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2014年10月24日 (金)

プレイバック黄金の日日・(42)先陣争い

肥前国・多久島──。

納屋助左衛門はここに港を構えます。
ここから北東へ8里(およそ31.41km)かなたには
朝鮮遠征の大本営となる名護屋浦の港があります。

1592年、天正が「文禄」と改元された正月5日、
豊臣秀吉は勅命を奉じ、諸国の大名たちに朝鮮出兵を命じます。
秀吉の号令で、日本国中から281,040名にも及ぶ大軍が
肥前・東松浦郡のちいさな港に集結しました。

12日辰の刻(=午前8時)、
小西行長や宗 義智らの一番隊700余艘の船団が
18,000の兵を乗せて対馬を発して釜山へ向かいます。

事前に三成と助左衛門で考えた
“戦をしているように談合する”というのは失敗に終わり
この上は、行長や宗らが京城(ソウル)の国王に対して
和議の交渉をもちかけるしか戦を止める方法はありません。

ちなみに2番隊は加藤清正・鍋島直茂ら22,800人。
もともと先陣を願い出ていた二人であり、
それを2番隊に引き下げたことで、
三成は彼らの怒りを受ける羽目になります。

ただ、行長らは休戦を果たす役割を担っておりますので、
勢いづいて京城へ一番乗りしまうことが危険です。
三成は、自分への怒りが生じていることよりも
それの方を危惧しています。

助左衛門は、約5日後に出る2番隊の進度を
更に遅らせる手段をとります。
翌日、助左衛門の船は朝鮮海峡を越えていきます。


京・聚楽第──。

秀吉実子・鶴松の死後、豊臣家のただ一人の後継者として
世間の注目を集めることになったのが、
秀吉から関白職を譲り受けた甥・豊臣秀次であります。

しかしそれが、悲運のはじまりであります。

長崎から堺に戻っていた桔梗は
兄・今井宗薫に連れられて京に上り
何故かは知らされぬまま秀次と対面します。

まぁ、お察しのいい方はお分かりでしょうが
宗薫は、桔梗を秀次の世話役として献上し
今井家を守ろうとしているわけです。
妹とはいえ、道具としてしか扱わない宗薫……。

そして桔梗が今井を出た翌日、
美緒が今井屋敷に戻ってきました。
何も知らずに聚楽第に向かったという話を侍女から聞き
美緒は宗薫に対し、怒りを露にします。

桔梗は、秀次のお手つきになるかと思いましたが
指一本触れず、宗薫から鉄砲の名手だと聞かされていたので
秀次の鉄砲指南役を命じられます。


朝鮮・慶州に入った助左衛門は
1番隊が上陸したことを確認します。

朝鮮軍兵士に扮した男たちをわざと清正軍の捕虜にし
京城への道案内を買って出て、
京城へはつながっていない道をひたすらに進み道に迷わせる。
そのスキに、1番隊に京城への一番乗りをさせるというわけです。

助左衛門を襲うチャンスを窺っていた小太郎は
助左衛門が何をしようとしているのか理解できません。
「日本国を守ろうとしているのさ」
助左衛門は笑って歩いていきます。

4月12日に釜山に上陸した1番隊は
首都・京城への街道をばく進。

その5日後に上陸した2番隊は
1番隊が大陸の中央部分の尚州方面へ向かったことを知ると
海沿いを慶州方面に進みます。


25日、名護屋本営に秀吉が着陣──。


28日、忠州あたりで清正隊はついに行長隊に追いつきます。

京城攻略の軍議の席で、
清正は行長が出し抜いた怒りをぶつけ
行長は行長で、
いちいち後の隊に進軍を報告する義務もないとけんか腰です。

宗らの仲介で、一旦は冷静に軍議に戻った二人ですが、
清正の、行長をバカにした発言が再び火をつけ
まったく軍議になりません。

しかし清正は、地理に詳しい者を味方に付けておりますので
(と言っても、彼らは助左衛門が放ったウソの朝鮮人)
近道を急いで、行長よりも早く京城入りを果たしたいところです。

さて、朝鮮国王の使者と国書をすり替えた例の事件の時にも
一肌脱いだ許筬という男が、今回も登場。
京城への道案内を買って出ます。

しかし彼の案内に従って進んだ清正軍は
大きな川に阻まれて行き止まってしまいました。

激怒した清正は許筬らを呼び出そうとしますが、
その時にはすでに、助左衛門が彼らを助け出し
脱走してしまった後でした。


清正軍に追いかけられながら、
命からがら逃げて来た助左衛門と許筬らは
ようやく京城に近づきますが、
京城は火の町と化していました。

日本軍が占領して町に火をかけたのではなく
日本軍が京城にたどり着く前に、国王を逃がし
町に火を放ったようです。

──われらが祖国の美しき都を奪った日本人よ
  罪なき多くの民の生命を奪った日本人よ
  わが祖国より立ち去れ!──

許筬は涙を流して叫びます。

5月2日、行長・宗ら1番隊は
清正ら2番隊よりも1日早く京城入りを果たします。
ただ、そこで彼らを待ち受けていたのは
宮殿も民家も焼き払われ、人ひとりいない死の町。


6月末、助左衛門の船は釜山を発し多久島へ戻ります。

助左衛門は、今井宗久から貰い受けた短筒(鉄砲)を
それと明かした上で小太郎に“返し”ます。
小太郎の、助左衛門への見方が少しずつ変化していきます。

そして多久島に着いた助左衛門を待っていたのは
原田喜右衛門の船に乗って
ルソンに渡っていた石川五右衛門でした。

「朝鮮の次はルソンだ。秀吉が、ルソンを攻め出すぞ」
五右衛門は助左衛門に伝えます。
助左衛門の行く手には、秀吉の野望が立ちふさがっています。

──────────

天正20(1592)年5月3日、
首都・漢城が陥落し、朝鮮国王は逃亡する。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと6年3ヶ月──。


原作:城山 三郎
脚本:市川 森一
音楽:池辺 晋一郎
語り手:梶原 四郎
──────────
[出演]
市川 染五郎 (助左衛門)
栗原 小巻 (美緒)
林 隆三 (今井宗薫)
根津 甚八 (石川五右衛門)
竹下 景子 (桔梗)
──────────
近藤 正臣 (石田三成)
桜木 健一 (豊臣秀次)
唐 十郎 (原田喜右衛門)
河原崎 長一郎 (宗 義智)
──────────
小野寺 昭 (小西行長)
江藤 潤 (小太郎)
緒形 拳 (豊臣秀吉)
──────────
制作:近藤 晋
演出:岡本 憙侑

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