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お乗り換え〜♪

Kassy号〜♪の車窓から 2011

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2014年8月の31件の記事

2014年8月31日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(35)秀吉のたくらみ 〜権力者の暴走始まる〜

天正14(1586)年10月、豊臣秀吉は
徳川家康をようやく上洛させます。
これにより東の脅威はなくなり、
秀吉は自ら九州へ出陣することになりました。

大坂から九州豊前の黒田の陣に戻った黒田長政は
大坂で秀吉と家康の対面について、
少し興奮気味に黒田官兵衛に報告します。

秀吉が着用している白の陣羽織を所望した家康。
最初こそ「戦の時に着る大事な陣羽織」と断った秀吉でしたが
家康がいる限り殿下に戦はさせませぬ、と言われて
秀吉は大笑いし、家康に陣羽織を譲ります。

「やはりひと芝居打たれたか」と官兵衛は苦笑いです。
恐らく、対面前にこっそり家康に会って
対面の儀ではどうにか臣下の礼をとって頭を下げてくれ、と
秀吉は頼んだに違いありません。

長政は、裏でそんな謀があったとは、と感心(笑)。

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2014年8月30日 (土)

プレイバック利家とまつ・(36)さらさら越え

天正12(1584)年11月23日、
佐々成政・はるら一行は、100名ほどで富山情を出発し
立山の連峰を越えて徳川家康がいる浜松城を目指します。

しかし、11月26日に立山に到着した頃には
猛吹雪でその数は半分に減ってしまいます。
それでもはるは、落ちぎみになる家臣たちの気持ちを
持ち前の明るさで励まし、一歩一歩進んでいきます。

しかしはるは立山で雪崩に巻き込まれ、落命──。

12月中旬、ざら峠を越えた成政は信濃大町に到着。
さらに浜松城へ踏破して家康と対面しますが、
家康は、織田信雄が秀吉と和睦を果たした以上
戦う名分がなくなった、といい返事はもえらませんでした。

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2014年8月29日 (金)

ダブルはぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

soramameさん
松原さつきさん


8月28日は“ヘビーコメンテーター”の
soramameさん & 松原さつきさんの誕生日♪
(昨日は『ヤッテキ!!』更新日のため、
1日遅れのご紹介となりました。ゴメンナサイ)


てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一人お一つずつ。

──────────

soramameさんへ

小さいことを積み重ねるのが、
とんでもないところへ行く
ただひとつの道だと思っています。


(野球選手・イチローさんの言葉より)


松原さつきさんへ

正しいという字は「一つ」「止まる」と書きます。
どうか一つ止まって判断できる人になって下さい。


(『3年B組金八先生』坂本金八の言葉より)

──────────

お二人ともおめでとうございまーす。

2014年8月28日 (木)

vol.148・あたまの体操 (前編)

vol.148・あたまの体操 (前編)
(パーソナリティ:Kassy)

第148回放送です。

夏ボケのあなた! 頭の体操しましょう!
想像力に読解力、洞察力だけではなく
柔軟性も必須アイテムですよ!

今回のListening Pointは……
60年


番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

2014年8月27日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(83)

終点停留所の旅“たそがれ”。
今回は、停留所調査に関する裏話をチラリと。

F岡県下にある(一部県外含む)終点停留所を
10年以上の地図を広げて拾い出し、リストアップ。
一筆書きで、あるいはそれに近い形で取材訪問できるように
おおよそのエリア・方面ごとに25ヶ所前後でまとめました。

で、Kassy居住エリアを含む方面は
当然ながら居住エリアなので家から最も近いので
取材はもちろん後回し(←いつでも行ける)。

Kassy流の取材順は、一番遠くから攻めていくw
というのは以前お話ししたかもしれません。

だから、リストアップしたものの
未だ訪問していないエリアというのは
どこ、という具体的な内情は内緒ですが
まだまだけっこうあります。

さて、ここからが本題。

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2014年8月26日 (火)

