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2014年11月 2日 (日)

大河ドラマ軍師官兵衛・(44)落ちゆく巨星 〜再び乱世か? 如水の策は〜

文禄4(1595)年7月3日、豊臣秀次の住む聚楽第に
石田三成ら奉行衆が秀吉の使者として訪問します。

「わしが謀反じゃと!?」
秀次は、鍛錬のために頻繁に鹿狩りに行っておりまして、
三成はそこを突き、同心の者たちと落ち合って
謀反の企てをしているという疑いをかけたのです。

逆臣などない! と秀次は顔を真っ赤にして怒りますが、
拾の行く手を遮る者を除去しようとする豊臣秀吉には
そんな弁明が通用するわけがありません。

三成が退出した後、秀次は
彼がいつ何をしかけて来てもいいように大量の兵を集め、
自らは鎧に身を包むなど用心に余念がありません。

一方、隠居後に秀次の良き相談相手となっていた如水は
秀次に謀反の疑いがかけられていることを知って
急いで聚楽第に向かいますが、

兵が集まり、かがり火が無数にたかれ、
鎧姿の秀次が今にも戦を始めるような雰囲気の聚楽第に
苦々しく「おやめください」と言います。

いくら用心のためとはいえ、これでは
自ら逆心ありと公言しているようなもので
もしそれが明らかになれば、立場はたちまち危うくなります。


秀次の官位官職は全て召し上げ、高野山にて蟄居を命じる。

秀吉は、その程度の咎めで充分だと考えていますが、
茶々は不満顔でつぶやきます。
「拾の先行きをお考えください」

その一言で、秀吉の考えは変わります。

7日後、秀次に切腹の命を下し
秀次は高野山青巌寺で切腹。

そればかりか、秀次の一族までも容赦なく
三条河原で命を落としました。


そして、処罰の手は秀次に近い者たちにまで及び
如水も例に漏れず、秀吉に呼び出されます。

どんなお咎めが……と思いきや、秀吉の口から出たのは
今までのような威勢のいい言葉ではなく
拾の行く末が心配でたまらない老いた男の弱々しい言葉。

三成は、如水も罰せよとうるさいわけですが
重鎮たちがいなくなった秀吉には、
如水は最後の頼みの綱であります。
秀吉に仕えるなら許す、と交換条件を提示します。

如水がそのオファーを引き受けると
秀吉から播磨に1,970石を与えられたわけですが、
そこまでして執着したいか、と
三成は実に冷ややかな表情です。


朝鮮出兵の和睦交渉が大詰めです。
講和条件を記した明の国書が、ついにもたらされたわけです。

ここに特に汝を封じて、日本国王となす──。

「明に封じられずとも、この秀吉こそ日の本の天下人じゃ」
和睦の条件には一切触れず、
秀吉は日本国王に留まれと言わんばかりの国書に
無礼な! 太閤を愚弄しおって! と秀吉は大激怒。

いや正確には、勝手に侵略戦争をして
日本に都合のいい条件を突きつけた秀吉側が
どう考えたって無礼なんですけど、
そんなことも見境がつかなくなっているのでしょう。

ともかく、家臣たちが止めるのも聞かず
再度の朝鮮出兵が決定しました。


止めても聞かないことは分かっている如水は
未だに秀吉の軍師であると言って
自分を朝鮮に遣わしてほしいと秀吉に願い出ます。

秀吉はとても喜びますが、如水の思惑は別にあり。
朝鮮出兵自体を止められないなら
戦に負けない程度の戦をすることで、
できるだけ傷を浅くすればいいのです。

慶長元(1596)年12月。
朝鮮への再出発を目前に、
秀吉は拾の名を「秀頼」と改めます。

そして翌 慶長2(1597)年。
黒田勢を含む14万の大軍が再び海を渡っていきます。


後から朝鮮に追いかけることになった如水は
体調を崩して病床に伏す小早川隆景の
居城・備後三原屋敷を訪問し、見舞います。

そこには、隆景の養子である小早川秀秋もいて
「今後は諸事如水殿を頼るのだ」と隆景から言われて
如水は挨拶を交わします。

秀秋の退出後、ゆっくり身体を起こした隆景は
如水ほど知恵が回る者は見たことがないと持ち上げます。
が、逆に言えば少々知恵が回りすぎるところがある、として
良い知恵が浮かんだ時こそよくよく吟味せよ、と助言。

高松城水攻めといい、中国大返しといい、
隆景にとっては、如水の知恵にしてやられた! と
地団駄踏むシーンが多かったわけですが、
それは如水にとっても同じで
難敵毛利にどれほど難儀したか……。

毛利家を支えてきた名将・小早川隆景は、
それから間もなく、その生涯を閉じました。


如水と光の次男・熊之助が置き手紙を残して、
行方をくらましました。

再度の朝鮮出兵に出陣する前から
初陣したいと言っていた熊之助ですが、
兄・黒田長政のような強さと
父・如水のような賢さを併せ持つ武将になりたいという
希望を持つ彼は、どうしても朝鮮で戦いたいという気持ちが強く、

黒田家の男子が全員朝鮮に渡っては、
もし何かが起こって全滅してしまった場合に
黒田家が無くなる可能性もあるために
熊之助は留守を守れ、と言われていたはずなのに、
父や兄の命に背いて、無断で朝鮮行きの船に乗り込んだのです。


全てを飲み込む乱世の嵐が、迫って来ていました。


文禄4(1595)年7月15日、
高野山に追放されて出家した豊臣秀次が切腹を命じられ
青巌寺・柳の間にて自害。享年28。

慶長3(1598)年8月18日、
太閤・豊臣秀吉が波乱の生涯を閉じるまで


あと3年1ヶ月──。


作:前川 洋一
脚本協力:穴吹 一朗
音楽:菅野 祐悟
題字:祥洲
語り:広瀬 修子
──────────
[出演]
岡田 准一 (黒田如水)

中谷 美紀 (光)

寺尾 聰 (徳川家康)

松坂 桃季 (黒田長政)
二階堂 ふみ (淀(茶々))

濱田 岳 (栗山善助)
速水 もこみち (母里太兵衛)
高橋 一生 (井上九郎右衛門)
塚本 高史 (後藤又兵衛)
田中 圭 (石田三成)
高畑 充希 (糸)
東 幹久 (井伊直政)
忍成 修吾 (小西行長)
石野 真子 (マグダレナ)
中尾 明慶 (豊臣秀次)
──────────
鶴見 辰吾 (小早川隆景)
黒木 瞳 (おね)
竹中 直人 (豊臣秀吉)
──────────
制作統括:中村 高志
プロデューサー:勝田 夏子
演出:鈴木 航


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』
第45回「秀吉の最期」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜

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