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2014年7月20日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(29)天下の秘策 〜危機を好機に! 知略全開!〜

天正10(1582)年6月2日、
織田信長は、この世を去りました。
『本能寺の変』です。

「この光秀の首を狙いに来るであろう」
しかし羽柴秀吉も柴田勝家も滝川一益も遠方におり
取って返してくるまでに時間がかかると予測する明智光秀。
その間に同心者を集めておきたいところです。

そして我らが軍師官兵衛。
泣き叫ぶ秀吉の肩を揺らして秀吉の目を覚まさせます。
「分かりますか! 殿のご武運が開けたのですぞ!」


そして、信長の死を毛利方にはひた隠しにして
和睦を結び、光秀を討ちに引き返す……と言いつつも
「織田信長公が亡くなられました」と
毛利方の代表・安国寺恵瓊にあっさりと漏らします。

……なぜ???(笑)

信長の死、そしてそれが光秀の謀反によってと知り
恵瓊はとても驚き、狼狽えます。

秀吉を高く買っている恵瓊は、かつて
毛利と秀吉が手を組めば天下も夢ではない、と言っていましたが
その好機が実際に到来した……というわけで
恵瓊のみ、このことを打ち明けたのだそうです。

恵瓊と官兵衛、二人が天下を動かす。
これ以上面白いことはない!
腹の底から、笑いが出てきて止まりません。


恵瓊は戻り、高松城の説得工作に当たります。

高松城城主の清水宗治が責めを負って腹を切れば
備中・美作・伯耆の3ヶ国のみ織田方に割譲し
高松城城兵の命は助けられる……そう言う恵瓊に、
もとより命は捨てる覚悟、と宗治は受けることを約束します。

そして官兵衛は、羽柴秀長、蜂須賀小六、石田三成に
信長の死を公表し、光秀を討つことを進言します。


毛利の陣に赴いた官兵衛は
織田が提示した和睦の条件を承諾するかしないのか
この場で返答してほしいと迫ります。

当主毛利輝元や、兄の吉川元春に諮らずに
決定するわけにもいかない。
そう答える小早川に、
「この話はなかったことに」とあっさり立ち去ろうとする官兵衛。

今の毛利方の弱みは、もしかしたらこの部分かもしれません。
合議制で3人で国を動かしていたからこそ
緊急で事を決めなければならない時でも、とっさの判断が出来ない。
慎重に事を運べますが、これでは好機も逃げていくはずです。

天下のために乱世を終わらせたい。
官兵衛の熱い思いをくみ取り、隆景は
宗治を見捨てる事にはなるが、和睦の条件を受け入れます。


秀吉による信長の仇討ちのため、
黒田家は全力でこれを支援することを確認。

重い荷駄を船で運ばせる手配を母里太兵衛に、
走り抜けるであろう街道沿いの百姓や商人たちに
炊き出しの手配を井上九郎右衛門に。

炊き出しは姫路方面からももれなく手配をかけます。
当初は黒田兵庫助の近習に姫路へ遣わせるつもりでしたが
黒田長政が名乗りを上げ、姫路に向かうことになりました。


6月4日。
高松城を囲む沼を
秀吉から差し向けられた小舟に乗って
白装束の宗治が現れます。

我が力には往き難き 御法の御舟の水馴棹
笹でも渡る彼の岸に 到り到りて楽しみを
極むる國の道なれや

ひとさし舞い、水上の舟にて切腹します。
享年46。
信長の死を知らないままの死でした。

「宗治……すまぬ」
宗治を失うことを最後の最後まで抵抗していた隆景は
宗治を最期の時まで見送り、手を合わせて合掌します。

しかしそこに、光秀からの急ぎの書状が届けられ──。
「……信長を討っただと!?」


その知らせは、ようやく姫路にも届きます。
姫路を守る黒田職隆は、
よもや光秀が姫路にまで攻め寄せてくることはなかろうが
万一に備えて守りを固めるように指示します。

そして、備中高松城交戦中の官兵衛にも知らせるべく
後藤又兵衛を遣わして高松に向かわせます。
ということは、高松城から姫路に向かった長政は
まだ姫路には到着していない、ということになります。

休みなく駆け続け、長政はのどを潤そうと馬を下り
水の音につられてフラフラと近づきます。
するとその後ろから「どけ!」と
長政をはねのけて水を飲もうとする若武者。

喉がカラカラに乾いた時の水を巡っての争いは
時として飢餓時の食料争奪戦に似たものがあります。
両者とも刀に手をかけて身構えますが
長政と又兵衛であったことから、
先ほどまでの争いはどこへやら、再会を喜びます。

