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2014年10月31日 (金)

プレイバック黄金の日日・(43)朱印船襲撃

文禄元(1592)年6月。(※)

(※)文禄に改元されたのは1592年12月なので、
 本来であれば6月段階では「天正20年」とすべきですが
 ドラマ内テロップに合わせて「文禄元年」と記しています。

納屋助左衛門の隠れ港、肥前国・多久島に
日本の運命を左右する秘密の書状が舞い込んで来ます。
マイニラ総督が豊臣秀吉に宛てた書状で、
運んで来たのは、ルソンから帰って来た石川五右衛門です。

原田喜右衛門の狙いは、マイニラの総督の座に就くことです。
秀吉の手でマイニラを攻撃させ
マイニラからイスパニア人を追い落とし、自らが総督に。
秀吉はルソンを押さえ、原田は交易を独占する……。

助左衛門と五右衛門は、
ルイス・フロイスに書状を訳してもらうため
多久島から長崎へ向かいます。

すると、実体は
総督に会った原田は正式な使者だと認識されなかったようで
意思の疎通は図れていないようです。

通常、異国との書状の正式なやり取りでは
自国の書状と、相手国の言葉に直した書状の
両方を携えて訪問するのが礼儀ですが、
今回、原田はそれをしていません。

国を代表する使者と言っても原田は身分が低すぎるし、
そればかりか、原田が船に交易のための物を積んできたことも
使者が乗る船は商いをすることがない世界的常識の観点から
疑いの目を向けざるを得なかったようです。

今回、日本を訪問したマイニラ総督の使者は
秀吉の書状が本物かどうかを確認しに来ただけらしいです。

まだ間にあう、と
助左衛門は国書を運ぶ朱印船を襲撃して
マイニラに届けさせないようにします。

それにしても、こうして秀吉と敵対すれば
堺に帰ることができるのは相当先になりそうです。
夫となるべき助左衛門の帰りを待つ桔梗ですが
縁がなかったんだなぁ、と五右衛門は寂しそうに笑います。

ま、桔梗が豊臣秀次のいる聚落第にいることは
五右衛門も助左衛門も知らないわけですが(^ ^;;)
秀次に命じられるまま、彼の鉄砲指南役に命じられ
朝から鉄砲の腕を披露します。


名護屋からマイニラに向けて船が出発します。

原田はマイニラ総督の使者に一緒に船に乗ろうと誘いますが
使者はそれを拒みます。
しかも原田の船より早く船出して帰りたかったようです。

総督使者を乗せた朱印船、そしてその後を追うように
半日後に原田の船が名護屋からマイニラに向けて出発。

助左衛門の船の攻撃によって、
朱印船は高砂沖で消息を絶ちます。
マイニラの史料には“遭難した”としか記録がありません。

しかし重要なことに、助左衛門は
後から追って来る原田の船を見逃してしまいました。


秀吉と敵対するにあたって、
今まで秀吉と心の綱としてつなぎ止めておいてくれた
永楽銭を、助左衛門は秀吉に返しに行くことにしました。

永楽銭……織田方の台所番として
秀吉(当時の木下藤吉郎)が堺に来たとき、
今井の小僧にくれたものです。

名護屋城に入って秀吉と対面した助左衛門ですが、
秀吉自身は、そのエピソードは忘れてしまったようです。

これで完全に秀吉との間をつなぎ止める綱が
なくなったと見た助左衛門は、
国外侵略をやめるように直談判。

助左衛門の傍若無人ぶりにたびたび腹を立てつつも
心のどこかで許して来た秀吉も、
今回ばかりは助左衛門を野放しにするつもりはありません。
助左衛門を捕らえさせ、殺害を命じます。


秀吉の実母・大政所が息を引き取ったのは7月22日のこと。
秀吉はその死を知らぬまま名護屋から大坂へ船路につきますが、
途中、関門海峡で暗礁に乗り上げて沈没するという事故が発生。

毛利秀元の船が救援に来て、秀吉はかろうじて救助されますが
皮肉にも、助左衛門が秀吉に言ったように
大海原の恐ろしさを秀吉自身が体験することになりました。

そして名護屋の牢獄に繋がれていた助左衛門は
秀吉不在となった今、石田三成によって助け出されます。

原田がルソンに到着してしまったと聞いて、
助左衛門はルソンに発つことにします。
そして三成は朝鮮へ。

始めこそ破竹の勢いで進軍を続けていた朝鮮遠征軍も
次第に息切れし始めていたのです。

小西行長は、講和のために交わす書状を三成に見せます。
三成は、加藤清正のことは自分に任せて
講和のために全力を尽くせるように計らいます。

数日後、名将・李 舜臣率いる朝鮮水軍が
日本水軍を破り釜山を奪還します。

海上補給路を立たれた日本軍は
たちまち武器弾薬や食料に不足を来たし、
明国からの救援軍にいくつもの町を奪還されて
泥沼の撤退に追い込まれていきます。


9月4日、長崎から
ルイス・フロイスがマカオに逃れていきます。

──────────

天正20(1592)年7月22日、
朝鮮出兵の最中に秀吉の生母・大政所が聚楽第で死去。
享年80。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと6年──。


原作:城山 三郎
脚本:市川 森一
音楽:池辺 晋一郎
語り手:梶原 四郎
──────────
[出演]
市川 染五郎 (助左衛門)
栗原 小巻 (美緒)
根津 甚八 (石川五右衛門)
竹下 景子 (桔梗)
──────────
近藤 正臣 (石田三成)
小野寺 昭 (小西行長)
桜木 健一 (豊臣秀次)
唐 十郎 (原田喜右衛門)
──────────
江藤 潤 (小太郎)
緒形 拳 (豊臣秀吉)
十朱 幸代 (北政所)
──────────
制作:近藤 晋
演出:高橋 康夫

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