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2014年6月29日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(26)長政初陣 〜我が子を突き放す父の本心は〜

元服した松寿丸は名を長政と改め
毛利攻めに加わることとなりました。

「黒田の名に恥じぬ戦いをいたします!」
抜かりはないかと父に問われ、自信たっぷりに答える黒田長政。
武運を祈っています、存分に働きなさいと母からもエールがあります。
ただ、少々力みすぎ?

長政の指南役として、母里太兵衛が選ばれました。
信頼されている証でありまして、太兵衛はとても喜びます。

羽柴秀吉は、毛利との国境を目指して2万の大軍を西へ進めます。

黒田官兵衛や長政らを送り出したばかりの姫路では
光やぬいが、どうしてカッとなりやすい太兵衛を
長政に付けたのか不思議でなりません。

黒田職隆は、官兵衛の考えがあってのことだから
あまり心配せずにどっしりとかまえていなさいと
呑気に酒を呑んでいます。


備前沼城に到着した黒田一党ですが、
秀吉本陣が動き出したというのになぜ黒田党は動かないのかと
さっそく長政が騒ぎ出しました。
ギロリと睨みつける官兵衛ですが、長政は全く堪えません。

今回の戦は形ばかりのもので──。
栗山善助がそう説明しても、納得できない長政。
戦いたくて戦いたくて身体がムズムズするようです。

形ばかりの戦では、秀吉養子の羽柴秀勝の初陣という側面もあり
無事に終わって帰ってきたので、初陣の祝いの宴が催されます。

ただ本当の戦はこれからでありまして、
官兵衛は備中高松城を攻略すれば周辺の6つの城はなびくと計算。
秀吉は、官兵衛が調略をかけている間は様子見するかと判断しますが
長政はそれすらも納得のいかない様子です。


蜂須賀小六と2人で調略に向かう官兵衛。

もし寝返れば備中備後二国を差し上げると
信長からの書状付きで説得しますが、
城主清水宗治は、毛利家への恩義で城を守っているので
城を枕に討ち死にするまで、と書状を破ってしまいます。
「裏切りで得た国など、また裏切りで失いまする」


織田軍は6万の大軍で東へ進軍し、甲斐の名門・武田家を滅ぼします。

その後始末の段階で、織田をさんざん苦しめてきた六角次郎(義定)が
甲斐恵林寺の快川紹喜に匿われているという情報が
森 蘭丸から寄せられました。

引き渡さぬなら、寺ごと焼き払え! と織田信長は蘭丸に命じますが
快川和尚は、帝に仏法を教える「国師」であり
かつて明智光秀は美濃で学問を教わった師匠でもあります。
光秀は、自ら行って説得に当たることにします。

和尚は、ここには御仏にお仕えする者しかおらず
六角次郎なる者は知らないとシラを切りますが、
天正10(1582)年4月3日、和尚と150人余りの僧侶たちは
山門の2階に閉じ込められて焼き殺されます。

織田軍の勝鬨をかき消すかのように、
光秀の泣き叫ぶ声はこだましています。

京では、信長が国師を焼き殺したという
ショッキングなニュースで持ち切りです。
朝廷を蔑ろにしはる……捨て置けませんなぁ、と
公家たちは画策し始めます。


長政は秀吉に従って岡山城へ。
今度こそ戦が出来ると思っていたのに
ただ単に移動しただけなので、長政は不服です。

その間にも、官兵衛による宗治への調略活動は続けられていますが
高松城と毛利家との絆はとても強いことを思い知ると、
官兵衛は戦に備えて、時間を惜しんで実地見分です。

城の周囲は沼と田だけ、しかも土がぬかるんでいて
馬が通れそうな道は正面の1本しかなく
どうせめようかと皆が思案しておりました。

スパン!

