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2014年2月16日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(07)決断のとき 〜織田か毛利か! 究極の選択〜

「お主にすごい秘密を教えてやる──」

荒木村重を訪問した黒田(小寺)官兵衛は
村重から、甲斐の武田信玄が卒した事実を教えられます。

そしてその情報は、西の毛利家にも伝わっておりまして
信長は西に攻めて来るかと毛利輝元が問えば
叔父にあたる吉川元春が、
毛利の力を思い知らせてやる! と鼻息荒いです。

その毛利家に、他国との折衝一切を任される僧がいました。
──安国寺恵瓊です。

その恵瓊が姫路城を訪問してきました。
恐らくは、毛利家に味方するかどうか
小寺家の動きを探りにきたのでしょう。

強い織田信長が彗星のように現れて
天下の形勢は大きく変わったと考える官兵衛は、
このままではいかないことも薄々承知しています。

一方で毛利は、亡き毛利元就から
今の領国10ヶ国を懸命に守れと遺言で言われているそうで、
領地を広げるつもりはさらさらないわけですが、
かといって信長は、今の勢いでは
毛利の安芸まで進んでくることでしょう。

織田が攻めて来たら、毛利は戦うしかない。
これはつまり、その間にいる小寺家は
どちらに味方するかというのは大きな問題になります。


天正元(1573)年9月・岐阜城──。
織田信長は、4年以上続いた
浅井長政・朝倉義景との戦いに勝利。

自分はいつになったら大名になれるのだろうかと
ぼやく木下藤吉郎は、今回の働きが信長に認められて
浅井家旧領の北近江をそのまま与えられることになりました。

農民出身の藤吉郎が城持ち大名……と柴田勝家は呆れ
我らのこともお忘れなく! と丹羽長秀は嫉妬に燃えますが、
そんな二人にも、藤吉郎はリップサービスを惜しみません。

つまり、大名になれたこの時に、藤吉郎は
“柴”田勝家と丹“羽”長秀から一字ずつ頂戴し
羽柴秀吉と名乗りたいと申し出、許されます。

羽柴筑前守秀吉の誕生です。

役宅に戻った秀吉は、食事の支度をしているおねに
城持ち大名になったことを伝え、夫婦で大喜び。
おねは何が何だか分からず、
その場でクルクル回っているほどです。

パンッ!「うっ!」

秀吉が思いきりおねの頬を張り、おねは飛ばされますが
やはり痛い。
夢ではありません(^ ^;;)

しかし、領国が旧浅井領、居城が小谷城と聞いたおねは
落ちた城は縁起が悪い、と新しい城を築き
新しい城下町を作り上げることを提案します。


上月景貞に嫁いだ力が
妹の光を訪ねて姫路へやってきました。

夫の景貞は毛利方に味方することを決めたそうです。
上月城は播磨国内でも西の外れに位置し
いわば毛利に最も近い場所であります。
毛利に味方せねば、生きていけない場所です。

力は、黒田家が
仏敵である織田家に味方すれば必ず滅びるから、と
光にそれとなく官兵衛に毛利に味方するようにと伝えさせます。

それはそれとして、光には子安八幡の御札を
官兵衛には“南蛮渡来の秘薬”なるものを渡します。
「床につく前に、必ず飲みなさい」


御着城の小寺政職に仕えていた武士の息子・又兵衛。

二親を相次いで亡くした又兵衛を、
親戚たちはたらい回しにしてばかりで
又兵衛を育てるものがいないため
官兵衛は政職に許可を得、姫路に連れ帰ってきました。

官兵衛の嫡男・松寿丸は又兵衛に勝負を挑み
本気でかかって来い! という言葉通りに
本気で打ちかかってきたわけですが、
松寿丸は額に大きなコブを作りまして(^ ^;;)

