります。

しかも、交通量はそこそこありますので
ところどころに離合用の退避スペースもあるのですが、
そんな道路事情を良くご存知の地元の方は、慣れたように
バスが対向してくるとスッと道を避けてバスを通してくれます。

ちなみにコチラはF岡県大M田市です。

Md1021

お、ちょうどバスがやってきました。
バス対一般車の離合はちと難しい道幅ですね。

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2013年12月24日 (火)

プレイバック獅子の時代・(51)獅子の叫び [終]

今年放映の大河ドラマ『八重の桜』関連ということで、
幕末から明治期を時代設定とした2作品『新選組!』『獅子の時代』を
プレイバックシリーズとしてお届けして参りました。

今回、その『獅子の時代』がついに最終回となりました。
拙文をご覧いただき、ありがとうございましたm(_ _)m

──────────

明治17(1884)年11月1日 午後8時。

目印の白木綿をつけた農民たちは、
吉田村 椋神社境内に集合。

農民たちの間にも、いよいよだという緊張が伝わっています。

秩父困民党の「軍律」です。
第一条 私ニ金品ヲ掠奪スル者ハ斬
第二条 女色ヲ犯ス者ハ斬
第三条 酒宴ヲ為シタル者ハ斬
第四条 私ノ遺恨ヲ以テ放火其他乱暴ヲ為シタル者ハ斬
第五条 指揮官ノ命令二違背シ私ニ事ヲ為シタル者ハ斬
(wikipedia「秩父事件」より引用)

蜂起とともに、3人が
大宮郷の警察と郡役所へ請願書を届けることになっています。

それを聞き届けてくれるかどうかは分かりませんが、
やれるところまでやる、というのが今の目標です。
総理の田代栄助は、みなを見渡しながらつぶやきます。
「みな、命さ大事にな」

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2013年12月23日 (月)

今年最後の3連休

Kassyが携わっているおしごとにとって、
3連休最終日(の、特に月曜日)は多忙を極めます。

通常の月曜日は、他の曜日に比べると業務量がそこまで多くなく
出勤人数も必要最小限でしか組まれていないわけですが、
その人員態勢で休日並みのお客さんを迎えなければなりません。
連休だから、と増員されることは“ほぼ”ありません。

しかも、年末ということもあって
日用品やら消耗品やらがどんどん売れていくシーズンであり、
数日前から、ため息モードです(-_-;;)

2013年12月22日 (日)

多少の違和感

毎週日曜日は大河ドラマネタをお届けしておりますが、
今年の大河ドラマ『八重の桜』は先週15日で無事最終回を迎え
放映終了いたしておりますので、今週の日曜日はありません。

日曜日に大河ドラマネタをお届け“しない”のは、
年末年始のみでありまして、
あれ? 寝違えた? ぐらいのちょっと違和感があります。

以前も書いたような気がしますが(^ ^;;)

2013年12月21日 (土)

何年ぶり?

昨日、ウチの部単独で忘年会が催されました。
まぁ、Kassyは車での参加だったので、
全てウーロン茶でしたけど(^ ^)

1次会が終わったのが午前1時でして、
翌日おしごとのKassyとしては
そのまま帰宅するつもりでおったわけですが、

後輩くんを送っていく途中、
どーしてもカラオケに行きたいと言い出すものですから、
1時間だけおつきあい。
結局3時前に帰宅しました。

それにしても、てっぺん超えて遊んでいたのは何年ぶりでしょう?
確か家電量販店にいたころですから7年ぶり??
真夜中に帰宅するのも、翌朝寝不足のまま出勤するのも
なんだか懐かしい感じです。

ただひとつ違うのは、二日酔いではないということですね(笑)。
でも、この感覚……しばらくはいいかなぁ。

2013年12月20日 (金)