官兵衛の頭上に矢文が射かけられます。
清水宗治か、と皆が動揺したとき、官兵衛はニンマリします。
「違う……あのタヌキ坊主だ」


タヌキ坊主──安国寺恵瓊のことでありますがw

秀吉軍2万、宇喜多軍1万の3万に加え
その背後には織田本軍が控えております。

かといって、忠義者の宗治を見捨てるわけにも行かず
小早川隆景は、いつか織田と和睦を結ぶ時もくるであろうと
恵瓊に官兵衛と話をつけるように命じます。


周辺の城から攻撃し、高松城を孤立させようと
まずは冠山城に攻撃を仕掛けることにしました。
この冠山城の戦いが、長政の初陣となったわけです。

焦りは禁物です、と太兵衛がどれだけ言ったところで
血気にはやる長政には、その言葉が届きません。
敵中にひとり斬り込んで、危うく命を取られるところでした。

秀吉からは、天晴れであったと褒められて有頂天な長政。
しかし官兵衛は違います。
満面の笑みの長政をチラリと見ようともしません。
「お前はイノシシか?」

つまり、これからは黒田の家を背負って行かなければならないのに
イノシシのように突進して命を落としたらどうなる、というのです。

戦場で堂々と戦うことが、そんなに悪いことなのか?
死を畏れては戦場では戦う事が出来ない。
「父を助けよ」という竹中半兵衛の遺言に誓って
長政は動いたまでです。

官兵衛は床をドン! と殴り、言葉をはき違えるなと鬼の顔です。
長政自身が命を粗末にしたら、何にもならないわけです。
「生き残る戦い方を覚えよ!」

武士らしく槍働きで武功を上げたい、と言い残して
長政は出て行ってしまいます。

父の内心は、自分が初陣で何の役にも立たなかったのに
長政は兜首を上げる功績で、とても立派です。
善助は、それを長政に伝えればとても喜ぶのに、と言いますが
親としての教育という側面を考えると、
そういうわけにもいかないようです。

そもそも太兵衛を長政につけたのも、
太兵衛は何としてでも長政を守り抜くでしょうから
そんな姿を長政に見てもらい、自分1人ではないんだ、
皆に守られて生きているんだと悟ってもらうためであります。


「手を組みませぬか?」
恵瓊の調略がはじまります。
誰と誰が、と官兵衛が聞けば、
羽柴と毛利、なんだそうです。

織田と毛利ではないところがミソでして
羽柴と毛利なら、いずれ天下が獲れそうだというわけです。

なるほど、と官兵衛は頷きますが、それは同意の頷きではなく
そんな調略を荒木村重にも施して、
結果滅びたことに対しての頷きであります。

私も羽柴様もそこまで愚かではない、と言いつつも
無駄な戦は避けたいというのも官兵衛の本音であります。
安芸・備後・長門・周防の4ヶ国を約束する官兵衛に
恵瓊はあっさりと突っぱね、出て行きます。


高松城の攻撃手法ですが──。

高松城は周りを田や沼に囲まれた要害、
人馬は足を取られて的にされやすく、城に近づくことは出来ません。

もし水が我々の行く手を阻むなら、
逆にそれを活用しようというのが官兵衛の策です。

三方を山に囲まれ、手前側には足守川が流れています。
城の真ん中には、すり鉢のように広がるのですが、
堤を築いて山との間を塞ぎ、川の流れを変えて
上流から水を流し込むと……。

時期は梅雨時でもありますし、川の水に加えて
その雨も手伝って高松城は水浸しに。
敵は城から出ることもできず、兵糧も水浸し。
これこそ戦わずして勝つための策略です。

羽柴軍に土を持って行けば、金で買ってくれる!
こうして集められた土でぬかるんだ場所が固められていきます。
そして念願の雨。

高松城攻めは始まったばかりです。


光が、無事に男の子を出産しました。
黒田家に14年ぶりに生まれた男子は熊之助と名付けられ
職隆はフラフラしながらも大喜びです。


天正10(1582)年5月8日、
羽柴秀吉が高松城を水攻めにするための堤防工事に着手する。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと16年3ヶ月──。


作:前川 洋一
脚本協力:穴吹 一朗
音楽:菅野 祐悟
題字:祥洲
語り:広瀬 修子
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[出演]
岡田 准一 (黒田官兵衛)

中谷 美紀 (光)

松坂 桃季 (黒田長政)
宇梶 剛士 (清水宗治)
春風亭小朝 (明智光秀)

濱田 岳 (栗山善助)
速水 もこみち (母里太兵衛)
高橋 一生 (井上九郎右衛門)
田中 圭 (石田三成)
山路 和弘 (安国寺恵瓊)
堀内 正美 (吉田兼和)
山本 學 (快川紹喜)
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江口 洋介 (織田信長)
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鶴見 辰吾 (小早川隆景)
竹中 直人 (羽柴秀吉)
柴田 恭兵 (黒田職隆)
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制作統括:中村 高志
プロデューサー:勝田 夏子
演出:本木 一博


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』
第27回「高松城水攻め」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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