2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

バックナンバー

お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

無料ブログはココログ

« プレイバック黄金の日日・(24)鳥取兵粮戦 | トップページ | vol.143・女のホンネ2 (前編) »

2014年6月18日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(75)

終点停留所の旅“たそがれ”第45弾です。

今回はF岡県K崎町の
上A宅バス停をご紹介します。

Mg1249Mg1251

K崎町役場エリアから南に進んで、
M崎保育園・Y遊共和国Kヶ畑方面ルートと
「M崎口」バス停で分岐し、A宅川に沿って上流に進みますと
小さな転回場が見えてきました。

ここが「上A宅」バス停(跡)です。

現在では、一般車の進入を避けるためか
これでもかっ……てぐらいブロックを置いていますが(笑)。

コチラに乗り入れていたのは、
G藤寺からK崎駅、K崎町役場、M崎農協を通って
来ていた[15]系統。

その[15]が廃止されたのは、今から9年前の
平成17(2005)年9月30日。
11月の「広報Kわさき」にも
廃止に先立って、M崎保育園の園児たちが
記念乗車をしたという記事が載っていました。

Mg12491

『長いあいだ、本当にありがとう』
──A宅行きバス最後の日、園児が感謝の乗車──

 9月30日(金)A宅行きバス(N鉄バスC豊株式
会社)が廃止となる最後の日に、M崎保育園の園児
が運転士に記念の絵をプレゼントし感謝の乗車をし
ました。
 園長は「子どもたちはバスが園の前を走らな
くなることを大変な事と認識していないかもしれま
せん。大きくなって最後の日にバスに乗って運転士
の方にお礼の絵をプレゼントしたことを憶えていて
ほしい。ただそれだけです」と言っていました。
 運転士さんが終始笑顔で優しく子ども
たちに接してくれたことがこの感謝の乗車をなごや
かでほほえましいものにしてくれました。
 地域の方の複雑な思いを残したまま約50年もの
公共交通機関としての私営バスの運行に幕が下り
ました。

(『広報Kわさき』第667号(2005年11月号)より
地名等の固有名詞に伏せ字を用い、
人名を省略した他は原文ママを引用)

当時5歳だった園児さんは、現在14歳の中学生。
大きくなりましたなぁw


Mg1250

廃止された路線バスに代わって
現在は町のふれあいバスが運行されていて、
平日は第1便〜第5便の5本、
土日祝日は第2便・第4便の2本が走ります。

町のホームページから時刻表をダウンロードすると
お分かりいただけるのですが、
コチラのバス時刻表はちょっと変わったものでして、

各バス停の時刻が分かる一般的な時刻表の他に
2台のふれあいバス「ひまわり号」「小梅ちゃん号」が
その時間にどの路線を走っているかが分かる
タイムテーブルになっています。

なので、一種のスターフ(乗務員用運行時刻表)と
いうことが出来るでしょう。
だいたいの待機時間や休憩時間が一目瞭然です(笑)。

ちなみにそれによれば、A宅線を運行するのは
第1便・第4便・第5便が「小梅ちゃん号」、
第2便・第3便が「ひまわり号」なんだそうです。
そんなことまでわかっちゃうんですね(^ ^)

こういったスタイルの時刻表、
我が街を走るMほろば号に採用してくれたら
Kassyとしてはとっても嬉しいのですけれどww


Mg1254Mg1253

上A宅バス停のすぐ横にある橋。
銘板は、小学生が書いたような印象的な文字です。
一般的な、お手本のようなキレイな文字もいいですが、
こういう特徴ある文字もけっこう好きです。


さて、平成17(2005)年11月号の「広報Kわさき」には
翌年春の小学校統合の情報が載っていまして、
平成18(2006)年4月、この[15]系統沿線で言いましたら
「M崎農協」バス停近くのM崎小学校と
「A宅」バス停近くのA宅小学校が統合しました。

Mg1257

統合後に廃校となったA宅小学校は、現在
内閣府認定特区高等学校・M蓬館高等学校という
通信制高校が入っています。

Kassyが大学卒業直後に就職した学習塾でも
グループ内に通信制高校がありました(※ 現在もあり)けど、
学習したい! という意欲を持つ方々の窓口となる
こういった学校が増えるというのは喜ばしいことです。

何をかくそう、Kassyも通信制の短期大学を卒業していまして
そこから4年制大学に編入学を果たしたという
実質的には2年間短大+2年間大学で4年で卒業した形ですが
その中身で言えば、ちと遠回りした学生生活を送りました。

それだけに、さまざまな事情で通信制で学習している方々を
応援したくなるのは、自分の経験からと言ってもいいでしょう。
チャンスを充分活かして、卒業の資格を得て
社会に大きく羽ばたいていっていただきたいと願っております。


コチラ(上A宅)への取材時、終点停留所に向かっている時に
とあるお宅で、この[15]系統沿線に立てられていたであろう
バス停銘板がキレイに保存されているのを
“たまたま”目撃しました。

(どこ、というのは、紹介する方もされる方も
支障があるでしょうし、ご迷惑をおかけするかもしれないので
念のため伏せておきますねm(_ _)m)

地域の方の複雑な思いを残したまま
約50年もの公共交通機関としての私営バスの運行に幕が下りました。

恐らく、路線廃止の際に特に熱望されて
何らかの形で銘板を譲渡されたのだろうと思うのですが、
やはり、地元の方にとってみても
路線バス廃止には特別な思いがあったでしょう。

地元の方々が、このバス停銘板を目にしたとき
過去のご自分の生活と路線バスの絡みが
自然と思い出されるに違いありません。

雨の日も風の日も、バスはやってきた。
暑い日も寒い日も、バスは走っていった。

小さいころ、バスに向かって手を振ったら
バスの運転士さんはニッコリ手を振り返してくれた。
恋人と喧嘩別れをして、ひとりで乗って帰ったバスでは
いつも通りの車内の風景に自然に涙があふれた。

都会での就職が決まって、新天地に向かうため
家族に見送られながらバスに乗車した。
帰省して、路線バスを見て
初めて“田舎に帰って来たなぁ”と感じる。

などなど。

そういった、地元の方々ならではの思いに
触れたような気がして、胸が熱くなった取材時でした。

« プレイバック黄金の日日・(24)鳥取兵粮戦 | トップページ | vol.143・女のホンネ2 (前編) »

バス・電車」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« プレイバック黄金の日日・(24)鳥取兵粮戦 | トップページ | vol.143・女のホンネ2 (前編) »