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2014年5月21日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(72)

終点停留所の旅“たそがれ”第42弾です。

今回はF岡県K麻市の
Kヶ畑バス停をご紹介します。


つい何回か前のこのシリーズで
似たような名前のバス停をご紹介いたしましたね。
(県のへそが近くにある、あの場所ですねw)

でも、場所で言えばちと離れてます。


平成の世になる直前(1988年)までは、上Y田線という路線が
I塚駅からK崎方面に伸びていまして、
I塚駅から上Y田駅まで11〜12本、
そして上Y田駅から4本程度が走っていました。

I塚から車で進んでいき、そのまま上Y田地区を通り過ぎると
向かって左手に線路跡が見えてきます。
(というか、位置関係は線路がちと高いので、見えないかな(汗))

最近は期間限定でトロッコを走らせて話題になったエリアなので
電車好きな方はご存知の方も多いかもしれませんね。
ちなみにKassyはこの取材で、
A白車庫からO隈経由でやって参りました。


Mg1239

ココKヶ畑は、
上Y田から続く道を突き当たったところに位置します。
線路跡は、ここに到着する直前に左にカーブし分かれます。

Mg1242Mg1241

昔の航空写真を見てみると、突き当たった左手奥(=写真右)に
ちょっとしたスペースがあってそこで転回・待機していた模様。
現在ではその面影がほとんどないので推測の域は出ませんが(^ ^;;)

前出の上Y田線が廃止された代替路線として
[83]系統という路線がB前K崎駅方面へ運行されていまして、
バス路線はこの突き当たりを左折(=写真左)してK崎方面へ。
やがては、左にグイッと分かれた線路跡とも再会します。

ヘビーコメンテーターのsoramameさんのお言葉をお借りすれば
その当時で言えば、ココは「広義の終点」でしたが、
いずれその代替路線も廃止され
[13]系統のみが残った路線末期には、ここは「狭義の終点」。


Mg1240

バス停近くには、個人商店が悠然と構えています。


Mg1238

「回数券うりば」の看板は前回ご紹介したものと同じもの。
ここにも、バス路線が伸びて来ていた証が残されていましたよ。


便数が少ないゆえに利用者が少なく、
それがまた運行時の赤字を生んでさらに便数が少なくなる。

その悪循環の果てに「路線廃止」という結末がありまして、
それを引き継いだ代替のバス路線さえも、
もともとは利用者が少ない路線の代替であるがゆえに
利用者増は望むべくもなく。

受け継いだのは利益を追求する企業であって、
企業は慈善事業で運営しているわけではないので
路線を走らせるからにはいろいろな方法でテコ入れを図るわけですが、
並大抵の苦労では乗客増は期待できるはずもなく。

そうして代替路線のみならず、
もともと発着していたバス路線さえも廃止となってしまい
交通網という捉え方をすれば、何もない状態になってしまいます。
(最終的には自治体運営のコミュニティバスとなりますが)

乗客減の事情はその土地その土地で異なり
例えば一般的にはモータリゼーションのあおりを食って、とか
このエリアで言えば、例えば炭坑閉山により住民が転居して
人が激減してしまったというのもひとつの理由でしょう。

日ごろ利用していない人間(←Kassy)が
「廃止反対!」と声高に叫ぶことは簡単です。
でも、廃止せざるを得ない事情というものが必ず存在するわけで
そんな理由がある中で勝手に好き勝手に叫ぶのは、無責任というもの。


ただ、こうして路線が次々になくなっていくと
ある種の虚しさは感じずにはいられませんね。
トロッコなど、そういった活動はもしかしたら
繁栄を極めたころの栄華を忍ぶ果てというのかもしれません。

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