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2014年3月 4日 (火)

プレイバック利家とまつ・(13)まつの城

永禄13(1570)年春、織田信長は越前朝倉攻めを号令。

それに従って、前田利家は兄利久から受け継いだ
荒子衆60人を引き連れて出陣しましたが、
出陣前の村井又兵衛による槍の稽古では
兵士として使い物になるようなものでは全くなく
少し心もとない出陣であります。

さらに心配なのが、昨年の米の不作が響いて
商人に対し米を金に換金できなかったので
利家に金を持たせることが出来なかったことです。

もし負け戦で逃げる場合は、船賃が要り、
馬を借りる金も要り、食べ物を食べるのにも金が要る。
いざとなったら柴田勝家に借りる、と利家は言いましたが、
地獄の沙汰も金次第、です。

「前田のまつに頼んだら何とかしてくれる、そう思われなくては」
お金がないと正直に言うだけでは、家来は命をくれない、と
母のたつは部屋の戸棚の奥から瓶を出してまつに差し出します。
亡き前田利昌に内緒で、たつがコツコツ貯めていったお金です。


4月20日、織田軍3万はついに京を発します。

25日には敦賀に進軍、
そして26日、越前金ヶ崎城で朝倉軍と衝突します。
戦はあっけなく終わり、城主朝倉景恒は降伏。
越前府中城へ逃げ帰ります。

その日の夜、敵が明け渡した金ヶ崎城で
信長、徳川家康を始め両家の家臣たちが
戦勝祝いの宴を催していました。

話題はもっぱら、将軍足利義昭のことです。

諸国に義昭の命令書を出す場合は信長に事前に相談し
その命令書には信長の意見書を沿えること、
これまで義昭が出して来た命令書は一切無効、など
全ての実権を信長が握るということに同意を迫りまして、

それを逆恨みし、
さらに信長打倒の密書を諸国に送り続ける義昭ですが、
その情報すらも信長に筒抜けでありまして
情報保護に関しては全くの無能な将軍であります。

そこへ、小谷城のお市より信長に陣中見舞いの品が届けられます。
両方を紐で固く絞った袋に、小豆が入っています。
浅井長政謀反、と見抜いた信長は金ヶ崎から逃げることにします。

殿(しんがり)役を受けた木下秀吉は立派に敵を食い止め
佐々成政の鉄砲隊300は、逃げる木下軍を助けるべく
追う浅井軍に集中砲火を浴びせます。

こうして無事に、織田軍は岐阜に戻ってこれました。


岐阜の利家の役宅で、勝家と酒を呑んでいた時
秀吉は25,000貫もらっていることを勝家から聞きます。
ただ、家臣500人を抱える身であるので
妻のおねはいつも金策に走っているとか。

昔は秀吉は単なる足軽で利家よりも格下であったのに
それが今では10倍の開きであります。

その翌朝、利家はえらくご立腹のご様子。
秀吉との差を知ったからかと思い、諭すまつですが
実はそうではありませんでした。

「前田家はまつ、だと!?」
昨夜遅く、岐阜から堺に遊びに行くうめが
別れ際に言った一言を利家が逃さず聞いていて
前田家は前田利家だろうが、と腹を立てているらしいのです。

まつは、岐阜城で秀吉が勝家を諭した場面に
ポーッとしたようで、そればかり口にするものだから
利家は「秀吉と夫婦になれ! ワシはおね殿と」と口走りますが
まつは、パンッ と利家の頬を張ります。

利家の側にいる又兵衛は
「夫婦喧嘩に口を出すバカ、と申しますからなぁ」と
あくまで傍観者です(笑)。


陣所。
利家が荒子衆を前に訓示中です。

ワシは死んでやる! お前たちも死ね!
死ぬ気でやれば生き残る! 生き延びようと思うと死す!
惚れた女は袖にしろ! 袖にしたなら追って来る!
銭が欲しけりゃ人にやれ! 人にやったら倍になる!

なんちゅー訓示かと思いますけど(^ ^;;)

元亀元(1570)年6月28日・北近江 姉川。
浅井長政の裏切りにより
一旦は金ヶ崎城から撤退した織田軍でしたが
改めて、浅井朝倉討伐に向かったのです。

馬上の利家は勇猛果敢に戦いますが、
ちょっとしたスキに左腕を槍で刺されます。
それでも右手だけで何とか戦っていますが、槍を払われ
敵の槍を掴んだ拍子に馬から引きずり下ろされます。

たちまち浅井軍に囲まれる利家。

又兵衛も敵に囲まれ、利家に近づくことは出来ません。
荒子衆は怖がって、草むらの中に隠れて震えています。

すると一人の浅井軍の兵士が利家を助けます。
佐脇良之です。
又兵衛は、今がチャンスと「荒子衆!」と叫び
震えていた荒子衆は、我武者らに利家救出に向かいます。


戦のあとの良之ですが、秀吉の懇願にもかかわらず
信長は良之の織田家帰参を認めませんでした。
かといって今さら小谷城には戻れず、行く場所はありません。

「人には天命というものがあるのだ」
良之は利家に背を向けて立ち去ります。


元亀元(1570)年6月28日、
近江浅井郡姉川で織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が激突。
織田・徳川連合軍が勝利する。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと28年1ヶ月──。


原作・脚本:竹山 洋
音楽:渡辺 俊幸
語り:阿部 渉 アナウンサー
──────────
[出演]
唐沢 寿明 (前田利家)
松嶋 菜々子 (まつ)
反町 隆史 (織田信長)
香川 照之 (木下秀吉)
酒井 法子 (おね)
天海 祐希 (はる)
山口 祐一郎 (佐々成政)

竹野内 豊 (佐脇良之)
高嶋 政宏 (徳川家康)
的場 浩司 (村井又兵衛)
田中 健 (佐久間信盛)
山本 晋也 (林 道勝)
──────────
萩原 健一 (明智光秀)
加賀 まりこ (たつ)
赤木 春恵 (うめ)
松平 健 (柴田勝家)
丹波 哲郎 (井口太郎左衛門)
──────────
制作統括:浅野 加寿子
演出:本木 一博

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