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2014年8月31日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(35)秀吉のたくらみ 〜権力者の暴走始まる〜

天正14(1586)年10月、豊臣秀吉は
徳川家康をようやく上洛させます。
これにより東の脅威はなくなり、
秀吉は自ら九州へ出陣することになりました。

大坂から九州豊前の黒田の陣に戻った黒田長政は
大坂で秀吉と家康の対面について、
少し興奮気味に黒田官兵衛に報告します。

秀吉が着用している白の陣羽織を所望した家康。
最初こそ「戦の時に着る大事な陣羽織」と断った秀吉でしたが
家康がいる限り殿下に戦はさせませぬ、と言われて
秀吉は大笑いし、家康に陣羽織を譲ります。

「やはりひと芝居打たれたか」と官兵衛は苦笑いです。
恐らく、対面前にこっそり家康に会って
対面の儀ではどうにか臣下の礼をとって頭を下げてくれ、と
秀吉は頼んだに違いありません。

長政は、裏でそんな謀があったとは、と感心(笑)。

小倉城では、豊前城井谷城主の宇都宮鎮房が
官兵衛を待っていました。

秀吉に従えば本領安堵は間違いないか?
そう何度も何度も確認する宇都宮に
官兵衛は何度も何度もそうだと返します。

確認が済むと、用は済んだとばかりに
さっさと引き揚げる宇都宮です。


天正15(1587)年3月1日、秀吉の九州討伐出陣の日。
待てど暮らせど、茶々が顔を見せません。
そろそろ出発の刻限、と促されてしぶしぶ歩き出す秀吉ですが、
その途中の廊下で、茶々が平伏していました。

「私、強いお方が好きでございます」
ようやく、秀吉を受け入れてくれたわけです。
九州をさっさと片づけて早く戻って来る、と茶々に約束し
秀吉は大喜びしながら出陣します。

母の市が、弱い男に嫁いで来たこともあって
茶々は、逆に強い男について行こうと決心したようです。
その決意の裏には、
“どうして仇の側で生きながらえているのか”という
荒木道薫の言葉が影響しています。


28日、秀吉本陣は九州に渡り小倉城に到着します。

秀吉率いる10万は、筑前→筑後→肥後を経由し薩摩へ。
これに毛利輝元・小早川隆景・石田三成が加わります。
一方、秀長率いる15万は、豊前→豊後→日向を経由し薩摩へ。
これには官兵衛が加わります。

そして九州上陸から1ヶ月余りで薩摩へ入ります。

迎える島津側では、秀吉軍が25万と知って
自分たちの強さでも叶わぬ驚異的な兵力に
降伏を願い出るしかありませんでした。

それを受けて、三成は島津義久に切腹を命じ
島津家にも厳罰に処すべしと主張しますが、
九州男児の頑固さを良く知る官兵衛は
戦を早く切り上げるためにも寛大の処置を求めます。


島津義久は許しを請うために出家し秀吉に頭を下げます。

もともと義久は、上方から何十万の兵が押し寄せようとも
蹴散らしてくれる! と豪語していたようですが、
秀吉の前では「田舎者の無分別」と恥じ入るばかりです。

ただ秀吉は、島津の領地は取り上げぬ代わりに
忠誠を誓って励め、と義久に言葉をかけるのです。

5月、秀吉は九州を平定します。

秀吉は、焼け野原になった博多の街の復興を
官兵衛と三成に命じます。


九州では庶民のみならず大名にもキリスト教が広まり
その勢力は拡大の一途をたどっていました。

秀吉は、キリシタンの先頭に立つコエリョと再会しますが
大砲を積んだポルトガルの船に秀吉を乗せ、
「この船に勝てる船は日本にはない」と豪語。

しかも、普段は長崎に停泊していて、その長崎では
領地をもらっているのだ〜! と大きな口を叩くものだから
対面の仲介に立った高山右近は困惑しきりです。

このままでは、あのポルトガル船は
秀吉にとって驚異的な存在になり得るわけで、
キリシタンに対してあらぬ疑いを持つ可能性があります。

官兵衛は右近に、あの船を秀吉に献上するよう
コエリョに話してみますが、
彼がそんなことを認めるわけがありません。

キリシタンは日本の領土の一部を占拠し
国の王を崇めるがごとく、バテレンにひざまずいていた。
このままいけば、いずれはキリシタンによる一揆が起きる。

「キリシタンは天下に害を及ぼすに違いない」
秀吉がそう判断するまでに、時間はかかりませんでした。
右近に改宗への勧誘を止めさせ信心を捨てよと命じます。
そして──。

バテレンは今後、キリシタンの教えを広めることは許さず
20日以内に帰国すること、という
『バテレン追放令』を出してしまうのです。

「お主もこのわしに抗うか」
官兵衛を見つめる秀吉の目が、
いままでのそれとは変わっていました。

そして、追い打ちをかけるように
秀吉の仕打ちが始まります。
「黒田さまには九州攻めの働きにより豊前国を賜るとのこと」
(by 三成)

豊前といえば、
本領安堵をあれだけ望んだ宇都宮の領土であります。
しかし秀吉は、宇都宮には国替えを命じることにしています。

あまりのことに官兵衛は、言葉すら出ません。


天正15(1587)年5月8日、
島津義久が豊臣秀吉に降伏、九州平定がなる。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと11年3ヶ月──。


作:前川 洋一
脚本協力:穴吹 一朗
音楽:菅野 祐悟
題字:祥洲
語り:広瀬 修子
──────────
[出演]
岡田 准一 (黒田官兵衛)

中谷 美紀 (光)

寺尾 聰 (徳川家康)

松坂 桃季 (黒田長政)
二階堂 ふみ (茶々)

生田 斗真 (高山右近)
濱田 岳 (栗山善助)
速水 もこみち (母里太兵衛)
高橋 一生 (井上九郎右衛門)
塚本 高史 (後藤又兵衛)
田中 圭 (石田三成)
高畑 充希 (糸)
東 幹久 (井伊直政)
──────────
鶴見 辰吾 (小早川隆景)
村田 雄浩 (宇都宮鎮房)
伊武 雅刀 (千利休)
黒木 瞳 (おね)
竹中 直人 (豊臣秀吉)
──────────
制作統括:中村 高志
プロデューサー:勝田 夏子
演出:田中 健二


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』
第36回「試練の新天地」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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