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2014年10月19日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(42)太閤の野望 〜無謀な戦を止める秘策〜

豊臣秀吉の嫡男・鶴松はわずか3歳でこの世を去り
秀吉はついに朝鮮大陸への出兵を宣言しました。

天正19(1591)年12月28日、
秀吉は関白の座を甥の豊臣秀次に譲り
自らは『太閤』と称します。


そして黒田官兵衛は、明との戦いの基地となる
肥前の名護屋城を完成させます。

船の手配や兵糧の支度をするために
増田長盛とともに名護屋入りを果たした石田三成は
官兵衛が朝鮮出兵にしきりに異を唱えていたことをチクリと刺し
今回の戦で黒田家がどれだけ働くのかチェックするのだそうです。

城の普請を日限どおりに終えたというのに
労いの言葉すらないのか! と黒田長政はご立腹ですが
官兵衛はジッと耐えています。


文禄元(1592)年3月、
秀吉の名護屋到着を待たずに朝鮮に出陣することが決まり
名護屋城に諸大名が集められます。

先鋒・小西行長という発表に福島正則が噛みつき
自分を先鋒にと言って聞きません。

官兵衛は、味方同士のいさかいをしている場合ではないと
1日交替の先手を提案。
総大将の宇喜多秀家も、その意見に従います。

あれでは誰が総大将か分からぬ! と三成はいら立ちます。
「これ以上、余計な口出しはさせぬ」


4月、いよいよ大陸進行が決行──。

総勢158,000の軍が海を渡ります。
釜山に到着した遠征軍は、小西行長を先頭に
首都漢城を目指して北上。
圧倒的な数の鉄砲の力で、破竹の進撃を続けます。

そして、5月3日に漢城を落としたという知らせが
名護屋城で徳川家康をもてなす秀吉の元に入ります。

漢城にいた朝鮮国王は、城を棄てて逃げ出したそうで
それを捕まえられなかったことが
官兵衛には少し気がかりです。

王が生きていれば、いずれは巻き返しを図って来る。
いよいよわしの出番、という秀吉を引き止め
官兵衛は、陣容の整え直しを名目に
朝鮮に派遣するように願い出ます。


5月、官兵衛は朝鮮に渡り、黄海道の黒田陣に到着。
現状を聞けば、渡された絵図がとても曖昧なものであり
どこに何があるかも分からない、手探り状態で
ただ闇雲に戦っているだけのようです。

だからこそ、慣れぬ異国の地での戦で
兵たちはとても疲労困憊しているわけです。

そして頼りにする兵糧も
敵の水軍に阻まれて何も届いていないため
次第に乏しくなってきまして、
追い打ちをかけるように疫病も流行っているとか。

さっそく、漢城に諸将が集まり軍議が開かれますが
漢城で守りを固めるべきだという官兵衛、小早川隆景に
勢いにまかせて一気に明に攻め込むべきだという小西行長。

加藤清正は、捕まえられなかった朝鮮国王を
生け捕りにすると北に向かったそうで、
抜け駆けだと行長が言い出します。

さらに、朝鮮へ渡ると言い出した官兵衛に張り合って
自らも海を渡り諸将の働きの見極めに来ただけの三成と、
戦の先頭に立っている長政、正則らとが対立。

大義名分がないだけに、まとまりは全くありません。
官兵衛は急きょ日本に帰国し
名護屋の秀吉に状況を報告する予定でしたが、
秀吉は、母・大政所の訃報に大阪に戻った後でした。

大阪に行って秀吉を説得する、という官兵衛は
「殿下が夢から覚めるのを待つしかあるまい」と家康に諭され
打つ手なく、官兵衛は杖を畳に投げつけ、悔しがります。


文禄2(1593)年 正月になると、朝鮮での戦況は更に悪化。
明の大軍が平壌に押し寄せ、行長軍は15,000いた兵の半分を失い
命からがら逃げ帰ってきました。

そのころ、秀吉は名護屋に戻ってきていました。
鶴松の死から1年あまり、淀が再び身ごもり
どん底を味わった秀吉は、再び有頂天です。

そんな秀吉に、官兵衛は
朝鮮でのひどい有り様を伝えて和睦を進言。
秀吉も、万事官兵衛に任せるとそれを認めます。

2月、官兵衛は和睦のために再び朝鮮へ渡ります。
ただ、秀吉が出した和睦の条件は
「明国の王女を日本の朝廷に嫁がせよ」
「朝鮮の半分を割譲せよ」など
明や朝鮮の合意を得るにはほど遠い無理難題ばかり。

和睦の折衝を命じられた行長は
どうすればいいかと官兵衛に相談しますが、
官兵衛は、この和睦の申し条を伏せたまま
明と折衝して使者を出すように促すしかありません。

秀吉を欺くことにはなりますが、他に道がないのです。

軍議が開かれ、日本軍はいったん釜山まで退くことにします。
しかし秀吉からは、漢城は何としても死守せよとのお達しがあり
釜山まで退いては、奉行衆の三成や長盛らが
秀吉がお咎めを受けるのは必定であります。

三成は官兵衛に、今回の戦の成り行きを
秀吉に説明してほしいと頭を下げます。


7月、三成ら奉行衆とともに名護屋へ戻った官兵衛は
秀吉と対面。
しかし秀吉はかなりの不満顔です。

奉行衆から秀吉に入れられた報告と、
官兵衛側の言い分ではずいぶんと相違があり
身に覚えのないことで秀吉に責め立てられます。

「わしはお主に帰国せよと命じた覚えはない」
何ゆえ無断で帰ってきた? との秀吉の言葉に
官兵衛ははたと気づきます。
三成に促されて帰国に応じたはず──。

自分を陥れるため、
そして三成ら奉行衆がおとがめを受けないように
秀吉の怒りをすべて自分に向けさせ、
あわよくば自分を葬ろうとしている。

三成の魂胆に気づいた官兵衛ですが
秀吉の怒りを抑えられるわけもなく、
名護屋での蟄居を命じられます。

官兵衛は、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていました。


天正20(1592)年5月3日、
朝鮮首都・漢城が陥落し、朝鮮国王は逃亡する。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと6年3ヶ月──。


作:前川 洋一
脚本協力:穴吹 一朗
音楽:菅野 祐悟
題字:祥洲
語り:広瀬 修子
──────────
[出演]
岡田 准一 (黒田官兵衛)

中谷 美紀 (光)

寺尾 聰 (徳川家康)

松坂 桃季 (黒田長政)
二階堂 ふみ (淀(茶々))

濱田 岳 (栗山善助)
速水 もこみち (母里太兵衛)
高橋 一生 (井上九郎右衛門)
塚本 高史 (後藤又兵衛)
田中 圭 (石田三成)
東 幹久 (井伊直政)
忍成 修吾 (小西行長)
──────────
鶴見 辰吾 (小早川隆景)
黒木 瞳 (おね)
竹中 直人 (豊臣秀吉)
──────────
制作統括:中村 高志
プロデューサー:勝田 夏子
演出:本木 一博


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』
第43回「如水誕生」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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