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Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2014年2月21日 (金)

プレイバック黄金の日日・(03)羅針盤

今井宗久からの褒美により、納屋番から
たっての願いであった海運の仕事へ回された助左。
美緒が船着き場まで案内します。

ちょうど琉球丸が船着き場に着いたばかりのようで、
乗組員が総出で荷を降ろしています。
その船長・才蔵と話をする美緒。

美緒は、助左と才蔵を会わせます。

どうやら才蔵は、助左のことを知っているようで
助左の父・甚九郎のこともよく知っている様子。

なんでも、才蔵と甚九郎の妻は同じ頃に身ごもり
そして同じ日に産み落としたとかで、
助左が自分の年齢を話そうとした時に、それを
「いやぁ言わずとも分かっておる」と遮ったわけです。

助左は、才蔵から半年間は
今この時から陸に上がってはならないと厳命され
船乗りを許可されます。

ところで、才蔵役の花沢徳衛さんと美緒役の栗原小巻さんとは
この『黄金の日日』の8年前に放映された
大河ドラマ『樅ノ木は残った』では親子役(与五兵衛─たよ)で、

主人公・原田甲斐(平 幹二朗さん)の愛を一身に受けつつも
心の病になったたよを甲斐甲斐しく看病する与五兵衛でした。
その父娘のもの悲しさは、
物語の悲劇さを一層際立たせるものだったわけですが、

それを知っている身としては、冒頭のシーンで流れた
「とりあえず琉球に屋敷だけは建てておきましたぞ、
 美緒さまとわしの……二人きりの屋敷を」という才蔵のセリフは
与五兵衛とは真逆で「エロおやじ♪」とニンマリしちゃいました。

それだけではなく、13年前の大河ドラマ『太閤記』の
信長─秀吉コンビ(高橋幸治さん・緒形 拳さん)の復活も見られ、
そういった意味ではキャストの面でもいろいろ期待できそうです。


永禄11(1568)年10月26日、
織田信長は、新将軍・足利義昭を残したまま
兵をまとめてさっさと岐阜に引き揚げてしまいます。
将軍を奉じて上洛してわずか1ヶ月後のことです。

信長は義昭から、管領や斯波家家督相続
副将軍の地位を与えられますが、信長はこれを辞退。
その代わりとして、近江の大津・草津、そして泉州の堺に
代官を置かせてほしいと願い出たそうです。

大津も草津も琵琶湖の南側に位置し、
特に大津は、鉄砲の産地である国友村に近く、
国友村から堺に運ばれた鉄砲はそこから諸国へ流れるので、
拠点たる堺を押さえさえすれば、
日本中に流通する鉄砲は独り占めできるわけです。

なんとやっかいな武将だ……と
今井宗久や千 宗易はため息まじりです。
「信長公は、まだ堺を諦めておらぬということか」

更には、信長不在の時に阿波の三好勢が
堺に押しかけてしまうという危機感もあります。
しかし、もしかしたら信長は、三好を討たんとするために
いったん岐阜へ引き揚げたのかもしれません。

堺の会合衆に諮りますが、
堺としては三好の後ろ盾に回るだけで
あとは信長が勝手に滅んでいくだけだ、と相手にされません。

さて、その宗久の診立ては本物になりました。
それまで京都回復を虎視眈々と伺っていた
三好政康・三好長逸・岩成友通ら三好三人衆は、
12月、阿波から海を越えて堺に入ります。


宗久の子・兼久は、三好政康の家臣となるべく
今井家を出て行くことになりました。

信長の陣に単身乗り込んで
天下に比類なき「松島の茶壷」を進呈した宗久は
他の会合衆から目の敵にされていまして、
まったく信用を失ってしまっています。

そんな父に反抗する気持ちがあって
兼久はその暴挙に出たわけです。
宗久にも、そして美緒にも反対されますが、
兼久としては「好きに生きるさ」と聞く耳を持ちません。

12月24日、1万の軍勢を率いた三好三人衆は
堺から50km離れた家原城で三好吉継を追い落とし、
永禄12(1569)年正月4日には
京に攻め入って本圀寺の義昭を包囲。

信長に見捨てられたのだ、と義昭は怒りに震えますが
義昭と行動をともにしている明智光秀は
このことは信長も予測していることだとし、
援軍が来るまでは防ぎに防いでおくことです、と余裕の構え。

