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2014年7月 1日 (火)

プレイバック利家とまつ・(25)光秀の悲劇

天正10(1582)年・能登小丸山城──。

前田利家は海辺の小丸山に城を築き、
生活するに不便な山城の七尾城からお引っ越ししました。

3月には甲斐の武田勝頼が腹を斬って武田家は滅亡。
織田信長からその知らせを受け取った利家は
毛利は羽柴秀吉が潰すし、上杉は自分たちが攻めるので
「ついにお屋形さまは天下を獲った!」と鼻息荒いです。


勝頼が切腹したとはいえ
甲斐の恵林寺には未だ武田の残党が多く匿われており、
快川和尚はあくまで、人の道に背くと引き渡しを拒否。
信長は嫡男の織田信忠に、恵林寺焼き討ちを命じます。

恵林寺は武田信玄の菩提寺でもあるし
武田の武将は名将揃いなので、
焼き討ちは……と難色を示す徳川家康に
明智光秀は「甘過ぎます」と一喝。

ただ、自分たちが相当苦労してココまできたのに、という
光秀の言葉に信長は噛みつき、光秀を折檻します。
「天下布武のため、そちがしたことは何か申せ!」

光秀は、信長の言われるがままやって来たことを
ああだこうだと羅列して述べますが、
その一言一言が、信長にとっては恩着せがましく
余計に腹立たしく感じ、殴る蹴るの暴行は止まりません。


5月12日、信長は自らを神とし
誕生日でもあるこの日に総見寺に参拝を命じます。
まつはそれを知り、本当の神の怒りに触れそうな気がして
信長の行く末に危惧を感じます。

信長の元を辞し、安土城内の秀吉の役宅に赴いたまつは、
かつて有馬温泉で“いずれ夫を天下人に”と
まつと秘密同盟を交わしていたおねが
信長に不吉な出来事が起きるからと
まつから借り上げた一切の金で品々を買いあさっていると、
おねが考えていることがとても恐ろしいことに思えますが、

おねはそんなこと(=秘密同盟)を言った覚えはない、と反発。
「絶交させていただきます」

目でおねの背中を追うまつに、
隠れて話を聞いていたなかは
いずれ大きな戦が起きる、とだけ伝えておきます。

まつは、信長に関する概要だけを利家に書状で知らせ
利家は信長を守らせるために村井又兵衛を安土に向かわせます。


徳川家康が安土に遊びにやってきました。
名目は、武田家滅亡を祝すものだったのです。
そして信長は、その接待役を光秀に命じます。

「いささか魚が臭いな」
家康の重臣・本多忠勝が露骨にイヤな顔をして言います。

ま、正直が三河の気質らしく、
思ったことをそのまま言うことにすぐ詫びを入れる忠勝ですが、
光秀は光秀で、三河は京から遠い田舎なので
京風味の魚の味が分からなくても当然だ、と返します。

機嫌を損ねた信長は、光秀にすぐ膳を下げさせますが
図らずも手を滑らせ、膳を信長の膝元にひっくり返してしまいます。
「で、あるか」

ひっくり返った器を慌てて片づける光秀ですが、
接待役を交代の上、備中の秀吉の援軍に回るように命じます。
更に、その働き如何で出雲石見を光秀に与えると言うのですが、
逆に言えば、現在の所領の丹波と近江坂本は召し上げです。

膝からガックリと崩れ落ちた光秀は
それを知らせ、大笑いで去ってゆく丹羽長秀の背中を睨みつけ
身体をワナワナと震わせています。


利家は相変わらず、柴田勝家と佐々成政と
魚津城攻めに取りかかっていました。


天正10(1582)年5月15日、
明智光秀が安土城で徳川家康の接待役を務めるが、
17日に途中解任されて居城・坂本城に帰される。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと16年3ヶ月──。


原作・脚本:竹山 洋
音楽:渡辺 俊幸
語り:阿部 渉 アナウンサー
──────────
[出演]
唐沢 寿明 (前田利家)
松嶋 菜々子 (まつ)
反町 隆史 (織田信長)
酒井 法子 (おね)
天海 祐希 (はる)
山口 祐一郎 (佐々成政)
高嶋 政宏 (徳川家康)

田中 美里 (市)
的場 浩司 (村井又兵衛)
及川 光博 (前田慶次郎)
伊藤 英明 (前田利勝)
梅沢 富美男 (丹羽長秀)
森口 瑶子 (吉乃)
──────────
松平 健 (柴田勝家)
草笛 光子 (なか)
萩原 健一 (明智光秀)
──────────
制作統括:浅野 加寿子
演出:佐藤 峰世

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