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2014年9月16日 (火)

プレイバック黄金の日日・(36)伴天連(バテレン)追放

豊臣秀吉が命じた兵たちによって、
ルソンへ向かうべく大坂の湾を今まさに出ようとしていた
納屋助左衛門の船は、そのまま引き戻されてしまいます。

助左衛門は、かつて今井宗久からもらった形見の鉄砲を
不安気に見つめる美緒に預けておきます。

船着き場に到着した助左衛門の船に
小西行長が乗ってきます。
秀吉がこの船を見たいというので、
強引に呼び止めた非礼を詫びます。

助左衛門が船の外に目をやると、
輿に乗ってきた秀吉は よっこらしょと輿を降り
助左衛門たちに手を振ります。
しかし、その目にいつもの“らしい笑顔”はありません。

秀吉は突然、積み荷を見たいと言い出します。

その言い方には有無を言わさぬ圧力を感じて
助左衛門はしぶしぶ承諾しますが、
その積み荷で気に入ったものは降ろしたいという秀吉に
結いつけているので、荷を下ろすのは難しいと言葉を濁す助左衛門。
「弛んだ縄はまた結いつければよろしい。何度でも」

船室に入ってきた秀吉に、美緒は見つかってしまいます。
美緒は、形見の鉄砲を自分ののど元につけ、
死ぬ覚悟だと秀吉に示します。

「よう分かった。荷は諦めよう」
ただし、“利休に預けていた荷を降ろすこと”、
つまり美緒を陸に降ろすことが船出の条件です。

秀吉は再び輿に乗り、去って行きますが
堺を無くすことをしっかりと決意します。


助左衛門の船が日本を離れた天正14(1586)年の暮れ、
自治都市堺を揺るがす大事件が発生します。
堺奉行の石田三成が、堺の三方にある堀を
一斉に埋めてしまえと命じたのです。

物見台から柵、土嚢に至るまで
すべてが破壊され、堀に投げ捨てられます。

お仙が穏便に暮らしていたところも同様で
「やめておくれよ!」と大声を出して抵抗しても
複数の男たちによって、お仙すら堀に落とされてしまう始末。

通りかかった石川五右衛門に助け出されます。


秀吉帰化の武将たちは、来春の九州征伐の下準備で大忙しです。
おびただしい数の兵糧、軍事品の調達、輸送であります。

秀吉の意図が解せぬ、と行長が愚痴を言えば
三成も高山右近も、殿下は“あのこと”を本気で考えている、と
途端に表情を暗くします。

“あのこと”……日本を統一したあと、日本のことは弟に任せ
秀吉自身は明国や朝鮮に征伐に向かう、という秀吉の言葉です。

秀吉はそのために、ルイス・フロイスら宣教師を大坂に呼び出し
征伐のための軍船2隻を世話せよと迫ります。
無論、それ相応の対価と褒美は用意するし、
明や朝鮮を征伐したら、そこに教会を建てることも認めた上でです。

その話を右近から聞き、誰かが秀吉を止めねばと危機感を抱きますが
もう止めようがないと三成は諦め顔です。


天正15(1587)年3月1日。
秀吉の軍が大坂から九州へ向かいます。
あまりの大軍に島津勢はひとたまりもなく敗退。
島津義久は5月8日に投降します。

6月15日、ルソンからの荷を満載にした助左衛門の船は
長崎沖に姿を表します。
しかし、霧の中を鉄砲による襲撃を受け海賊に乗っ取られます。

その長は、長崎屋の原田喜右衛門。

しかし、その手下の男は何となく見覚えがあります。
そう、高砂甚兵衛に餞別にもらった
中国の古書を安い値段で買い取った店の番頭です。

助左衛門は、自分が海賊ではなく
堺の商人である証明を取るために
三成に書状を送ることを番頭の男に願い出ます。

三成は、博多筥崎にいました。
すぐにでも助左衛門に会いたいという返答を受け
喜右衛門は助左衛門を牢から出し、
船も荷もお返しすると態度をコロッと変えます。

その豹変さに助左衛門は少々脅え気味ですが、
話を聞くうち、秀吉がルソンに侵略する予定があり
この長崎屋がルソンと交易する日本人の
取りまとめ役であることが分かってきました。

握手を求められた助左衛門は、パッとその手を離し
長崎屋の命令に従うかどうかは、
秀吉に直接返答するとだけ伝えて船に戻ります。


6月19日、助左衛門の船は長崎から筥崎に到着します。
三成の陣に向かおうと筥崎の浜を歩いていると
行長と遭遇します。

三成は今、秀吉の命を受けて右近の陣にいて
自陣には不在なのだそうです。

秀吉の命……つまりキリシタン禁令の命令です。
三成もあまりに突然の命令だったので驚いたと言っています。

右近は、自分の信心に一切のやましさはないので、
秀吉の命令とはいえ従わぬと三成に宣言。
家財を失ったり流罪に処されたりするのは苦痛ではありませんが、
己自身を欺いて生きる苦痛には耐えられない、というのです。

行長もキリシタンではありますが、
心の奥底では未だにキリシタンなのですけど、
こちらは秀吉の命令に従って、表向きに信仰を捨てます。
助左衛門に卑怯だと言われても、それしか道はありません。

しかしこれで、助左衛門にとっては
権力者秀吉に会っても無益だということが分かりました。
ルソン侵略には手を貸さないことを行長に秀吉へ伝えてもらい
助左衛門は秀吉の陣屋へは向かわず、右近の陣屋へ──。

──────────

天正15(1587)年7月24日、
豊臣秀吉がキリスト教に対して禁制する命を下す。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと11年──。


原作:城山 三郎
脚本:市川 森一
音楽:池辺 晋一郎
語り手:梶原 四郎
──────────
[出演]
市川 染五郎 (助左衛門)
栗原 小巻 (美緒)
林 隆三 (今井宗薫)
根津 甚八 (石川五右衛門)
鹿賀 丈史 (高山右近)
──────────
近藤 正臣 (石田三成)
唐 十郎 (原田喜右衛門)
李 礼仙 (お仙)
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小野寺 昭 (小西行長)
緒形 拳 (豊臣秀吉)
──────────
制作:近藤 晋
演出:高橋 康夫

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