その信長は言葉通り大急ぎで岐阜から戻ってきました。

10日、信長は堺に使者を送ります。
「堺衆が三好方へ加担いたしたるは誠に許し難い」

町の焼き払いと住人全員の虐殺という
前代未聞の信長の怒りを前に動転する堺の町です。

あれだけ宗久に歯向かっていた津田宗及は
気づけば今井屋敷に足を踏み入れていました。
能登屋やべに屋は、防塁を築けなどと未だに叫んでいるそうですが、
もはや、そういった状況ではありません。

こうなってしまっては、信長に条件を打診して
それを全て呑むというより他に、堺が助かる道はなさそうです。
「よろしく、お計らいくださいませ。お任せ申す」

松井有閑を堺の代官として派遣した信長は
・今後三好方へ味方しないこと
・町の武装を解除し浪人を抱えないこと
・矢銭2万貫を献納すること
の3条件を提示します。

これに対して36人の会合衆全員が恭順の意を示し
堺は焼き払い・虐殺を免れます。


「おもと、義昭さまにお仕えしてみる気はないか」
宗久は美緒に打診します。
元は公家の娘である美緒を策略好きな義昭の元に送り込むことで
宗久としては今の流れをいち早く掴めるという利点があります。

そういえば、兼久が今井家を飛び出していく時に
茶器や紹鴎茄子の次はお前だ、などと
それらしいことを言っていましたが、
まさか本当にそうなるとは思ってもみませんでした。

行ってくれるな? と言われてコクリと頷く美緒でしたが、
未だに人売りの手中にあって、
これから売られていく身なのだと愕然とします。
「売られてなるものか!」

偶然覗いた教会では、
笛が洗礼を受けているところでした。
そこは、美緒にとって新しい世界で
とりこになりそうな雰囲気です。


着岸しているとはいえ、船の中の生活を送り出して4ヶ月。

石川五右衛門から、兼久が三好衆について
信長軍と戦うために尼崎にいるとの話を聞き、
杉谷善住坊は兼久と共に行動しているはずなので
善住坊を連れ戻さんと尼崎に行こうとしたとき、

運悪く、才蔵と鉢合わせしてしまいます。

すぐに戻りますから! と懇願する助左に
戻ることはない、と冷たく言い放つ才蔵。
「どこへでも好きなところへ行くがいい」

そこへ、頼み事があって宗易が現れます。

兼久が尼崎にいることを知った宗易は
苦戦している彼らを助けるべく
海に退路を求めさせます。
つまり、才蔵に船を出してくれというわけです。

そんなことは、宗久は表立って頼みはしませんが、
旧知の好(よしみ)だからこそ宗易は分かるのです。
そして、才蔵に白羽の矢が立ったのは、
宗久の信頼が最も厚い船長であるからです。

都合良く、今、尼崎に行こうとしていた助左は
宗易に礼を言いたくて仕方ありません(笑)。

夜の出航は法度ではありますが、
緊急を要するので仕方ありません。
集められるだけの乗組員を集めて、
才蔵の船・琉球丸は出航します。

尼崎に到着した琉球丸ですが、
広範囲に渡って炎上しているのが海から見えます。
一歩間違えれば堺もああなっていたと考えると
ゾッとするものがあります。

燃え盛る炎の中、受傷して身動きが取れなかった兼久を
間一髪救い出した助左は、
善住坊とともに琉球丸まで兼久を運び、
船に収容できた時点で才蔵は引揚げを命令。

助左は19歳を迎えていました。

──────────

永禄12(1569)年1月5日、
織田信長の帰国により手薄になった京を三好三人衆が巻き返し、
足利義昭がいる本圀寺を襲われる。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと29年7ヶ月──。


原作:城山 三郎
脚本:市川 森一
音楽:池辺 晋一郎
語り手:梶原 四郎
──────────
[出演]
市川 染五郎 (助左)
栗原 小巻 (美緒)
林 隆三 (今井兼久)
川谷 拓三 (杉谷善住坊)
根津 甚八 (石川五右衛門)
──────────
高橋 幸治 (織田信長)
内藤 武敏 (明智光秀)
李 礼仙 (お仙)
花沢 徳衛 (才蔵)
──────────
津川 雅彦 (津田宗及)
志村 喬 (能登屋平久)
丹波 哲郎 (今井宗久)

鶴田 浩二 (千 宗易)
──────────
制作:近藤 晋
演出:高橋 康夫

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