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2014年2月19日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(62)

終点停留所の旅“たそがれ”第32弾です。
今回はF岡県B前市の
T(Tどろ)バス停をご紹介します。


Tどろ地区に向かう途中にある貴船神社。
終点となるTどろは、更に坂を登ったところにあります。

市のホームページによると、この周辺には
“700〜800年前から集落があって
山を切り開き棚田等が作られてきた”のだそうです。

確かにこの周辺は傾斜がかなりきついので、
棚田を作りやすい環境にあったのでしょうね。

Mc1918

終点となる場所には「生活改善センター」なる建物が。
ちと大げさにもとれますが、
まあ、地区の公民館のような役割なのかもしれません。

訪問時には、中からお琴の練習の音が聞こえてきました。


Mc1919Mc1920

転回場もさることながら、
バス停(待機場)もスペースがほとんどありません。

バスがここまで登ってきていた時代に、
今のような一般車駐車スペースのような配置であれば、
バスはその数台分のスペースに
垂直になるように停車していたことになるので、

駐車禁止という看板が作成された……のでしょうか。

もしかしたら、待機スペースには駐車禁止を表す
オレンジ斜線が引かれていたかもしれません。

このあたり、記録のために撮影をしたかったのですけれど
まさに一般車が3台程度停車していて、
どういうアングルでもライセンスナンバーが写ってしまうので
あきらめて退散しました(笑)。


Mc1921

生活改善センターから更に奥に進むことも出来ますが、
ここから先は急激に道幅が狭くなります。
しかも雨量制限つきです。


Mc1922

T地区のふもとにある中学校前には
このようなのぼりが立てられていました。
ちなみに取材は昨年3月19日、放送開始9ヶ月前です。

1600年の関ヶ原合戦で、
息子の黒田長政が徳川家康に働きが認められて
F岡藩52万石に加増された時まで
黒田官兵衛はN津藩を治めていたらしいので、

そういった意味では、
この周辺は舞台地と言えば舞台地なのです。
撮影場所として取り上げるかどうかは別にしてw

ガンバレ官兵衛!

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