プレイバック利家とまつ・(35)末森城の決戦

天正12(1584)年9月──。

佐々成政は兵15,000を率いて、前田領に侵入。
能登と加賀の国境にある末森城を奇襲します。

前田利家は、戦略上重要拠点であるこの末森城に
重臣の奥村家福を置いて守備させていました。
成政の猛攻の前に、苦戦を強いられる家福たちですが
利家が援軍に駆けつけてきてくれることを信じて奮闘します。

利家や村井又兵衛、前田慶次郎らが
鎧を身に付け、いよいよ出陣しようかという時に
秀吉の使者として石田三成が金沢城にやって来ます。
「秀吉様よりのご命令。金沢城を一歩も出てはならぬ、と」

しかしまつは、秀吉なんざ畏れてはおりませんで
利家たちを“蛇に睨まれたカエル”呼ばわりし
奮起させて出陣させてしまいます。
腕組みをして眉間に皺を寄せる三成です。

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2014年8月25日 (月)

たまにはいいか

休みの日になると、とにかく早く家を出て
開放感に浸りつつ長時間お出かけしたいKassyです。

で、前日は夜遅くまで働いたというのに
休日である今日は朝7時起き。
とりあえず起きまして、朝食をいただきましたが
外はあいにくの雨模様。

よし、と気合いを入れて外出しようと決断しますが
朝食後、寝っ転がってスマホをいじっておりましたら
そのまま爆睡w
気づけば昼11時。

いかんいかん、と起き出して
何をしよう、とスマホをいじっておりましたら
昼になったので、お昼ご飯をいただき、
お昼ご飯後にその続き。

するとまたも爆睡w
夕方17時に(^ ^;;)

外出はもはや諦めw
ここまで寝てしまってはさすがに夜眠れんわ、と思って
ゴソゴソ起き出してパソコンでネットサーフィンしてますと、
パソコンの前でうたた寝する有り様w

19時に夕ごはんをいただいて
ブログ関連を更新していましたら
作業しつつ、23時ごろまで同時並行でうたた寝。
もう諦めて、布団に入りました。

まぁ、ここまで眠っては
なかなか眠れまい、と覚悟しての就寝でしたが
なぜかまたも爆睡ww

不眠気味のKassyにとって
こんな日も、たまにはいいかな( ^ ^)/

2014年8月24日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(34)九州出陣 〜大いなる新天地、新たな敵!〜

「いまだ殿下に従わぬは、九州薩摩の島津──」

九州統一を狙う島津家は、
豊後のキリシタン大名・大友宗麟を圧迫していました。
耐えられなくなった宗麟は、関白豊臣秀吉にすがります。

ただ、九州という遠い地での戦いとなれば
準備もあれこれと時間がかかります。
秀吉は、自分が行くまでの間は黒田官兵衛を派遣し
彼を頼れと宗麟に命じます。


官兵衛は、中国の毛利勢と合流し
九州入りすることになりました。

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2014年8月23日 (土)

思わしくない

腰を痛めてはや2ヶ月、
マッサージに通うなり整骨院に通うなりで
少しずつ回復の兆しを見せておりましたが、
今週はなぜか調子が思わしくありません。

といっても、治療前に比べれば
格段に良くはなっているのですけどね(^ ^;;)

だから、整骨院通いも途中で中断せずに
継続的に週1回通い続けているので、
それが吉と出た! と信じたいわけですな。
(通っていなかったらもっと状況は悪かったかも)

整体でボキボキッとやるのはちと恐怖なので
今の治療であれば続けられそうです。
劇的な治癒はないけれど、少しずつ治していけるという。

今後も、まぁ、やっていきますよw

2014年8月22日 (金)

プレイバック黄金の日日・(32)納屋襲名

天正12(1584)年3月15日。
羽柴秀吉 対 徳川家康の「小牧・長久手の役」が始まります。

尾張侵攻の最大の要である小牧山城をいち早く家康に占拠され
武人では後手に回った秀吉も
10万の大軍にものを言わせて各地に要塞を構え、
自らは最前線の犬山城に本陣を置いて小牧山城と対峙。

両軍はにらみ合いのまま4月を迎え、こう着状態に陥ります。
この戦いは、先に動いた方が負けだと
秀吉も家康も分かっているからこそ、こう着状態になるわけです。

姉の子、つまり甥にあたる三好秀次は、派手な鎧に身を包みつつ
戦況が動かないのに飽き飽きしたか大欠伸です。
秀次は、池田恒興にそそのかされて(?)
家康を小牧山から動かす唯一の策を秀吉に献上します。