ふたり急いで姫路に戻り、官兵衛の指示を伝えると
本隊に合流すべく、ふたりともすぐに引き返していきます。
「良い働きをしましたね」という母の言葉が心地いいです。

生まれたばかりの熊之助の顔を見て、
キリリとした表情に戻る兄・長政です。


本能寺の変事、堺に滞在していた徳川家康は
明智の手から逃れるために三河に向かっていました。
世に言う「伊賀越え」です。

途中で出会う野伏せりを撃退しつつ
どうにか逃げ切り、三河に帰り着きました。

そして、秀吉の居城・長浜城も
京極高次の手により乗っ取られてしまいました。
美濃に避難していたおねは、ひどく落胆しますが
長浜の民百姓に乱暴狼藉はないと聞いて、まずは一安心です。


6月5日、光秀は安土城に入ります。
「贅を尽くしたこの城も、いずれこの手で燃やさねばならぬ」

長浜城、そして丹羽長秀の佐和山城も落ち
京都から近江周辺は、すっかり明智に従っています。

そこに、細川藤孝から書状が来ます。
光秀の縁戚である藤孝であれば、
必ず味方してくれようと誰もが予想していたところ……。

「剃髪を致し、名を幽斎と改めた、と」
信長に弔意を表したということで、
家督も息子の忠興に譲った、とあります。

藤孝説得に当たるため、朝廷よりお墨付きを頂くことで
藤孝を考え直させることにします。


羽柴軍撤収に当たり、しんがりをつとめる黒田軍。
毛利方から人質を取ることで追っ手を防ぎたい官兵衛は
単身、毛利の陣に乗り込みます。

しかし隆景は、信長の死を知ってしまっています。
「味方の利とならぬことを口にしなかったまで」
官兵衛は大笑いし、開き直りです。

今、毛利軍が立てば、明智勢との挟み撃ちで
羽柴軍は進退窮まります。

ただ、今ここで挟み撃ちにして禍根を残すか
今ここで恩を売って共に乱世を終わらせるか
毛利の行く末は、隆景にかかっています。

毛利は天下を望んではならぬ……。
これが父・毛利元就の遺訓であります。
よって領国拡大を狙う野心もありません。

本領安堵された今、世を乱すことは
毛利にとって何の利益もありません。
隆景は官兵衛に、一日も早く明智を討てと伝えます。

「引き際には堤の堰を切って、我らが追えぬように行く手を阻んでおけ」
隆景はニヤリと笑い、毛利の旗を十数本持たせます。


6月6日、羽柴勢がいよいよ出発です。
驚異的な速さで京に向かいます。
中国大返しの始まりです。

そしてその日、吉川元春がようやく
信長横死のことを知ったわけです。

隆景の元に駆けつけた元春は
逃げる羽柴勢を追うように命令しますが、
隆景と恵瓊が必死に説得。
しかし元春は、納得しようとしません。


しんがりを務める官兵衛は、
毛利の動きを注視しています。

毛利の旗が動いた!
撤退するのか、それとも追ってくるのか。

誰もが固唾を飲んだ瞬間、兵庫助が
毛利が撤収を始めたと報告を入れます。


6月7日、安土城に勅使が下ります。
光秀は、朝廷という後ろ盾を得たのです。
光秀の思惑通りにことが進んでいる……かに見えました。

しかし光秀は、まだ何も知らなかったわけです。
羽柴・黒田軍が猛然と京に迫って来ていることを。


天正10(1582)年6月4日、
清水宗治が水上の舟において切腹する。
享年46。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと16年2ヶ月──。


作:前川 洋一
脚本協力:穴吹 一朗
音楽:菅野 祐悟
題字:祥洲
語り:広瀬 修子
──────────
[出演]
岡田 准一 (黒田官兵衛)

中谷 美紀 (光)

寺尾 聰 (徳川家康)

松坂 桃季 (黒田長政)
宇梶 剛士 (清水宗治)
春風亭小朝 (明智光秀)

濱田 岳 (栗山善助)
速水 もこみち (母里太兵衛)
高橋 一生 (井上九郎右衛門)
塚本 高史 (後藤又兵衛)
田中 圭 (石田三成)
東 幹久 (井伊直政)
山路 和弘 (安国寺恵瓊)
堀内 正美 (吉田兼和)
──────────
鶴見 辰吾 (小早川隆景)
黒木 瞳 (おね)
竹中 直人 (羽柴秀吉)
柴田 恭兵 (黒田職隆)
──────────
制作統括:中村 高志
プロデューサー:勝田 夏子
演出:本木 一博


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』
第30回「中国大返し」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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