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2014年7月 8日 (火)

プレイバック黄金の日日・(27)信長死す

天正10(1582)年6月2日。
南海の黒潮に乗って日本に向かっていた助左の呂宋丸は
備前・下津井港までやって来ました。

ルソンに残った美緒のことを考えると、助左は
それが美緒自身の意思であるといってもやっぱり心配です。

何かと目をかけてくれる羽柴秀吉は
今は備中高松城を水攻めにしている最中とかで
助左は、天候次第では
秀吉にルソン行きの報告に上がりたいと考えています。

その翌日、岡山水道沖を航行中
ひどい嵐に見舞われた呂宋丸は
1艘の小さな飛脚舟と衝突します。

飛脚舟に乗っていた兵士たちは、衝突の衝撃でみな投げ出され
助左たちによって救い出されますが、
うち一人の兵士が、書状を
小早川の陣に届けてほしいと言い残して落命してしまいます。

その書状が明智光秀が発したものであると知ると
なぜ光秀が小早川に書状を送るのか助左には分かりません。
小早川と対峙する秀吉の間違いだろう、と思いつつ
その書状を開いて読んでみると……。

光秀はかねてからの恨みがあって、
本能寺の織田信長を討った、とあります。

驚いた助左は、その書状を
備中高松城の秀吉の元へ届けさせます。


その、信長の訃報が伝わっていない備中高松城では、
城主・清水宗治の切腹を条件に、であります。
毛利方使者・安国寺恵瓊と講和の話に入っていました。

そして同じころ、堺に遊んで本能寺の変事を知った徳川家康は
今井兼久の案内で、近江の信楽を抜けて伊賀越えをし、
伊勢の白子から両国三河へ戻る最中でした。

兼久の子を産んだ梢ですが、
ふたたびくノ一として徳川のために奔走していましたが、
逃げる家康に攻めて来た敵方の兵に鉄砲で撃たれ
崖を転がり落ちて行ってしまいます。


信長の死が備中高松城の秀吉本陣にもたらされたのは、
その日の深夜のこと。

無論、助左の計らいで書状が届けられたわけですが、
小西行長か石田左吉に会わせてほしいと主張した
書状を届けた呂宋丸の乗組員は、
黒田官兵衛に疑われて首をはねられてしまいました。

秀吉は子どものように大泣きしています。

ただ、その訃報はもともと
小早川の陣に届けられるはずのものであり、
それが秀吉側に届いたということは
小早川側には訃報は知らされていないということになります。

ともかく、光秀憎しの心境でいっぱいの秀吉です。

翌4日正午。
秀吉が贈った小舟の上で、清水宗治は切腹します。
辞世の舞を舞っている間も
秀吉は宗治の切腹はまだかまだかと待ちわび、

いよいよ首をはねられたとたん
宗治に対して形ばかりの賛美辞を贈り
自軍には勝ちどきを上げさせます。
「よし、引き揚げだ」

毛利方が信長の死を知ったのは、その日の深夜でした。
しかしその時にはすでに、備中国内には
秀吉軍は一人も残ってはいなかったのです。

筑前めにしてやられたか……!!
講和の使者に立った恵瓊は、唇を噛みます。


織田信長が地上から消えた。
同時に、ヨーロッパ文明と歩調を合わせていた
近世への歩みが止まった。

永禄3年の桶狭間の勝利から23年、
永禄11年の上洛から15年、
衰退と混乱の極に達していた中世末期の旧体制をことごとく破壊し
近世への航路を切り開いた天才的変革者が
突如として戦国史上から消え去った。

日本の歴史は、近世への水先案内人を失って
たちまち闇の大海を漂う漂流船となった。

助左衛門と自由都市・堺の不当の歴史が
ここから始まってゆく。
その宿敵の相手は、今はそれとは知らず
助左衛門の船が追いかけてゆく──。

──────────

天正10(1582)年6月2日、
京都本能寺で、明智光秀の裏切りに遭い織田信長が自刃する。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと16年2ヶ月──。


原作:城山 三郎
脚本:市川 森一
音楽:池辺 晋一郎
語り手:梶原 四郎
──────────
[出演]
市川 染五郎 (助左)
栗原 小巻 (美緒)
林 隆三 (今井兼久)
小野寺 昭 (小西行長)
名取 裕子 (梢)
──────────
高橋 幸治 (織田信長)
神山 繁 (安国寺恵瓊)
内藤 武敏 (明智光秀)
──────────
近藤 正臣 (石田左吉)
児玉 清 (徳川家康)
緒形 拳 (羽柴秀吉)
丹波 哲郎 (今井宗久)
──────────
制作:近藤 晋
演出:宮沢 俊樹

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