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2014年7月27日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(30)中国大返し 〜天下を取れ! 奇跡の進撃!〜

織田信長を討ち果たした明智光秀は安土城に入り
天下獲りに名乗りを上げます。

「我らが織田信長様の仇を討つのじゃ!」
備中の陣では、秀吉がたくさんの兵士を前に決意を表明、
兵士たちもオーッと雄叫びを上げて応えます。

毛利軍と和議を結んだ秀吉は、備中の陣を引き払い
全軍で急ぎ京に向かいます。
世に言う『中国大返し』の始まりです。

大返しのしんがりを任されたのは、黒田官兵衛。
激動の7daysです。

天正10(1582)年6月7日・姫路城──。

備中から姫路までおよそ80kmの道のりを
秀吉はわずか1日で走破。
フルマラソン2回分の距離に相当し、
これは驚異的な速さであります。

夜。
兵たちは疲れ切って、みな横になって爆睡しています。
そんな中でも秀吉は、各地の諸大名に
助勢を依頼する書状作りに懸命です。

今は光秀と秀吉のどちらに味方すべきか悩んでいる大名たちにも
ラブレターと同じように、何度も何度も書状を出し続ければ
いずれはこちらに翻意する、と秀吉は笑います。

そして、自軍の兵たちには
家屋敷が近くにある者でも姫路城内に留め置きます。
帰宅を許可すれば里心がついてしまい、
いざ出立の時でも集まらない可能性があるからです。

そして、明日は休息日として
明後日にはまた出立しなければなりません。

兵たちの士気を高めたままにするために、秀吉は
城内の金800枚、銀750貫目、米85,000石を
兵たちに全て配ります。


翌日。

備中猿掛城の小早川隆景宛に
足利義昭から書状が届けられます。
信長を討ち果たした今、速やかに
由緒正しき余の上洛を助けよ、という内容です。

隆景、そして吉川元春は、
その書状をサッと見て鼻で笑います。
無論、それに応えるつもりはありません。
「あの方は分かっておられぬ」


秀吉軍は明朝出立し、その日の晩には明石、
明後日の朝には兵庫まで兵を進める予定です。

光秀と縁深い摂津の大名たちも自軍に取り込みやすくするため
「主君を討った光秀が逆賊=秀吉軍が官軍」を堂々と公表し、
数日中には義をもって京に上るから雌雄を決しよう、と
行動を敢えて相手に教えることで光秀に揺さぶりをかけます。

味方の士気は上がり、敵の士気は一層下がる。
官兵衛はそれを狙っているわけです。


光秀は京で、公家衆の挨拶を受けていました。

光秀は朝廷に対し、銀500枚を献上。
公家衆たちは一様に驚きます。

信長の世を終わらせ、京の民の税金はないようにする。
光秀の楽観的希望です。


6月9日早朝、秀吉軍2万は姫路を出発し京へ。
その間にも、光秀は懸命に味方を募っております。

この人だけは、と目論んでいた筒井順慶軍の到着を
洞ヶ峠で待つ光秀でしたが、順慶は兵を出し渋っている様子。

とはいえ、大坂の織田信孝・丹羽長秀軍は
兵が浮き足立ち、士気も下がる一方で、
秀吉は毛利と、越中の柴田勝家は上杉と対峙しているので
しばらくは兵集めに集中できそうです。

そこに、まさかの秀吉からの使者が──。


夜、羽柴軍に、中川清秀、池田恒興、高山右近ら
摂津衆の面々が集まり味方になることを約束。
秀吉は、弔合戦の覚悟を示すため、
自らのもとどりを切り落とします。

摂津衆が味方に加わった今、勝ったもほぼ同然ですが
信長の弔合戦をするならば、身内を一人は得ておいた方が
なお義軍たるものになります。

そのためには、三男信孝を
味方に付けておきたいところですが
信孝は秀吉をとても嫌っております。

信長が討たれたことで浮き足立った信孝・丹羽軍から、
兵たちが多数逃げ出してしまったようで、
となると、羽柴軍に加勢したとなれば
信孝が秀吉の指図を仰ぐことになります。

そんなことは死んでもイヤです。
だから兵を出し渋っているわけです。

「明後日には明智との戦、何とぞ遅れませぬよう」
説得に訪れた官兵衛は、
信孝の代理で応対した丹羽を説得しつつ
ポンと突き放した言い方をします。


越前北庄城では、上杉の備えを万全にし
光秀を討つべく勝家が京に上ろうと出陣しますが、
しかし、勝家の出陣は遅すぎました。

京に上る途中で、秀吉と光秀の合戦は
終わってしまったわけです。


6月13日・富田の秀吉本陣。
さすがの秀吉も、本陣内を歩き回って落ち着かない様子です。

もう始めてもよかろう、という秀吉に
実に落ち着いている官兵衛は首を横に振ります。
「なりませぬ。ここで焦ってはこれまでの苦労が水の泡」

ぐぅ、と秀吉は、言葉にならない言葉を発しています。
そう、秀吉は信孝・丹羽連合軍を待っているのです。

そこに、到着の知らせが。
歓喜する秀吉です。


午後4時、山崎において両軍は激突。
羽柴軍40,000に対し、明智軍は13,000。

数の上では、すでに勝敗は見えていました。

松田政近、伊勢貞興、
そして光秀の右腕たる斎藤利三も討ち死にします。
「……こんな……はずでは」

一旦態勢を整えるため、
光秀は坂本に戻ることにします。

林の中で座り込んだ光秀。
それを家臣たちが必死に励まします。

そこに、後ろから竹槍が──。

光秀は、その生涯をあっけなく閉じました。
本能寺の変からわずか11日後のことでした。


それから間もなく、
明智方に乗っ取られていた長浜城に
秀吉たちが凱旋します。

「お前さま!」
秀吉が振り向くと、おねが走り寄ってきます。
秀吉はおねを抱き寄せ、家臣たちが見ている前で
おねに頬擦りです。

それを見て微笑んでいた官兵衛は、サッと真顔に戻り
「いよいよ天下が見えて参りましたな」と
秀吉にコソッと告げます。

天下……。
このわしが……天下人……。


天正10(1582)年6月13日、
備中高松城から引き返してきた羽柴秀吉軍が
山崎において、明智光秀の軍勢と激突する。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと16年2ヶ月──。


作:前川 洋一
脚本協力:穴吹 一朗
音楽:菅野 祐悟
題字:祥洲
語り:広瀬 修子
──────────
[出演]
岡田 准一 (黒田官兵衛)

中谷 美紀 (光)

松坂 桃季 (黒田長政)
春風亭小朝 (明智光秀)

生田 斗真 (高山右近)
吹越 満 (足利義昭)
濱田 岳 (栗山善助)
速水 もこみち (母里太兵衛)
高橋 一生 (井上九郎右衛門)
塚本 高史 (後藤又兵衛)
田中 圭 (石田三成)
高畑 充希 (糸)
勝野 洋 (丹羽長秀)
近藤 芳正 (柴田勝家)
大橋 吾郎 (池田恒興)
──────────
鶴見 辰吾 (小早川隆景)
黒木 瞳 (おね)
竹中 直人 (羽柴秀吉)
柴田 恭兵 (黒田職隆)
──────────
制作統括:中村 高志
プロデューサー:勝田 夏子
演出:大原 拓


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』
第31回「天下人への道」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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