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2014年8月21日 (木)

結局はそうらしい

確か6月末から7月初旬ごろに出された
大まかな夏の予報でありますが、
“今年は冷夏”というものでありまして
当時としては「んなわけない」と思っておりましたら、

今日までのF岡地方では
結構な率でときどき雨が降っておりまして、
気温の上昇がそこそこ抑えられていて。

結果的には確かに“冷夏”ということになりそうです。

今までも何度となく書いてきましたが、
ウチの職場はかなり劣悪な環境下にありまして
夏場はホントに辛くなるほど暑いんです。

去年の話で言えば、室温は37〜38℃ぐらいしかないので
外気温に比べれば若干は低いということになるんですが
不快指数はとてもとても高い(と思われ)。

やってみたことはないけれど、
熱中症のセンサーか何かを設置したら、間違いなく
警報が鳴りまくるのではないかと(^ ^;;)

それが今年では、
外気温が高くても31〜32℃ぐらいしかないので
それでも暑いんですけど、例年のような酷暑ではありません。

ただまぁ……残暑は厳しいと言うか
9月下旬ごろまでは気が抜けないので
もうしばらくは様子見というところですな。

2014年8月20日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(82)

終点停留所の旅“たそがれ”第52弾です。

今回はF岡県T川市の
S谷バス停をご紹介します。


Kassyにとって、上Y田エリアというのは非常に遠いイメージ。
なぜって、D宰府→T神→I塚→上Y田という
“コの字形”ルートが頭の中で構成されてしまうのですね。

しかし、取材で車を利用すると
“コの字”の線が無い部分を直線で進むだけなので
Kassy家から上Y田まで1時間強といったところ。

ココS谷は上Y田のちょい先にありまして、
初めてここを通りかかったとき「えっ!! ココ!?」と
かなりビックリした覚えがあります。

Mg1300

その時は、写真の向こう側から
手前側に走って来たんですけどね(^ ^)

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2014年8月19日 (火)

プレイバック黄金の日日・(31)竜虎相撃つ

行列を助左のものと知らず、
それを襲おうと待ち構える石川五右衛門ら盗賊たち。
そして、この先に五右衛門が待ち構えていることを知らず
ゆっくりと進んでゆく助左。

先に気づいたのは五右衛門です。
言葉は発せずとも、アッという表情を見せます。
行きますか、という手下の言葉を「待て」と遮ります。

逸る仲間たちを無視して
助左をじっと見つめる五右衛門。
「助左……偉くなったのう、アイツも」

五右衛門は黙って退散します。

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2014年8月18日 (月)

見積もり

2年に1度の、恒例の車検のシーズンがやって参りました。
現在は、とりあえず見積もりに出してみて
概算を見比べて検討中であります。

いつものところにするか?
しかし「車検お申し込みの方特典!!」というのも魅力ながら
前回の車検から今までの2年間、その恩恵は
ハッキリ言ったらほとんど受けてないのですよねー。

恩恵がない=特典ではない、という図式なら
別のところでもよさそうなものの。。。

見積もり概算も2倍近く離れた金額を提示されているので
「ホントにこれだけか?」という気分でもあります。
まぁ、実際にふたを開けてみて追加料金が発生するにせよ
高い見積もりを提示したお店以上になることは
まずないとは思うのですが、ハッキリとは分かりません。

どうにも自分では決められないので
いろんな人にアドバイスを求めてみます(笑)。

2014年8月17日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(33)傷だらけの魂 〜死を望んだ男が流した涙〜

天正13(1585)年7月、羽柴秀吉はついに関白となり
9月には姓を「豊臣」と改めます。

この年、黒田官兵衛の父・黒田職隆が他界。

官兵衛は、戦なき世はまもなくと
職隆の墓前で手を合わせます。

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2014年8月16日 (土)

