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2014年2月18日 (火)

プレイバック黄金の日日・(02)岐路

戦いか、恭順か──。
まさに今、歴史の岐路に立たされていました。

永禄11(1568)年10月1日、
世も更けた堺の町は、戦国大名織田信長の軍勢に包囲されて
一触即発の物々しい雰囲気でした。

対岸へ渡った今井宗久と助左、杉谷善住坊、石川五右衛門は
織田軍までもう一歩のところまで近づき、
まずはここを突破! と実力行使で進んでいきます。

途中、善住坊には囮になってもらいます。
顔を強ばらせながら頷く善住坊ですが、
その表情からは「オレがかい!?」というのが
ありありと見えます(笑)。

元奉公人のしまという女の家で落ち合うことにして、
善住坊が鉄砲を撃って敵の気をそらしている間に
宗久らは、その逆の方向に向かって走り出します。


男たちならあっちに行ったよ! と
老女は坂の下を指さし、それに従って
3人を追って来た兵たちは坂を駆け下ります。

その老女は、何食わぬ顔で家に入るわけですが、
何をかくそうその老女は、しまの母親であるわけです。

はい、宗久らはこのしまの家に隠れております(笑)。

背負ってきた「松島の茶壷」入りの木箱に
鉄砲玉の穴が空いているのに気づいた彼らは
堺を守るための、信長と互角に渡り合える武器を
壊してしまったかと狼狽えますが、

そっと箱を開けて確認してみますと、なんとか無傷です。
信長に届けるまでは、
命に換えても守らなければならないものです。

宗久も助左もしまも、安堵の表情……。
しかし五右衛門だけは、何だか別の意味で目が光ります。
大盗賊の血が騒ぐ?

元奉公人のしまは、半年前に
今井家から暇をもらって実家に戻ってきましたが、
それは子どもを産むためであります。

その子の父親は……実は宗久です。

「名前をつけていただきたいのです」
宗久を見据えて、しまはつぶやきます。


前の月の9月、足利義昭を擁して摂津に進攻した信長は
たちまちのうちに三好方の勢力を一掃し、10月に芥川城へ。
信長はここに十数日滞在し、近国にその武威を示したわけです。

その陣中で助左衛門は、後に天下の檜舞台で
手を取り合うことになる二人の若者と出会います。
小西弥九郎と高山重友です。

ちなみに弥九郎は、第1回で宗久に指針を与えた
小西隆佐の嫡男であります。

宗久らは茶壷を持って信長に目通りを願い、
松井有閑経由で取り計らってもらうことになりました。

が。
信長に堺から軍勢を引いてもらうと言う宗久の心の中は、
実は矢銭を1貫足りとも収めるつもりはありません。
矢銭を収めなければ引かないと重友は慌てて忠告しますが、
堺の町を丸焼きにされても信長に利点がないことを主張。

宗久は信長に直訴するつもりのようです。


「宗久、大鉄砲はまだできぬか?」
信長は、9年前に会っただけの宗久の顔を覚えていました。
しめた、と宗久はニンマリ。

いや、実はニンマリしていたのは信長の方かもしれません。
信長は、宗久がのこのこと芥川城まで出向いて来たのは
矢銭は払わぬ、しかし兵は撤退せよと願い出て来たことぐらい
容易に想像がつくわけです。

信長は、矢銭20,000貫をかけて
宗久に相撲を取るかとけしかけます。

宗久は、そこまで言われては
相撲を取らないわけにはいきません。
信長は、ひいきの力士を宗久にあてがい
相撲を取らせます。

身体と身体を合わせますが、さすがは力士、
アッという間に宗久は放り投げられてしまいます。
すると名乗りを上げた助左がその力士を投げ飛ばし、
主の敵を取りました。

ご機嫌な信長クン、カカカと大笑いです。

信長は助左に褒美を取らせようとしますが、
包囲軍の撤退をと言って、
ご機嫌だった信長をたちまち不機嫌にさせます。

ただ、堺は三好方に味方しないかを早急に確認し、
中立を守る旨の返答をもらうと、
宗久を見据えて立ち去ります。

芥川城からの帰り道、道の向こうから声が聞こえてきます。
囮となって消えていった善住坊です。

皆は抱き合って再会を喜びます。

実は善住坊は敵に捕まったのですが、
信長軍の包囲が解けて、いずれ解放されたのだとか。
それを知って、宗久はようやく安堵の表情です。


堺に戻った彼らが見たのは、
信長軍による包囲が解けて大喜びの堺の町人たちの姿です。

出てきた隆佐に、心遣いの礼を言う宗久ですが、
聞けば、実は隆佐もさる方の指図に従ったまで、と。
その“さる方”とは、木下藤吉郎のことです。

実は藤吉郎は、信長が初めて堺を訪問した9年前に
宗久と対面しているのですが、その時以来の再会です。
簡単に挨拶を済ませ、盛り上がる堺の町を後にする藤吉郎ですが、

助左は、9年前に永楽銭を恵んでくれた
あのひょうきんな侍だ! と気づいて追いかけますが、
ニッコリ笑って、去っていきます。
「お若い方、お人違いでございます」

ま、この堺の町で織田方の武将だと身分を明かせば
それこそどうなっていたかは分からないので、
当然ながら人違いとしか言えないわけですが(笑)、

それに気づいたか気づいてないか、
似ている、いや、あのお方だ、と
あれこれ考えながらも追いかけるのをやめる助左。

藤吉郎に再会できた喜びと、生きて帰れた喜びと、
成功報酬として船に乗ることが許された喜びとで
興奮冷めやらぬ助左は、堺の堀に飛び込みます。

泳ぎ回る助左を見て、心を動かされる美緒。
満月の日のことでした。

──────────

永禄11(1568)年10月2日、
今井宗久が『松島の茶壷』『紹鴎茄子』などを持って
摂津芥川に陣を構えた織田信長と対面する。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと29年10ヶ月──。


原作:城山 三郎
脚本:市川 森一
音楽:池辺 晋一郎
語り手:梶原 四郎
──────────
[出演]
市川 染五郎 (助左)
栗原 小巻 (美緒)
林 隆三 (今井兼久)
川谷 拓三 (杉谷善住坊)
根津 甚八 (石川五右衛門)
──────────
高橋 幸治 (織田信長)
小野寺 昭 (小西弥九郎)
鹿賀 丈史 (高山重友)
竹下 景子 (しま)
──────────
宇野 重吉 (小西隆佐)
緒形 拳 (木下藤吉郎)
丹波 哲郎 (今井宗久)
──────────
制作:近藤 晋
演出:宮沢 俊樹

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