プレイバック獅子の時代・(50)自由自治元年

苅谷嘉顕邸に、自由民権論者の青年たちが押しかけてきます。
嘉顕たちが作ろうと考えている憲法は、
自由民権とは反対の独裁憲法だとさんざんに言われますが、

伊藤博文に釘を刺された通り、
政府内の政策方針は他への秘密事項に当たるので
嘉顕はその一切を語りません。

秘密は口にしてはならないと言ってある、と
伊藤は気にも留めませんが、

日ごろから嘉顕を快く思っていなかった大槻信春は
反逆して口にすることがないとは言えないと信用しません。
「目に余るようなら、苅谷君も一網打尽ということを」

グイッと睨みつける伊藤です。

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2013年12月19日 (木)

vol.130・虎たちの素質

vol.130・虎たちの素質
(パーソナリティ:Kassy)

第130回放送です。

いよいよ2013年最終回!
例年通り一年を振り返りながら好き勝手に喋ります。
今年一年の謝罪と反省をこめて。

今回のListening Pointは……

番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

2013年12月18日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(56)

終点停留所の旅“たそがれ”第26弾です。
今回はF岡県大M田市にある
「K崎団地」バス停をご紹介します。

ここ何回かは連続して団地をお届けしている気がいたしますが
現在のところ取材順でお届けしておりますので
それは単なる偶然のお話です(^ ^;;)

Mb2228Mb2229Mb2232

団地をのぼっていきますと、
バス停と転回場が見えて参りましたよ。

この日は、中学校で学年末考査が
あった(……のかその前日?)なのかは分かりませんが、
ここに取材に訪れた日の13時ごろには
帰宅途中の中学生がけっこう多く歩いていて
その波が途切れるのを数分間待った覚えがあります。

といっても、訪問したのはもう10ヶ月も前のお話ですけど(笑)。

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2013年12月17日 (火)

プレイバック獅子の時代・(49)燃え上がる炎

ビスマルクが支配する統一ドイツ帝国を
憲法の起草運用の調査に出かけた伊藤博文は
約1年の真剣な学問勉強を経て
明治16(1883)年の夏に帰国。

ちょうどその時期、後年 文明開化の象徴とされた
国の迎賓館『鹿鳴館』が完成しています。
総工費18万円をかけたレンガ作りの西洋館であります。
(目安として、前年の伊藤の給料が月約500円)

2台連なって走る馬車。
そのうちの1台の中に、伊藤が目をつぶって乗っています。
そしてもう1台には、苅谷嘉顕と大槻信春が
どちらも緊張した面持ちで乗っています。

完成したばかりの鹿鳴館を視察した伊藤は
日本ではないようだ、と評価しながら
一方で、真似れば真似るほど茶番に見えると辛口です。

実は内心ではそう思っている伊藤でも、
今は猿真似でも何でもやって
力をつけていかなければならないと分かっています。

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2013年12月16日 (月)

エリア

どちらかというと業務量が少ない(傾向がある)毎週月曜日は
全職員のうち半分ほどが定休日でありますので、
その月曜日に出勤する職員は、その残り半分の人員で
職場を守っていかなければなりません。

ただ、それでも限界値というものはあるもので。

少ない少ないと言いつつ、
通常は1+4+1の6名態勢で業務を行う時間帯で
ひとりは風邪で欠勤し、ひとりは労働時間の関係で帰宅した時、
0+4+0の4名態勢で業務遂行しなければならない。

うち3人が一時的にもレジカウンターに割かれてしまえば
4人のうち残り1人だけが売場を受け持つことになります。
その受け持ちエリアというものが広い広い(T^T)

お客さんに呼ばれて走っても、
どこに言っても「来るの遅い!!」とご立腹。
申し訳ありません、と謝罪しつつ
次のお客さまのところへダッシュ。

何だかんだ言っても、結局売場は回ったよね、と
業務終了後に誰かが言いそうなものですが、
そんな方にワタクシは声を大にして言いたい!
「回ってない! 回らないまま時間が過ぎて終わっただけ!」

(ま、実際に言われたわけではないので言いませんでした(笑))

2013年12月15日 (日)

(50)いつの日も花は咲く [終] 〜絶対にあきらめない! 今、福島・東北に誓う〜

今日は『八重の桜』最終回!
なので、『その時歴史が動いた』風にお届けします(^ ^)