プレイバック利家とまつ・(34)さよならの黒百合

天正12(1584)年正月──。

佐々成政の母・ふくが、まつを訪ねて金沢城に入ります。

徳川家康と手を組んだ織田信雄が、
最近調子づいている羽柴秀吉を討とうと
佐々成政に仲間入りを打診する使者が到着した、というのです。


3月、徳川家康が兵3,000でついに挙兵。

秀吉は前田利家に北国を抑えよと命じます。
しかし利家は、自分が秀吉の元に行かなければ
秀吉の身が危ないと出兵の準備に取りかかります。

翌4月、犬山城の秀吉の本陣に到着した利家ですが
秀吉に金沢に帰るように言われます。
徳川方につくであろう成政が攻めかけて来ると
予想した上での命令なのです。

「わしゃアイツを捨てる」
今回の出兵の件でも、成政は兵を送りませんでした。
成政は秀吉を嫌っているようです。

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2014年8月15日 (金)

はぴはぴ

Happy Happy Birthday !!

ちょんびんさん


今日、8月15日は
ヘビーコメンテーターのちょんびんさんの誕生日♪

てなわけで、Kassyから
奇跡の言葉をお一つ。

──────────

「家族は何もしなくても気持ちが通じ合うはず、なんて幻想」
と一度は割り切り、その上で、「でも家族になっちゃったのだから、
お互いをきちんと認めて、なるべく快適に暮らしたい
とあまり思いつめずに考えることが大切。


(精神科医・香山リカさんの言葉より)

──────────

おめでとうございまーす。

2014年8月14日 (木)

vol.147・目からウロコ

vol.147・目からウロコ
(パーソナリティ:Kassy)

第147回放送です。

夏休みと言えば、誰もが頭を悩ませた「自由研究」。
今回は、そのヒントとなる題材をご紹介。
お子さまと一緒にいかが?

今回のListening Pointは……
ポニーテール


番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

2014年8月13日 (水)

バス停について本気出して考えてみた(81)

終点停留所の旅“たそがれ”第51弾です。

今回はF岡県K崎町の
O谷バス停をご紹介します。


Mg1291Mg1295

B前K崎駅は、現在はH田H山線のみの駅ですが
かつて、Kヶ畑、某共和国など何度かご紹介してきた
現在は廃止された上Y田線の接続駅でもありました。

メインのバス通りから見れば裏側……と言えばいいでしょうか、
B前K崎駅を主体に見れば改札口側にあたりますが、
車で1分ほど走ったところにO谷バス停はあります。

で、N鉄バスはコチラには走ってはおらず
現在はコミュニティバスがこの辺りを運行していますが、
そのバス停がどこにあるか分かります?

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2014年8月12日 (火)

プレイバック利家とまつ・(33)金沢入城

賤ヶ岳の戦いの後、まつとはるは越前府中城で再会します。
越後からの上杉の猛攻を食い止めるので精一杯で
戦いに参戦できなかった佐々成政。
はるは、賤ヶ岳のすさまじさをまつから聞きます。

雑兵の一人ひとりが、農民出身の羽柴秀吉を天下人に! と
戦いを盛り立てて必死に戦った結果、
前田利家としては逃げるより他に道はありませんでした。
そして利家は、秀吉を北ノ庄城に案内し
柴田勝家と市を自害に追い込んだわけです。

一方、佐々家はどうするつもりかとまつに尋ねられて
さあ? どうなるのでしょうか、とまるで他人事のようです。
ただ、まつに最大のヒントだけ出しておきます。
「徳川と手を組めば、秀吉殿と争うことになりましょうね」

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2014年8月11日 (月)

おためし

滅多に“おためし”はしないで、
何の根拠か分からないですが
「これならいける!」と衝動買いするワタクシ。

だって面倒くさいんだもん。

だから当然、玉砕も多々。

ハイ、自分の失敗について
まぁわざわざ多くは語りますまい。

後日、返品しに行って参ります(涙)。

2014年8月10日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(32)さらば、父よ! 〜胸に響く最後の教え〜

織田信長亡き後、羽柴秀吉は
織田家の権力を受け継ぎ天下を目指します。
しかし、その秀吉に待ったをかけた男がいたのです。
「織田家をないがしろにする羽柴殿の振舞い、見過ごせぬ」

