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2014年1月15日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(58)

今年最初の終点停留所の旅“たそがれ”第28弾です。
今回はF岡県C上郡K毛町の
「H井」バス停をご紹介します。

Mk1907Mk1905Mk1906

N津駅のすぐ西側には南から北へY国川という川が流れ
その川が(途中から)、O分県とF岡県の県境の目安です。

このエリアには、かつてO分県N津市から
N鉄バス[4]系統が運行されておりました。
H井ゆきのバスは、U野交差点から左折してY国川沿いを南へ。

川沿いということは、つまりは県境沿いを進むわけで
正確に計測したことはないけれど、
この路線沿線上にあった「S出」か「T原支所」バス停あたりが
F岡県内の最東端になろうかと思われます。

ちなみにU野周辺は、かつて前職のおしごとで訪問したことがあります。
その時の記事はコチラを参照くだされ。

さて、H井です。

2枚目、3枚目は順当にバス路線を辿った方角で撮影したもの、
1枚目は3枚目のポイントの逆方向から撮ったものです。
逆光、あと分かりにくい説明で申し訳ないっm(_ _)m

一昔前に廃止され、路線バスは運行されておりません。
よって、バス停位置も道路地図から
“この辺りであっただろう”という推測で
撮影しておりますことを始めにお断りしておきます。
(もし正確なバス停位置をご存知でしたらご教授くだされm(_ _)m)

このエリアの路線バスは、そのほとんどが
山奥の集落に向けて路線が延びていたので、
そこに行くとしても、一旦は山を降り
横同士をつなぐ道路を通ってまた山を登らなければなりませんが、

H井は別で、その先は
Y国川のO分県側を沿って走っている国道212号線に合流します。
だから、終点停留所ではありますが交通量はそこそこあるんです。


実はこの「H井」を含むエリア
調査には昨年3月19日に訪れているんですが、
その時はO分道のH田インターからY馬渓経由でやって来ました。

複数のバス終点停留所を取材する時、
あくまでも取材終了時に帰りやすいように
スタートは自宅から最も遠い場所に設定し、
ゴールは自宅から最も近い場所に設定するのですが、

しかし、当時ナビで設定していたのは「H井」ではなく
「S田」という後日ご紹介のバス終点ポイントだったのです。

道路地図で、このエリアの全体図は77ページに掲載されていたのに
県境ということもあってか、ちょうど東(右)に出っ張った形の
「H井」周辺地区のみ62ページの余白部分に掲載されていまして
それを見落としたKassyが、
ナビ設定時に「H井」の存在を失念したのです。

だから、ナビくんもKassyの設定通りに
予定では取材2地点目であるはずの
「S田」に連れて行ってくれまして、
そのまま「H井」を思い出すことなく、取材終了!

エリア的に、山奥の集落にある終点ばかりの取材でして
お昼ご飯抜きで果敢に挑戦しておりましたので、
取材終了(17時半)後、どのあたりに行けば飲食店に着けるか? と思って
道路地図を何気なく眺めていたのです。

その時、取材するはずの「H井」の存在を思い出し(笑)、
あわてて向かいましたよ、峠2つ越えて。
すると、とんでもないことに気づいたわけです。

あれ? ココ、午前中通ったよねぇ……。(^ ^;;)

つまり、取材ポイントであったにもかかわらず気づかずに通過!
3枚目の写真で言う、右斜め上の分岐「T枝」方面へ抜けてしまい
最後の最後にまた舞い戻って来るという、
実にもったいない行動をしてしまいました。

ココに戻ってきたのが18時。
その写真がコチラ↓

Mc1955Mc1956Mc1957_2

運行を終えたバスは、そのまま50mほど進んで
このスペースで待機・転回していたのでしょうかね(推測)。

最初の取材時は、9割方ここだ! と信じて疑いませんでしたが
よくよく考えてみれば、
「消防機庫」や「防火水そう」付近は駐車禁止なんですよね。
消防団員の方々の出動の妨げになってはいけませんからね。

そう考えると、ココだという自信がだんだんなくなってきました。
ま、逆にココかもと思える資料としては、3枚目にあるように
スクールバス乗り場のスペースでもあるということですね。


んで、薄暗い写真しかなかったし
終点停留所の場所が取材当時は確定できなかったので、
リベンジで再調査したのが昨年11月19日。

写真を取り直しました(^ ^;;)

Mk1901Mk1902

Mk1904Mk1903

8ヶ月では景色はほとんど変わりませんな(^ ^)

バスが走っている、あるいはそれの代替交通がある場合というのは
終点停留所の場所だったり、転回場、待機場の場所だったりは
ある程度押さえやすいのですが、

バス路線自体が全廃され、代替交通もない場合
その時期が昔であればあるほど残されるヒントが少なくなっていき
後から掘り返すのはかなり至難の業だったりします。

ま、こういったノリでこのエリアをご紹介していきますので
しばらくの間、どうぞお付き合いをm(_ _)m

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