人間のドラマ。
それを人は歴史と呼びます。

決断の時、
決行の時、

人は何を考え、
どのようにして動いたか。

その歴史の決定的瞬間を取り上げます。


そしてみなさん、いよいよ「その時」がやってまいります。


明治27(1894)年11月・広島陸軍予備病院──。

腹部に銃弾を受け、銃創ができている負傷兵。
“あぁっ……うー”などとうめいている彼に
新島八重は言葉をかけて励まし
中に運んで医師に処置してもらいます。

広島の陸軍予備病院に赴任した八重は
看護婦たちの陣頭指揮をとっていました。

日清戦争の開戦から3ヶ月。
第二軍司令部の大山 巌は遼東半島の金州城を落とし
兵を旅順へと進めます。

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2013年12月14日 (土)

討ち入り

ムカつくほど肩痛い……です。

それも右肩のみ。
全体で痛いんではなく、ピンポイントで痛みます。
その痛みったらありゃしない。
もう、ムカつくぐらい(笑)。

すべてのやる気をなくさせるほどの痛み。
肩を上げるのでさえ苦痛です。

今日は、あの赤穂浪士の討ち入りの日。
浪士たちの中にも、
肩痛に悩まされた人はいるんでしょうかね。

2年近くの大願を成就させる日が今日だというのに
ムカつくぐらいの肩痛で討ち入りを欠席しかねません。
仕方ありません、
全てのやる気をなくさせるほどの痛みなんですもの。

もしそうなったら、そりゃ他の浪士や家族たちから
大ブーイングの嵐でしょうな。
たかが肩痛ぐらいで、と(^ ^;;)


肩甲骨の上あたりと肩と腕の関節部分に1枚ずつ
鎮痛消炎外用薬を貼っています。
現役時代の千代の富士関みたく。(←古い?)

鎮痛消炎外用薬がある時代でよかった。。。

2013年12月13日 (金)

プレイバック獅子の時代・(48)生まれ来るもの

もんが、亡くなりました。

世が世であれば、藩重役の娘として名のある家に嫁ぎ
苦労せずに暮らせたのでしょうが、
父の錠一が濡れ衣を着せられてお家を守るために切腹したときから
もんの人生が転落し始めたわけです。

小此木家の墓に線香を上げる平沼銑次ですが
もんの遺骨は会津に持って行こうと考えています。
そりゃあいい、と高松凌雲も賛同してくれました。

凌雲は、銑次が会津に帰って
福島県令(県知事)と自由党の争いに巻き込まれることを心配し
無茶するなよ、命は捨てるなよ、と忠告しておきます。

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2013年12月12日 (木)

一歩一歩

一歩ずつ進んでいけばいいさっ。

どうせ一気に全てを理解できるわけないんだし。
理解できたところから自力で片づけて、
分からない部分は1つ1つ聞いていくしかない。
すべてを自力でやろうとするから崩壊する、のだ。


……と、心に余裕があるときはそんなことを考えるのですが、
大半はあたふたとしていて余裕なんかない日日を送っていますので
そんな自分に自戒のつもりで書いてみました(^ ^;;)

2013年12月11日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(55)

終点停留所の旅“たそがれ”第25弾です。
今回はF岡県大M田市にある
「久B木団地」バス停をご紹介します。

Mb2225

前回ご紹介した「高I団地」も
公営住宅へ乗り入れるバス路線の終点でしたが、
今回も県営住宅に乗り入れるバス路線の終点です。

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2013年12月10日 (火)

プレイバック獅子の時代・(47)別離

高松凌雲の建てた鶯渓病院が、9月13日の台風によって倒壊したことを
秩父にいる平沼銑次と松本英吉が知ったのは、それから8日後。

英吉が秩父から運んで来て凌雲に看てもらっていた村人ですが、
一旦避難させた後上野の病院に託そうとします。
しかしその病院が預かりを断って来て、困惑しているわけです。
銑次は、病人の家族と英吉とともに上野へ向かいます。