でも、跡継ぎたる松寿丸に謝りもせず
土砂降りの雨の中を飛び出して行った又兵衛は
光に見つけられた時には
高熱を発して倒れ込んでしまいます。

「母上……」
光は、ずっと又兵衛の枕元にいて看病し続けます。
「ここにいますよ」

翌朝、又兵衛の熱はすっかり下がり
もういいの? と心配する松寿丸に
素直に謝罪する又兵衛です。

親戚をたらい回しにされたことで
なかなか他人に心を開かない又兵衛でしたが、
ここでは少しずつ、ほんの少しずつ
凍り付いた心が溶けていくようです。


天正3(1575)年5月。
織田信長・徳川家康の連合軍は武田軍と衝突。
長篠の戦いであります。

そんな最中にも、恵瓊は播磨の地侍をつぶさに当たり
毛利側に味方するようにと人心を掌握していき、
信長に味方すると宣言した別所長治以外は
大方毛利方に味方するというところまでいきます。


櫛橋左京進は、亡き父・櫛橋左京亮の跡を継ぎ
小寺家家老となりました。
左京進は政職を言いくるめ、毛利につくように仕向けます。

6月、小寺家の行く末を決める大評定が御着城で開かれます。

「それがし、織田につくのが最善の道と心得ます」
一同、毛利に味方すべしとの形勢の中
官兵衛だけが異を唱えます。

毛利家当主の輝元は
父・毛利隆元の後を継いだばかりの若者で、
確かに吉川元春や小早川隆景が補佐しているわけですが
逆に言えば、彼らの補佐なくしては何も出来ない若輩者です。

一方、織田信長は「天下布武」を公然と掲げ、しかも強い。

『国をおさむる者は義立てばすなわち王たり』(荀子)
大義を持って兵を進めるからこそ、尾張半国から身を起こし
今川義元、浅井長政、朝倉義景を滅ぼして
武田さえも打ち破ることが出来たわけです。

そして織田の強みはその政(まつりごと)にもあります。

国を強くするには民を強くする必要があり、
信長は関所を廃止し楽市楽座を設け、領内は繁栄しています。
家中では門地門閥によらずに取り立てるため
才覚ある者がそろって万全の構えです。

武勇知謀ともに備わった織田信長こそ、
天下人になるに相違ない、と官兵衛は説得します。
織田か、毛利か。
ここを見誤っては、小寺家は間違いなく滅ぶ! と。

相分かった、と政職は大きく頷きます。
「わしは、官兵衛の言うことを良しとする!」


摂津有岡城に入った官兵衛は村重と会い
御着の小寺家は織田につくことを報告します。
織田に味方することも確かに嬉しいようですが、
村重は官兵衛と共に働けることが一番嬉しいみたいです。

これから岐阜城に赴いて信長と対面する官兵衛に、村重は
信長は気難しい方なので、聞かれたことは曖昧にはせずに
しっかりと答えるようにだけ忠告しておきます。

そして、岐阜城──。

大広間のはるか向こうに、面白い人だと思ってきた
織田信長が座っています。

黒田官兵衛、この時30歳。
歴史の表舞台に出ようとしていました。


天正3(1575)年7月、
織田信長の才能を高く評価していた黒田孝高は、
主君・小寺政職に織田氏への臣従を進言し、岐阜城で信長に謁見する。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと23年1ヶ月──。


作:前川 洋一
脚本協力:穴吹 一朗
音楽:菅野 祐悟
題字:祥洲
語り:広瀬 修子
──────────
[出演]
岡田 准一 (黒田(小寺)官兵衛)

中谷 美紀 (光)

内田 有紀 (お濃)
高岡 早紀 (お紺)
春風亭 小朝 (明智光秀)

田中 哲司 (荒木村重)
桐谷 美玲 (だし)
濱田 岳 (栗山善助)
速水 もこみち (母里太兵衛)
高橋 一生 (井上九郎右衛門)
金子 ノブアキ (櫛橋左京進)
酒井 若菜 (力)
山路 和弘 (安国寺恵瓊)
近藤 芳正 (柴田勝家)
勝野 洋 (丹羽長秀)

江口 洋介 (織田信長)
──────────
片岡 鶴太郎 (小寺政職)
鶴見 辰吾 (小早川隆景)
黒木 瞳 (おね)
竹中 直人 (羽柴秀吉(木下藤吉郎))
柴田 恭兵 (黒田(小寺)職隆)
──────────
制作統括:中村 高志
プロデューサー:勝田 夏子
演出:田中 健二


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』
第8回「秀吉という男」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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