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2014年3月 7日 (金)

プレイバック黄金の日日・(05)総退却

将軍足利義昭によって
突如として「元亀」と改元される3日前の
永禄13(1570)年4月20日、

京の都を進発した織田信長の軍勢3万余は
近江・琵琶湖西畔を通り、高島を経て若狭南端の熊川を渡り
佐柿を越えて越前の敦賀に入ります。
徳川家康の三河軍8,000とは近州坂本で合流。

この知らせは、小谷城の浅井久政・浅井長政の元にも届きます。
許可なく縁戚の朝倉を攻めないという約束を
反古にしての出陣に久政は激怒します。

縁戚の朝倉と妻の実家の織田が戦となった今、
朝倉に味方するのか、織田に味方するのか
その決断如何では浅井の命運が大きく左右されます。

先に盟約を破ったのは織田が攻められるべきと主張する久政は、
今このチャンスで浅井が出陣すれば
3万余とはいえ織田の軍勢は浅井・朝倉に挟まれて袋の鼠だと
すでに織田に勝ったようなニコニコ顔です。

長政は、酒食にふける越前当主の朝倉義景よりも
信長の人間性を高く買っています。
信長に心底惚れ込んでいるわけです。


織田本隊を追いかけるように堺を出発した今井の荷駄隊。
今井兼久の身代わりとして荷駄隊の指揮官となった助左は
相変わらず陣羽織を着せられ、馬上の人です。

……とそこへ、荷駄隊より先を言っていた石川五右衛門が
敵の待ち伏せがあって前には進めないと報告に来ました。
ただ、五右衛門は兼久に報告しようとしていますが、
荷駄隊の指揮官は助左です(笑)。

もともと鉄砲を運ぶことに否定的だった兼久は
前に進めないなら引き返すまでだと言いますが、
今井宗久から命を受けた斎藤十郎としては
引き返しては面目が立たないわけです。

言い訳などいくらでも作れる、引き揚げさせろと
人の話を聞かずに命令を下そうとする兼久を差し置いて、
十郎は助左に指示を仰ぎます。
「隊長! 下知を下されよ」

は……はい、それなら……前進……。

助左の命で、敵を避け
琵琶湖南岸から船に積み替えて高島を目指します。


元亀元(1570)年4月24日、織田軍は越前敦賀に到着します。
時をかけずになるだけ早く朝倉を攻め滅ぼしたい信長に
家康は、後方の危険──浅井の裏切り──の心配をしますが、
長政に限ってそれはない、と信長は気にも留めません。

今井の荷駄隊ですが、高島までやってきて
またも足止めを食らってしまいます。
ここは浅井の領内なので、すんなりと進めるはずなのですが
今井の荷駄隊と知って通せんぼをしている節もあります。

「浅井め、寝返ったな」
兼久はニヤリと笑います。

今、織田・徳川連合軍は
前方の敵の朝倉と、背後からの敵の浅井に
挟み撃ちにされようとしています。
そして今井の荷駄隊は、挟み撃ちにされつつある
織田軍に鉄砲を届けようとしているわけです。

助左は、信長に注文を受けた鉄砲を届けるのが役目であり
自分たちが逃げる算段は荷を届けてから考えるべきだと主張しますが、
五右衛門、十郎以外の傭兵たちは兼久に従って、
これ以上進もうとはしません。

「一人になっても、この鉄砲を織田様の陣中にお届けします」
ここは己の信じる道に従って、2つに分かれることにします。

辺りを警戒しながらも
一歩一歩着実に歩を進める助左・五右衛門らに対し
退却を選んだ兼久らは敵の攻撃を受けて
困難をきわめます。


金ヶ崎城を守っていた朝倉景恒は、
突然城を棄てて一乗谷城へ撤退します。
これに勢いづいた織田軍は金ヶ崎城へ無血入城を果たし
そのまま一乗谷の手前の木ノ芽峠へなだれ込みます。

浅井離反の情報が入ったのはそのときでありまして、
「京に帰ろう」と信長はポツリとつぶやきます。

信長の総退却の下知に従って、家臣たちがその準備に席を立つ中
木下藤吉郎はただひとり残って、信長に手をつきます。
「この引き口のしんがり、手前にお申し付けくださいませ」

殿(しんがり)とは、全軍の退却を助け敵の追撃を食い止め
ついには全滅という決死の役割であります。

──信長の姿が、敦賀より消えました。

しんがりとして藤吉郎は柴田勝家・明智光秀を見送ります。
しかし光秀は、藤吉郎の手勢ではしんがりは務まらないと
一部の兵をそのまま京に向かわせ、自らと鉄砲隊は
そのまま藤吉郎の与力として残ることにしました。


全身傷だらけの兼久は、古びた小屋を見つけ
這いつくばりながら中に入っていきますが、
食べ物も飲み物もありません。

それどころか、脇には住んでいた者と思われる骸骨が。
それに驚きつつ、兼久は気を失って突っ伏します。

ふと気づくと、衣裳は着替えられ
腕の傷も包帯が巻かれて寝かされていました。
いろりでは火が焚かれています。

目を細めて見ると、そこには女がひとり座っていました。

三河出身だというその女に粥をよそってもらい
兼久はそれを奪い取ると、狂ったようにかき込みます。

女の怪しげな微笑が、何とも恐ろしく思えます。


藤吉郎のしんがりに徳川家康も加勢し
金ヶ崎城にこもっていたところ、
助左らがようやく到着しました。

しかし浅井領内を通って来ているはずなので
“今井の荷駄隊”と言われても
藤吉郎には、にわかには信じられないわけです。

証拠は? と問われて、助左は
懐から永楽銭を取り出し、藤吉郎に渡します。
これは10年前、藤吉郎が台所方の役人として堺に赴いたとき
堺の子どもにめぐんだ永楽銭です。

ぁあ! あの時の……お前、今井の小僧か!
何をぐずぐずしておる! 早く門を開けよ!

藤吉郎の明るい声があたりに響き渡ります。

そこへ朝倉軍が押し寄せてきますが、
助左らが運んで来た鉄砲で、これに応戦します。

藤吉郎34歳、助左20歳でした。

──────────

永禄13(1570)年4月25日、
越前に侵攻した織田信長が、妹婿の浅井長政の裏切りに遭い
挟み撃ちの危機に陥ったため、総退却を余儀なくされる。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと28年3ヶ月──。


原作:城山 三郎
脚本:市川 森一
音楽:池辺 晋一郎
語り手:梶原 四郎
──────────
[出演]
市川 染五郎 (助左)
栗原 小巻 (美緒)
林 隆三 (今井兼久)
根津 甚八 (石川五右衛門)
──────────
高橋 幸治 (織田信長)
内藤 武敏 (明智光秀)
──────────
児玉 清 (徳川家康)
緒形 拳 (木下藤吉郎)
丹波 哲郎 (今井宗久)
──────────
制作:近藤 晋
演出:宮沢 俊樹

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