もんは、浅草の瑞穂屋に預けてあります。

もんには、起き上がる余力すらありませんが
銑次はわざと明るく振る舞って、元気づけます。
嬉しさのあまり、泣き出すもん。

銑次は凌雲に、もんの病状について真っ正面から聞いてみます。

凌雲によれば、病気は見事に快方に向かいつつあったのですが
先日の台風でひどく濡れ、一気に悪化してしまったとのこと。
大金をはたいて買えるような薬も、存在しないそうです。

凌雲は、できるだけもんのそばについているように伝えます。
手をついて、もんを頼む銑次です。

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2013年12月 9日 (月)

仮眠

(眠りが浅い、という意味で)
夜、満足に眠れているわけではないワタクシ。
お昼ご飯を食べると、睡魔が襲ってくることも多々あります。

机に突っ伏すのは少々キツいので
机にほおづえついて目を閉じるようにしているのですが、
なぜだか今日はいつもと感じが違いまして、
フッと目を閉じ、フッと目を開けると
すでに休憩時間が終わりに近づきつつある時間でした。

おぉ、あぶねえあぶねえ。
職場で寝坊なんてシャレにならんッ。

2013年12月 8日 (日)

(49)再び戦を学ばず

私は、同志社を単なる学校ではなく、ひとつの家族として
生徒たちとともに生きる場所にしたいと願ってきました──。

そう語った新島 襄は、もうこの世にはいません。
しかし、襄の思いは
新島八重をはじめ同志社に勤める外国人教師たちが受け継いで
しっかりと生徒たちに教えていくつもりです。

ただ、その生徒たちに異変が……。

教室を見渡すと、たくさんいたはずの生徒たちが
ほとんど、来なくなってしまっていました。
「戦が迫っていた」のです。

明治24(1891)年6月──日清戦争まであと3年。

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2013年12月 7日 (土)

花燃ゆ

再来年(平成27年)の大河ドラマが
幕末に活躍した思想家・吉田松陰の妹、
文(ふみ)の生涯を描く『花燃ゆ』に決定し、
主演に女優の井上真央さんが決まったという報道が流れました。

どうでもいい話ですが、大河ドラマのタイトルで
“燃え”たのは今回が3回目。
源 頼朝・北条政子夫婦を描いた1978年放送『草燃える』、
日系2世の兄弟を描いた1983年放送『山河燃ゆ』以来です。

そして、大河ドラマのタイトルで“花”がつくのは今回が4回目。
井伊直弼を描いた記念すべき第一作『花の生涯(1963年放送)』、
長州の大村益次郎を描いた『花神(1977年放送)』、
日野富子・足利義政夫婦を描いた『花の乱(1994年放送)』以来。


通常、大河ドラマの制作発表は10月ごろに行われるのですが、
今年はそれがなかなかありませんで、
「まさか大河ドラマ終了?」とハラハラしたものですが(笑)、
とりあえずは安心です。

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2013年12月 6日 (金)

プレイバック獅子の時代・(46)秩父路を行く

明治15(1882)年7月・秩父──。

山奥の松本英吉の家を訪れる平沼銑次。
赤子を背負った無愛想な女に気づかれると
名乗る前に英吉を大声で呼んでいます。

英吉の妻・ムツです。

ムツは、やることはしっかりやっているのですが
何ぶん口がとても悪く、初めて会ったものは必ず驚くというほど。
思ったことをストレートに言うような感じです。

ムツは少しの間を惜しんで畑仕事に忙しいわけですが
夫の英吉が人様のため、とブラブラしているものだから
そりゃ文句の一つも言いたくなります。
でも、英吉の親分肌を一番気に入っているのは、このムツです。

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2013年12月 5日 (木)

vol.129・年賀状ノススメ

vol.129・年賀状ノススメ
(パーソナリティ:Kassy)

第129回放送です。

2013年も残すところあとわずか。
片づけにおせちにと年越しの準備に忙しいでしょうが
年始の挨拶状についてちょっと得する情報です。

今回のListening Pointは……

番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

2013年12月 4日 (水)

方向幕考(123)