天正12(1584)年3月、
徳川家康と織田信雄の連合軍は秀吉軍と激突。
小牧・長久手の戦いであります。

小牧山に布陣する家康に気づかれないように
一部部隊が迂回して家康の本国・三河を攻撃すれば
いわば出稼ぎに来ている家康も、終わりというものです。

この案、軍師の黒田官兵衛が考えついたものかと思ったのですが
どうやらそうではないようです。
実は官兵衛は「今は動くな、考え直せ」という立場で
この戦いは、石田三成がやりましょうと言っているわけです。

家康は、羽柴軍が動きだしたことを掴むとニヤリと笑います。
「討って出よ」

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2014年8月 9日 (土)

冷夏?

昨年と比べると、
気温自体は落ち着いているような印象を受けます。
ワタクシ、劣悪な環境で勤務しておりますので
気温が少し上がるだけでも不快指数は倍増するわけです(笑)。

それが、今年はそこまで……? という印象。

このまま行ってもらいたい、というのは
人間のワガママでありまして、
恐らくは9月10月にかけて
残暑厳しくなるんでしょうなぁ。

2014年8月 8日 (金)

プレイバック黄金の日日・(30)大坂築城

天正11(1583)年5月。
助左の船が堺の船着き場に入港しました。

助左は、ルソンへの長旅を共にしてくれた
乗組員たち一人ひとりに給金を手渡し、
来年秋の再会を約束します。

明智光秀から毛利方へ発せられた書状を秀吉の陣に届け
口封じのために殺された文次の分も仲間の市松に手渡し
遺髪とともに遺族に届けさせます。

美緒も、今井からのお迎えの輿がやってきて
助左に特別な感情を抱きながらも今井へ戻ってゆきます。

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2014年8月 7日 (木)

すっごいわかる

Kassy家でとっている大手新聞を読んでおりましたら
ある一般会社員(女性)の方の記事が載っていました。

その方のストレス解消法は「ドライブ」とあり、

行く先々での観光やグルメを楽しむよりも
そこまで行くドライブが楽しくて楽しくて
今までもけっこうな遠距離(例えば関東地区→九州地区)を
走破した、と紹介してありました。

そう、Kassy、これすっごい分かります!

Kassyも、ドライブが最大の目的であって
目的地に着いても観光とかグルメとかほとんど興味がなく、
行って帰って来る、その行程だけで大満足だったりします。

ま、Kassyは基本的にお金がないので(涙)、
この方のように高速道路は使わずに
ただひたすら下道を走破、をよくやるのですけど(^ ^;;)

コレ、今まで他人様に説明しようにもなかなか難しく
理解してもらえなかったこともけっこうあるのですけど、
同じような趣味の方がいらっしゃるんだ! と思えて
とても幸せな気分になりました。

これから、自信を持って言えます。

行き詰まったら、とりあえずドライブ。
暇ができたらとりあえずドライブ。
それだけで少し気持ちがリフレッシュできるのです。

休みの前の日は、
翌日どこに出かけるか? をよく考えてますよ(笑)。

2014年8月 6日 (水)

方向幕考(111)改

“センバツ・ほうこうまくぅ(方向幕コレクション)”。
今回は、第111回(第57弾)でご紹介した内容の修正版です。

過去に公開した幕内容の更新ということで
上のようなタイトルにしているという裏事情は
前回もご説明いたしました通り。


第111回では、N鉄高速バスから
高速車両2種をご紹介しましたが、
今回更新したのはF岡〜S世保線専用車ではなく
F岡〜K本線専用車の方です。

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2014年8月 5日 (火)

プレイバック利家とまつ・(32)炎上、勝家と市

天正11(1583)年4月11日、
前田利家は賤ヶ岳で羽柴秀吉に敗れ、
越前府中城へ退きます。

それを知った秀吉は、
何とも言えない気持ちで天を仰ぎます。


利家は、越前府中城に無事に戻りました。
直後、柴田勝家が府中城を通りかかったので
城内に案内します。

ただ、村井又兵衛は
秀吉と戦って彼の本当の強さを思い知りました。
勝家の首を取って秀吉に仕えるように利家に言いますが、
実直な利家がそれを許すはずもありません。

利家に追放を命じられ、利家は勝家のいる庭へ。

「武門の心得を知らぬ馬鹿者、けれど頼りにしております」
どこへも行ってはなりませぬ、とまつは又兵衛に命じます。

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2014年8月 4日 (月)