ヘビーコメンテーターのRiverside houseさんに勧められて
2008年4月に開設した
“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”。

“100本公開”を目標に資料集めに県内外へ駆け回り、
度重なる玉砕(笑)を経まして、ようやく形になって参りました。

開設以降、月に1本ペースで紹介してきましたが、
そのペースだと“100本目の公開”は
単純計算で100ヶ月後(=8年4ヶ月後)となってしまい、
そのころまでこのブログを続けている自信がなかったので(笑)、
途中から月に2本とペースアップを図りました。

それで今回、第69弾にして
99本目・100本目のご紹介となります。

というわけで、今回が
“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”の
レギュラーシーズン最終回となります……。

今までこのページで遊んでいただいた皆さまへ
感謝と御礼を申し上げます。
ありがとうございました。


幕ファンのみなさま、
大変長らくお待たせいたしました。
“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”。
通称“幕コレ”の最終弾(第69弾)は──。

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2013年12月 3日 (火)

プレイバック獅子の時代・(45)絆(きずな)

明治15(1882)年6月。
軽やかなピアノの音色に合わせて
華やかなドレスを身にまとった日本人女性たちが
軽いステップを踏みながらのダンスの練習です。

ちなみにココは東京・永田町界隈──。

ココは日本かしらと見まがうほど
西洋風俗に溢れていたそうです。

日比谷には『鹿鳴館』という
ルネッサンス調のレンガ作りの迎賓館が建築中で、
ヨーロッパを模倣しようという情熱が
政府高官に最も高まっていた時期でした。

それは、西洋への憧れがそうさせたのではなく
徳川幕府が結んだ不平等条約を何とか改正しようという
外務卿・井上 馨らの努力だったわけです。
日本は、諸外国からの輸入品に自ら関税をかけることはできず
犯罪を犯した外国人を裁く権利もありませんでした。

ちなみに、伊藤博文がドイツへ
憲法の調査のために赴いたのもこの年の2月のことです。

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2013年12月 2日 (月)

至福のとき

Kassyは眠っている時、食べている時に
すっごく幸せを感じる動物なのですが(^ ^;;)
そんな“至福のとき”って
案外すぐ終わってしまうものなのですね。

あれっ? もう朝?? とか
ご飯もう終わり? とか。

まぁ、睡眠時間はしっかり取っているつもりでも
眠りの深さで言えば決して深いとは言い難い
毎日を送っているワタクシとしては
毎日毎日寝たりない状態ですが、

ここで欲求に応じてさらに眠ってしまっては
翌日さらに眠れなくなるという悪循環。

食べ物も、100%ガッツリ満腹になるまで
食べてしまってもいいんですけど……いやヨクナイ(^ ^;;)

だからこそ、
あれ、これっぽっち? と感じるわけですね。

幸せはそう長くは続かないってことですかね。
(違う?)

2013年12月 1日 (日)

(48)グッバイ、また会わん

明治22(1889)年10月。

大学設立の寄付を集めに単身東京へ向かった新島 襄から
新島八重と約束したように
“当方無事”と書かれた葉書が送られて来ていました。
その葉書を見つめて、襄の事が心配な八重です。

東京では、熊本バンドのひとりだった小崎弘道が
薬を飲むための水を襄に持って来てやったりと世話を焼いています。
そんな時、襄が頼りにしていた大隈重信が襲われたと
蘇峰 徳富猪一郎が知らせてきます。

大隈重信は東京専門学校の設立者で
伊藤博文内閣の外務大臣でもあります。
閣議の帰り、大隈が乗る馬車に爆裂弾が投げ込まれ
右足の傷が深く、切断するしかないという診立てです。

大隈が提唱する条約改正案が、
外国に対して弱腰だと憤った愛国者が犯人らしいと言うと、
襄にしては珍しく、テーブルを叩いて怒鳴ります。
「愛国心とはそんなものではない!」

意見が違うものを力で封じ込めるならば、
何のための国会開設か分かりません。
しかし、神経を高ぶらせたのがいけなかったのか
襄は胸を押さえてせきこみます。

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