いかんいかん

知人に作成依頼されたDVDを制作するために
昨晩は帰宅してからずっとPCに向かっていたわけですが、
(ご心配なく、違法コピーではありません(^ ^;;))

なにせKassy's PCはとてもとても古いもので
DVDを制作する前提で作られた時代のものではありませんので、
DVDを焼く、という作業だけでも相当な時間がかかります。

とりあえず、この1〜2時間では
確実に終わりそうにないのは確認できたので(笑)、
PCくんには頑張ってもらい、Kassyは一足早く寝ることに。
といってもすでに午前3時半w

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2014年8月 3日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(31)天下人への道 〜後継争いの勝者は誰か?〜

「このわしが……天下人」
明智光秀を討ち、羽柴秀吉は
織田信長の後継者の地位に躍り出ます。

天正10(1582)年6月27日。
後れをとった柴田勝家は、池田恒興、丹羽長秀ら
重臣たちを清洲城に集め巻き返しを図ります。
世に名高い、清洲会議であります。

勝家は信長三男の神戸信孝を後継者に推挙。
明智討伐の後れの不覚をこの評定ですすごうと懸命で
秀吉は、自分がいれば勝家がムキになる、と
仮病の腹痛を訴えて中座してきます。

別室で控える黒田官兵衛に、石田三成が不安を口にしますが
第一、明智討伐の功労者は秀吉であるし
秀吉が勝家に口で負けるとは思えません。
心穏やかに、目を閉じてその時を待ちます。

秀吉の切り札は、信長嫡男・織田信忠の子の三法師。
いわば、信長直系の孫ということになります。
幼い三法師は、秀吉の顔を見ると「猿! 猿!!」と近づき
すっかり懐いている様子です。

跡継ぎに三法師を擁立した秀吉は勝家の目論見を打ち砕き、
織田家中の権力争いに先んじることとなりますが、
まことの戦いはこれから、と官兵衛は気を入れ直します。

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2014年8月 2日 (土)

ありがとうございます

みなさまの親切に助けられています。
本当にありがとうございます。


↑突然読んだ方は、何のこっちゃ?? となるでしょうけど
まぁ、そういうことですw

中には、知らんぷりな方々も当然いらっしゃるのですけど、
(というかむしろその方たちの方が大多数)
どうして知らんぷり? ということを言いたいわけではなく
ご自身とは関わりないことなので知らんぷりで当然なんです。

でも「大丈夫か?」と気を遣っていただいて
大丈夫でなかったら、業務を代わっていただいたり
応援に入っていただいたりする方もいて、
Kassy、ひとりじゃないんだなって痛感します。

何でもかんでも自分ひとりで
おしごとをこなしてしまう性格のワタクシとしては
協力を仰いだり、業務交代を依頼したりというのは
全く苦手なのですけど、

そんなKassyの性格をご存知かどうか
お声かけ頂いて、協力くださっていることに感謝です。

だから、逆に協力を求められれば
日ごろの恩返し! ではないですけれど、
応援に入ったり業務を代わってあげたりということは
しているつもりです。

本当にありがとうございます!m(_ _)m

2014年8月 1日 (金)

プレイバック利家とまつ・(31)賤ヶ岳の夫婦

天正11(1583)年 春・能登小牧山城──。

前田利家は、いよいよ近江に攻め入るために
柴田勝家が待つ北ノ庄城に向かうことになりました。

おねの手配か、豪姫からの手紙が小牧山城に届いていますが
人の泣き所を……と利家は読もうとしません。

前田利久は、もしも羽柴秀吉と戦って負けたなら
秀吉とやり合わずに逃げて来いと勧めますが
利家は「負けぬ」と強気です。

「命は一代、名は末代」などとは申されますな。
必ず生きてお戻りくださりませ──。

まつの言葉に利家は、生きて必ず帰ると約束します。

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